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無表情の王を油断なく見つめる。
「陛下は聖女との契約をどうするおつもりですか」
「いずれ王妃となるのが契約なのだ。第二王子クレッグを立太子させる。聖女アリシアにはクレッグとの婚約を結んでもらおうと思う」
王の隣にクレッグが並んだ。にこやかな笑みを浮かべた王子は優し気に見えるが、私は昔から彼のことが苦手だった。周りに知られないように私に陰険ないたずらを繰り返してきたからだ。彼の婚約者になるなんて、フレッド以上に嫌だ。フレッドは私に無関心で横暴なだけで、大して害のあるものではなかったが、クレッグは違うだろう。
それに王たちの思惑通りに動くのも気に入らない。
第一王子フレッドは前聖女である王妃との間にできた子である。対して第二王子クレッグは側妃アナスタシアとの間にできた子だ。王が前聖女との婚約時代からアナスタシアと通じていたのは知る人ぞ知る事実。王は密かに王妃を疎んでおり、寵愛する側妃との間にできた子に王位を継がそうと画策していたのにはなんとなく気づいていた。
長子継承の伝統は簡単に覆せない。だが、他貴族から納得されるほどの失態をフレッドが犯せば、その長子継承の伝統も無視できる。そのために王と側妃は長年にわたり計画していたのだろう。フレッドの教育係を無能なもので揃え、少しの失態くらいは見逃した。いずれ大きな失態を犯すように誘導したのだ。
「お断りいたしますわ」
「なに?!」
初めて動揺を見せた王を透徹と見つめる。クレッグの笑みが少し揺らいだのが気分が良い。
「そもそも、聖女が王子と婚約するのは、聖女としての資格を失った後もこの国に居住させ、国に恩恵を齎させるためなのでしょう?」
「……そうだ」
「でしたら、その手段が王妃になることである必要性はございませんよね」
「……何を言いたい」
王はすでに私の言いたいことを察しているのだろう。眉をひそめて慎重に問いかけてくる。
「私は聖女を引退し自由に生きますわ。この国に私を居続けさせたいのなら、金銭でもって誠実に対応なさいませ」
「……信用できない」
「あら。私の言葉をお疑いになりますの?まあ、私はあなた方王族を信用していないのでお互い様ですわね」
「どういう意味だ」
顔を険しくする王を睨みつける。
「私が知らないと思っていて?聖女を王妃として抱えることでこの国は恩恵を受けているけれど、その聖女自身は全く幸せではないでしょう。現に今の王妃はこういったパーティーにも出席されないほど冷遇されておられる。本来国の立役者である王妃はこの場の上位に座すべき存在のはず。ですが、元聖女といえども平民出身の王妃を王も貴族も疎み、王妃を追い詰め、その権利を無視している。聖女が王妃になっても幸せにはならない。王妃になることは、聖女の務めの対価足りえません」
「……」
王は思い当たる節が多くあったのだろう。何も弁解できず黙り込んだ。
「私は王族と婚姻を結ぶことはありません。婚約が破棄されたのが良い機会ですわ。正式に国と聖女との間の契約を見直しましょう。私はあなた方が誠実に対応なさる限り、この国に恩恵を齎すことに否やはありませんわ」
ついにクレッグが笑みを捨てて私を睨みつけてくる。王家は聖女を王妃とすることで、民からの信頼を得てきた。王位継承者が変わり、その上聖女も娶らないとならば民からの気持ちは揺らぐだろう。だが、それは為政者が考え対策すべき問題であり、私が背負わなければならない問題ではない。ただでさえ、今まで聖女はほぼ無償で国の安寧を祈り、国の結界を維持し、民の治癒の務めもしてきたのだ。これ以上の不条理な務めを背負うつもりはない。
「……聖女アリシアの要求は分かった。前向きに検討しよう」
王が多くの貴族の前で決断した。いくらでも言い逃れできる言葉であるのが往生際が悪いが、私だって妥協するつもりはない。自分の自由になる権利はきっと勝ち取ってみせる。
「陛下は聖女との契約をどうするおつもりですか」
「いずれ王妃となるのが契約なのだ。第二王子クレッグを立太子させる。聖女アリシアにはクレッグとの婚約を結んでもらおうと思う」
王の隣にクレッグが並んだ。にこやかな笑みを浮かべた王子は優し気に見えるが、私は昔から彼のことが苦手だった。周りに知られないように私に陰険ないたずらを繰り返してきたからだ。彼の婚約者になるなんて、フレッド以上に嫌だ。フレッドは私に無関心で横暴なだけで、大して害のあるものではなかったが、クレッグは違うだろう。
それに王たちの思惑通りに動くのも気に入らない。
第一王子フレッドは前聖女である王妃との間にできた子である。対して第二王子クレッグは側妃アナスタシアとの間にできた子だ。王が前聖女との婚約時代からアナスタシアと通じていたのは知る人ぞ知る事実。王は密かに王妃を疎んでおり、寵愛する側妃との間にできた子に王位を継がそうと画策していたのにはなんとなく気づいていた。
長子継承の伝統は簡単に覆せない。だが、他貴族から納得されるほどの失態をフレッドが犯せば、その長子継承の伝統も無視できる。そのために王と側妃は長年にわたり計画していたのだろう。フレッドの教育係を無能なもので揃え、少しの失態くらいは見逃した。いずれ大きな失態を犯すように誘導したのだ。
「お断りいたしますわ」
「なに?!」
初めて動揺を見せた王を透徹と見つめる。クレッグの笑みが少し揺らいだのが気分が良い。
「そもそも、聖女が王子と婚約するのは、聖女としての資格を失った後もこの国に居住させ、国に恩恵を齎させるためなのでしょう?」
「……そうだ」
「でしたら、その手段が王妃になることである必要性はございませんよね」
「……何を言いたい」
王はすでに私の言いたいことを察しているのだろう。眉をひそめて慎重に問いかけてくる。
「私は聖女を引退し自由に生きますわ。この国に私を居続けさせたいのなら、金銭でもって誠実に対応なさいませ」
「……信用できない」
「あら。私の言葉をお疑いになりますの?まあ、私はあなた方王族を信用していないのでお互い様ですわね」
「どういう意味だ」
顔を険しくする王を睨みつける。
「私が知らないと思っていて?聖女を王妃として抱えることでこの国は恩恵を受けているけれど、その聖女自身は全く幸せではないでしょう。現に今の王妃はこういったパーティーにも出席されないほど冷遇されておられる。本来国の立役者である王妃はこの場の上位に座すべき存在のはず。ですが、元聖女といえども平民出身の王妃を王も貴族も疎み、王妃を追い詰め、その権利を無視している。聖女が王妃になっても幸せにはならない。王妃になることは、聖女の務めの対価足りえません」
「……」
王は思い当たる節が多くあったのだろう。何も弁解できず黙り込んだ。
「私は王族と婚姻を結ぶことはありません。婚約が破棄されたのが良い機会ですわ。正式に国と聖女との間の契約を見直しましょう。私はあなた方が誠実に対応なさる限り、この国に恩恵を齎すことに否やはありませんわ」
ついにクレッグが笑みを捨てて私を睨みつけてくる。王家は聖女を王妃とすることで、民からの信頼を得てきた。王位継承者が変わり、その上聖女も娶らないとならば民からの気持ちは揺らぐだろう。だが、それは為政者が考え対策すべき問題であり、私が背負わなければならない問題ではない。ただでさえ、今まで聖女はほぼ無償で国の安寧を祈り、国の結界を維持し、民の治癒の務めもしてきたのだ。これ以上の不条理な務めを背負うつもりはない。
「……聖女アリシアの要求は分かった。前向きに検討しよう」
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