【中編小説】人工の庭先で

吉岡有隆

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人工の庭先で ラスト

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 先程外から見た金森倉庫の赤煉瓦は、曇天の下積もったばかりの真っ白な雪に囲まれ、少しだけ沈んだ色に見えた。だが観光地として整えられた街並みは、行き交う人間の様々な感情を残しているようで、僕はこの場所が嫌いではなかった。

「ケイン君、これ見てください」

 フナちゃんと一緒に金森倉庫内でウィンドウショッピングを楽しんでいると、フナちゃんがガラス張りの店の前で足を止めた。アクセサリーショップだ。

 ガラスケースの中で、複数の指輪が照明を受けて整然と並んでいた。

「これ、可愛い」

 フナちゃんが指差した指輪を僕は見て、僕は横に居たフナちゃんの表情も見た。フナちゃんは純粋に楽しそうな表情をしており、先程から様々な店の前で「可愛い」と言うトーンと同じく、今の発言に深い意味を含まないように見えた。ただの可愛いものを見た時の無邪気な感想かと、僕は思おうとした。

 僕は一瞬、クリスマスのプレゼントにフナちゃんへこの指輪をプレゼントしたら、喜ぶだろうかと思考をしてしまった。だがすぐに心が冷めると、以前から決めていた事を脳内に浮かばせた。

「……“未来を約束する響きも期待も、絶対にさせない。深く残る贈り物は、絶対にしない"……。君はまだ十七歳だぞ? 一般的な十七歳は、ここまで深くは考えないだろう。君の彼女に対する独占欲は、日に日に増しているというのに。もう少し素直になったらどうだ」脳内でCBが淡々と言った。

 僕はCBの発言を無視し、視線を外し、店内を一度だけ見渡した。値段、素材、サイズ。条件反射のように情報を処理しながら、同時に、ここでは選ばないと自分に言い聞かせた。

 指輪だけは絶対に渡さない……。それは最初から決めていた事だ。

「ブレスレットの方が、普段着けやすいんじゃないかな」僕が近くに飾られていたブレスレットの方を指差して言うと、フナちゃんは一瞬きょとんとした顔をしてブレスレットの方を見た。そして笑った。

「確かに。指輪って、ちょっと気合い入りますもんね」

 僕はフナちゃんのその言葉に、思わず胸の奥が少しだけ軋んだ。……フナちゃんは僕の気持ちを、何も知らなくていい。

 フナちゃんはブレスレットをいくつか手に取ると、迷いながらも一つを選んだ。それはシンプルで細く、主張の少ないものだった。

「これ、好きかも。買っちゃおうかな……。どう思いますか?」フナちゃんは笑顔で僕を見て聞いてきた。

「可愛いね。似合ってるよ。じゃあ、それにしよう」僕はそう言うと、レジへブレスレットを持って行こうとするフナちゃんからブレスレットを取り、レジへ向かった。

「えっ。駄目ですよ、私が自分で買いますよ」フナちゃんは戸惑った声を出した。

「今日デートでまだ何もプレゼント出来ていないし、これくらい買わせてよ」僕は笑顔を作りフナちゃんに伝えた。

 ……ブレスレットなら、いいだろう。これくらいは渡したかった。何かあった際に、フナちゃんの心の支えにでもなるだろうか、そうなればいいな、と思いながら購入した。

 店を出た後、フナちゃんは何度も手首を見ては、少し照れたように笑った。

 僕もフナちゃんの笑顔を見て、笑顔になった。……それで僕は十分だと思った。……十分なはずだった。

 その後、僕は一人で金森倉庫に来て、一人で同じ店へ戻った。照明に照らされた指輪は、フナちゃんと見た時よりも冷たく感じた。

 僕はふと、一ヶ月前に僕が頭を下げたフナちゃんの父親の顔が脳裏に浮かんだ。

 偶然フナちゃんと歩いていた高校の帰り道に出会ったフナちゃんの父親は、フナちゃんとの交際に反対した最初の理由を、多くは語らなかった。僕の事をテレビで知った、とだけ寡黙に呟いた。寿命の事だ。

 最初、僕は身を引こうとした。だが泣くフナちゃんを見て、僕は自分の気持ちに嘘をつきたくないと思った。何度か頭を下げたら、フナちゃんの手助けもあり、交際は認められた。

 だが、交際に関する条件を三つ、フナちゃんの父親から僕は提示された。

 一つ目は、フナちゃんの学業を疎かにさせない事。二つ目は、フナちゃんへの言伝だったが、外泊をするなら、友人の家に行くと嘘をつかない事だった。そして最後は、僕の顔を見て、「出来る限り長生きをしなさい」とフナちゃんの父親は言った。無表情で淡々としていた。

 だが、僕はその時「はい」と答えておきながら、その三つ目だけは僕には約束が出来ない事を知っていた。

 僕は、普段から“学生結婚"というワードが浮かんでいた。もしもフナちゃんと結婚が出来たら、普通に指輪を渡せる。遺産も、形式上はフナちゃんに残せる。フナちゃんとの交際を許可してくれたフナちゃんの両親にも、遺産を遺したかった。

 だが、僕はすぐに思考をした……。正気じゃない。

 それはもはや愛情ではなくただの現実逃避であり、僕の欲望だったからだ。

 断られたらどうなる? もう死ぬまでフナちゃんの側に居られなくなるかもしれない。フナちゃんの父親との約束も破る事になる。フナちゃんの経歴を汚してしまう。そして何より、フナちゃんの未来の可能性を、僕の欲望で縛る事になってしまうかもしれないと悟った。

 それでも、フナちゃんが誰かと結婚をする未来を思い描くと、胸の奥が冷えた。本当は、フナちゃんを誰にも渡したくない。彼女が僕以外の誰かと結婚なんて、嫌だ。……そこまで考えてしまい、僕は、自分が嫌な人間だと思った。そんな感情を抱く資格は僕にはないと、激しい嫌悪感を抱いた。

 僕がレジに向かう途中、店の奥に飾られたウェディングドレスが視界に入った。

 ……フナちゃんは、似合うだろうな。

 僕はそれ以上は考えない事にし、視線を外した。

 指輪は買った。だが箱に入れ包装し、宛名を書いた。マサチューセッツの父親宛てだ。

 郵便局から帰宅後、僕は父親にメールを送った。事実だけを書いた。

「大事な物を送ったから、受け取りを頼むよ。僕が買いたかっただけだ。場所を取るなら、捨てて構わない」

 僕はメールを送った後、自宅でベッドの上に倒れ込みスマートフォンを布団の横に投げると、もう何も考えたくなくなった。

 その後ふと夜中にスマートフォンが光り、父親から返信が来た事を知った。

「小説ではなく、次は何が届くのか楽しみにしているよ。お前の物は、全て大事に保管している」

 僕はスマートフォンを持つ指が止まった。……今の僕の父親は、良い人間過ぎる。いや、僕が死んだ後はどう動くかは分からない……。僕の稼いだ遺産目当てなのでは? 送ったものは全て、実は捨てられているのでは? 僕はそこまで思考してしまうと自己嫌悪を抱き目をぎゅっと瞑り、何も考えない事にした。僕は画面を閉じ、またベッドに横になった。少し頭痛がしたが、先程頭痛薬を飲んだばかりなので、徐々に頭痛薬が効く事を祈った。

「CB」僕はベッドの上に仰向けに横たわりながら、声に出して呟いた。

 右耳の後ろの方で待機状態の気配が動いた。最近はしばらく、CBに「オフモードで頼む」と伝え、最低限の会話しかしないようにしていた。

「父さんにも、何かプレゼントを送ろうかな」

 自分でも意外な問いだと思った。これは遺言でも、区切りでも何でもない。ただ、次に何を選ぶかという相談だ。生前に後悔のないように生きようと思った……。今まで良くしてくれた父親の事を、信じよう。僕は人を疑いすぎるのが、悪い癖だ……。そう思考をし、フナちゃんにはいつ言伝をしようかを悩んだ。

「……検討に値する問いだな。君の父親なら、君の贈り物は何でも喜ぶだろう。手紙でも書いたらどうだ?」

 CBは即答せず、少し間を置いてから答えた。

 僕は目を閉じ、フナちゃんと行った時の金森倉庫の夜景と、早く飾られていた金森倉庫の外の巨大なクリスマスツリーのイルミネーションを思い浮かべた。ベッドの上で静かに息を吐いた。

 僕の買った指輪は、誰の指にも嵌まらない。それでいい。

「結婚は、物語の中では可能だ」

 CBがふと呟いたので、僕は目を開けるとその場で上半身を起こした。

 部屋のデスクの上に置いたままだった白いノートを思い出すと、僕は好奇心と創作への妄想が脳内を満たしてくれた事を救いに思い、デスクへ向かう為に立ち上がった。

「……やはり、君は前向きな人間だ」CBが明るい音声で囁いた。

「フナちゃんとデート中と、執筆中はオフモードで頼むよ」僕は言う事をたまに聞いてくれないCBに対してそう思考して伝えながらも、感謝の念が心を過った。
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