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デス・ゲーム8日目 思い出された過去

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 礼拝堂の講演台の影で聖奈に導きをしてもらう事になった優笑。

「それでは目を閉じて……」

「はい……」

 聖奈の手は温かかった。
 柔らかく、優しい……聖母の手はこんな感じだろうか……。

「ゆっくりと貴女は小さな頃に、戻っていきます……私が一緒にいるから大丈夫ですよ……」

「はい……」

 そういえば、こんなやり取りを事件の後にも何度もした覚えがある。
 優しいお医者様に、優しいお姉さんに……。
 でも怖い事を思い出したくなくて心に蓋をした。
 
「優笑さん……優笑……心を楽にして……あの日に還りましょう」

「はい」

 怖い気持ちはある。
 でも、ソフィアとの会話を思い出さなければ……。
 
「あの日……貴女は廃工場にいた……一人ぼっちで……」

「そ、そうです……廃工場に……」

「オイルの臭い……何かの腐った臭い……おじさん達の……臭い」

「うぅ……そう……いや……」

 臭いを思い出すと吐きそうになった。
 
「貴女は見ているだけ……あの時の貴女じゃない。上から見ているのよ……」

「は、はい」

「救助される前まで時間を進めましょう……貴女は助かる! 頑張って」

 聖奈の声はまるで催眠術師のように心に染み込んでいく。
 
「はい……おじさん達に……役立たずと言われて……思い出したんです」

「何を?」

「私は……ナイフで刺されたんです……沢山……沢山……」

 優笑の脳内に、状況を上から見ている自分がいた。
 男が怒り狂って、少女を刺している。
 仲間の一人が止めた。
 そうだ『もうやめろ! 行くぞ!』そう言って男達は去って行った。

 手が震え出す……。
 血が沢山出て、痛みは熱に感じた。

「あぁ……いや……」

「大丈夫……ソフィアが来るわ……ソフィアに会いましょう」

「あぁ……そうだ……」

 寒くて凍えそうな手を、今の聖奈のように握りしめた手が……。
 金髪の女性、ソフィアだ。

「ソフィアが……来た」

 写真の女性だ。
 やはり……ソフィアだ。
 吸血鬼のソフィア……。

「彼女は……何を言っている?」

「私の名前を聞いてくる。私は優笑だって答えた……」

「名前?……それはどうしてなのか彼女は言いましたか……?」

「……契約だから……って……そうだ。名前の契約……をしないと奴隷になってしまう……」

「……奴隷に……」

「はい……」

「では、貴女はソフィアの後継者……?」

 そう言われて、思い出す。
 ソフィアの言葉を……。

 ソフィアはそっと寄り添うように小さな優笑を抱きしめてくれた。

「長く人間を見て、子供に何かを託すことが羨ましくなったと……その時は意味がわからなかったけど……それで……私に少しだけソフィアのかけらを残すって」

 そうだ、思い出した。
 優笑は、電流に打たれたように思い出した。

 彼女は最期に、人間の優笑に生きた証を残したのだ。
 それは永く生きた彼女の気まぐれだったのかもしれない。

「でも……戦う力じゃない私には守る力だけをあげるねって……」

 思い出される。
 また、こんな事にならないように……、自分の身を守ってね……と。

「守る力だけを……」

「はい……そうだ……だから私は……戦えない……」

 涙が溢れてくる。
 ソフィアはどんな気持ちで自分に託してくれたのか……。

 こんなデス・ゲームに巻き込まれなければ、一生気付かずに生きていたかもしれない。
 自分を守る力。

 でもソフィアの好意は今は武器を封印する結果になってしまったのか。

「じゃあ、貴女はソフィアの後継者なのですね……?」

「……後継者なのかな……ソフィアは私を……選んで助けてくれた……それだけです……」

「……本当に……なんの力もない……? ソフィアとの話はそれで終わり……?」

「……まだ話をして……るけど……」

 沢山のカラス……。 
 怖がる私を抱きしめて……ソフィアは何か教えてくれた……。
 そうだ夢でも見た。

 カラス達……。

 その先が見たい。
 だけど聖奈の声が、もう導くというよりノイズになる。
 どうして後継者という言葉にこだわるのか……。

「何を話しているの……?」

「……わからないです……まだ……思い出せないことが……あるのかも……」

「……そうですか……その時に、優楽は……いなかった?」

 今までの優しい声に少し苛立ちが混ざったような気がした。
 敏感な優笑は反射で手を離そうとしたが、聖奈は離さない。
 
「優楽……? 優楽は……いません……」

 どうして優楽のことを聞くの?
 そう思った時に、脳内にノイズが走った。

 血だらけの幼い姿の優楽……これは……!?

 バッと恐ろしさで目を開けた。

「……そう、あの子はソフィアとは関係がなかったのね……」

「せ、聖奈さん……私……」

「もう、十分です。ありがとう……それでは時間ですね」

「え……?」

「さぁ貴女達……時間ですよ」

 誰もいなかったはずなのに、後ろから目隠しをされ口を塞がれた。
 そして腕を縛られて優笑は殴られる――。

 
 
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