星の迷宮と英雄たちのノスタルジア

いわみね

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第30話 ロデリックくんのパーティ強化計画

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 宿の部屋に戻ってそれぞれ買い込んだ物の整理を終えて、再びロデリックくんによる私たちの強化計画案に耳を傾ける。

 概要としては目的地への移動を利用して、基礎体力と基礎魔力を鍛える訓練を同時に行う――という効率的な提案だ。
 途中、百犬隊や魔物のことについても情報が得られるかもしれない。
 馬車に乗って移動するだけでは得られない成果が見込めるに違いない。

 ガレディア領は基本的に幹線道も整備されているし、宿場町はもちろん衛兵も各地に配備されている。
 ガイアスくんたちと一緒なら魔物や魔獣も脅威とならないだろう。
 問題はその移動距離に掲げられた目標日数の短さだ。
 3,000カロノーツを15日で移動するためには毎日200カロに及ぶ移動が必要だ。途中には西に比べ小規模ながら砂漠もある。
 一般的にヒトの歩く速さは1刻で2カロノーツくらい、走って6カロノーツ程度だろうか。
 1日に移動できるのは休憩を取りながら20から25カロノーツ。
 もっとも、持久力と魔力、元の身体能力が高ければそれ以上の移動が可能だし、身体強化の支援魔術でそれを補うことも出来はする。
 それでも日に100カロノーツ走ったというのがお酒の席なんかで自慢話として聞こえてくるくらいだ。

 ただ、私の耳に届くようなのは一般のヒトの話であって、ロデリックくんたちの常識とは違うのだろうか?
 百犬隊の移動の速さには驚いていたけれど。

「15日はさすがにきついだろう」
 と言うのはガイアスくんだけなのだ。
「身体強化の魔導術も連続でかけ続けるのはバッシュたちの負担が大きすぎる……」

 バッシュくんとノアくんたちは少し話したあと、シナップくんたちと一緒に塔の飛行船を見学しに行き、まだ戻っていない。
 その間、ロデリックくん、ガイアスくん、そして私の3人は、興味の有り無しも手伝い訪問者に備えて先に戻っていた。

 飛行船は比較的大きく外観はエドくんのと似たもので、色が数色施されていた。空中に浮かんでいるものの魔石依存のエネルギーは移動できるほどには残っていないのがわかった。消費されたエネルギーは塔の機構システムが回収され『燃料魔石』として保存されているそうだ。
 私たちにとって古代の遺産であり、見たことのない仕様の飛行船を見たバッシュくんとノアくんは大興奮。
 ジャックくんの琴線にも触れたようで、バッシュくんたちの手前なのかエレイナさんとふたり平静を装っているだけではしゃぎ出しそうな雰囲気があった。

 ロデリックくんはエレイナさんとジャックくんが一緒のまま戻らないせいか、少しばかり……かなり不機嫌そうな表情だ。

「いくら鍛練が目的であっていくらか無茶な計画というものではないかい。私自身もついていく自信がない」
 いくら能力向上の支援魔術で移動するにしても、効果は一時的なので、バッシュくんたちは支援魔術を全員に連続で使用する必要がある。

 ガイアスくんに続いて私が言うと、ロデリックくんが機嫌の良くない表情のまま少し頷いた。
「そこで羊くん、君にもこの移動の中で支援魔術を使えるようになってもらいたい。それだけでパーティ全体の底上げが可能だ」
「な、なるほど」
 あっさりと解決案が出てきてしまったね。
 たしかにそれならバッシュくんたちの負担が大きく減るに違いない。
 『地縛りアースバインド』の改良ばかりしていたけれど、バッシュくんたちのように支援魔術を覚えて欲しいとハッキリ言われたことは、私の気持ちを支援魔術習得に向かわせるのには十分だった。

 ちゃんと考えてくれていたんだとほっとしたのも束の間、はたして肝心の私は支援魔術を扱えるようになるだろうか?

 新たな私の不安を代弁するようにガイアスくんが言った。

「ロデリック、簡単に言うな」
「ガイアス。羊君は地縛術を簡単に、しかも連続で発動できるのを忘れるな」
『その通りなのだ。羊人なら支援系の魔術なんて余裕のはずなのだ!』
「ふ、やはりそうなのか」

 ──え?──

 全然余裕じゃないよ!?

 バッシュくんたちが使う魔術と地縛術では要求される魔力の量も術の難易度も違う。私が使う術は島民なら誰でも使えるようなものなのだ。
 例えていうなら消費魔力が1しか必要ないような魔術を100回唱えるのと、1回で100の魔力が必要な魔術を比べるようなものだ。
 内なる私の叫びを知ってか知らずか、ガイアスくんが私を見て、そういえばそうかと納得した顔になってしまった。
 どうしよう。
 かといって、私もやらないうちから放り出すことも言いたくない。
 内心で私が慌てていると、シナップくんたちが塔から戻ってきた。
「ただいまなのだー」「ただいま」「ただいまー!」
『お帰りなのだ!』

 頑張ろう。それしかない。
 実力で劣る私が大人として手本になれるのは、ここではじめから投げ出さないことくらいに違いない。

 初級だけど魔導書を買っておいて良かった。
 あれなら私でも使えるようになるかもしれない。

「僕たち飛行船の中も見せてもらったんだ」
 明るい声でバッシュくんが言った。

 ◇

「異常無しの合図です」
「了解!」

 予想通りカマル最後の任務となった私たちは朝から南にある正門近くに陣を張って警戒にあたっている。

 陽はすっかり高くなって昼食を済ませたばかりという頃合いだ。これまでさしたることは起きていない。

 草原ウサギが近くまできたり、魔物の斑大鼠と鉢合わせた草原ウサギが小競り合いのようになっていたりしたけれど、ガイアスくんたちからすると珍しいことでもないそうだ。
 あとは数組、冒険者と見られるパーティがカマル入りしたのを見送ったことくらい。
 レオパルドで魔物の襲撃を受けたパーティも無事に切り抜けてすでにガレディア領内に入っているそうだ。

 所長さんによると、この襲撃のあらましを報告させる名目で、駿馬が牽引する強化馬車の利用許可が下りたらしく、早ければ今日のうちにカマル近くの専用発着場に到着するだろうと言っていた。
 襲撃はレオパルド領内で発生したため、引き留められる可能性もあったそうだけど、何体か倒さず捕縛に成功した魔物を引き渡す形で帰還が了承されたという。

「ワルゴの魔物の数が今以上になっておさえきれなくなった場合は、このカマルが重要拠点の1つになるだろうからな。レオパルドも考慮したってところだ。まあ、襲撃がなけりゃ領内から飛行船で王都の手前まで帰還する手筈だったんだが、予定が狂ったな。だが、駿馬の馬車強化馬車が使えるなら悪くねぇ」

 今では身分を問わず許可が出れば誰でも馬車として利用できる駿馬だけど、昔は荷車を今のように頑丈に造れず、光属性や聖属性の駿馬そのものも貴重だったため、王族や貴族が緊急の伝令に使う特別な存在だったという。

 ──たしか実際に駿馬ルークという独立した馬種があるわけではないけれど、駿馬種ルーク種と呼ばれる魔力適正が光属性の血統は存在するのだったよね。
 聖属性である牝の駿馬クイーンはその中から稀に産まれて育つ。
 私は駿馬について聞き齧った記憶を手繰り寄せた。
 駿馬の血統を特定できても必ず駿馬に育つとは限らず、親が駿馬でも同じでないこともあれば、無関係な血統から稀に駿馬クイーンやルークが生まれることもある。
 つまり駿馬種とは、あくまで駿馬に育ちやすい血統を指すにすぎないので、駿馬の数は現代でも多くはいない。

 そのため特別に高い魔力と身体能力を持ち、それでいておとなしく賢く、安定した気性を備える駿馬をガレディアでは今もなお敬意を払い、大切に扱っているという話だ。

 全速力で長時間走らせることは出来ないものの、持久力は普通の馬に比べて高く、荷車を牽引しながらでも速さはメルンの最速魔導車に敗けない走りというのだから驚く。

 ──伝梟の『ビショップ』や『クイーン』も駿馬のようにして現れる。光属性の血統から現れやすく、聖属性の魔力適正のある雌梟から特別に強い梟が現れる。

 彼女たちはまるで予知でもするかの如く危険を回避し帰還する。機動力の高さと知力、万能性。与えられた称号はいずれも『クイーン女王

 梟や馬に限らずガレディアと領土を二分するレオパルド領域には、大規模な飛竜の生息地があり、やはりその中で魔力と身体能力高く、突出した飛行能力を得た個体が稀に現れるそうだ。

 そうした飛竜はあたかもドラゴンのように毒や火を吐くといい、呼び名もワイバーンに変わる。

 魔物のいない平和な『故郷』では考えられない進化を遂げてしまっていると言えるだろう。
 激しい生存競争の間で、強くなければいきのこれなかったに違いない。

 ──先ほどの草原ウサギもそうだけど、都会の生き物はなんて凄まじいのだろうか。

「そろそろ交代の時間だ」

 ロデリックくんに促されエレイナさんが周囲の魔物にも異常がないのを最終確認する。
「異常無し」
「了解」
 私は待機場所のシナップくんに向かって合図を送る。
 合図を受け取ったシナップくんが、ジャックくんとガイアスくんと一緒にこちらへ来るのを待つ。

 その間だけ待機場所はエドくんとノアくんとバッシュくんだけになる。

「お待たせなのだ」
 手を振りながらシナップくんが到着し、そのすぐ後ろからジャックくんとガイアスくんが歩いてきた。

「それじゃあよろしくね」
 エレイナさんが屈んで頭を撫でると、シナップくんが気持ちよさげに目を細めた。
「任せるのだ」

 ガイアスくんたちと持ち場の交代を済ませた私たちはバッシュくんたちがいる防御の陣が張られた待機場所へ向かう。
 見張り台を設けているのでバッシュくんたちは警戒を続けている状態だ。
「街から離れた所に魔物の岩蛇はいるけど、向かってくるようすはないよ」
 先ほどガイアスくんたちから聞いたのと同じく魔物のようすについて情報交換を行うと、エレイナさんが「お疲れさま」と言ってバッシュくんたちを順に撫でた。

「バッシュ、ノア、エド。お前たちは羊君と一緒に休むといい」
「私もかい?」
「見張りは私とエレイナで足りる。魔力探知の魔導具だけ起動しておけばいい。ふん。羊君の仕事はバッシュとノアを休ませることだな」
「ああ。なるほど、そういうことなら了解」
 バッシュくんたちはなんだかんだで休まないからね。
「僕たち、今日はずっとここにいるから疲れてないよ」
「うん。エレイナさんたちこそ休んだ方が良いです」
 案の定バッシュくんとノアくんが見張りを続けようとする。
 するとエドくんが
『ボクはちょっと疲れたのだ。ノアもバッシュも一緒に休むのだ』
「そうね。バッシュちゃんたちが先に休憩してから、私たちと見張りを交代しましょう」
 エドくんのバッシュくんたちへの気遣いに、エレイナさんがそう言うと、バッシュくんたちが頷いた。
 私はロデリックくんを見直す気持ちで振り返ると、そこには鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌なロデリックくんの顔があった。

 ◇

 シナップくんが用意してくれたテーブルと椅子を使って私はバッシュくんたちと魔石ポットで沸かしたお湯で淹れたお茶を飲む。

「ロデリックくん幸せそうだね」
「ですね」
「そうだね」
『のだ』

 思わず出た私の言葉にノアくんたちが即座に同意してくれた。
 どうやら私の気のせいでは無いようだ。

「……」
「……僕たち良いことしたね」
「……うん」
『……のだ!』

 エレイナさんは真面目に魔物地図を確認しながら見張り台で周辺を警戒しているのだけれど。
 そのすぐそばにいるロデリックくんは時々エレイナさんを振り返りながら始終笑みを浮かべていてる。

「焼き菓子、美味しいね」
「うん!」
「はい!」
『のだ!』
 お皿に並べられた焼き菓子は、休憩で食べられるようにと親切な衛兵さんが差し入れしてくれたものだ。
 コッコの卵と蜂蜜が使われた甘くてしっとりとした生地がなんとも味わい深い。

 ──ロデリックくんの強化計画案では、飛行場までの道中で各地の身体能力向上の効能がある料理や甘食を出す食事処を巡る、というのが含まれているんだよね。
 “獣王の御用達”での食事が好評で思い付いたようだ。
 厳しい訓練も、その効果を高める食事が加われば、それだけでもよりやりがいが増すだろうし、それが美味しければ最高の食事になるに違いない。
 それに王都のなかだけでさえ、南の地区と北地区では食べられているものが微妙に違ったりするそうだから。
 大陸の東へ行けば、もっとはっきりとした違いがあるだろう。
 そういう地域の違いを堪能する。

 魔物と目標の日数さえ気にしなければ、ロデリックくんのこのプランは楽しい旅行のようだ。

 この焼き菓子に特別な効能はないけれど。
 ヒトは食べ物が美味しいだけでも幸せになれる生き物だ。
 バッシュくんとノアくんがお皿に乗せた焼き菓子をエレイナさんとロデリックくんにも持っていくと、受け取ったエレイナさんの表情かおも綻んだ。

 それにしても。
 よく気がつく良い子たちだなぁ。

 私は焼き菓子を食べながら、自身の子供時代と共に比較して自分が少し恥ずかしくなってしまったのだった。

 ◇

 陽も傾いて閉門の準備が始まる頃あいになってきた。
 宿場町カマルでの警戒任務もそろそろ終了だ。

 遠眼鏡も使って辺りを警戒しながら、ガイアスくんたちが互いに気がついたことを話している。

「昼を過ぎたあたりからカマルを出ていくヒトが増えたか?」
「ワルゴ側が通行制限下にあるからな。カルディナに用があるものが引き返すか、迂回するために街を出ているのではないか」

 状況が変わらないので、諦めて予定を変更しているヒトが増えているようだ。遠目だったけれど東門や西門からもカマルを出る馬車やヒトが入るよりも多く見えた。
 カマルを経由して北へ行く予定だったヒトたちが引き返しているのだろうか。

 少しはなれた場所に設けた待機場所では、陣の中の片付けを終えたシナップくんが、ジャックくんたちと魔物に異変がないか最終の確認をしている。
 王都のある方角に目をやると、緑豊かな景色の遠くに馬車や荷車を押す、ヒトらしきものが見えた。こちらに来るようすはない。

「今日はもう正門側こっちへ来る馬車やヒトはいなさそうだ。門も閉じる、そろそろ報告に戻るか」
「ええ。魔物も目立った動きは見られなかったし。この先もずっと何事もなければ良いけど」
「そうだな」
「本来はそこまで気にしてやる必要はないが、エレイナがいうなら同意してやろう」

 ロデリックくんがそう言ったところで、エドくんとシナップくんを両腕に抱えたジャックくんが、肩と頭にバッシュくんとノアくんを乗せて休憩場所から引き上げてこちらに来た。
 乗っているというより被さってる感じだね。
 そうしないと落っこちるのかもしれない。
「街へ戻ってかまわないと衛兵さんに声をかけられたのだ」

 どうやら衛兵さんの夜間の交代が始まって、手が空いたヒトが声がけしてくれたようだ。

 ◇

 警戒を終えてギルド出張所に戻ると、ラスターくんたちに受付を任せた職員のアニタさんに上の部屋に案内される。

 カマルの冒険者ギルド出張所は自警団や国の師団である衛兵さんたちとの連携が高い。
 何か情報が入ったのかもしれない。

「失礼します」
 部屋に入ると先に所長さんが座って待っていた。
「来たな。まあ、まず楽に座ってくれや。それから報告を聞かせてもらう」と促され席に座る。

 直前まで目を通していたらしき書類が数枚、テーブルの角に裏返しに置かれている。
 バッシュくんとノアくんの視線が自然に用紙に向くのは仕方のないことだろう。
 所長さんが差し出した報告書の用紙にエレイナさんが記入しながら、ガイアスくんが時折私たちの確認も取って、口頭での報告をする。

「斑大鼠か。王都あたりじゃここらよりよくみかける魔物だな」
「ああ」
「特別に多かったということもないか?」
「気がつかなかったな。斑大鼠で何か気になるのか」
「確認だ」

 そうやって私たちが報告をおおかたすませた頃合いで、所長さんが顔を向けて合図をすると、うなずいたアニタさんが部屋を出た。
 アニタさんが部屋を出ると「悪いな、ちびども。これにはお前さんたちが知りたいことは書かれちゃいない」

 所長さんはそう言って裏返しだった紙を表にして、私たちに読めるようにテーブル中央に置き直してくれた。

「これは」

 ◇

『メルキナ満月祭ムーンフェスティバル

向こうメルンで配られたものをたまたま入手した。近々開催予定のメルン建国に絡んだ祭のチラシだ。毎年行われている催事なんでたいした情報じゃないが」

 チラシは数種類あるようで、色とりどりの絵柄付のものが目を引く。
 文字のみのチラシには細かく日程が書きこまれているようで、最も有益に思えるのは観光向けにへゼリア大陸全体の地図が描かれたチラシだ。
 5枚のチラシを見れば、へゼリア大陸全体でどんな催事があるのかが、ある程度把握できる。
「たいした情報だよ!助かる」「ありがとうございます」
 私たちがお礼をいうと所長さんは仏頂面のまま「そいつは良かった」とひとこと言って咳払いをした。

 ほどなくして部屋に戻ってきたアニタさんが笑顔で「報告が一段落したみたいですなぁ。これでも食べて休憩してください。今日のは所長の奢りなんで許可は要りませんよ」と言いながら手際よくお茶とお菓子が並んだお皿を置いてくれた。
「余計なことはいわんでいい!」
 所長さんが大きめの声をあげたけれどアニタさんは笑顔のままだ。
「ありがとう」「ありがとうございます」「いただきますなのだ!」
 お礼を言われた所長さんは座り直すと、自分もお皿から一つ焼き菓子をつまんで口に放り込んだ。

「うまいな。お前らも美味いうまいと思うか?」
「うん!」「はい、美味しいです!」「美味いうまいのだ!」
 バッシュくんたちの返答に所長さんが満足げにうなずいた。

「カマルの特産品が使われた菓子だ。アニタ」
「はいはい!用意できてますよ」
 声をかけられたアニタさんが所長さんに返事をしながら、私たちに袋を渡してくれた。

「これは?」
「土産だ。短い期間だったがご苦労だったな」
「さっきお出ししたものと同じお菓子の詰め合わせと、使われた特産品のはちみつが入ってます。これも所長の奢りですわ」
「所長くんが太い腹なのだ!」「太っ腹な」
「アニタ、余計なことは言うなと。まあいい」
 今日が警戒任務の最終なので、所長さんが私費でお土産を用意してくれたらしい。

「気を使わせてしまったな」「ありがとうございます!」
「日持ちするんでよそにも出荷されている。この街でなくてもガレディアなら探せば手に入る代物だ。気に入ったなら買ってやってくれ」
「最近わかったことなんですけど、普通のはちみつより少し効能の効果が大きいらしいんですわ」
「このあたりでは昔から回復薬ポーションの材料になるくらいだが、はちみつだけでは効果が小さいせいで迷信の類いのままだった。それがどこかの閑人殿のお陰で効果が立証されたわけだ」
 なるほど。誰かが地道に研究して、他のはちみつと比べて効果が大きいことがハッキリしたというわけだね。

「一度で癒すような劇的な効果じゃないかわりに、からだにやさしくて毎日飲んで使えば健康で丈夫になれるそうですよ」

 アニタさんが柔らかい口調とにこやかな表情で教えてくれた。

 ◇

 ギルド出張所で報告を済ませたあと、宿場町カマルでは恒例となった“獣王の御用達”で食事をしてから宿へと帰路に着く。

 シナップくんが持ち手のついた紙の袋を持ってご機嫌だ。
 中にはエドくんの好みに仕上がった魔獣専用フードメルルクが入っている。
 ピンクの前掛けの店員さんが協力のお礼にと、持ち帰り用に出来上がったばかりの試供品を持たせてくれたものだ。
「フードが人気になったらボクお手柄なのだよ」
 すると微かに鈴が鳴るような音をさせて、エドくんがピョンと軽くぶつかるようにしてシナップくんに接触した。
「ボクが通訳したおかげ」
 シナップくんが主張したところを見ると、どうやらエドくんが自分の手柄を訴えたみたいだ。

 ふたりのようすが微笑ましく映ったのだろう。
 エレイナさんが口元に手をやり笑顔になった。
 暗くなってきていても、何人かとすれ違う程度にまだ人通りがある。
 まだ明るさの残る空を見上げると、ほんの少し欠けただけの丸くなった月が白く淡く光り、離れた場所に欠けたふたつめの月がうっすらと淡い黄色にきらめいている。

「すっかり忘れていたが、もうすぐ青銀月の季節か」
 私たちが月を見ながら言うと、ロデリックくんが軽く苛立ったように言った。
「シナップや羊君はまだ新米だが、ガイアス、ジャック、お前たちは何年冒険者この仕事をやっている!」
「私も忘れていたわよ」
「エレイナ、君はいい。問題ない。私がついている」
「僕たちも忘れてたよね」「うん」
「……バッシュ、ノア。わかった、チャンスをやろう」

 ロデリックくんが神妙な表情で言ったので、私は思わず緊張するのを隠せない。
 魔力が渦巻き干渉するこの大地で、私たちが生きていられる環境があるのは、3つの月が奇跡的にバランスを成り立たせているからだといわれていることは知っている。

 中でも青銀色に輝く時期のある“第3の『青い月』”には月の女神がいてこの大地に魔力を注いでいるというお伽噺があったりもする。
 創世記テラ聖書でも青い月には女神ヴェルメラが住んでいると書かれているし、3つの月を神として信仰を捧げている国もある。
 女神がいるかどうかはともかく、塩の満ち引きだけにとどまらず月がこの大地に多大な影響を与える天体であること、それはそのまま魔力に大きく関わる星であることを指している。

 ──知らなかった。冒険者にとって月がそんなにも重要だったなんて。

 全てのものに、生命に。多い少ないはあっても魔力が宿っている。
 いわれてみればヒトになんの影響もないはずがない。
 よく見るとガイアスくんもややショックを受けたような表情に見える。

「お前だって気にしてるように見えなかったぞ」
「馬鹿をいうな」

 ジャックくんに言われたロデリックくんが、若干呆れた表情になった。

 ◇

「お前らもほどほどにして休めよ。俺は寝る」
 あくびをしながらガイアスくんが自分用の寝台に転がった。
 軽く伸びをしながらジャックくんも続く。

 宿の部屋に戻ってロデリックくんの講義が始まってから2刻が経っているけれど、ジャックくんとガイアスくんは半刻ほどで離脱し、湯浴みなどをすませたところだ。

 ロデリックくんの講義には興味深いものが含まれているけれど、おおむねが月に関係する催し事の話である。
 月から直に得られる恩恵は魔術や調合を行うのでない限り、気にしてもどうしようもないことが多く、ふたりが切り上げた気持ちはわかる。

「貴様ら、ここからが本番だというのに」
「明日以降にしてくれ。明日から頑張る」「オレも」

 熱心に聞いているのはバッシュくんたちだ。
 特にシナップくんは興味津々という感じに見える。
「なんということなのだ。ものすごく研究が進んでいるのだ。まさかこれほど奥深いものだとは思わなかったのだ……」
「そうだろう。お前たちは理解が速くて頼もしいな」

 そこからもロデリックくんの講義は続き、エレイナさんがさすがに休もうと言うまで終わらなかった。

 ◇

 翌朝、宿の食堂で朝食を終えた私たちは、出張所に顔を出したあと自警団と衛兵さんの詰所へ行き、軽く最後の挨拶をすませて馬車乗り場へ向かう。

 4刻ほどで王都の西門に到着する王都行きを選んで料金を支払い馬車に乗り込んだ。荷台部分が客室と荷物用に分けられている。
「予約なしで乗れたのは運が良い」
「貸し馬車や自前の馬車も多いからな」
 荷車を牽いているのは2頭の薄茶と薄黄色の小竜だ。
 翼もなく、竜と呼ばれているけれど実際には鳥に近い生き物らしく、力があり持久力が高い、ガレディアよりもレオパルド領域によく見られる種類なのだそう。
 小竜ごとにさまざまな模様や色の羽毛で覆われており、目は円くて、どこか愛らしい顔立ちをしている。

 舗装された幹線道を走れば、揺れもほとんどなく快適に進む。
 何事もなければ昼頃には王都だ。

「王都に入ったら馬車を乗り換えてギルド本部へ戻る。その前に確認なんだが、ロデリックお前本気か?」

「当然だ」

 ロデリックくんの返答を受け取ってガイアスくんが今度はバッシュくんたちの方に聞いた。
「良いのか?王都を出発するのが言っていたより何日も遅れるんだぞ」
「はい」
「うん、僕たちにとってもその方が良いと思うんだ」
 バッシュくんとノアくんが答えると、ガイアスくんは私たちの方へ向かって「どう思う?」と尋ねた。

「そうだね。私はバッシュくんたちが納得しているなら悪い案じゃないと思うよ」
 東の大陸でもワルゴのように通行制限のようなものが敷かれる可能性はあるから、なるべく早く渡航したほうがいい、という気持ちも山々だけど。
 王都から15日で飛行船乗り場に到着するのであれば、多少出発が遅れても、通常の移動日数よりひどく遅いとは言えない。
 それに東へ渡ると当分昇級試験は受けることが出来ないだろうからね。
「私もそうね。バッシュちゃんたちが良いと思うなら。ちょっと確実じゃないのが気になるけど、うまくいけば私も力を付けられそうだし」
「ボクはロデリック君の提案とバッシュたちに賛成なのだ」
「そうか。ジャック、お前は?」
「オレもかまわないぞ」
「わかった。なら俺もロデリックの案に従おう」

 ガイアスくんが深く座り直した。
 ふたりから視線を外さずロデリックくんが言った。
「ではジャックとガイアス、お前たちは王都に着き次第、昇級試験の申請をしたまえ」
「了解」
 今後の予定を移動する竜車の中で決めていく。

 ガイアスくんとジャックくんが昇級に挑戦している間、私たちは馬車も利用しつつ、一度本部へ戻り、約10日後に東地区でガイアスくんたちと落ち合う、というのがいまのところの王都での流れだ。
 ガイアスくんたちと合流するまでの間に、私たちは並行して鍛練を行う。
「試験に挑戦するのは1度だけだ。落ちても再挑戦はしない」
「1度で十分だろう。君たちなら突破する」
 ロデリックくんのお墨付きをもらったガイアスくんが、少し半信半疑の顔をして「学科試験もあるが」と言うと、一瞬だけロデリックくんの自信がやや揺らいだような表情に変わった。
 けれどもすぐに「冒険者ギルドは実績重視だ。真面目にやれば問題ないはずだ」とうなずいて見せた。バッシュくんとノアくんはふたりの合否の心配している様子はない。

 百犬隊と近い関係にあるバッシュくんとノアくんや、すでに白金級プラチナであるロデリックくんから見て、ガイアスくんもジャックくんも金級ゴールドの実力を身に付けているにちがいない。

 話がまとまって少し時間が経つと、小竜車の荷台前方の窓から御者さんの背中越しに小さく霞んで見えた『ヤマルの森』が、早くも進行方向にハッキリと見えてきた。

 左手に進路を取れば王都は間もなくだ。
 竜車が『ヤマルの森』を右手に一望しながら緩やかに、曲線状で敷かれた幹線道側を進み始めた。
 何度か窓の外に魔物や魔獣を見かけたけれど、この竜車が速いせいもあり接触には至らない。
 見通しのよい景色が続く。

 王都に近くなるにつれて遠くに見えるヒトや馬車の往来が増えてきた。竜車が若干速度を落とした。

「あと1、2度休憩か交代を挟んで到着だな」
「そうね。ガイアス、試験頑張ってね!」
「ああ。だが受ける必要はあるのか?銀級で困らないぞ。なあジャック」
「そうだな。銅級では入る許可が出ない場所も銀級で解決した」
 ガイアスくんとジャックくんは用が足りればそれで良いと思っているようだ。
「もったいないわ」「ボクもそう思います」「昇級出来るならした方がいいよ!」
 エレイナさんたちが銘々言うと、ガイアスくんが苦笑した。
「ガイアス、お前は学科に自信がないだけだろう。それとも実技にも自信がないか?」

 座席に深く腰かけてロデリックくんが挑発するように言うと、少しだけガイアスくんがムッとした表情になった。

「実力を冒険者カードライセンスでも証明して見せろ」

 客室の後方の荷物置き部分にも設けられた開閉式の小さな木窓を、備え付けの棒で開けてシナップくんと外を覗いて見ると『ヤマルの森』からずいぶんと離れているのがわかった。

 前方に見える景色は建物や施設が増え、道は馬車とヒト専用に、わざわざ分けられた場所が目立ってきている。

 王都の西門がハッキリ見えた。

 ◇

 馬車乗り場で竜車から降りると、そのままガイアスくんとジャックくんが昇級試験の申請をしに西区にあるギルド支部へ向かう。
「申請から試験開始まで3日、学科と実技試験を合わせて最短でも5日はかかる。申し込み人数が多ければ日程が遅れるが、言った通り10日はかからないはずだ。その辺は後で報告するよ」
「了解。それじゃあ私たち先にベイル街通りにある食堂に行ってるわ」
「ああ。申請し終えたら俺たちも行く」
「ええ」「待ってるのだ」
「入り口で私の連れだと言え。案内されるようにしておく」
「わかった」
 ガイアスくんたちを見送って、私たちはベイル街通りの食堂を目指して歩きだしてすぐに「ガレディアでこんなに催しイベントがあるなんて知らなかったね」とバッシュくんが言った。

 ロデリックくんから教えてもらったことを記録メモした用紙を見ている。
 歩きながら見るのが危ないと思ったのか、一緒にメモを見たかったのか、単純に可愛いと思ったのかわからないけれど、エレイナさんがスッとバッシュくんを抱き上げた。
「そうね。月にまつわる催しだけでもこんなに多いなんて私も知らなかったわ」
「月は3つあるからな。まあ客寄せのために便乗しただけの催事を宣伝する店もたまにある」
「今から行く食堂の催しは大丈夫なのだ?」
「無論だ。便乗だとしても催事のために厳選された食材が特別に振る舞われる。招待状があるから参加可能だ」
「えっ、招待状が要るようなお店なの!?」
 エレイナさんが驚いて声をあげた。
「ロデリックさん、ボクたちなんの準備もしてませんが」
「普段着だよ」
「私も普段着だ。“招待状”といっても1枚で4人まで利用可能な催し限定の食事券だ。問題ない」
 そう言われて到着した食堂は、白を基調にした少し敷居の高い感じのする外観のお店だ。入り口には制服を着た出迎案内のヒトが立っている。
「……見た目は窮屈な印象だが、中は気楽な食堂だ」
 そう言うとロデリックくんが入り口に立っているお店のヒトに招待状を見せ、私たちを中に招いてくれた。
 ジュエルスライムのエドくんも一緒である。
「飼い魔獣のお食事については、お客様のご判断でお願い申し上げます」
 食堂の催しはもう始まっているようで、店内は賑わっている。
 気楽な食堂というのは本当だったようで、広々とした食堂内にさまざまな服装のヒトたちが楽しげに歓談しながら会食している。100人以上集まっていそうだ。
 席には余裕がある。
「あちらの料理が並べられた棚からも料理をご自由に取り分けていただけます。店員に『お客様札プレート』を提示していただければ、お手伝いしますので」

 席へ案内してくれた店員さんが、そう言って呼び鈴と折り畳みの献立表を4つ置いて下がっていった。

 開いてみると『特製』と書かれた品目がいくつも並んでいる。
 どうやらそれらが厳選された食材を使用した料理能力向上効果のあるメニューのようだ。

「棚に用意された無料で振る舞われる料理も良いが、我々はこちらが本命だ」
 ロデリックくんが指差したのは『特製』と書かれた飛竜の肉料理名の下に描かれた、色鮮やかな3色のミルク氷菓子が盛り付けられた挿し絵。
 薄い色の顔料で『季節限定!』『希少!』『特製!』『3色のブルウェリアベリーアイスクリン!』と書き込まれている。
 ブルウェリアベリー……聞いたことがあるような。高級果実として故郷でも話題になったことがある。

 3シルバー3,000ゴッズは値段だね。
 飛竜の肉料理も1人前が5シルバー。
 食堂の氷菓子だとしても少々高めかもしれない。
 ただ希少で高価な食材が使われていることを考えれば。
 白金級のロデリックくんには気にならないだろう。

「思い出した。ブルウェリアベリーって魔力と栄養満点の果実よね。飛竜の肉料理よりも本命なの?」
「どっちも美味しそうなのだ」
「3色というのが要点だ」
「色によって効能に違いがあって、同時に食べると相乗効果が見込めるというところかい?」
「その通りだ羊君。食べるだけで魔力量そのものをわずかだが上昇させることがわかっている。私はそれ以上の理屈は知らないが、月に絡んだ品目だ」
「それって、体力とか魔力を増やせるようになるってことだよね?」
「そういうことだ。増えた分の魔力はバッシュたちなら使える魔力、ガイアスなら身体能力に多少の影響を与えるはずだ」
 おおっ!とバッシュくんたちと一緒に私も驚いた。
 魔力量は特に魔術を使うヒトにとって重要な指標だ。
 少ないと早くに成長の限界がおとずれてしまうし、術を使うことによる魔力切れも起こしやすい。
 多いことによる弊害が報告されるのは希で利点の方が多く、魔力量を増やしたいと考えるのが普通だ。
 ただし、増やすことはまかり間違うと命に関わることもあるくらいに容易くない。
 術として使える魔力の量を増やすよりも難しいのである。
 それを美味しく食べるだけでというのはすごい。

 ──実際のところ生活するという点だけで考えれば、魔力量が少ないからと言って、特別に困るという話は聞かない。
 これまでの歴史のなかで、魔力に頼らない設備や道具が数多く発明されているからだ。
 むしろそちらが先に開発されることが多い。
 人々が日々の暮らしを営むためには確実に役立つ道具や仕組みと技術が求められてきたためだ。
 魔力があっても魔術が使えないヒトの割合は大きいし、使えたとしても魔力に限度はある。術を発展させるにも、物理的な作用を先に理解することは必要不可欠なことで、開発の多くは魔力と技術の両面に利点がある。
 そのため、術を使える側も魔力節約にもなる開発に協力するし、逆に術を見て「自分達も同じことが出来ないか」と試行錯誤が行われてきた。

 こうした流れが成立してきた背景には、宗教的・文化的な価値観も影響している。

 創世記テラ聖書に登場するもうひとつの大地には、魔力を持たず、知恵と工夫で高度な文化と文明を発展させていく人々が描かれている。彼らを敬愛するヒトは多いから、魔力が多い少ないを理由に差別をすることも受けることも滅多にない。

 なぜなら多くのヒトが信じる創造神ヴェルメラは、愛ゆえにこの大地に魔力を与え、愛ゆえにの大地の魔力を奪い、代わりに試練と共にこの大地に存在しない未知の物質を与え、『科学』という『魔法』を贈ったと解釈されているからだ。

 魔力の量だけで女神からの愛を量ることは、多くの信者を抱えておきたい教会にとって不都合でもある。
 教会曰く生きとし生けるものは魔力の有無に関係なく等しく女神の寵愛を受ける同胞である、という理念が掲げられている。

 もっとも、この『生きとし生けるもの』の中になぜか魔物は入らない。ヒトを襲うからなのか、それとも信徒にはならないからだろうか。
 創世記テラ聖書に魔物を敵視する章を私は知らないけれど、全て読破したわけでもないから教会の真意はわからない。
 それでも現実として魔力は多いほうが有利ではあるのに変わりない。
 元素としての変幻自在さもさることながら、魔力から生み出されるエネルギーは馬鹿に出来ない差を生む。
 縫い目のない衣類も、継ぎ目のない金属の大型容器も、魔力の助けがあればそう難しい技術ではない。

 ──マクス、創世記聖書で彼の大地にない魔力の源の元素が存在することが、この大地の物質や生命、ありとあらゆる法則にどれほど大きな影響を与えることが可能だと思う?

 それは迷宮ダンジョンを見れば火を見るより明らかだ!

 ──マクス、魔力を与えられた我々は彼の大地では成し得ない文明にいずれ到達する。いや、すでに到達していると言えるだろう。

 彼の大地には羊人はおろか、ドラゴンだっていやしない!

 ──マクス、マクス、マクス。わかるかい、魔力の助けなしになにかを成すには、膨大な労力と果てしない時間を消費してしまうんだ。魔石じゃなくてもっと自分自身の魔力が欲しい!──

 そう言って無理に魔力を増やす研究と鍛錬を重ねて何度も昏倒した幼い頃の友人を思い出し、思わず苦笑しそうになるのを我慢しながら思った。

 高いどころか良心的でベリーが希少で高価な分、安い。
 本命と言うのも納得だ。

「飛竜はまだ食べる機会があるが、こちらはこの機会を逃すと当分食べられないだろう」

 ブルウェリアベリー3色のアイスクリンと飲み物、それに軽めの献立の注文を終えてしばらくすると、ガイアスくんとジャックくんも店員さんに案内されてやって来た。

「早かったのね。お料理を先に少し頼んであるわ」
 エレイナさんが言うと、ちょうど野菜のスープや、チーズと刻んだベーコンと香草を使った豆ミルク雑炊、数種類のパンと野菜の盛り合わせが運ばれてきた。
 どれも献立表に『特製』と書かれたものだ。

「これ、ウッシーのミルクじゃないんだって。それとまだテーブルに来てないけど、この3色の氷菓子がすごいんだ」
「これは西の砂漠の果てに生えている珍しい野草を改良した野菜らしいのだ」
 バッシュくんたちがガイアスくんとジャックくんに献立の説明をする。
美味そうだうまそうだ!」
 並んだ料理に目をやりながら、ガイアスくんはテーブルに置かれた水差しからカップに水を注いで、グイッと飲み干した。
「どれも良いが、もっと肉も欲しいな」
「はい、献立表」

 ガイアスくんはエレイナさんから渡された献立表を持って、席に座ると「それはそうと、俺もジャックも試験は今日を入れて3日後の明後日の朝からになった。試験は当日を入れて2日間、合否判定もその日にわかりそうだ」と言った。

 その間にも頼んだ料理が運ばれてくる。
 追加でメインの肉料理やブルウェリアベリーアイスクリン以外の甘味も頼んでいく。
「終わるのは4日後か。思ったより早くて順調ではないか」
「待て、早まるな!合流場所を変えるか、そうでないなら……7日、いや6日後だ。休ませてくれ」
「今日と明日は休めるだろう」
 ロデリックくんが言うと、ジャックくんが肉料理をお皿に取り分けながら「学科が終わった後に疑似迷宮を使用した多人数との連戦になる」
 試験のすぐ後に王都東まで移動するのはきついという意味なのだろう。
 ガイアスくんが続けた。
「装備はギルドの指定の中から選択、回復薬の種類は不問だが使用は1度まで。装備専用魔石トーム使用禁止、魔導具使用は当日支給の捕縛用ロープのみ。実技試験の終了条件は時間切れか全員生存の制圧と指定位置への到達。失格条件は受験者のによる死亡と相手の殺害のみ」
 何気なく言ってるけれど失格条件が怖い。
「ではさらに早く終わる可能性もあるな」
 試験内容を聞いてロデリックくんが言った。
 銀級シルバーから条件がコロコロ変えられるため、ロデリックくんも私たちも試験内容を初めて知る。
「簡単に言ってくれる」
「相手もロープを持っている。で、こっちが捕まったら終了かと思うだろ」
「違うの?」
「そのまま終了時間まで放置されるらしい」
「!!」
「それは……」
 酷いむごい
「そういうわけだ」
「ふん。軟弱だな。無様に転がったままでいるというのか?魔物がいたら食われて死ぬ。諦めずに引きちぎれ」
「無茶言うな」
「だが不合格にされずに放置されるということはそういうことだ。百犬隊を追うならその程度がやれなくてどうする」
 冒険者ギルドが金級ゴールドに求める
「善処する」
 ガイアスくんが言った。
 肉料理がドンドン減っていく。
「この肉、旨い。飛竜か。ちょっと違うのか」
 棚からも取ってきた料理と合わせて食事が進む。
「幸運だったのはふたり1組で俺たちが組めたことだな」

 テーブルにブルウェリアベリーアイスクリンが運ばれてきた。
 濃い藍色の綺麗な器に3色のアイスクリンと添えられた銀の匙。
 どうやら夜空に輝く3つの月に見立てた盛り付けのようだ。
 シナップくんが目を輝かせ、バッシュくんとノアくんが嬉しそうに匙でアイスクリンを掬って口に入れた。

「甘くて冷たくて、美味しい!」

 ◇

 私たちが食事をはじめてしばらくすると、食堂の奥の方に一部のお店のヒトとお客さんたちが集まり始めた。
「お客さんが集まってるのだよ。あれは何をしているのだね?」
「景品がもらえる抽選会だ。クジ引きに興味があるなら私の分も引かせてやろう。注文さえすれば参加人数に応じてクジが引ける」
「何がもらえるのかね?」
「目玉にされているのは王都の宿の2名1組1泊宿泊券だ。その他にこの店の系列で利用できる食事券や独自の調味液、砂糖菓子。他にもあったはずだ」
「ふたりしか泊まれない宿の券はいらないのだ」
「でもちょっと面白そう」
「そうだね。当たる当たらないは別として」
 たしかにくじ引きというのは、何が出るかわからないという面白さがある。
「調味液っていうのは飛竜の肉料理に使われてるやつか?」
「おそらくそうだろう。欲しいのか?店内で売ってるぞ」
 そう言ったロデリックくんの視線の先に、色々な容器や箱の並べられた陳列棚がある。
 棚のそばに立てられた札には大きく、肉料理が美味しくなる!限定『調味液』ありますと書かれているのが読める。

「買わなくても、ボクたちがクジでもらってくるのだ!」
 くじ引きの景品に、ジャックくんが欲しいものがあるのがわかったシナップくんは意気込んで言った。
「ならついでで俺の分も引いてきれくれるか」
 ガイアスくんが言うとシナップくんが尋ねた。
「ガイアスくんのクジもボクたちが引いてもいいのだ?」
「ああ頼む」
「ならオレの分も」「私の分もお願いできるかしら」「私の分もお願いできるかい」
「わかったのだ!」「はい」「うん」
「食べ終えてからでいいぞ」
 ガイアスくんが言ったのが、聞こえたのか聞こえないか。
 ロデリックくんから抽選券となる招待状を2枚を受け取ったシナップくんが、バッシュくんとノアくんの3人で抽選の列に並びに行った。ジュエルスライムのエドくんが、ピョン、ピョンと後をついていく。
 小さなシナップくんたちが大人の中に紛れそうになったのを見て、あわててエレイナさんが追いかけた。
 ロデリックくんも立ち上がろうしたけれど、そうはせずに座りなおした。
 てっきりエレイナさんを追いかけて行くと思ったけれど。
 シナップくんにくじを譲っていたし、もしかすると心境の変化が起きているのかもしれない。
 ロデリックくんが献立表を見て、近くにいる店員さんに追加の注文をしている。
 時刻魔導具を確認すると昼14刻。
 無料で振る舞われている棚の料理は、もうほとんど残っていなさそうだ。
「催しは昼16刻までだ。時間はまだある、羊君も追加で頼むと良い」と声をかけてくれた。

 時おりリンリン、カランコロンとカウンターの方から音がしている。

「ところでロデリック。お前が言ってた目玉料理はどれだ?」
「お前が愛でるでも味わうでもなく。さっき一瞬で食べきった氷菓子だ」
「……、美味かった」

 カランカラン!カランカラン!カランカラン!パーン!
『おめでとうございます!1等大当たりが出ました!』
 くじ引きの会場の方から、店員さんの大当たりを知らせる声とベルの音が聞こえる中、ロデリックくんが言った。

「ガイアス、この魚料理も食べろ。記憶力と理解力に良い効能がある」
 運ばれてきたばかりの料理のお皿を、ロデリックくんがズイッとガイアスくんの方へ突き出した。


 ────────
 ────────

 □共有アイテム□

 ◇主な食料の在庫
 内訳(長期保存食料165食分)
 ◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、各種調味料、未調理穀物5日分
『カマルの特産品はちみつと焼き菓子』8袋

 ◇魔力回復ポーション(EX102本、超回復74本、大153本、中647本、小970本)
 ◇治癒ポーション(治癒薬EX107本、超回復69本、大885本、中2,072本、小4,588本)、薬草(治癒1,059袋)1,059袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス (魔力回復薬小3本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本

 ジャック (魔力回復薬小4本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬1本)

 エレイナ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大6本、中1本、小3本)(治癒薬EX3本、超回復3本、小10本)薬草(治癒5袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 マクス (魔力回復薬EX3本、超回復5本、大5本、中5本、小10本)(治癒薬超回復5本、大5本、中10本、小20本)薬草(治癒18袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 バッシュ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 ノア (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 シナップ 『塔にあるもの全部』
 ロデリック『私物とお菓子』

 □背負袋

 ガイアス 『共有アイテム』『バッシュとノアの本』『エレイナ、バッシュ、ノア、シナップの荷物』『食糧』『魔導石』『入門!魔術』『魔術図鑑(魔力紙付)』

 ジャック (魔力回復薬EX11本、超回復10本、大50本、中210本、小140本)(治癒薬EX1本、超回復85本、大35本、中80本、小120本)薬草(治癒10袋、解毒10袋)麻痺解除薬2本)『もしもの時の燻製肉』『魔導石』

 エレイナ (魔力回復薬EX3本、超回復10本、大20本、中50本、小100本)(治癒薬EX5本、超回復25本、大30本、中50本、小50本)薬草(治癒60袋、解毒20袋)麻痺解除薬2本、万能薬3つ)『お菓子』『加工魔石(中)』『加工魔石(高)』『魔導石』

 マクス (魔力回復薬大10本、中100本、小100本)(治癒薬超回復50本、大100本、中200本、小200本)薬草(治癒1,000袋、解毒30袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬4つ、万能薬4つ)『草』『魔導石』『図で解る魔導書』

 バッシュ (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本、石化解除薬1つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』

 ノア (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬2つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』

 シナップ 『塔にあるもの全部』
 ロデリック『私物とお菓子』『魔導書』『入門魔術』『魔導石』
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