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第33話 王都から飛行船乗り場へ出発の日
しおりを挟むガイアスくんたちとの別行動から6日目
──早朝5刻
朝食前の外が明るくなった時間帯。
バッシュくんとノアくんが、エレイナさんと一緒に朝の準備運動で出掛けた。
3人とも体力作りに余念がない。
昨日のアリオン迷宮の体験で、さらに気持ちを強くしたようすだ。
「ついでにジャックたちが来ていないかも見てきます」
「行ってきます」
──朝5刻半
シナップくんが起床。
身支度を整えて様子の確認のため転送魔術で塔型迷宮へ。
契約魔物たちの様子見や、侵入者対策、塔型迷宮《メイズ》再開の準備やエネルギー管理があるそうだ。
「エド、すぐに戻るから、おまえはマクス君と一緒にいるのだ。マクス君、よろしくお願いしますなのだ。では行ってきますのだ」
シナップくんがそう言い残して、光の粒の塊のようになって消えた。
ロデリックくんはエレイナさんを追いかけて出掛けている。
『……マクスくん』
「なんだい、エドくん?」
『お腹減ったのだ』
「えっ」
……これはいきなり困ったかもしれない。
◇
えーと、ジュエルスライムのエドくんは、食べちゃいけないものは特に無いんだよね。
でも、勝手にご飯をあげていいのかな。
シナップくんはいつもどうしてたっけ?
「……エドくん、シナップくんが戻るまで待てないかな?」
『腹ペコ』
エドくんは“獣王の御用達”で一緒に食事したり、食事の時間は私たちと変わらない様子だ。
私たちはこの時間に食事をすることがあるからね。
エドくんのお腹が空いていてもおかしくはない
普通、ジュエルスライムが棲んでいるのは森とか、草原。
私が用意できて、エドくんのちゃんとした食事の邪魔にならない食べられるもの。
「薬草」
『嫌』
「草」
『嫌!』
うーん……。
私は少々弱ってしまった。
お菓子をあげれば喜ぶのはわかっているけど、簡単にあげるのは良くない。
かといって昨日の夜ご飯から、今日の朝まで食べていないのだろうから、空腹なのも確かだろうし。
そういえば。
「エドくん、“獣王の御用達”でもらった『メルルク』はもうないのかい?」
魔獣専用のフードをもらっていて、エドくんが自分で持っているとシナップくんが言っていた。
『もうないのだ』
もうすぐエレイナさんたちや、シナップくんも帰ってくると思うんだけどな。
仕方ない。
私は背負袋の中からガイアスくんが渡してくれた保存食を取り出した。
試しにエドくんに見せてみる。
『それは、シナップたちがガイアスくんから渡された“食料”!』
エドくんがピョンピョンと跳び跳ねた。
ものすごい反応だ。
エドくんは、シナップくんたちと同じようにしたかったのかもしれない。
「少しだけ食べてみるかい?」
『いいのだ?!』
空腹を我慢させるのもかわいそうだ。
私は保存食の包み袋を開け、中身を取り出した。
中身は乾パンや氷砂糖、木の実や乾燥果実だ。
『美味しいのだ。でも、もういらないのだ。ありがとうなのだよ』
氷砂糖と乾燥果実と木の実は食べれたようだ。
けど、この反応は。
気を使ってくれているようだけど。
シナップくんはこの保存食が、エドくんの口に合わないことをわかっていたのだろうな。
私はそんな風に考えて、備え付けの魔石ポットのお湯でお茶を淹れ、残りの乾パンを口に放り込んで食べた。
それからいくらもしないうちに、エレイナさんやバッシュくんたちが外から帰って、シナップくんも塔から戻ってきた。
「ただいまなのだよ」
『おかえりシナップ!お腹が空いたのだ』
◇
朝7刻
私たちは東門地区のギルド支部の前で、ガイアスくんとジャックくんのふたりと合流を果たした。
「ガイアスくーん!」
「ガイアス!ジャック!」
「ジャックさん!ガイアスさん」
広く整えられた道の先から、ガイアスくんとジャックくんが片手をあげて歩いてきた。
「遅いぞ、お前たち」
「待ちくたびれたのだ」
「もっと早くこれなかったの?」
ロデリックくん、シナップくん、エレイナさんが次々と言った。
「お前ら、もう少し俺たちを労ってくれ。そして祝ってくれ」
3人とも昨日のうちに喜んで、祝い終わったような心境なのかもしれない。推測だけど。
「ボクたちだって昨日はそれなりに大変だったのだ」
「そうよ、アリオン迷宮に行ってたんだから」
シナップくんとエレイナさんがアリオン迷宮に行ったことを伝えると、ジャックくんもガイアスくんも、怪訝な顔になった。
「?アリオン迷宮は、お前たちなら苦戦しないだろ」
「ロデリックが魔導術を使わずにいけって」
ふたりが顔を見合わせた。
「そいつは……骨が折れそうだな」
「骨が折れるなんてもんじゃないわ!わりと大きいし、足がいっぱいあるし、硬いし。……地下9階だけだったけど、防御魔術もダメって言うから……」
エレイナさんの話を聞いて、ガイアスくんとジャックくんが足元にいる小さなバッシュくんたちを少し見た。
ケガや疲れが無さそうなのを確認すると、
「アリオン迷宮の魔物は『鉄蜘蛛』とかだったな。あの硬いやつをお前たちの非力で倒したのか」
ジャックくんもガイアスくんも、笑いを堪えている。
急に、なにかが笑いのツボにはいったらしい。
「1体倒すのに100回くらい叩いたんだ!」
バッシュくんの報告に、ついにガイアスくんが笑いだした。
「そうか、それは大変だったな」
「うん。ロデリックくんが数は一応減らしてくれて、マクスさんが囮になってくれたんだ」
「その間にボクたちが叩きました」
ノアくんが、キリリと報告した。
「魔術なら2発くらいで倒れるのに」
シナップくんがそう言うと、ガイアスくんもジャックくんも屈んで3人を褒め称えた。
◇
「これが金級のカードなのだー」
シナップくんが、ガイアスくんの冒険者カードを手に持って、引っくり返したりしている。
軽くしか朝食を済ませていない、というガイアスくんたちと東門支部の食堂に来て、ふたりの新しい冒険者カードを見せてもらっている最中だ。
私の方は、ノアくんが持っているジャックくんの冒険者カードを見せてもらっている。
銀級のカードが金色に変わっただけで、ずいぶん豪華に見えるから不思議だ。
「シナップ、『特殊技能』に昇格なんてすごいじゃないか。よく頑張ったな、えらいぞ」
一皿目を食べ終え、水を飲んだガイアスくんが、一息ついてから言った。
「バッシュとノアが対策に付き合ってくれたおかげなのだ」
「そうか、バッシュとノアもえらいぞ」
ガイアスくんがそう言うと、大きめの肉を食べながら話を聞いていたジャックくんが、「それにしても、シナップの行動制限の可能性に気が回らなかった。ロデリック様々じゃないか」と言ってロデリックくんの方を見た。
「そうだな。アリオン迷宮のことにしても、課題に気づかせるためだったみたいだしな」
「もう少し優しいやり方があると思うんだけど」
ガイアスくんの見解にエレイナさんが少し不満げに言った。
「ロデリックにしては優しいと思うぞ?」
ジャックくんはそう言って、別の肉料理のお皿を引き寄せ食べ始め、係のヒトに追加の肉料理を頼んだ。
言われてみれば、ロデリックくんは初対面では激しい行動力と性質をうかがわせていた。面識が無いというイシュタルさんや、魔導研究ギルドのルイジさんにも素行が原因で知られていたようだったし。
今の関係と様子からは想像しにくいけれど、バッシュくんやノアくんも不信感を露にしてロデリックくんを警戒していた。
この食堂でも青年と言い争いになりかけて、ルイジさんに止められていた。
私の知るのと違ったロデリックくんもいるのだ。
ガイアスくんたちが食事を終えたのを見届けると、ロデリックくんが爽やかな笑顔を向けて言った。
「では行こうか」
寛ぎかけていたガイアスくんが、驚いて
「それは今から王都を発とう、という意味なのか?」
と問うと、逆にロデリックくんが驚いて
「それ以外にどんな意味がある」と問い返した。
ガイアスくんが、ジャックくんのほうに視線を送る。
「良いんじゃないか?今日このまま王都にいても、バッシュたちは鍛練とかで迷宮にでも行くんじゃないのか?」
「それもそうか」
まだ太陽が低い朝の時間帯
私たちは予定を繰り上げ、飛行船乗り場を目指して王都を発つことになった。
◇
王都冒険者ギルド・東門支部を出て少し歩くと、大きな通りへ出る。馬車などの乗り物が通る道として整えられた大通りの脇には、ヒトの専用道も設けられている。
私たちはその専用の道を通りに沿って歩き、いくつかの地下道入り口への案内板を通りすぎて東門へ到着した。
「荷馬車はこっちへお願いします」
門の係のヒトや門の衛兵さんが通行の整理を行うなか、簡単な手続きを済ませて王都の門から出た。
「少し日が上がってきたな。一度休まないか」
ヘスリン駐留所も通りすぎて、そろそろ私の支援魔導術『走者』の効果も切れる頃合いに、ガイアスくんが立ち止まらずに言った。
王都の東門を出てから1刻ほどが経っている。
私たちの進行方向に、道沿いに設けられた休憩施設も見えている。
「そうね。このあとも移動は続けるんだし、休んだ方が良いわ」
エレイナさんが言うと、ロデリックくんもうなずいた。
「出発の初日だ。君が言うなら、まあいいだろう」
「いいぞ」「もちろん」「ボクも」「僕も」「ボクも休むのだ」『のだ』
「よし、決まりだ」
そう言っている間に、柵に囲われた休憩施設の前までやって来れた。柵の入り口に扉は無く、自由に出入りが出来る、馬やヒトが少数休める小さめの休憩所だ。
2つの小屋と厩舎のある敷地は、それなりに広く、小屋の外にも木製の椅子やテーブルが置かれている。
「魔物も魔獣も、その気があれば入れてしまうのだ」
「一応、結界は施してあるようだが。効果は弱そうだ」
「仕方がないわ。人手が要るもの」
近くにヘスリン駐留所と、この先に宿場町カルルがあるから、ここを利用するヒトも少ないのだろう。
衛兵の人たちの定期的な見回りや、幹線道の結界もあるから魔物の侵入もほとんど無い。
もっとも、王都から離れるほど舗装されない道が増えて、魔物も目立ってくるけれど。
小屋の戸を開けて中に入ると、木で作られたテーブルと椅子が置かれ、小さな厨房器具が整えられていた。
この小屋に先客はいない。
「煮炊きが出来るようになってるわ」
どこかから水もひいているようだ。
「ありがたい。十分休めそうだな」
厨房で沸かしたお湯を使って淹れた、はちみつ入りの紅茶を飲んでほっと一息つくと、外からパラパラと雨音が聞こえてきた。
窓からの陽射しは明るい。
先ほどまで晴れていたので、通り雨のようだ。
「小屋に入ったのは正解だったな」
ロデリックくんが紅茶を飲みながら満足げに言った。
やたら優雅に見える。
◇
休憩を終えて外に出ると雨は止んでいて、明るい陽の光が水で濡れた道を照らし、反射していた。
道の脇に生えた草花に水滴が残っていて、キラキラと光り、葉は瑞々しく、艶やかに色づいている。
「雨の後は足元が滑りやすい。きをつけるんだぞ」
ガイアスくんが前を歩くシナップくんたちに注意を促す。
「うん」「はい」「わかったのだ」
この速度なら休憩を取りながらでも、あと2刻かからずに宿場町カルルに到着するだろう。
「カルルにはお昼時に着けそうね」
エレイナさんが言った。
◇
昼
小さな休憩所を一つ通りすぎて、宿場町カルルの西門が見えてきた。日の高い時間でもあり、門の周辺では街へ入るため、馬車や人が順番待ちをしている。
「混み合っているな」
近くまで来ても、門の辺りの衛兵さんたちは忙しそうだ。
宿場町カマルがワルゴ方面、カルディナ方面、砂漠方面への中継点の役割を担う位置だったのに対し、宿場町カルルは王都方面、カルディナ方面、ヴェルニカ方面への中継役を担っているせいかもしれない。
幹線道は街の中心を通って北と東へ続いている。
小規模な宿場町ながら、活気のある印象だ。
もっとも、活気はあるが定住者は少ないかもしれない。
「なあ、迂回してイット駐留所まで行った方が早くないか?」
待つのに飽きたのか、ジャックくんが言った。
「ボクの、カルル牧場濃厚ウッシーミルク仕立ての昼食は、どうなるのだ」
「ウッシーミルクはともかく、昼食も取らずに迂回してイットまでは遠いぞ」
「イットで調理場は貸してもらえるけど、お店はないから、食事が保存食になってしまうわよ」
「あれは迷宮で仕方なく食べるものなのだ……ジャックくん」
門の辺りにいる人たちの話し声や、馬車が進む音の中、衛兵さんと通行整理係のヒトたちの声が近づいてきた。
「カルル住民の方はこちらでーす」「カルル外の方はこちらへお願いしまーす」「馬車の方はこちらで手続き願います」
もう、それほど待たなくてすみそうだ。
◇
「………」「いらっしゃいませ~」
「………」「いらっしゃいませ~!」「お席はこちらへどうぞー」
満面笑みの店員さんと、仏頂面の店主が営む、カルル食堂“焦がし米油・赤羽”
「カルルに食堂は四軒しかないが、結構繁盛しているな」
ガイアスくんが、大きなお皿に盛り付けられた煮魚を食べながら店の中を見回した。
「ヴェルニカにある湖で捕れた魚料理が評判らしいぞ」
「へぇ」
ロデリックくんの豆知識を聞いて、ガイアスくんが感心している。
「この魚、ものすごく美味しい!」
「煮汁が贅沢なのだ」
「ご飯にすごく合うね」
バッシュくんたちが勢いよくご飯を食べる。
「ジャック、迂回しなくて良かったわね」
エレイナさんが言うと、ジャックくんが「肉も旨いけど、魚も旨いもんだな」と言って一皿をあっという間に完食した。
どうやらこの煮魚に使われている白身魚が、ロデリックくんの言う評判の魚のようだ。
他のお客さんのテーブルにも運ばれている。
「ヴェルニカと言えば水の都だが、近々水路の一部を大幅に工事して、結界の仕組みそのものを改造する計画が持ち上がっている、という噂がある」
「初耳だ」
「そんな話、魔導ギルドでも聞かなかったわ」
エレイナさんの言葉にバッシュくんとノアくんもうなずいた。
「あくまでも噂だ。だが確かな情報筋が持ち込んだ“噂”だ」
「例の情報網か」
ガイアスくんがロデリックくんを見て言った。
──ヴェルニカの大結界と言えば堅牢な三重の結界で知られる。
それをわざわざ再構築するなんて。
「魔物の脅威に備えたものだと思うか?」
「さあな。東へ行けばわかるかもしれん」
お客さんを迎え入れる店員さんの声と、食事を楽しむ人たちの声がする。
「カルル牧場ウッシーミルク仕立て・とろけるクリィムプディング」
食後、テーブルに運ばれてきた甘味を見て、シナップくんが嬉しそうに言った。
「真っ白のプディングだ!」
ウッシーのミルクと生クリィムとお砂糖を使用した、白いプディングの上には、甘さを控えた白い生クリィムがたっぷりと乗せられ、愛らしく丸い果実で飾り付けられている。
寡黙な店主さんが、深皿に盛り付けられた白いプディングをテーブルに並べていく。
無言だけれど、どことなく表情は優しげである。
「食後はやっぱり甘味だね」
「んまい」
こうして“焦がし米油・赤羽”で昼食を終えた私たちは、東門から宿場町カルルをあとにしたのだった。
◇
何度か荷馬車や人とすれ違いながら、イット駐留所の前まで半刻かからずに到着した。
歩いていると言っても、それなりの速度を保ってきた。
「このままバベナまで行けるか?」
「閉門までに?それだと速度をあげてギリギリね」
ガイアスくんの問いに、エレイナさんが答えた。
今の速さだと、宿場町バベナまで7刻くらい要するかもしれない。速度をバッシュくんたちの支援魔術で上げ、頑張って3刻ほどだろうか。
速めの馬車を乗り継ぐのであれば、2刻もかからない距離で、歩いている私たちだと、閉門が夜17刻だと間に合わず、王都と同じ夜18刻なら間に合うかもしれない、というところだ。
エレイナさんたちの会話から、バベナの閉門は王都と同じ、夜18刻なのだろう。
「行けたとしても、私は賛成しないわ。今日はもう4刻歩いてる。あと1刻か2刻で本格的に休んだ方がいいと思うわ」
バッシュくんたちの体力を気にしてのことだろうか。
ガイアスくんはそれを確かめたりはせずに、エレイナさんにうなずいた。
最初から無理にバベナまで行くつもりで言ったわけじゃなかったようだ。
「そうだな。今日は途中の休憩所で休ませてもらうか。バッシュたちもそれでいいか」
「うん」「食料も買ってあるのだ」
私たちは野営も考えて、カルルで食料を買い足しているからね。
「少し北に道を外れて良いなら、10カロノーツ先の休息所で、白銅貨1枚で宿泊も出来る小屋がある」
厨房を借りれば十分な食事と休息ができそうだ。
「先客がいたら外で休むことになるぞ」
ガイアスくんはそう言うと、止まりかけた歩みを戻し、先ほどまでと変わらない速さで再び歩きだした。
◇
──領主であるホレスさまが統治するバベナは、比較的大きな宿場町の一つだ。
西にガレディア王都、北に迷宮都市カルディナ、南に水の都ヴェルニカ。一つはガレディア王国の首都であるガレディア王都。
他のふたつは、かつてそれぞれが独立した国家であった、アルファルト大陸の中でも有数の巨大都市。
この3つと深い交流を築くバベナは、宿場町の中でも定住者が多い活気のある街で、独自の交通網に加え、情報、通信、物流、農工まで手広い事業も推進している。
宿場町カルルはそうしたバベナの役割を助ける重要な中継局であり、ホレスさまが統治する領内である。
そう商人ギルドのデビスさんから教えてもらった。
カルディナで産出される迷宮由来の交易品に、ヴェルニカから輸送される魚などの食料資源と、自領で賄われるワインや米、小麦などの農業品目の交易と販売。
いわゆる商業都市のようなものなのだろう。
「今日はここで1泊だな」
宿場町のバベナのほどちかくにある、囲いのされた休憩所。
設けられた宿泊小屋の一つで、ガイアスくんが背負袋を降ろした。
「王都からバベナは40カロノーツ程度で、俺たちがいるのはその手前辺りだ。朝から6刻かけているが。ロデリック、お前の“日ごとに移動距離を伸ばしていく”計画は本当に大丈夫なのか」
「バッシュたちの様子を見ればわかるだろう」
「確かに歩いたわりに、えらく元気そうにしているが」
バッシュくんたちは、ジャックくんとエレイナさんと一緒に厨房で食事の準備を手伝っている。
「エド、おまえはちょっとあっちで待ってるのだ」
『ボクも手伝いするのだ』
「……おまえはジュエルスライムだから、手がないのだ」
『魔術を使えば手伝えるのだ』
「何ができそうなのだ」
『………味見?』
「魔術が全く関係ないのだ!」
予定では明日から7刻ほどを移動に使う。
「いよいよ間に合わないとなったら、これまでのように俺の背負袋で運べばいいか」
ガイアスくんがそっと漏らすと、ロデリックくんが「それはなるべく考えるな」と釘を刺した。
◇
晩ごはんの調理が済んで、お皿に料理を盛り付けていく。
催しのくじでもらった飛竜の肉料理も、別行動中に食べられることなく、温められてテーブルに並んでいた。
少し遅れて特製調味液で煮込まれた、野菜と肉の料理も一緒に並ぶ。こっちのお肉はカマル特産品はちみつを使った照り煮と、ワイルドホッグ肉の煮込み料理だ。
ワイルドホッグは、元は家畜のトントンが野生化したのだと云われる魔獣だ。
つやつやとした肉のかたまりが食をそそる。
「いただきます」「いただきまーす」
甘党のロデリックくんが、早速照り煮を口に運び、満足そうに飲み込んだ。
短時間でも肉は柔らかく煮込まれ、煮汁には肉の脂と野菜の旨味がじんわりと溶け込んで、濃厚で甘辛いタレに仕上がっている。
「美味しいー」『のだー』
バッシュくんたちが一斉に言った。
ガイアスくんが飛行船の搭乗券の購入金額を聞いて驚くのは、食後の甘味に、甘食を食べながら話している最中だった。
「絶対に取消するわけにはいかないな」
ガイアスくんが決意を滲ませた。
南側の窓で、丸い月が金色に輝いている。明日明後日にも満月を迎えそうだ。
◇
翌日、まだ太陽の位置が低い早朝。
私たちは支度を整えると、施設の係をしている男性に声をかけ、挨拶をすませてから休憩所を出た。
見通しの良い休憩所から宿場町バベナがよく見える。
わずかに下りになった道を街に向かって歩いていく。
「ここからなら半刻ほどで到着できるな」
「もっと早く着くかも知れませんよ!」
ノアくんとバッシュくんとシナップくんが、エドくんと一緒に小走りで街に向かって走り出した。
近くに危険そうな魔物や魔獣は見当たらない。
「まずい、あいつら足が速くなってるじゃないか。置いていかれる」ガイアスくんがちょっと笑って、シナップくんたちを追いかけた。私たちもガイアスくんたちを追いかけるように街に向かった。
よく晴れたまだ柔らかい日の下で、ジュエルスライムのエドくんがきらきら光ってみえる。
魔物スライムや普通のスライムとは少し違う。
違うといえば、そもそもジュエルスライムはエドくんのように普通は人語を喋ったりしないわけだけど。
緩やかに曲がる道を南東に下り、私たちは再び大きな幹線道に合流する。朝の早い時間、荷の配送ために荷馬車が道に行き交う。
宿場町バベナの大きくて広い入り口が、もうすぐそばに見えている。
街の中へは一度、ヒトを乗せた馬車や魔導車、貨物を乗せた荷台を牽引する貨物便、歩行者が別れて入場するように仕切りが設けられている。
王都よりも厳密だ。
バベナでは馬車が街に入ることは出来るが、街中を走らせることが出来ない仕組みと決まりになっている。
そのため、用事の無い馬車や乗り合い馬車は街を迂回するのだけれど。
私たちは入り口の受付のヒトに冒険者カードを提示して中に入る。
特に荷物をあらためられたりすることはない。
「街の東側へ着く頃には昼時になっていそうだな」
バベナの街は東西にそれぞれ大きく居住区、商業区を設け、大広場を街の中心にし、4つの区画に分けて街を発展させている。
ふたつの大きな市場では、早朝から毎日たくさんの荷が卸され、日々街を賑わせる。
広くとられた出入り口付近以外、街中の通りは人々で混雑していた。
市場で売られている野菜や果物を見ながら、街の東を目指して歩く。
「ガイアス君、ガイアス君、これはなんなのだ?」
シナップくんが物珍しいのか、色々なものを指して聞いている。
珍しい工芸品や、陶器の器、木材を細かく組み合わせた仕掛け箱、珍しい貝殻を磨いて作った装飾品や、貝殻を埋め込んで磨いた美しい模様箱、美しい毛織物まで売られているものはさまざまだ。中には見ただけではなんなのかわからないものがある。
ジャックくんが、入り口で手に入れた街の地図を確認して言った。
「ガイアス!肉や魚の類いは東の市場の方が良さそうだぞ」
「地図を見ただけでわかるのか?」
「ここだよ。ハンターギルドのホイがやってる」
「ほんとうだ。ホイさんの店か」
「ホイさんは有名なヒトなんですか?」
「ああ、獲物の解体から納品までが丁寧で、評判のいいハンターだ」
「お野菜も果物も買ったし、行ってみましょうか」
「ロデリック、は……。エレイナが行くなら付いて行くよな」
「無論だ」
◇
だいぶ太陽が高く上がって来た頃、私たちは街の東側の市場に到着していた。街の地図を確認して市場内を少し歩くと、ホイさんが営む店の天幕はすぐに見つけることが出来た。
「ホイさん」
ガイアスくんが呼び掛けると、天幕で屈んで作業をしていた男性が、声をかけられたことに気づいて立ち上がった。
「ん?おお、ジャックにガイアスじゃないか!」
「久しぶり」
「お久しぶり、ホイさん」
「ふたりとも久しぶりだな!元気にやってたか?」
「おかげさまで元気だった」
「そうかそうか、ソイツぁよかった。最近妙なウワサが広まって来てるもんだからよ。流石に不安になるっていぅのか」
「噂が」
「お前さんたちの耳にも届いてるんだろ?魔物が強くなっているだの、海が変だの。変な声を聞いた、魔物が喋るようになった、一番質が悪いのが、魔物が金品狙って馬車を襲うってやつだ」
ホイさんの明るい笑顔が、話すうちに曇る。
「ちょっとまえにはワルゴが魔物に囲まれて孤立したから、ハンターギルドの方にも万一に備えてくれって要請が来た。考えてみりゃあ、このアルファルト大陸には、まだ未開の地があるんだ。おれたちが知らないこと、知らされていないことが……」
ホイさんは少し探るようにしたが、それ以上言うのを止めた。
「知らされていないって言えば、俺たち、ホイさんがここに店を出してるなんて知らなかった」
ガイアスくんがそう言うと、笑顔に戻ったホイさんが「最近出店するようになったばかりだ。今もお試し期間だ」と教えてくれた。
それからホイさんに買えるお肉の説明をしてもらい、お肉を購入する。聞けば白銀月が満月の数日後に、良い肉が手に入ったそうだ。
「魔雉、シュトロンガビス鹿の肉、黒アテルディーテの肉を10カロガニスずつ頼む」
「それで1日腹が持つ程度か」と聞いたホイさんに「もたない」とジャックくんが答えると、ホイさんが「相変わらずよく食うなあ、お前さんたち」と笑った。
1ガニスで普通は1人前なんだけど、ガイアスくんたちは10人前くらいは軽く食べれてしまう。
ガイアスくんたちほどではないけれど、バッシュくんやシナップくんも、小さいわりに大食漢だ。
「そういやぁ、連れてるジュエルスライムは“使役魔獣”なのか?」「いや、“飼い魔獣”だ」「そりゃそうか。ジュエルスライムだもんな」
などと軽い会話を挟みながらホイさんが器用に計算を済ませた。
「全部で白銅貨で200枚だな。今日はうちで普通の肉は置いてないが、別の天幕では取り扱ってるから、東の方も見て回ってくれ。あと市場の南側では、ヴェルニカから運ばれた水産品を取り扱ってる天幕が多い」
「行ってみるか。白銀月が満月だった影響で、いいものが出ているかもしれん」ロデリックくんが関心を示した。
お金と引き換えに、肉の入った袋を受け取ると、中に肉脂の包みとは少し大きさと、心なしか匂いも違う、保存紙に包まれた別のお肉が入っているような気がする。
「多めに買ってくれたんで、おまけの肉をつけといた」
「ありがとう、ホイさん」
「おう!毎度あり!また来てくれ」
ホイさんの天幕で肉を買ったあと、南側へまわって市場を散策する。一角に設けられた椅子に座って、買ったばかりの串焼きでお腹を満たす。
「買いすぎになってないかな、大丈夫かしら?」
休憩を済ませて市場内を見ているうちに、購入したものが増えてきたので、エレイナさんが気になり始めたようだ。
「この先は王都から離れて行くし、野営に備えた方がいい」
「狩猟規制もない地域だ。魔獣がいれば肉は調達出来るぞ」
と、ジャックくんが言うと
「それで飛行船乗り場に15日後に到着出来るのか?」
とガイアスくんが言った。
肉の解体にもそれなりの手間と時間は必要だ。
カルルで買い足した食料は昨晩と今朝までにだいぶ食べたので、今ある保存食だけでは15日分に足りないし、肉や野菜がまだ少なくてバランスも悪い。東へ行くほど乾燥地帯が増え、砂漠もあるため備えも欠かせない。
行く先での現地調達も、王都から離れると大きな都市のそばでないと宿場町も少なくなっている。
休憩施設や売店が営まれていたりする場所も、魔物が多い地域では維持するのが難しいため数は限られる。
近場で大きな都市と言えばヴェルニカだけれど、方角が南東なので、立ち寄る予定に無い。
バベナのように、豊富に物資を取り扱う次の宿場町があるとしたら、目的地である最東端の飛行船乗り場か、もうひとつ前に位置する飛行船乗り場だけど、そこまでで1,500カロノーツの距離がある。
それまで都度、狩りをして解体を行うとなると………。
「無理だな」
ジャックくんが自分で言って笑った。
それから天幕に並べられた、塩漬けされた肉や野菜の吟味を始めた。
ロデリックくんは、先程までエレイナさんの隣にいたけれど、熱量重視なのか、ただの甘党なのか、或いはガイアスくんたちを信頼しきっているのか。
今は少し離れた場所の天幕で、シナップくんとエドくんを連れて乾燥果実やお菓子を見ている。
そうしている間に、そばでエレイナさんと一緒に市場を見ていたバッシュくんとノアくんが、ヴェルニカの水産品を売っている天幕を見つけてくれた。
3人とも葉の器に盛られた、切身の焼き魚を持って戻ってきた。試食用に配られているようだ。
「うまい」
「へぇ!切り身にした状態でも売っているのか」
天幕に水晶板で作った箱形の展示台が置かれていて、その中には、さばかれて切り身にされた魚や、きれいに処理された魚が並べられている。
天幕の奥に、凍らせた大きめの魚が数匹、上から吊るされていて、そのすぐ下に調理台がある。
吊り下げられた魚の何匹かは解凍され、すでに身を削がれてほとんど骨しか残っていないようだ。
「いらっしゃいませー、ですわ!」
天幕の手前脇にいる女性が元気よく言った。
髪の毛を布で被ってまとめた、この若い女性が接客係のようだ。親切にも食べ終えた器を捨てるための、ごみ入れ籠が置かれている。
注文を受ける係りは展示台を挟んだ正面にいる女性らしい。
「…………ご注文が決まりましたらお申し付けください……」
「笑顔よ、ですわ!」
接客係の女性に言われて、注文を受ける係りの女性が、口角を少しだけ上げた。
◇
「ヴェルニカの水産品も買えた。肉も買えたな。当面の食料は充実させられそうか」
「果物と甘味も購入した」
「したのだ」
「そうか。それはいいが、ごはんもちゃんと食べろよ」
「わかってるのだよ」
シナップくんが機嫌よく返事をした。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょう」
「そうだな。遅くなったが、行こうか」
私たちは市場の南から、街の東へ向かって歩きだした。
多くのヒトとすれ違いながら、東まで来ると、仕切りで分けられた出入り口に到着する。
歩行者用に設けられた出入り口で、来た時と同じように受付のヒトに冒険者カードを提示し、街を出た。
日はまだ十分に高い位置にある。
けれど、ほんの少し傾き始めていた。
ここから続く道のりに、しばらく宿泊出来るような休憩所は無い。
ただ、街の北側には東へ連なる山岳地帯がある。
その向こう側に迷宮都市カルディナ、そのさらに北に海を望む港町が栄える。カルディナの東には山から下る長い河が、海まで続いている。
山岳地帯の東側の山々からは内陸に向かって長い川がいくつか流れて、豊かな自然を育んでいるが、それは同時に魔獣や魔物にとっても棲みやすい楽園となっていた。
巨大な国家、ガレディア王国を有するアルファルト大陸。
その一部は建国から二千年過ぎた今もなお、人類未踏破の地である。
「この辺りで休憩しないか」
歩き始めて1刻ほどが経過すると、ガイアスくんが言った。
私の支援魔導術『走者』の効果も失くなる頃合いだ。
遠くには魔物や、冒険者らしき人影が見えるものの、私たちが今いる、東へと続く幹線道の周辺に、魔物の姿は見当たらない。
「いいわね。まだ先は長いし、一度この辺りで休みたいかも。荷の整理もしたい」
エレイナさんがそう言うと、ジャックくんが「いいぞ。焦って歩いても、今日宿にたどり着くわけでもないしな」と言った。
「なら休みやすいように、椅子とテーブルがあった方がいいのだ」
シナップくんはそう言うと、シュシュッと素早く布と木切れをアイテムバッグから取り出して、魔力を籠めた。
いつもと違って、今日は素材を使うようだ。
地面に描かれた円の中に、錬成を意味する古代魔術文字が光となって、浮かび上がった。
布と木切れはみるみる姿を変えて、あっという間に布が張られた椅子とテーブルが出来上がっていく。
シナップくんは創造魔術を使えるのだから、錬金術を使えても全く不思議ではないのだけど、私は少しだけ驚いてしまった。
「いつもより派手に出来上がったな」
ロデリックくんが言った。
◇
晴れた空の下、シナップくんが用意してくれたテーブルに、エレイナさんが鍋で沸かしたお湯を使い、淹れてくれたお茶と甘食を並べていく。
椅子に腰かけお茶を飲み、カマルで貰った焼き菓子を食べると、途端にほっとした気分になれた。
知らず知らず、気を張っていたのかもしれない。
目の前に広がる草花や草原の向こうに魔物や魔獣、それと対峙する冒険者らしき人影がみえるけど。
今はそれがひどく遠くに感じられる。
ガイアスくんたちも似た気分なのか、お茶を飲む表情は緩い。
魔物と対峙する冒険者らしき人影が、魔導術を使ったりして時々光ったり、撥ね飛ばされたりしてる。
でも、うっかり助けにはいると、相手が冒険者の場合、こちらが怒られるそうだ。
ものすごく一方的に、撥ね飛ばされては攻撃をされているように思えても……。
「あの冒険者っぽいヒト、そろそろ危なくないか」
ジャックくんが言った。
「……ジャック、お前ギリギリで間に合う自信は」
「……この距離なら、ある」
「放っておけ、逃げ場があるのに撤退しないのがどうかしている。邪魔をされただの、逆恨みされてはかなわん」
「そういう可能性は確かにあるが……」
本人は自分が殺されかけている寸前なのがわからないで、助けた側が恨まれることもあるのか。
「退く気が無いヒトには多いね」
バッシュくんも憂鬱そうに言った。
「議論している時間はもう少ない」
性別もわからないくらい距離があるけれど、明らかに倒れてから起き上がるまでに時間がかかるようになっている。
回復薬を切らしたのかもしれない。
風が吹いて、先程まで聞こえなかった『岩蛇』の出す音が流れてきた。
「いけません、ここはボクたちが向かいます!」
「ノア、しょうがないな。救援だけだよ。さっきまでは魔物に攻撃されても、すぐに起き上がれてたんだから!」
そう言うとバッシュくんが私たちに言った。
「回復と強化の魔術だけ施してくるよ」
「射程範囲まで近づくだけなので、すぐに戻ります」
ノアくんは椅子から飛び降りながら、そう言って走り出した。
エレイナさんがあわててノアくんを追いかけ、バッシュくんも椅子から飛び降り走り出す。
ロデリックくんは、それを無理に止める気は無いようだ。
ガイアスくんが、私たちの方に体を向けた。
「3人に任せよう。回復と強化だけなら揉め事も起きにくい」
「あの人影がいるのは、ひらけた場所なのだ。『岩蛇』は足がそんなに速くない。逃げないのは本人の意向なのだ。なぜ逃げないのだ?」
シナップくんが、テーブルや椅子を片付けながら、心底わからないという表情で言った。
◇
17刻を過ぎて日は傾き、空は暗い夜の色を帯びつつある。
魔物の『岩蛇』と対峙する人影のいた場所から、私たちは大分離れた場所にやって来た。
バッシュくんたちが、回復と強化の支援を行った後も、冒険者らしきヒトは『岩蛇』を相手に退くことはしなかった。
その後の結末はわからない。
「バッシュたちの魔導術の効果は大きい。大丈夫だろう」
『岩蛇』を倒して助ける、という選択肢を取るのは、冒険者が死亡しているのでない限り、かなり難しいもののようだ。
魔物や魔獣を倒して得られる素材や魔石、依頼を受けての討伐報酬など、取り分で揉めるだけでなく、面子など心情的な問題も大きく関わって、助けた側に相手が激怒してしまうようなことが、少なからずあるそうだ。
「心情的な問題で怒り出されると、ちょっと大変なんです」
私にそう言って、エレイナさんが少しだけ笑った。
分け前をいらない、と言っても解決しないわけだから、たしかにそれは面倒そうだ。
「塔型迷宮で“降参”しないで死にかける『お客さん』と同じなのだ」
シナップくんがちょっと混乱した表情をした。
『本当に死んでしまってはどうもならないのだ!』
シナップくんの側で、ピョンピョンと跳ねながら、エドくんが言った。
ジュエルスライムであるエドくんには、目や口とわかるものが無いので、表情から心の内を察することは出来ないけれど、おそらく不思議でたまらないのではないかと思う。
「助けても、そのうち他で死んでしまうのだ」
ポツリとそこだけシナップくんの声が小さくなった。
私たちが進む方角に太陽はもう無い。
今はもう、すっかり反対側の低い位置に来て、地平線の向こうに沈みはじめていることだろう。
「だいぶ暗くなってきた」
幹線道沿いを歩いているお陰で道中、直接魔物と遭遇して対峙するようなことは、ほとんどないまま来ている。
「もう少し暗くなるまで歩いたら、そこで朝まで休めそうな場所へ行きましょう」
「そうだな」
エレイナさんの提案を受けて、私たちは道から少し外れ、開けた場所へ移動しながら歩くことになった。
バベナを出て4刻ほどが経っている。
北に山岳地帯が続く薄暗い景色の中に、複数の魔物の影が見える。南は開けてはいるものの、魔物に関しては似たようなものだ。この先はもっと酷くなる。
「よし、今日はこのくらいにして、ここで休もうか」
私たちと辺りの様子を見回して、ガイアスくんが言った。
「了解!」
ガイアスくんが折り畳み式のテントを広げると、念のためにバッシュくんたちが簡易の結界を施し、テントの外でシナップくんが木切れと布を素早くアイテムバッグから取り出して、テーブルや椅子、テント内には私たちが眠れそうな台まで用意してくれた。
本当は家も造れるのかもしれない。
そう思って尋ねてみると「見せかけだけで良いなら、出来るのだ」という返答が返ってきた。
『魔力量の問題じゃなくて、シナップの技量の問題なのだ』
補足するようにエドくんが言った。
魔物や魔獣の攻撃、そして様々な自然現象に適応してヒトが快適に過ごせるような『家』を創ることは、簡単な業ではないようだ。
バッシュくんとノアくんが構築する『屈強なコテージ』が、とてもすごい魔導術であることを、改めて知らされた格好である。
しばらくすると、お肉が焼ける良い匂いが漂いはじめた。
「ジャック、匂いに敏感な魔獣や野生動物が寄ってきてないか」
「今のところ大丈夫だな」
「よし」
バッシュくんたちが結界を施してくれているので、魔物に関しては心配は少ない。
魔物は基本的に魔力が目当てでヒトを襲うため、料理の匂いにつられて来ることはあまりないのだ。
匂いを辿ってヒトの食べ物を目当てに現れるのは、動物と魔獣である。
人類が捨て去ってしまった高い感知能力を有したまま進化した彼らの嗅覚は、時に犬族を凌ぐほどだという。
椅子にゆったり腰かけたロデリックくんが「灯りを切らさなければ大丈夫だ」と言った。
携帯式灯火と、焚き火の灯りが周囲を照らす中で、優雅にお茶を飲んでいる。
煮込み料理の仕込みを終えて、完全に寛いでいる。
「さすがだな。白金級の余裕か」
周辺を警戒しながらガイアスくんが言った。
襲われてもロデリックくんは大丈夫そうだからね。
すると、ロデリックくんが真面目な表情で返した。
「この辺りの魔獣ごときに遅れを取るようでどうする」
「ロデリック君、遅れを取るとか取らないではないのだ。ボクたちは、食事と睡眠の邪魔をされたくないのだ」
シナップくんが、ロデリックくん以上に真剣な表情で言うと、それを聞いたエレイナさんが、明るい声で「シナップちゃんの言う通りね!ロデリック、あなたも辺りの警戒をしてよね」と続けたのだった。
テーブルの上に、大きめのお皿に盛った料理が並び、バッシュくんたちが台に乗って取り皿を並べ、食事の準備が整いはじめると、シナップくんが目を輝かせた。
鉄の板で焼かれたばかりの、熱々の厚切り肉も並んでいる。
「良い匂いなのだ」
『ボク腹ペコ』
最後に深い器にたっぷりの煮込み料理が注がれ、それぞれの席の前に置かれると、ガイアスくんが席について言った。
「いただきます!」
◇
夜空の高い位置にやや褐色を帯びた、金色の丸い月が輝いている。
私はジャックくんと共に周囲の警戒のため、焚き火を囲んでいた。もっとも、私の方は魔物探知機を使っているので、それほど大変なものではない。
魔獣の警戒に加え、魔物にも注意を払うジャックくんと比べれば、圧倒的に楽である。
時折、方角を変えて視線を移すと、南の方では深夜にも関わらず、荷車を押す人影や、ゆっくりと進む馬車が、月明かりの下、影のように動いているのが見える。
ヴェルニカへ向かう最中なのだろう。
夜の道沿いに灯りが点々と点っている。
焚き火の火で炙った燻製肉を、ジャックくんが細長く切って私にくれた。
香辛料が効いていて美味しい。
ジャックくんが、不要になった包み紙を、ぎゅっと手で丸めて焚き火の薪代わりに火にくべた。
丸められた包み紙はすぐに火の一部となって消えた。
「そういえば、マクスさん」
「なんだい、ジャックくん」
「この辺りに生息してる灰色大狼って知ってる?」
この辺りの魔獣は草原ウサギの他では山蛙や翠蛇、……灰色大狼……。
──おや??
「名前だけ。そういえば、見たことはないね」
私がそう言うと、ジャックくんがうなずいた。
「灰色大狼は夜だけ北の山から降りてきて、この辺の魔獣や野生動物を狩って生活している」
「なるほど、夜行性なんだね。それで昼間は見かけなかったんだ」
ジャックくんがうなずいた。
夜行性で、夜に降りてくる……。
遠くで咆哮のようなものが聞こえてきた。
今夜は月明かりが強く、夜であってもいくらか明るさがある。
結界の4ヶ所に吊り下げた携帯式灯火が照らす灯りの先に、大狼の姿は見えない。
「あいつらは獲物を狙って気配を消す技能を持ってる」
ジャックくんの視線が途端に鋭く光った。
山の方角に白っぽい影が見える。
──3頭の白い大型の狼。
こちらを見ているのではないようだ。
1頭を中心に、2頭が伏せるように身を低くして、同じ箇所を往復するように移動している。
「シュトロンガビスが標的みたいだな」
しばらく大型の狼の動向を見ていたジャックくんが、私を振り返って言った。
シュトロンガビスは大きな鹿で、狩りに成功すれば1頭でも灰色大狼3頭で十分な食糧になるそうだ。
シュトロンガビスには可哀想だけど、私たちが襲われる心配はなくなる。
その晩の灰色大狼のシュトロンガビスを追う狩りは、1刻近くも続いたが、実際の勝負が着く瞬間は、瞬く間というのが正しかったように思う。
灰色大狼が、仕留めたシュトロンガビスを引きずって闇に消えると、私もジャックくんも少し肩の力が抜けた。
一番大きな灰色大狼が、何度もこちらに頭を向けていたというのもある。
視線を感じたのだ。
琥珀色に輝く丸い月が闇夜を照らす晩。
白く、鈍く輝く大きな狼を目に焼き付け、私はジャックくんとふたりでお湯を沸かし、珈琲を飲んだ。
────────
────────
□共有アイテム□
◇主な食料の在庫
内訳(長期保存食料143食分)
『追加保存食88食分』
『保存肉(10袋入り)低温保存中』
『魔雉の肉7カロ低温保存中』
『シュトロンガビス鹿肉7カロ低温保存中』
『黒アテルディーテ肉9カロ低温保存中』
『冷凍魚85カロ低温保存中』
『コッコ鶏肉285カロ(低温保存中)』『トントン肉433カロ』『塩漬け肉500カロ』『果物90カロ』『野菜290カロ』『塩漬け野菜500カロ』
◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、各種調味料、未調理穀物15日分
『カマルの特産品はちみつ5個と焼き菓子セット2箱』
『食堂のぬいぐるみ(中)』『2名食事券』『2名宿泊券』
◇魔力回復ポーション(EX102本、超回復74本、大153本、中647本、小970本)
◇治癒ポーション(治癒薬EX107本、超回復69本、大885本、中2,072本、小4,588本)、薬草(治癒1,059袋)1,059袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス (魔力回復薬小3本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本
ジャック (魔力回復薬小4本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬1本)
エレイナ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大6本、中1本、小3本)(治癒薬EX3本、超回復3本、小10本)薬草(治癒5袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
マクス (魔力回復薬EX3本、超回復5本、大5本、中5本、小9本)(治癒薬超回復5本、大5本、中10本、小18本)薬草(治癒18袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
バッシュ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
ノア (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
シナップ 『塔にあるもの全部』
ロデリック『私物とお菓子』
□背負袋
ガイアス 『共有アイテム』『バッシュとノアの本』『エレイナ、バッシュ、ノア、シナップの荷物』『食糧』『魔導石』『入門!魔術』『魔術図鑑(魔力紙付)』
ジャック (魔力回復薬EX11本、超回復10本、大50本、中210本、小140本)(治癒薬EX1本、超回復85本、大35本、中80本、小120本)薬草(治癒10袋、解毒10袋)麻痺解除薬2本)『もしもの時の燻製肉』『魔導石』『追加保存食43食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』『野菜』『果物』
エレイナ (魔力回復薬EX3本、超回復10本、大20本、中50本、小100本)(治癒薬EX5本、超回復25本、大30本、中50本、小50本)薬草(治癒60袋、解毒20袋)麻痺解除薬2本、万能薬3つ)『お菓子』『加工魔石(高)』『魔導石』『長期保存食料2食分』
『保存食43食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』『野菜』『果物』『チーズ』『パン』
マクス (魔力回復薬大10本、中100本、小100本)(治癒薬超回復50本、大100本、中200本、小200本)薬草(治癒1,000袋、解毒30袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬4つ、万能薬4つ)『草』『魔導石』『図で解る魔導書』『焼き菓子セット1箱(7個入り残り2つ)』『長期保存食料1食分』『ロデリックの魔導書』『追加保存食43食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』『野菜』『果物』
バッシュ (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本、石化解除薬1つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『焼き菓子セット1箱(7個入り残り2つ)』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食43食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
ノア (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬2つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『焼き菓子セット1箱(7個入り残り3つ)』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食43食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
シナップ 『塔にあるもの全部』
ロデリック『私物とお菓子』『入門魔術』『魔導石』『長期保存食料12食分』『果物』
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