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3章 では、再生を始めよう。お茶で!

お客様はアサシンの頭目でございます

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「アサシンギルドの当主………でございますか?」

「うむ、チャキ殿に分かり易く言えば、暗殺者・盗賊の頂点に身を置く者であるな」

「無気力なままの方が良いのでは?」

「逆だ。無気力である方が困るのだよ」

「と言うと?」

「確かに暗殺者や盗賊の頂点と聞くとなるほど、心証が悪いだろう。しかし、彼が居るからこそ助かる点があるのもまた事実なのだよ」

王の言葉に思い返す。勇者が去り、魔王が居なくなったこの世界、なるほど……

ね」

勇者が魔王を打倒し、魔物が大人しくなり、勇者が去り、無気力になった国軍となれば、人間の脅威となるのはどこか?盗賊の類である。その動きを知る為でもあるという事だ。確かにリスクも高いがメリットも大きい。

「と言うか、よく今まで無事でしたね?」

「あ~、うむ。無気力で護衛とかもあんま出なかったけど、ぶっちゃけた話、盗賊達が今商人を襲ったりしたらどうなるか?が一番分かってたようでな?後、暗殺者に至っては…………な?」

「あっ………」

思わず、王と顔を見合わせて頷き合う。要するにだ、唯でさえやる気が出てない商人を襲えば流通は止まる。それだけなら盗賊には害はないが、略奪=殺す、よしんば、命が助かったとしても無気力な商人達は物資が奪われたと言うだけで、そこで諦めてしまうだろう。
短期的に見れば盗賊達に損は無い。しかし、長期的に見れば、獲物が減っていくのだ。
暗殺者に至っては、誰を殺す?と言う話になる。世界規模で人が無気力状態なのだ。誰が、いつ、どこで、死んでも仕方ないと思われる世界だ。ぶっちゃけ、暗殺しました!より、普通に何かが起きる事で死んでる事の方が多いのだろう。

「ジャック殿が気力を取り戻す。イコールそういう事ではあるが、大きなリスクに大きなリターンがある。冒険者ギルドに商人ギルド、そして、国の機関ですらも把握出来ない闇の部分の統括者。再び立ち上がって貰わねばならぬ」

闇の部分を統括する者の気力を取り戻す。つまりそういう事ではあるが、責任の所在者が確定するのは国にとって大きいのだろう。その分、リスクも大きいが、今回は王が統括者に貸しを作る形になる。リターンは非常に大きいと言えるだろう。

「で、その、ジャック殿の原因は?」

うん、まあ、答えは分かり切ってるんだけどね。

「勇者。後継者に考えてたそうだ」

デスヨネエエエ!勇者君、割と君が大原因だぞ、勇者君!もうちょっと、整理してから帰ってくれよ、勇者君!



「と言う訳で、ジャック殿の情報が欲しいのですが…」

「直ぐ私の所に来る辺り、良い洞察力と行動力をお持ちですね。どうぞ、喋るより、資料をご覧になられた方がよろしいでしょう」

店に呼んで聞き出すも考えたが、流石に事が事である、懇意ある商人ギルドマスターの部屋ならば、色々な意味で安心だったという選択肢は大当たりだったようだ。と言うか、一般店舗でアサシンギルドの話題とか出来るもんじゃないよね………

「ええと……」

アサシンギルドマスター、ジャック。男性、竜人。年齢、アサシンギルド設立数えて3000歳を超えると思われる。性格は冷静ではあるが豪快でもある、とある。

「…………竜人?」

「竜を信仰し、人の姿のままに竜となった者ですね。ジャック殿は中でも強力な黒竜を信仰してると言われています。ちなみに、魔王討伐の際には自身の強さで王都の守護を任されていました」

は~。凄い人(?)も居たものだ。続きを読んでいく。全世界を股にかけるのがアサシンギルド。その設立に拡張も彼が一端を担っている。つまりは、世界中の美味も知り尽くしているとも言えるだろう。

「ここまでになると、アサシンギルドメンバーが茶菓子の入手とかしてそうですねえ」

「ありえない事もないかもしれないですね」

これはまた、難しいお客様も来たものだ。今までの茶道はほぼ全て見られている可能性を考えると、キーポイントとなるのは茶菓子になるだろう。しかし、珍しい茶菓子ともなると、難しくもある。しかも、このジャック殿のやる気を出す茶菓子と言う条件も大きい。う~む?と唸りつつ、とあるページで手が止まる。

「ん?これは本当ですか?」

「え~と。ええ、本当よ。下の方は知らないけど、上の方では結構有名な話ね」

よし、決まりだ。次のもてなしが決まった所で、早速商人ギルドを出て、準備にかかる。準備に少し時間がかかるので、礼を言った後、急いで店に戻る事にする。さて、コレが吉となるか、凶となるか………



「お待ちしておりました。ジャック様、こちらへどうぞ」

「うむ……」

まずは普通に出迎える。茶室作成も下手な小細工はせず、店内の一角にいつもの通りに行う。すでに知っている事を前提にすれば、下手に豪勢にしたり、いつもとは違う趣向を凝らしても仕方ない。ならば、茶菓子で驚きを与えればいいのだ。さて、上手くいくかな?

「茶です」

「うむ」

なんというか、元主の茶席にたまに来ていた無愛想な武士とかに通じる物がある。しかし、ちゃんとが出来ているあたり、予想通り、情報を集められているし、茶菓子も一部渡ったと見てもいいだろう。かのギルドの評判が本当なら警護の兵士の目をごまかすぐらい訳は無いし、変装も訳すらないだろう。

「苦いな」

「苦みも味わう茶でもありますので……」

「そうか……」

う~ん、武骨!無駄な会話がほぼ無いのが更に、武士を思い起こさせる。実際に、今、この間合いは彼にとっては絶妙の間合いだろう。きっと、自分の隣に熟練の剣士が居たとしても、彼は剣士に斬られようと、自分だけを狙い斬ってのけるだろう。なるほど、暗殺者の長だ。
そして、自分の刃は茶道だ。そちらの刃が到達する前にこちらが倒してやろう、ジャック殿。

「茶菓子です。品名は食べてからで。手づかみでパクリとどうぞ」

「ふむ」

まじまじと見ているが、断言する。外見からだけではだろう。匂いもいるだろうからね。
菓子皿に乗っているのは2つの大福。茶道に詳しい人なら外見からでは分からないというだけでヒントになるだろう。しかし、このまだ茶道が広がり始めたばかりの世界で、尚且つ、初めて出す菓子の全貌が分かる訳が無い。そう、これは………

「っ?!これは、ベリ―?!この白い皮と餡子とやらの中にベリーが丸ごと入っているのか?!」

「私の故郷では苺と呼んでいます。名付けて、苺大福です。もう片方もどうぞ」

そう、苺大福。苺のかすかな匂いも皮と餡子の層で消えてしまっているから、食べれば驚くだろう。

「こちらはベリーをハチミツで漬けた物か?!」

調査書の通りだな。彼はという事だ。実はここに来る間も内心ワックワクだったに違いない。ついでに言うとであると言う事も大きいだろう。まあ、強面の竜人でアサシンギルドの頭目がまさかスイーツ食べに行く!など言える訳も無いよな、うん。
が、苺大福を出したのも、これだけが狙いと言う訳ではない。依頼の方も果たさねばならないのだから。

「こちらの茶菓子はいかがでしたか?」

「うむ。甘いが茶の苦みでちょうど良い塩梅になる。素晴らしい」

「ええ。今回の茶菓子である苺大福は外見は普通の大福です。素人目に見ても、ベリーが入ってるなど夢にも思わないでしょう」

「うむ。この外見は少し大きいな?程度しか思わないであろうな」

「ええ。例えば……物が実はのは我が故郷でも良くある事でしてね」

「………………」

「身近な物が意外と自分にとっては大きい物であるのは良くある事ではないでしょうかね?おっと、茶のお代わりは?」

「………頂こう」

彼の心の病は勇者がきっと優秀過ぎたのだ。憧憬にも似た感情だったのだろう。それほどまでに、才能に溢れた者が帰ってしまった。それ故に彼は見えなかった。それまで、積み重ねてきた者達が見えなかった。そう、問題の解決など簡単だったのだ。ただ一言、誰かが助言するだけで良かったのだ。

「後ろを見ろ………か………」

「何か申されましたか?」

「いや、改めて見ると、見事な手法だな」

「恐れ入ります」

彼の言葉はわざと聞こえない振りをした。きっと、もう大丈夫だろう。



「うぅむ………ジャック殿、どうしても必要か?」

「是非も無いほどに……いえ、必ず必要となる日がありましょう。それがかなり前倒しになるだけかと……」

「しかし、確かに今は盟約と大戦の結果により、大人しくはあるが……」

「決断を、王よ。嬢の歓迎を………」
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