小料理屋「和膳」へようこそ!

彩世幻夜

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ワンオペママ

満ち足りて溢れたものは

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    「はいよ、お待ちどう」
    じゅっとフライパンで油が跳ねる音、小気味良い包丁のリズミカルな音、レンジの稼働音。
    今時珍しくBGMのない静かな店の中に調理中の楽しげな音が弾み。
    どんとカウンターに出された丼。
    「お姉さん、上着脱がないの?    ハンガーあるよ?」
    カウンター席を選んで座ったまま音に聞き入ったところに声をかけられた。
    外は寒くても、店の中は暖房が効いて暖かいし、食事をするのにコート着っぱなしもどうよと普通は思う。
    しかも私が頼んだメニューはデミグラスソースの匂いが食欲をそそるロコモコ丼。……デミグラスソースの跳ねを気にするのは女性なら当たり前。
    「……ごめんなさい。ちょっと訳あって今日は上着脱げないの」
    しかも今の私は素っぴんだって事を今思い出した。どうしてイケメンが立つカウンター席なんか選んじゃったのか、数分前の自分の浅慮を全力で呪いたい。
    「いただきます」
    顔を隠すように下を向いて箸を取る。
    まずはデミグラスソースたっぷりのハンバーグに箸を入れ、口へと運ぶ。
    粗挽き肉の食感の絶妙さにまず驚き、じゅわっと溢れる肉汁の旨味が濃厚なデミグラスソースと絡まり舌を喜ばせる。
    「美味いだろ?    あんたんとこの店で買った肉だ。……またしても和華の奴が合挽き肉の発注数を間違えてな」
   でも、今日は仕事中に彼は見かけなかったから、自分が帰った後の事だろう。
    続いて半熟の目玉焼きの黄身に箸を入れ、トロリと溢れる黄身と一緒に口に入れれば、濃厚なコクがソースの塩味をまろやかに抑えてくれる。
    すぐに無性に白飯が欲しくなり、米と一緒に食べる。……甘いご飯はデミグラスソースとの相性抜群で、久々に営業スマイルでない笑みに頬が緩んだ。
    付け合わせにはマッシュポテト――と思ったら、口の中で違和感が。荒く潰したジャガイモの食感以外に濃厚で不思議な食感がある。味付けもタルタルソースで和えられたこれは……
    「ポテトサラダ?」
    「そうだ。ジャガイモとアボカドを特製タルタルソースで合えている。デミグラスソースとの相性も抜群だしな」
    酸味のあるタルタルソースにデミグラスソースと卵黄、肉の旨味にほくほくのジャガイモと濃厚なアボカドの合わせ技にひたすら白飯が進む。
    自分の装いの事などすっかり忘れて食事に邁進する。
    「あっ、あの……これ、良かったらどうぞっ!」
    と、大学生君が突然ティッシュをボックスごと差し出してきた。
    何事かと顔を上げると、頬の冷たさに気付く。頬を涙が静かに伝い、ポロポロ溢れていく。
    大学生君は女の涙に慣れていないのか、おろおろとうぶな少年のような顔を明後日の方向へ向けている。
    何だか新鮮な反応に少し心が軽くなった。
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