3 / 3
謎喰い探偵の事件簿 後編
しおりを挟む
梨杏が目を覚ますと、白い天井が見えた。顔を右に逸らすと、心配そうな顔をした、隣人の中邑 真登香と目が合った。
「梨杏さん、目が覚めたんだ!良かった…!」
「真登香ちゃん…ここは…?」
「病院だよ。ちょっと待って、お医者さんか看護師さん呼んでくるね!」
頭の他にも、右腕、左腕、右足にも痛みがあった。
ベッドのそばの机には、先ほどまで付けていた古井教員に貰った腕時計が、6時32分を指した状態のまま止まっていた。腕時計は歪んで割れており、午後6時32分に壊されたのだろうと簡単に推測出来た。梨杏は日頃から時計を見る癖が無く、しばらく時計を見ていなかったため、時計が壊されていて犯行時間が分かるのは幸運だった。無論、貰った腕時計を壊してしまったのは心が痛んだが。
中邑の連れてきた医者曰く、精密検査は受ける必要が有るが、命に別状はないという。
「良かった、梨杏さんが無事で。
私もアパートへの帰り道に、たまたま倒れてる梨杏さんを見て。本当に良かった…!」
「心配かけてごめんね、ありがとう真登香ちゃん」
やっぱり、こんなにも心配してくれる真登香ちゃんが私に脅迫してるなんて、絶対ない。暴行なんてなおさらそんなはずない。小太りの男が脅迫とこんなにも私を暴行した犯人!絶対許さん、捕まえたらどんなことして復讐しよう…!などと梨杏は想像を膨らませた。
翌日、ラジオが遠慮がちに控えめな音量で金曜日の朝を告げている部屋で、退院して包帯も取れた梨杏は一条と対面して事のあらましを伝えた。
「―――警察も調べてて、事情聴取に来てたけど、近くに監視カメラも無いらしいし、腕時計だけ持ってかれるしで酷かったんだよ!」
「まさか君がそんなことになっていたとは…恐らく犯人からの「これ以上詮索するな」というメッセージだろうね。」
いつになく真面目な顔をした一条に対して、梨杏は全力で舐め腐った顔でニヤニヤにながら
「おいおいおいおい!探偵さん探偵さん!私、あなたの依頼者!依頼者を想定できる危険に晒してたんですよ~?探偵として!依頼者かつ被害者の私に何か一言あってもいいんじゃないですか~?」
一条がぐぬぬと悔しがりながら梨杏に頭を下げる妄想に更にニヤニヤが加速するが、
「そうだな、僕のミスだ。すまなかった」
と簡単にしっかりと頭を下げた一条に、
「えっ…う、うん…」
と口をつぐんだ。
「本当に悪かった。
もうこれ以上、被害は出さない。君は安心していつものようにアホ面を晒しながら吠えていれば良い」
「誰がアホ面晒しながら吠えてたって?」
とは突っ込みつつ、これまで見たことない真剣な表情で、自分の事を心配してくれたのであろう一条に、梨杏は、不本意にも惹かれた。
「いずれにせよ、この謎はすぐに解く。
まずは…」
しかし、これまでに話を聞いた、腕時計をくれた大学教諭の古井 貴信、小太りの男の情報を始めに口にした梨杏の弟の四之宮 充希、何者かに襲われた梨杏を始めに発見して病院まで付き添ったアパートの隣人の中邑 真登香、梨杏がよく行動を共にする友人の渡真利 結に、改めて小太りの男の新しい情報はないかと尋ねたが、芳しい答えはなかった。
梨杏が気になったのは、小太りの男の情報の他に、それぞれに
「梨杏が襲われたとされる18時32分、何をしてましたか?」
とアリバイを尋ねていたことである。
それぞれ、古井は「東京の学会の帰りで新幹線に乗っていた」と乗車券も確認でき、充希は「部活に参加していた」、中邑は「一人で歩いて家に帰っていた」とアリバイが確認できず、渡真利は大学の研究室に残って研究を進めていた、と確認が出来た。
「なんでみんなにアリバイ聞いてたの?別に犯人とは関係ないでしょ?」
二人きりでそう聞いた梨杏に一条は敢えて何も答えず、少し考え込んでから口を開いた。
「君のペンケースと文庫本が盗まれたのはいつだった?」
急に話が飛躍したため、梨杏は戸惑いつつも答える。
「二週間前の金曜日の三限と四限の間の休み時間に、お手洗いに行ってる間に机に出してたのが…」
「丁度今日は金曜日。三限と四限の間の休み時間まであと10分…その盗まれた教室へ行こう。
そして、これから君にやってもらうことを話す…」
もはや恒例の様に、梨杏はやはり一条の指示の意図を理解できず、嫌そうな顔をし、一条は指示をし終えると、一区切りつけて言った。
「さぁ、顔の見えなかった噂の小太りの彼に、会いに行こう」
梨杏は、以前ペンケースなどが盗まれた、例の講堂に入る。既に数十の学生が席に座って談笑したり、勉強したりしている。階段教室の上の方の周りに人が少ないところに荷物を置き、机にペンケースやノートを出してから、講堂の外にあるお手洗いに、と、また講堂を出た。
梨杏が取った席に近づく影が一つ。小太り、身長は170センチ程の男で、緊張しているのか、汗が頬を垂れている。一歩一歩、梨杏の席へ近づいていく。男は既に梨杏の席のそばまで距離を詰めていた。次の一瞬、男は腕を梨杏の机に出ているノートに手を伸ばし―――「おい」
小太りの男は、後ろから聞こえた低い男性の声にビクリと身体を止めた。
「外で話を聞かせて貰おうかな」
ニコリと口角を上げた男、もとい一条は、黙りきって冷や汗の止まらない小太りの男と共に講堂を出た。
「で、コイツが脅迫とか暴行の犯人なの?」
他に誰もいない研究室で、梨杏は目の前で真っ青な顔の小太りの男、三嶋 行船(みしま ゆきふね)を顎でクイと指して、突っ立っている一条に聞いた。
「え、脅迫!?暴行!?違います、違いますよ、僕じゃないです、本当です、すみません、本当に!」
自分にかけられてる容疑を知って堰を切った様に話始めた三嶋は更に冷や汗を流す。それを聞いた梨杏は困惑を漏らす。
「え、じゃぁ、あんたは何をやったの…?」
「ぼ、僕は普通のストーカーです!本当ですよ!」
普通のストーカーとは何か、とは突っ込まずに、脂汗が見てられないほどに必死な三嶋に、梨杏は聞いた。
「前に私のペンケースとか、文庫本を取ったのはあんた?」
「は、はい…それは…すみません…僕ですけど…どうしても、その、梨杏さんの使ってるものが欲しくて…」
あからさまに嫌な顔をする梨杏の横で、一条は頷いた。
「実際、彼は脅迫や暴行はしていないと思うよ。」
「本気!?」
「そもそも、初めから気になってたんだ。
君を脅迫、つまり脅したり、怖がらせたりすることが目的なら、敢えてペンケースと文庫本だけを盗る理由がない。それこそ鞄やスマホ、財布であってもいい。ペンケースと文庫本は、それらに比べると、恐怖を与えるという意味では、盗むものとして見劣りする。
つまり、ペンケースと文庫本が盗まれたことは、脅迫とは全く関係ないんじゃないか。そこにストーカーらしき小太りの男の情報って訳だ。」
「じゃあ、コイツ捕まえても、意味ないの!?脅迫は何も解決しないってこと!?」
「いや…」
ワイワイと賑やかす梨杏の横で、一条は静かに三嶋に問いかけた。
「昨日、四之宮 梨杏が暴行されたその時間、三嶋クン、あなたは彼女をストーキングしてましたか?」
「あっ」
そうか…もしこのストーカーが、昨日私が暴行されたのを見てたら、今度こそ真犯人が分かる!思わず声を上げた梨杏は納得した。
「すみません、昨日は夜に用事があって…丁度四之宮さんが課題を終えて大学を出るまでは後を追っていたのですが、大学を出てからは…すみません…」
梨杏は何度も謝る三嶋から目を逸らし、落胆のため息をついた。その横で一条はしばらく考え込んでいる。
それにしてもまさか本当にストーカーがいたなんて…嘘から出た誠というかなんというか…そんなことを考えながら、梨杏は力なく言った。
「これで本当に振り出し…」
「四之宮」
いきなり一条に呼ばれた四之宮は「な、なに…」と身構える。
「昨日、学校から帰る際、どこか寄り道なんかはしたか?」
「いや?そのまままっすぐ帰ろうとしたけど?」
「ふむ。
時に三嶋クン、昨日、四之宮が学校を出た時間は分かるかい?」
「は、はい…確か…」
三嶋の言葉を聞き終えた一条はニヤリと不敵に笑って言った。
「さぁ、謎解きショーの開幕といこう」
一条と梨杏と真犯人の他に誰もいない、広い講堂に一条の強く澄んだ声が響き渡る。
「今回の謎は、脅迫とストーカーの存在、ストーカーによる窃盗が合わさったことで複雑になっていましたが、実は単純明快。
実際は真犯人が四之宮 梨杏に脅迫を行い、四之宮が私にそれの捜査を頼み、実際に私が真犯人であるあなたを訪れたことで、あなたは我々が真相に辿り着くことを恐れ、「これ以上詮索をするな」という意味で彼女へ暴行を行った。」
梨杏は、一条に真犯人であると指摘された目の前の人間が、これまで自身を脅迫していた真犯人であると考えたくないと、うつむいている。
「…彼女を脅迫し暴行したのは、あなたですね?
古井先生」
一条に真犯人であると指摘された大学教員、古井 貴信は顔色を変えず、口を開いた。
「ハハ…嫌ですね。なぜ僕だと思われるんです?確認していた通り、梨杏さんが襲われた時間、僕は新幹線に乗っていたんですよ。アリバイがあります。僕には無理でしょう」
「その暴行こそが、あなたが真犯人であると示しているんです」
「どういうこと?」
今度は梨杏が口に出した。古井の顔に笑みはない。
「犯行当日に、あなたが四之宮に贈った腕時計が、壊れて止まっていた時間が6時32分。つまり、午後6時32分に暴行があったことを示してます。梨杏は時計を見ていなかったそうですから、それが犯行時刻を示す唯一の物証なわけです。
しかし、その腕時計の時間の信憑性を揺るがす情報が出てきまして。
梨杏さんをストーキングしていた男によると、当日、彼女が学校を出たのは夜の6時50分頃だと。つまり、実際の犯行時刻は午後7時頃だと考えられます。7時であれば、あなたの新幹線は最寄り駅に既についており、あなたのアリバイは崩れ去る。
あなたには犯行が可能でした」
一条の話を黙って聞いていた古井の顔は、いつの間にか険しくなっていた。
「腕時計は、細工をして、自身が新幹線に乗っている間の6時32分に止まる様に作っていたんでしょう。そして犯行時に腕時計を壊すことで、6時32分に犯行があったと思わせた。
僕が探偵として脅迫の件を捜査しあなたを訪れたことに焦って、ご自分のアリバイを作れるトリックを使って事件を起こして、容疑者にならないようにした。尤もそれが元で僕はあなたが犯人だと分かったのですが…
違いますか?」
険しく低い顔で、怒気を含ませた声を古井は挙げた。
「…仮にそうだったとして証拠がないのでは?それでは意味がないでしょう」
「警察が押収した腕時計も、しっかりと調べれば、6時32分に止まる様な細工が見つかると思いますよ。
何より、彼女がしっかりと溜め込んでいた脅迫文書、あなたの指紋なんかが出ればそこまでです。」
してやったり、の表情を浮かべる一条は満足そうに語り終えた。
「…そうですか…まぁ…細工も指紋も出るでしょうね…まさかこんなことになるとは思ってもみませんでしたから…
えぇ、全ておっしゃる通りです」
力なく古井は声を出す。
まさか本当に信頼していた古井が自分を脅迫して暴行した犯人だったなんて、信じられないと梨杏が口に出す。
「ど、どうして私に脅迫なんて…」
「…僕には娘が一人いてね…良い子だったが、君の様なあくどい女に騙されて借金塗れになった挙句、自殺したんです。
なぜ、良い子だったあの子が死んで、悪い事しか考えられないような連中が笑って生きているのか、という考えが出てきてね。
以来、娘を自殺に追い込んだ奴や君の様な、人を嵌めることしか考えていない様な連中を見ると、自分が抑えられなくなって、とうとう君に脅迫を始めました。
無論、自分でも馬鹿なことをしている自覚はありました。ありましたが…
君は娘を殺した奴でも何でもないのも分かってはいたんですがね…」
梨杏は古井の言葉に黙るしかなかった。
「最後に一つ、謎が残っています」
一条が続ける。
「暴行があった日、彼女があなたが犯行できる時間まで大学に残っているという保証はなかったはずです。あなたが新幹線に乗っている間に彼女が帰宅していれば、もう腕時計のトリックも使えない。
わざわざ疑われるリスクを取ってまで、どうしてこんなことを?」
「…別にどちらでもよかったんだと思います。彼女を襲っても、襲わなくても。
…もしくは…誰かに気付いてほしかった、止めて貰いたかったのかも…何て、いや、それはズルいですね。忘れて下さい」
そう言った古井の表情は、普段の梨杏が知っているそれに戻っていた。
「出頭します。付き添ってくださいますか」
「えぇ。勿論」
「…私も付いて言っても…?」
「…ありがとう…すまなかったね、許してくれなくていい。
僕が言う権利なんてないが…どうか君は真っ当に生きてくれ…」
そう言った古井の目には、後悔か、罪悪感か、涙が溜まっていた。
「じゃぁまた後で!」
渡真利と一旦別れた梨杏は、初めに一条を訪ねた時と同じ、D棟4階の隅の一室、416号室へ入った。
「さて、今回は非常に美味な謎であった」
ホクホクと満足げな一条に、フフンとご機嫌に鼻を鳴らした梨杏は
「何か忘れてること、あるんじゃない?」
「まさか、君、お金をせびる気じゃないだろうね」
先ほどまでとは一転、一条の顔が曇る。
「勿論そのまさかです、名探偵♡」
「…まぁ今回は確かにお陰で良い謎に出会えた。持っていくと良い」
そういうと一条は、自身の品の良い財布から、新札と思われる5千円札を取り出し、梨杏に渡した。
しかしそれを受け取った梨杏は、急に何かモジモジとして歯切れが悪い。
「何だ?」
一条が促す。
「…こ、今回のお礼に、このお金で何か美味しい物でも…一緒に食べに行ってあげるけど…どう?」
「一体どういう心境の変化だ。
面白い『謎』だね」
探偵風のトレンチコートを羽織った一条と、普段に増してお洒落に気を使った梨杏は、同時に扉を開けて部屋を出た。
「梨杏さん、目が覚めたんだ!良かった…!」
「真登香ちゃん…ここは…?」
「病院だよ。ちょっと待って、お医者さんか看護師さん呼んでくるね!」
頭の他にも、右腕、左腕、右足にも痛みがあった。
ベッドのそばの机には、先ほどまで付けていた古井教員に貰った腕時計が、6時32分を指した状態のまま止まっていた。腕時計は歪んで割れており、午後6時32分に壊されたのだろうと簡単に推測出来た。梨杏は日頃から時計を見る癖が無く、しばらく時計を見ていなかったため、時計が壊されていて犯行時間が分かるのは幸運だった。無論、貰った腕時計を壊してしまったのは心が痛んだが。
中邑の連れてきた医者曰く、精密検査は受ける必要が有るが、命に別状はないという。
「良かった、梨杏さんが無事で。
私もアパートへの帰り道に、たまたま倒れてる梨杏さんを見て。本当に良かった…!」
「心配かけてごめんね、ありがとう真登香ちゃん」
やっぱり、こんなにも心配してくれる真登香ちゃんが私に脅迫してるなんて、絶対ない。暴行なんてなおさらそんなはずない。小太りの男が脅迫とこんなにも私を暴行した犯人!絶対許さん、捕まえたらどんなことして復讐しよう…!などと梨杏は想像を膨らませた。
翌日、ラジオが遠慮がちに控えめな音量で金曜日の朝を告げている部屋で、退院して包帯も取れた梨杏は一条と対面して事のあらましを伝えた。
「―――警察も調べてて、事情聴取に来てたけど、近くに監視カメラも無いらしいし、腕時計だけ持ってかれるしで酷かったんだよ!」
「まさか君がそんなことになっていたとは…恐らく犯人からの「これ以上詮索するな」というメッセージだろうね。」
いつになく真面目な顔をした一条に対して、梨杏は全力で舐め腐った顔でニヤニヤにながら
「おいおいおいおい!探偵さん探偵さん!私、あなたの依頼者!依頼者を想定できる危険に晒してたんですよ~?探偵として!依頼者かつ被害者の私に何か一言あってもいいんじゃないですか~?」
一条がぐぬぬと悔しがりながら梨杏に頭を下げる妄想に更にニヤニヤが加速するが、
「そうだな、僕のミスだ。すまなかった」
と簡単にしっかりと頭を下げた一条に、
「えっ…う、うん…」
と口をつぐんだ。
「本当に悪かった。
もうこれ以上、被害は出さない。君は安心していつものようにアホ面を晒しながら吠えていれば良い」
「誰がアホ面晒しながら吠えてたって?」
とは突っ込みつつ、これまで見たことない真剣な表情で、自分の事を心配してくれたのであろう一条に、梨杏は、不本意にも惹かれた。
「いずれにせよ、この謎はすぐに解く。
まずは…」
しかし、これまでに話を聞いた、腕時計をくれた大学教諭の古井 貴信、小太りの男の情報を始めに口にした梨杏の弟の四之宮 充希、何者かに襲われた梨杏を始めに発見して病院まで付き添ったアパートの隣人の中邑 真登香、梨杏がよく行動を共にする友人の渡真利 結に、改めて小太りの男の新しい情報はないかと尋ねたが、芳しい答えはなかった。
梨杏が気になったのは、小太りの男の情報の他に、それぞれに
「梨杏が襲われたとされる18時32分、何をしてましたか?」
とアリバイを尋ねていたことである。
それぞれ、古井は「東京の学会の帰りで新幹線に乗っていた」と乗車券も確認でき、充希は「部活に参加していた」、中邑は「一人で歩いて家に帰っていた」とアリバイが確認できず、渡真利は大学の研究室に残って研究を進めていた、と確認が出来た。
「なんでみんなにアリバイ聞いてたの?別に犯人とは関係ないでしょ?」
二人きりでそう聞いた梨杏に一条は敢えて何も答えず、少し考え込んでから口を開いた。
「君のペンケースと文庫本が盗まれたのはいつだった?」
急に話が飛躍したため、梨杏は戸惑いつつも答える。
「二週間前の金曜日の三限と四限の間の休み時間に、お手洗いに行ってる間に机に出してたのが…」
「丁度今日は金曜日。三限と四限の間の休み時間まであと10分…その盗まれた教室へ行こう。
そして、これから君にやってもらうことを話す…」
もはや恒例の様に、梨杏はやはり一条の指示の意図を理解できず、嫌そうな顔をし、一条は指示をし終えると、一区切りつけて言った。
「さぁ、顔の見えなかった噂の小太りの彼に、会いに行こう」
梨杏は、以前ペンケースなどが盗まれた、例の講堂に入る。既に数十の学生が席に座って談笑したり、勉強したりしている。階段教室の上の方の周りに人が少ないところに荷物を置き、机にペンケースやノートを出してから、講堂の外にあるお手洗いに、と、また講堂を出た。
梨杏が取った席に近づく影が一つ。小太り、身長は170センチ程の男で、緊張しているのか、汗が頬を垂れている。一歩一歩、梨杏の席へ近づいていく。男は既に梨杏の席のそばまで距離を詰めていた。次の一瞬、男は腕を梨杏の机に出ているノートに手を伸ばし―――「おい」
小太りの男は、後ろから聞こえた低い男性の声にビクリと身体を止めた。
「外で話を聞かせて貰おうかな」
ニコリと口角を上げた男、もとい一条は、黙りきって冷や汗の止まらない小太りの男と共に講堂を出た。
「で、コイツが脅迫とか暴行の犯人なの?」
他に誰もいない研究室で、梨杏は目の前で真っ青な顔の小太りの男、三嶋 行船(みしま ゆきふね)を顎でクイと指して、突っ立っている一条に聞いた。
「え、脅迫!?暴行!?違います、違いますよ、僕じゃないです、本当です、すみません、本当に!」
自分にかけられてる容疑を知って堰を切った様に話始めた三嶋は更に冷や汗を流す。それを聞いた梨杏は困惑を漏らす。
「え、じゃぁ、あんたは何をやったの…?」
「ぼ、僕は普通のストーカーです!本当ですよ!」
普通のストーカーとは何か、とは突っ込まずに、脂汗が見てられないほどに必死な三嶋に、梨杏は聞いた。
「前に私のペンケースとか、文庫本を取ったのはあんた?」
「は、はい…それは…すみません…僕ですけど…どうしても、その、梨杏さんの使ってるものが欲しくて…」
あからさまに嫌な顔をする梨杏の横で、一条は頷いた。
「実際、彼は脅迫や暴行はしていないと思うよ。」
「本気!?」
「そもそも、初めから気になってたんだ。
君を脅迫、つまり脅したり、怖がらせたりすることが目的なら、敢えてペンケースと文庫本だけを盗る理由がない。それこそ鞄やスマホ、財布であってもいい。ペンケースと文庫本は、それらに比べると、恐怖を与えるという意味では、盗むものとして見劣りする。
つまり、ペンケースと文庫本が盗まれたことは、脅迫とは全く関係ないんじゃないか。そこにストーカーらしき小太りの男の情報って訳だ。」
「じゃあ、コイツ捕まえても、意味ないの!?脅迫は何も解決しないってこと!?」
「いや…」
ワイワイと賑やかす梨杏の横で、一条は静かに三嶋に問いかけた。
「昨日、四之宮 梨杏が暴行されたその時間、三嶋クン、あなたは彼女をストーキングしてましたか?」
「あっ」
そうか…もしこのストーカーが、昨日私が暴行されたのを見てたら、今度こそ真犯人が分かる!思わず声を上げた梨杏は納得した。
「すみません、昨日は夜に用事があって…丁度四之宮さんが課題を終えて大学を出るまでは後を追っていたのですが、大学を出てからは…すみません…」
梨杏は何度も謝る三嶋から目を逸らし、落胆のため息をついた。その横で一条はしばらく考え込んでいる。
それにしてもまさか本当にストーカーがいたなんて…嘘から出た誠というかなんというか…そんなことを考えながら、梨杏は力なく言った。
「これで本当に振り出し…」
「四之宮」
いきなり一条に呼ばれた四之宮は「な、なに…」と身構える。
「昨日、学校から帰る際、どこか寄り道なんかはしたか?」
「いや?そのまままっすぐ帰ろうとしたけど?」
「ふむ。
時に三嶋クン、昨日、四之宮が学校を出た時間は分かるかい?」
「は、はい…確か…」
三嶋の言葉を聞き終えた一条はニヤリと不敵に笑って言った。
「さぁ、謎解きショーの開幕といこう」
一条と梨杏と真犯人の他に誰もいない、広い講堂に一条の強く澄んだ声が響き渡る。
「今回の謎は、脅迫とストーカーの存在、ストーカーによる窃盗が合わさったことで複雑になっていましたが、実は単純明快。
実際は真犯人が四之宮 梨杏に脅迫を行い、四之宮が私にそれの捜査を頼み、実際に私が真犯人であるあなたを訪れたことで、あなたは我々が真相に辿り着くことを恐れ、「これ以上詮索をするな」という意味で彼女へ暴行を行った。」
梨杏は、一条に真犯人であると指摘された目の前の人間が、これまで自身を脅迫していた真犯人であると考えたくないと、うつむいている。
「…彼女を脅迫し暴行したのは、あなたですね?
古井先生」
一条に真犯人であると指摘された大学教員、古井 貴信は顔色を変えず、口を開いた。
「ハハ…嫌ですね。なぜ僕だと思われるんです?確認していた通り、梨杏さんが襲われた時間、僕は新幹線に乗っていたんですよ。アリバイがあります。僕には無理でしょう」
「その暴行こそが、あなたが真犯人であると示しているんです」
「どういうこと?」
今度は梨杏が口に出した。古井の顔に笑みはない。
「犯行当日に、あなたが四之宮に贈った腕時計が、壊れて止まっていた時間が6時32分。つまり、午後6時32分に暴行があったことを示してます。梨杏は時計を見ていなかったそうですから、それが犯行時刻を示す唯一の物証なわけです。
しかし、その腕時計の時間の信憑性を揺るがす情報が出てきまして。
梨杏さんをストーキングしていた男によると、当日、彼女が学校を出たのは夜の6時50分頃だと。つまり、実際の犯行時刻は午後7時頃だと考えられます。7時であれば、あなたの新幹線は最寄り駅に既についており、あなたのアリバイは崩れ去る。
あなたには犯行が可能でした」
一条の話を黙って聞いていた古井の顔は、いつの間にか険しくなっていた。
「腕時計は、細工をして、自身が新幹線に乗っている間の6時32分に止まる様に作っていたんでしょう。そして犯行時に腕時計を壊すことで、6時32分に犯行があったと思わせた。
僕が探偵として脅迫の件を捜査しあなたを訪れたことに焦って、ご自分のアリバイを作れるトリックを使って事件を起こして、容疑者にならないようにした。尤もそれが元で僕はあなたが犯人だと分かったのですが…
違いますか?」
険しく低い顔で、怒気を含ませた声を古井は挙げた。
「…仮にそうだったとして証拠がないのでは?それでは意味がないでしょう」
「警察が押収した腕時計も、しっかりと調べれば、6時32分に止まる様な細工が見つかると思いますよ。
何より、彼女がしっかりと溜め込んでいた脅迫文書、あなたの指紋なんかが出ればそこまでです。」
してやったり、の表情を浮かべる一条は満足そうに語り終えた。
「…そうですか…まぁ…細工も指紋も出るでしょうね…まさかこんなことになるとは思ってもみませんでしたから…
えぇ、全ておっしゃる通りです」
力なく古井は声を出す。
まさか本当に信頼していた古井が自分を脅迫して暴行した犯人だったなんて、信じられないと梨杏が口に出す。
「ど、どうして私に脅迫なんて…」
「…僕には娘が一人いてね…良い子だったが、君の様なあくどい女に騙されて借金塗れになった挙句、自殺したんです。
なぜ、良い子だったあの子が死んで、悪い事しか考えられないような連中が笑って生きているのか、という考えが出てきてね。
以来、娘を自殺に追い込んだ奴や君の様な、人を嵌めることしか考えていない様な連中を見ると、自分が抑えられなくなって、とうとう君に脅迫を始めました。
無論、自分でも馬鹿なことをしている自覚はありました。ありましたが…
君は娘を殺した奴でも何でもないのも分かってはいたんですがね…」
梨杏は古井の言葉に黙るしかなかった。
「最後に一つ、謎が残っています」
一条が続ける。
「暴行があった日、彼女があなたが犯行できる時間まで大学に残っているという保証はなかったはずです。あなたが新幹線に乗っている間に彼女が帰宅していれば、もう腕時計のトリックも使えない。
わざわざ疑われるリスクを取ってまで、どうしてこんなことを?」
「…別にどちらでもよかったんだと思います。彼女を襲っても、襲わなくても。
…もしくは…誰かに気付いてほしかった、止めて貰いたかったのかも…何て、いや、それはズルいですね。忘れて下さい」
そう言った古井の表情は、普段の梨杏が知っているそれに戻っていた。
「出頭します。付き添ってくださいますか」
「えぇ。勿論」
「…私も付いて言っても…?」
「…ありがとう…すまなかったね、許してくれなくていい。
僕が言う権利なんてないが…どうか君は真っ当に生きてくれ…」
そう言った古井の目には、後悔か、罪悪感か、涙が溜まっていた。
「じゃぁまた後で!」
渡真利と一旦別れた梨杏は、初めに一条を訪ねた時と同じ、D棟4階の隅の一室、416号室へ入った。
「さて、今回は非常に美味な謎であった」
ホクホクと満足げな一条に、フフンとご機嫌に鼻を鳴らした梨杏は
「何か忘れてること、あるんじゃない?」
「まさか、君、お金をせびる気じゃないだろうね」
先ほどまでとは一転、一条の顔が曇る。
「勿論そのまさかです、名探偵♡」
「…まぁ今回は確かにお陰で良い謎に出会えた。持っていくと良い」
そういうと一条は、自身の品の良い財布から、新札と思われる5千円札を取り出し、梨杏に渡した。
しかしそれを受け取った梨杏は、急に何かモジモジとして歯切れが悪い。
「何だ?」
一条が促す。
「…こ、今回のお礼に、このお金で何か美味しい物でも…一緒に食べに行ってあげるけど…どう?」
「一体どういう心境の変化だ。
面白い『謎』だね」
探偵風のトレンチコートを羽織った一条と、普段に増してお洒落に気を使った梨杏は、同時に扉を開けて部屋を出た。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる