イロトリドリ

宝。

文字の大きさ
26 / 29
if童話

もしも桃太郎が……漆

しおりを挟む
椿が襖の向こうへ声をかけ、返事が帰ってきた途端に開け放たれたその先をマヌケな表情のままみやると、そこは落ち着いた畳の一室で、上座には

一体の紛れもない鬼がいた

厳格な顔つきは原始的な恐怖を煽り、娘の可憐な姿が一輪の花とするなら、ただそこに座っているだけの堂々たる姿は神木のようなある種の神々しさ、荒々しさを秘めている。丸太のように太い腕や首に、今まで見たどの鬼よりも立派な角。
娘のそれとは違う深い蒼の瞳は、針のように鋭い厳格さと、海のように深い叡智を讃えている。
鴬茶うぐいすちゃと少量の油色の糸で織られた着物は、いわおのような雰囲気とよく合っている
ここに来るまでに見かけたどの鬼ともワケが違う

これが鬼の頭領……

「……まずはそこへ座れ、人の子」

低く、落ち着いた声だった
促されるまま、私はこの鬼の正面に座った

「紹介しよう。私の父で現頭領、逢魔 海棠おうま かいどうだ」
椿の真面目な顔の中に少し笑いを堪える気配がしたのは気のせいだろうか
「そして改めて、私は逢魔 椿おうま つばきという。周囲には"姫"と呼ばれてはいるが、私自身はあまり好まん。椿とだけ呼んでくれ」
「そ、そうか……自己紹介が遅れたな、私は桃太郎。おのが使命によってこの場に参上した」

静寂

「それでは、その使命とやらについて聞こうか」
沈黙を破ったのは鬼の頭領・海棠だった
「私の使命は、村を襲った鬼どもを倒し、村から奪われたという宝を取り返すことだ。ああそうだ……本来ならこのように話などせず、即座に切り捨てればよい、いや!切り捨てなければいけないのだ!」
それまでの正座から右の足を立て、抜刀しようと左腰の刀の柄に手を触れた時だった

「待て!」

鋭く響く一声

声の主は椿だった
紫の瞳は何かを訴えるように強く光り、毅然とした態度でこちらを見つめている
するとその父は強い意志をその眼に映し、あたかもさとすように言った
「人の子…桃太郎といったか、そう決めつけるのは早計というものだ。私の話を聞いてからでも遅くはあるまい」
長考の末、海棠のいうことにも一理あると思った
「……ならば聞かせて貰おうか」
再び腰をおろし─今度は胡座あぐらで─座る
「ここに来るとき、1度目は集落の長から、2度目は案内役の鬼から聞いた事だ」
そこで少し息を吸い、続く言葉を言い切る
「"本物の鬼"というのは、どの鬼のことだ」

この問に対して、頭領は少しの間黙り、やがておもむろに口を開いた
「その問に答えるのは非常に難しいが、一言で言うならば"心の醜さ"となるだろう。これはなにも鬼に限ったことではない」

「むしろ欲にまみれた人間こそが、本物の鬼と言えるだろう……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...