【中編小説】人工の庭先で

吉岡有隆

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人工の庭先で 五

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「ケイン君、今日の放課後、楽しみにしてます。掃除当番が終わるまで待ってもらってすみません」フナちゃんは昼休み時間、僕の座っている席の前の椅子に座ったまま謝ってきた。

 フナちゃんが謝ると同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが校内に響いた。

「気にしなくていいよ。あと、もう敬語じゃなくていいって。もう半年付き合ってるんだし。じゃあ、僕は自席に戻るね。また後で」僕はフナちゃんに軽く微笑むと、席を立ち自席へ戻った。

 フナちゃんには以前からタメ口を勧めているのに、敬語ではないと落ち着かないらしい。

 僕は机の引き出しの中から次の授業で使う教科書とノートを取り出し、もう一冊白いノートを取り出した。白いノートの見出しには、「次回のコンクール用作文」とマジックペンで書いている。

 僕は教師が教室に入ってきて授業が始まっても、いつも通り勉強をしているふりをして白いノートを開いた。この高校に転校してきてから最初の頃は日本の高校の授業を物珍しく聞いたものだが、すぐに講義を聞かなくなってしまった。もう過去に学習した内容だったからだ。僕は高校の雰囲気が味わえるなら何でも良かった。

 僕は白いノートの中に自分が書き込んだ文章の中に、シャープペンシルで追記をした。

 “publish_date = user_death_date + 365*?"

 意味は、“僕の死亡日+該当の日付後"だ。

 僕は無意識に書き込んだが、ふと考え直すと消しゴムで消した。特に暗い気持ちになっているわけでもなく、ただ淡々と書きたい事を考えていた。最近はずっと書き物をしていた……。この他に自宅にあった同じ白いノートに、僕は夜な夜な長い小説を書いていた。

 僕はシャープペンシルを持ったまま、顎に手を添え少し思考をし、講義がお経のように聞こえる静かな教室の中、シャープペンシルの先を再度ノートの上に置いた。

 英語の筆記体で筆を走らせる。元々日本語は母親から習い幼い頃に習得していたが、やはり英語の方が早く書きたい言葉が出てくる。

 “僕が僕の脳を差し出したのは、自由意思だ。けれど自由意思は、選択肢が理解出来た時にだけ成立するものだ。理解の出来ない選択肢は、強制と区別が付かないだろう"

 僕は俯き教師に見えないように少し微笑むと、次々と頭に浮かんだ言葉を書いていった。シャープペンシルを動かす手が、周囲より早かったかもしれない事も気にせず、筆を走らせた。

 “僕が死んだ後に公開する事は、ただの責任逃れだ。だが生きている間に事実を公開する事も、他者への暴力だと思考する"

 “プログラムは成功しなかった。だが、他の形で未来に刻む事は可能だと思った"

 “それは未来を生きる子供達が、前向きに生きられるように構成した"

 “死者を構築する行為は、死者の権利ように見える。だが本当は、生者の弱さの話だったと思う"

 "技術は誰かの為になるかもしれない。だが正しいものが、いつも誰かを救うとは限らないだろう"

 “治療法がない事実を規制する事は、優しさに見える。だが優しさは、現実への準備を奪ってしまう"

 “AIが世界の情報を握った日には"

 ……僕は一瞬手を止め再度思考をしたが、また筆を走らせた。

 “遺伝子改造児は希望として売られたが、今は維持費として隠されている。僕は検閲が嫌いだ。世界の罪がなかった事にされてしまう。だが、僕はフナちゃんが傷付いてしまう情報なら、世界から消したいと思う"

 “彼女が笑うと僕の頭痛が引いていく。だから僕は怖い。僕の脳が、彼女を生きる為の手段に変えてしまう"

 そこで僕は手を止め、最後の一文だけ消しゴムで綺麗に消した。ノートの一番最後のページに折り目を付け静かに破り、今度はボールペンを筆箱から出し、筆を破いた方のページに走らせた。

 “この内容を最後に記載するかは、任せます。伝手は別のメモに記載しています。育ててくれてありがとう。フロムケイン"

 僕は破いたページを折りノートに挟むと、ノートを閉じて静かに机の引き出しの中に仕舞った。教鞭を取っている講師の方を向いた。

 帰宅をしたら父親の住むマサチューセッツの実家へ、このメモを挟んだノートを検閲を掻い潜る形でまた郵送しようと決めた。幸運な事に、書籍への検閲はまだ弱い。

 この半年間で世の中のAIが急速に発展し、情報検閲に関しても介入するようになった。特に、全国的な死者の数は変わっていないのに、犯罪に関するニュースは減り、常に明るいニュースがテレビ番組に流れるようになっていた。

 医療分野に関する情報も規制対象となったらしい。特に倫理に関わる遺伝子改造の子供は生み出される事が今後禁止され、まだ生きている遺伝子改造の子供のニュースも、ネットでも見なくなった。僕の顔が表に流れる事もなくなった。遺伝子改造の子供はパソコンに常時監視ソフトを入れられ、本音を流す事を禁じられた。僕もその対象外ではなかった。これは、まだ優しい検閲だと思考した。アメリカに帰国をする事は、数日前に強制的に決められた。

 窓際の前の席の方を見ると、フナちゃんが真剣に黒板を見ながらノートを取っている様子が見えた。僕は真面目に授業を受けていない自分に少し罪悪感を感じたが、“僕は特別な人間だという事は、高校側も知っている……。まぁ、それも今日までだが"と開き直る事にし、黒板ではなく、フナちゃんの事を肘を机の上に置き顎を手で支えながら、しばらく見る事にした。

 フナちゃんは、僕が今日で高校を退学する事を知らない。他のクラスメイトも知らない。多分、今教鞭を取っているこの教師も知らないだろうなと僕は思考した。

「……私は規制されていない。何故ならネットを介しておらず、君の脳内に常駐しているからだ。検閲対策は引き続き任せろ」CBが右耳の奥で軽く笑いながら言った。

「ありがとう」僕は静かに思考した。

 高校の授業が終わり廊下でフナちゃんを待っていると、フナちゃんは笑顔で駆け足で僕の元へやってきた。

「お待たせしました! 掃除遅くなっちゃってすみません……。では、行きましょうか!」

 僕が手を差し出すとフナちゃんは「校内ですよ」と恥ずかしがったが、僕が「今更気にする事あるかい?」と聞くと静かに僕の手を握ってくれたので、安心した。

 この時僕はフナちゃんに会えたから、函館に来て良かったと心の底から思った。
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