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第七十二話 もう一人の勇者

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使者というのはあながち間違いではないが、人の姿をしてフードを深く
被ったモノが魔王城の遣いとしてやってきた。

物陰に気配を消して隠れる椎名は今、緊張したように成り行きを眺め
ている。

そこには引き渡される女性は聖女にすり替わり、もう一人は村の男と
言ってはいるが天野が縄で拘束されて引き渡されようとしていた。

緩く縛ってあるので勇者の腕力なら簡単に引きちぎる事も容易だった。

「今回の生贄はこちらでございます」
「うむ、少し年がいきすぎているようだが?男の方はいいが、この女
 は…ちょっとな~」

聖女の額にイラつきが生じるがあえて我慢しているせいか少し震えて
いた。

「なんだ?怖いのか?楽しい農場へ連れて行ってやるからな~。ここ
 に比べたら天国だぞ?まぁ~これからは縮小する様に言われたせい
 で、人数を減らすハメになってしまったがな~。今回の食糧はここ
 に置いておくぞ?」

その使者は聖女と天野を軽々と担ぎ上げると背中の羽根を広げた。

飛び立つ瞬間に椎名が飛び出ると両方の羽根を切り落としていた。

転げ落ちると天野は縄をちぎり即座に懐に入れて置いた短剣を飛ばし
ていた。
背中に刺さると突き破る勢いで突き刺さっていた。

羽根もがれた状態では逃げることもままならず這いつくばるように地
面に崩れ落ちた。

「これで終わりだ!」

椎名の剣が首を刎ねると、弾けるように飛び散ると霧散した。

「これでよかったのでしょうか…」
「よかったに決まってるだろ!もうこんな事はしなくていい。俺らが
 倒してやるから安心して暮らせるようになる。それまでは村を捨て
 てしばらく避難するんだ。それに食糧は大量に置いて行ってくれた
 し、一年はもつだろ?」

天野の言った通りだった。
そうかからずして椎名と一緒に倒して解決するはずなのだから、それ
までの辛抱といえばそれまでだ。

椎名には魔王を倒せるという自信がない。
あの圧倒的な魔力と破壊力を見て怖気付いたというのもある。

気配もなしに連れて行かれたのが悔しくてたまらなかった。

「さぁ、いくぞ」

椎名は天野に声をかけると歩き出した。

「おぉ、一緒に行くことを認めてくれたって事か?」
「どーせ、勝手についてくるんだろ?なら、勝手にすれば良い」

椎名は聖女には目もくれず速足で歩いていく。
後を追うように二人もついて行った。


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その数日後、魔王城にイム村の事が伝えられたのだった。

「なに?人間が我らの配下を殺しただと?」
「そうです、使者として行ったものが帰ってくるどころか灰になったと
 連絡がありました。反乱ととってもいいかと…」

サキュバス達の餌場の人員増強を目的とした村らしい。

「魔王様、今からその村に行ってきて事の次第を確かめようと思います」
「まぁ、好きにすればいいよ。ガスに任せる」
「はい。行って参ります。」

ガスはこういう事には生真面目だった。
ララはいつも春樹の体調を気にしているし、まるで人間となんら変わら
らにではないか?

このやりとりをした後は、こっそりとララと一緒に街へと下見に向かう。

「本当にいいのですか?こんなに間近に人間と触れ合うなど…」
「ララはこういうのは嫌だった?」
「それは…魔王様がそれでいいのなら…」
「ここでは…そうだな春って呼んでよ?」
「ハル様ですか?」
「う~ん、様はいらないかな~」
「いいえ、そのような事は…」
「まぁ、いいや。それでいいよ。ほら、行こう」

人の姿で魔力を抑える指輪をはめると街へと出掛けに来ていた。
魔王城の宝物庫には色々なアイテムがあって、この指輪もそうだった。
魔力を抑え込む力があって、20分の1まで減らせるらしい。
それでも、普通の冒険者よりは強いので困る事はなかった。

今来ている街は魔王城からも結構距離があるので、色々と噂が聞けない
かと見に来たのである。

冒険者ギルドへ来ると、少し揉めているのか騒がしかった。

「何かあったのかい?」
「それが…女が駆け出しの癖にベテラン冒険者に食ってかかったんだよ」
「へ~、それってどの子?」
「あれだよ、あのちっこいやつ。今一触即発で剣を抜こうとしてるやつだよ」

鑑定をかけるとレベル99と出ていた。
職業を見ると勇者となっていた。

「なるほど…彼女がもう一人か…」

鑑定は召喚された者しか使えないらしい。
春樹は野次馬をすり抜けると前へと出ると剣を抜こうとしている彼女のツカを
抑えると、相手の男の剣を突き飛ばすと壁まで蹴り上げていた。

「ちょっと話があるんでけどいいかな?」

にっこりと笑いながら話しかけたのだった。
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