唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜

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初めての鑑定式です。

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    「おはようございます、お嬢様」

    私の家は裕福ではあるけどお貴族様ではない。
     使用人は居るけれど、お貴族様の教えにみたいに毎朝起こしに来てくれて、紅茶を淹れて身支度を整えてくれるステキ侍女もイケメン執事も居ない。
    いや、一応まだ今日三歳になったばかりの子供だから、頼めば着替えの手助けくらいはしてくれるけど、基本は自分で起きて自分で着替える。
    一通り自分の身の回りの世話が出来る年頃になれば、彼女達の本来の仕事である部屋の掃除と洗濯以外はしてくれなくなる。

    ただし、今日は特別。
    いつも起きる時間より一時間早くに起こされ、風呂に放り込まれる。
    風呂場自体は各個室に備え付けられているけど、水道なんて勿論無いから、魔道具を使って水を張り湯を沸かす。
    この魔道具自体も高い上に燃費も悪いので、裕福な我が家でさえ湯船に浸かるのは二、三日に一度だ。
    それが今日は香りの強い花を浮かべ、肌に良いオイルを垂らした湯船の中で頭から足の爪先まで磨かれた。

    風呂から上がればまた別動隊が待ち構えていて、わちゃわちゃと着せ替え人形にされ、髪もきっちり結われた。
    ようやく包囲が解かれ、改めて鏡を確かめれば、さすが乙女ゲームの悪役令嬢。

     艶やかな銀髪は基本ハーフアップに、細かく三つ編みを編み込んで、花飾りを添え。
    ドレスの色は青。
     お貴族様じゃないから、レースやフリル、宝石飾りの無いシンプルなデザインだけど、悪役令嬢らしく少しきつめのハッキリした顔立ちの私には可愛らしいドレスより似合っている。
    「おはよう、アンリ。まあ、もうお支度が済んだのね。良く似合っているわよアンリ。さあさあ、それじゃあ朝ごはんにしましょう、お父様も食堂で首を長くしてお待ちよ。存分に見せびらかして来なさい」
    「はい、お母様」

     アンリがそうして部屋を後にするのを見送って。
    「相変わらずお嬢様は大変ご聡明でいらっしゃいます。今日の鑑定式の結果が待ち遠しいですわ」
    「エルザ、分かっているでしょう?   初めて鑑定式なんて、出生登録の方がメインで、最初からスキルに恵まれるのは稀だって。……あの娘にとって中途半端な目立ち方は身の破滅を招くわ」
    「おいたわしい事ですわ。あのまま育てばお家にとって欠かせないお方になりましたでしょうに」
    何にでも興味を示し、貪欲に学びを欲する娘――。
    本人は隠密行動していたつもりでも、当然大人達には筒抜けだった。

    「どうせ目立つならいっそ大いに目立つべきね。実はね、旦那様とも相談して何人かあの子の為の教師を見繕ったの。あの娘は何を学ぼうとするのかしらね?」
     貴族の子であれば教養が必須で、12歳の学校入学時迄に教師を雇い学ぶのが通例だが、いくら裕福な家庭でも平民ではせいぜい家業に有用な――例えば商家であれば読み書き算盤を教える手習い塾に通わせるのがせいぜいだ。
    「どんなに目立たず大人しくしていようとどうせいびられるなら、いっそぐうの音も出ないほど目立ってやればいいのよ」
    「ま、まあさすが奥様ですわ……お、おほほほほ」
    ふわふわと慈愛溢れる笑みを浮かべていても、彼女は頑固で気難しい荒くれ者の多い職人達をまとめ上げる力のある一族の血を引く人間だった。

    「さあ、そろそろ良いかしらね。鑑定式に遅れてしまうわ」
     「はい、奥様。ライルに馬車の支度を申し付けて参ります」

*******************

    「お父様、おはようございます!」
     お母様の言っていた通り、食堂にはやけにそわそわと落ち着かない様子のお父様がいらっしゃいました。
     「おお、アンリ。ああ、とても素敵だよ、さすが私の愛娘だ」
    あれだけ大勢の人が居たパーティーではあんなにご立派だったのに、今目の前に居るのはやに下がったただの親バカ。
    淡い金髪に面長の顔は凛々しいのに甘くも見えるやり手の経営者の面影がどこにもない。
    私を軽々抱き上げくるくると振り回す。
    「今日のお式には、お父様も来て下さるのですか?」
    「勿論だとも!  お父様もお母様もアンリと一緒に行くよ。この日のために必死で仕事を片付けて休みをもぎ取ったんだからな。誰にも文句は言わせないよ」
    私を振り回しながら、やけに晴れやかな様子でお父様が笑う。

    「あなた、その位でやめにして下さい。せっかくエルザ達が頑張ってくれた仕事が台無しになりますわ」
    私に少し遅れてお母様がいらしたところで、食堂に控えていたメイドが給仕を始める。
    お母様が優雅に着席したその隣の席に慌てていそいそと座り直すお父様。
     私も二人の向かいの席に付く。

     せっかくの衣装を汚さないようにという配慮なのか、今日の朝食メニューはおにぎりとお味噌汁にたくあん。
    あ、でもお祝いだからなのか、中身が筋子とぷりぷりの大海老入りのエビマヨとずいぶん豪勢だ。
    ああ、異世界で序盤から米が食べられる贅沢よ……。
    まあ、おにぎり二個くらいはあっという間に食べ終えてしまったけど。
    今日ばかりはあんまりのんびりもしていられないし。

    食後は再度メイドさん達に拉致られ軽く化粧を施された。
    ……あれ、おかしいな?    確か午後からのパーティーに備えて疲れ過ぎない様に気を付けるつもりだったはずが、何かもう既にほんのり疲れたんだけど……?
    完全装備が整ったところで屋敷の前には既に家の馬車が準備万端で待ち構えていた。

    はい、私アンリ=カーライル、三歳にして初外出であります。

    「行ってらっしゃいませ、旦那様、奥方様、お嬢様」
     折り目正しく見送りに出てきてくれたのは、我が家の家令。名前は勿論お約束のセバスチャン。
    「ああ、行ってくる。パーティーの件は任せたよ」
    お父様もがそう声をかければ、馬車がゆっくり走り出す。
     車体はいつだったか日本のニュースで見た皇室の馬車の様な優雅なものではなく、ホームズの時代にタクシーとして使われていたような小さな馬車。
     本来二人乗りの馬車の席にお父様とお母様が座り、私はずいぶんと機嫌の良いお父様の膝に抱えられている格好だ。
     御者は車の後ろに据えられた御者台から鞭をふるい、手綱を操る。
     こんな馬車でも平民からすれば贅沢品なのだろう。
     荷車を引く馬車や旅に使う大きく頑丈な馬車は見かけても、人を乗せるだけの馬車にはほぼ全てにいずれかの貴族家の紋章がある。
    勿論お貴族様仕様の馬車は馬を四頭も六頭も繋いで引く大きな馬車だ。

    産業革命もまだ、蒸気機関も開発されていない世界だから、スモッグの類いとは無縁だが、清潔の観念も怪しいせいか、若干すえた臭いが鼻につく。
    町の人間も髪や瞳は色とりどりだが、総じてやはりかつての英国風の装いだ。
    町並みも基本石造りの建物が並ぶ。
    道も石畳で舗装はされているけれど、電車や自動車に乗りなれていた私にとっては何かそういうアトラクションに乗っている気分になるくらいには揺れた。
    なによりお父様の脚が……パッと見以上に筋肉質で固いせいで地味にお尻が痛い。
    凄く嬉しそうなお父様を見ると言い出しづらくて結局教会に着くまで我慢することになっちゃった……。

    「さあ、着いたよ」
     お父様は私を抱き上げ馬車から下ろしてくれたのは良いけど……うう、お尻痛いよぅ。
    お父様は続けてお母様のエスコートをして馬車から降りるのに手を貸している。
    広い通り沿いに建つ教会に馬車を停める場所なんか無いから、また後で迎えに来て貰うらしい。

    周囲には、他にも今日が誕生日の三歳・五歳・七歳・十五歳・十八歳の子と、その保護者と思われる人々が集っていた。
    いや、勿論十五歳や十八歳の人たちは一人できていたし、七歳の男の子も一人みたいだけど。

    「お父様、鑑定式は皆ここでするんですか?」
     「うーん、この地区に住んでる平民の子は皆この教会でやるんだ。教会は地域ごとに一つずつ建っているから、皆最寄りの教会を使うんだ。まぁ、お貴族様は神官様を呼んで自分の屋敷でやると聞いた事があるけど」
    「ふーん、そうなんだ。じゃあお父様やお母様もここでやったの?」
     「ああ、でも私やお母様だけじゃないよ。お祖父様やお祖母様、叔父さんも皆ここでやったんだよ」

     やがて教会の鐘の音が町に鳴り響き、午前十時を知らせると、教会の扉が開き、一人の女性が出てきた。
    「皆様、鑑定式にお出での方ですね?    では、こちらへどうぞ」
     紺色の飾り気の一切ないワンピースドレスを着た彼女が先に立って歩き出すと、既に手順を知り尽くしているのだろう年かさの者からその後について進む。
    私の他に三歳の子は二人。どちらも男の子で、継ぎ接ぎだらけの服を着ている。
    一緒にいる両親も、不潔でこそないが着古した一張羅を見るとあまり裕福な家庭ではないのだろう。
    パリッとしたスーツをお洒落に着こなすお父様に気後れし、何度もペコペコ頭を下げて先を譲って来たので、複雑な気分になりながらも彼らより先に建物の中へと足を踏み入れた。

    扉を入るとまずだだっ広い円形ホールがあった。
    正面の舞台の上には何体もの石膏像が立ち並んでいる。
    あの中央に立つ一番大きな像がエルシー様、かの大国と大陸の名の元となった一番偉い神様。
    エルシー様に比べ若干小さい四つの像が、世界の自然を司る地のノーム様と海のウンディーネ様、炎のイフリート様と風のシルフィ様。
    さらにそれを囲むもう一回り小さい、魔法の五大要素を司る神様達。
    木のコダマ様、水のレイン様、金のアイン様、土のアーク様、火のサラ様。
    他にも数体飾ってあるけど、全ての神様を飾るならこのホールの面積では全然足りない。
    あそこに並ぶのはこの国及びこの教会で贔屓にされている神様なのだろう。

    最後の一人がホールに入ると、入り口の扉は閉じられ、代わりに箱を抱えた若い神官と、立派な顎髭をたくわえた老神官が舞台脇の扉から登場した。
    若い神官が箱から取り出したものをせっせと組み立てる横で、老神官が高らかに宣言した。

    「それでは本日の鑑定式を始める!」
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