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第5話 籠城戦開幕

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 全ての魔物の部屋の扉の施錠が外れたとき、私たちは『ロビー』の扉を背にし、ここに第1の陣を張ることに決めていた。
『第1ゲート・通路側出入口』
 この日、この時、この瞬間のために私たちは何度も互いの役割を確認し合い、作戦の決行準備を積み重ねてきた。
 広い通路を埋め尽くす魔物の群れを、魔方陣から放たれた光が一斉に捉えている。
 バッシュくんたちは、まだ魔方陣に魔力を流し作動させただけで魔術を発動させていない。
 にも関わらず、魔方陣の光は捉えた魔物達の動きを急速に鈍化させている。

 ガイアスくんとジャックくんが前方の魔物を次々となぎ倒して行く。それでも扉の中から出てくる魔物の数は減る気配がない。
 少しずつ1撃では倒せない魔物がガイアスくんたちの前に立ちふさがり始めた。「エレイナ!頼む」
 そう言ってガイアスくんとジャックくんが少し後退したところで、エレイナさんの広範囲の風属性攻撃魔術が発動し、魔物の頭上で圧縮されて作られた空気の刃が容赦無く降り注いだ。

「助かったエレイナ!少し休んでくれ」
 そう言うとガイアスくんが大剣を大きくふって前方の魔物を凪払った。続いてジャックくんが前に出て剣で素早く切りつけ背後の魔物を蹴り倒す。後方から飛びかかろうとした魔物にエレイナさんの弓矢が命中し、ジャックくんが下がったところで再びガイアスくんが大剣をふるう。

「やっぱり部屋から鍵を取ってくるだけってわけには、いかなさそうだな」
 魔物たちは周囲の魔物がガイアスくんやジャックくんによって打ち倒されることをまるで意に介する風もなく、単調な動きを繰り返している。しかしそれゆえに恐れることも怯むこともなく私たちの方に向かって突進してくる。

 ガイアスくんとジャックくんに次々と魔物たちが飛びかかり、ガイアスくんとジャックくんの腕に魔物が絡み付くようにしがみついたりし始めた。
 
 通路の奥からガイアスくんたちのいる手前まで、隙間無く魔物が蠢いている。
 魔物のサイズから通路にはおおよそで8000体におよぶ魔物が犇めいていることを意味している。
 前方と左右にも魔物が埋めつくし始め、2人が剣を使いづらくなって、魔物の群れで通路が一杯になったのを見計らい、私は予定通り地属性魔術を発動させる。

【アースバインド!】狙ったのは奥から数えて3番目の扉の前、目一杯広範囲を水を塞き止めるようにイメージして発動させた。
 魔力で生み出された泥のような塊が、魔物達を覆うように固めていき、そのまま範囲内の魔物たちの動きが石のように完全に停止した。
 それに合わせるように、今度はバッシュくんたちが魔方陣の術式を発動させる。
【二重奏】通路一杯に敷かれた魔方陣が強い光を放った。
 魔方陣が一斉に魔物たちから体力と魔力を奪って行く。
 同時に、私たちのいる場に事前に構築されていたバッシュくんたちの魔方陣【防御の陣】が展開する。
 ジャックくんたちにしがみつき噛みついたりしていた魔物がとたんに地面に落ち、そのままガイアスくんとジャックくんが、弱体化した魔物たちを凪払い、後方の魔物にエレイナさんの風属性魔術【風刃】が発動、魔物の上空で圧縮形成された空気の刃が連続的に降り注いだ。バッシュくんたちの魔術で体力と魔力を奪われ弱体化していた魔物はひとたまりもない。

 しかしその後も扉から次々へと魔物が扉から溢れだす。

 こうして、1部屋に10,000体、推定で50,000体の魔物と私たちの戦いが始まった。

 ◇

 扉から新たに溢れだした魔物と、バッシュくんたちの『二重奏』で魔力と体力を激減させられた魔物との差は歴然だ。
 体力を奪われた魔物たちは力無く、扉から溢れだした元気な魔物が先に出ていた魔物を押し退け踏みつけてしまっている。

 溢れた魔物たちが、再び私の前方にいるガイアスくんたちに飛びかかり、その数と牙を腕や足のいたるところに突き立て始めた。先程と違い、今はバッシュくんたちの防御結界があるため、私もエレイナさんにも先ほど感じたような焦りはない。

 よく見ると魔物同士でも互いに噛みつき合ったり、鋭い爪で傷付け合っているし、彼らには敵も味方も無いのだろうか。
 決められた部屋に閉じ込められるという環境下では、そのように振る舞った方が生存の可能性は高かったのかもしれない。

 私は頃合いをみて、手前から2番目の扉付近の魔物を指定して地属性魔術を発動させた。この位置が私の魔術の指定範囲ギリギリの距離だ。
 前方の魔物はガイアスくんたちに任せ、私は後方の魔物たちの進行を遅らせる。
 通路が魔物で一杯になったところで再びバッシュくんたちが魔方陣の魔術を発動させた。【二重奏!】

 新たに溢れ出た魔物も後方で既に弱体化していた魔物も捲き込んで体力と魔力を次々と奪って行く。
 体力を奪われた魔物たちの動きが、力無く緩慢になる。ガイアスくんたちにしがみつき噛みついたりしていた魔物が床に落ちた。
 続いてエレイナさんの風属性魔術【風刃】
 ガイアスくんたちのさらに前方、通路2番目の扉付近の上から広範囲に空気の刃が魔物たちに次々と降り注ぐ。

 バッシュくんたちの魔術を2度も受けても、傷付け合うのをやめず、互いを気にもせず、ただ突き進んでいく魔物の中に、勝手に自滅していくものがいるのが見えた。

「バッシュたちの魔術のお陰もあるが。たまに倒しにくいのがいても、脅威度は大したことは無いな。今のところ数が多いだけだ」
 バッシュくんたちが大量の魔方陣で『二重奏』を3回発動させ、魔物をある程度の数倒したあたりで、魔物を振り払いながらガイアスくんが言って「その、数が問題なのよね」とエレイナさんが疲れたように言った。

 たぶん本当に疲れていて、『第1ゲート』出入口の外側に張ったバッシュくんたちの防御結界の後方端に置いた木箱にバッシュくんたちと一緒に座っている。

 バッシュくんたちは、1度にたくさんの魔方陣を発動させたし、エレイナさんも何度も強力な攻撃魔術を使ってかなりの魔力を消費している。魔物から還ってきた魔力分では足りない。

 バッシュくんたちの『二重奏』の魔方陣は3回発動させたことで、役目を終えて消失し、現在、前方はガイアスくんの大盾とジャックくんの攻撃によって魔物の進行を食い止めている状態だ。
 先ほどの戦法はもう使えない。

「悪いなエレイナ、バッシュ、ノア、助かった。マクスさんたち後方はちょっと休んでいてくれ」
 そう言われてエレイナさんが「うん、遠慮無く少し休ませてもらう」そう言って、水属性の回復魔術をジャックくんとガイアスくんに使った。

 魔力回復ポーションで回復すれば戦えはするけれど、現時点でそれをやっても、おそらくきりがないので、序盤でガイアスくんたちの状態が良ければ、魔力は温存することになっている。

 時刻魔導具を確認すると、時間はいくらも経っていない。

 通路の奥の方は魔物だらけでよくわからないが、ガイアスくんたちがいる前方のあちこちに魔物が落とした、とても小さい魔石が床に散らばっているのが時折見えていて、事前の予想通り、弱った魔物の一部がそれを拾って回復している。

 しかも、ここの魔物は増殖する可能性のある魔物だ。どのくらいの早さで増えるのかは不明だが、数千年の間、この数を保てる程度には増殖する。
 長期戦は避けられない。

 こちらの体力や魔力が自然に回復するには、それなりの休息と時間を必要とするので、私も木箱に座った。

 次の作戦実行に私たちが移るまでに、まだもう少し時間がかかる。魔物との長期戦で私たちが気になっているのは食料や水の問題だけではない。
 魔生物や魔物というのはその呼ばれかたが示すように魔性を帯びた生き物だ。単に不思議さを表して呼ぶのでなく、魔力の影響を強く受けて存在しているとされ、生体の違いだけでなく、魔力を失っても存在出来る私たちとはそもそもの成り立ち自体が異なる存在だと言う学者も中にいる。
 実際のところどうなのかは、多くの魔導生物学者、魔物を専門とする研究者達が調査や考察を行っているが、行動パターンや生態等が判明しても、その根源足りえるものにはいまだ到達しない。魔物については、研究者ですらわからないことだらけというのが現状だ。

 そういう意味においてわからないと言うのであれば、私たちヒトや動植物、この世のあらゆる物質と法則にも言えるのかもしれないけれど。

 それゆえに、魔物に対する見解というのはたとえ同じ専門家であっても、違っているのが珍しくない。どの見解が正しいのか、それを明らかにするような証拠がまだないのが現状と言われている。
 しかし、多くの研究者達の見解でも魔物と私たちとの『違い』として『どの魔物にも言えること』とされる共通の認識は存在する。
 それは『魔物は変化しやすい』ということだ。
 一般的に魔物は私たちや他の動植物よりも、魔力の影響を受けた変化を起こしやすい。

 これが多くの地域で見慣れない魔物や魔生物が報告されると、強く警戒する理由にもなっている。

 ただ、その変化は必ずしも強くなるとかそういうものとは限らない。
 数を著しく増やし、弱体化する事例も多く存在するし、擬態して身を隠すように変化するなど、その『変化』は多種多様だ。
 そのため、魔物の変化は主に彼らの生存戦略として、生き残りやすい変化をしたものが単に残っている、というのが多くの専門家達の通説になってきているが、実際のところ、変化の理由を述べるにおいて、なにが正解なのかはまだ定かでない。

 ◇

 私たちよりも魔物に近い位置にいて、大盾で魔物の群れを塞き止めていたガイアスくんが、一時的に盾を私たちの側に立てたままにして、再び大剣を握った。

 大盾はガイアスくんよりも大きく、幅広に出来ていて、いくつもの違う素材を重ねて重厚に作られている。
 魔導研究ギルドと商人ギルドが共同開発した逸品で、見た目の大きさ以上の広い守備範囲を誇る。通常武器に対する耐久だけでなく、魔導攻撃にも強い。熱や炎はもちろん極寒にも耐える。
 もし難点があるとするなら、重さくらいのものだ。
 
 それが倒れないようにとだけ、私が見張りを託された。
 
 そのタイミングを見計らい前方で魔物と対峙していたジャックくんが大盾のあるラインまで下がると、打ち合わせ通りに待っていたガイアスくんが前に出た。
 素早い動きで魔物たちが一斉にガイアスくんに飛びかかるが、ガイアスくん個人の【大盾】の能力と、バッシュくんたちの【防御の陣】によって阻まれる。

 幅の広い大剣を、ガイアスくんが両手で高く振り上げ、勢いよく振り下ろした。
 ガイアスくんが使っている剣もまた、魔導研究ギルドと商人ギルドの共同開発の逸品で、耐久性に優れ、魔導系の防御に対する破壊力も併せ持つ。難点があるとするなら、〈大盾〉と同様に重さくらいのものだが、その重さこそがこの大剣の持ち味でもある。

 通常の大剣よりも重い、1撃の破壊力に優れた特別製の剣撃が、割れるような音と共に激しい一撃となって前方の魔物たちを襲い、震動が後方の私たちにも衝撃を与えた。
 もしも、この大盾と、バッシュくんたちに構築された魔方陣【防御の陣】が効いていなかったら、私たちも只ですまなかったのではないかと思わせたが、ジャックくんは顔色ひとつ変わらない。

 ふと、背後を見ると、木箱で休憩しているエレイナさんたちがおやつを取り出して寛ぎ始めている。
 エレイナさんから私とジャックくんにもビスケットが手渡された。バッシュくんたちの【防御の陣】は、中にいる私たちの防御力や耐久を上昇させるのはもちろん、陣の外側から私たちを囲うように幾重もの魔力の層が形成されていて、それを破れない弱い魔物では簡単に内側に入ってこれない強力な結界だ。

 代わりに回復の補助はなく、頭上に層は形成されていない。また、数によって攻撃を受けると層の厚みが影響を受け、侵入を許す可能性は高まる。

 しかし前衛にガイアスくんたちがいる限り、ここにいる魔物にそれが出来るようには思えない。飛び上がった魔物たちが頭上から侵入しようとしてもあっという間にジャックくんに落とされるか通路の奥へ投げ飛ばされたりしているからだ。
 私たちが魔力を消費して休憩を必要としたのと対照的に、ずっと戦っているはずの2人は最初より元気になっているように見える。
 どういう理屈なのかはわからないけれど、私は安心して受け取ったビスケットをありがたく口にいれた。
 これも、魔導研究ギルドと商人ギルドの共同開発した微量だけれど魔力と体力が回復するビスケットだ。
 しかも甘くてサクサクとして、砂糖のコーティングがされていて美味しい。
 疲れた状態から早く脱するのも私たちが役割を果たすために重要なことであることをエレイナさんは知っている。

 ガイアスくんが大盾まで戻ると、魔物を寄せ付けないように待機していたジャックくんが今度は前に出て魔物を素早く斬りつける。
 少しずつ、周囲の温度が下がり始めるのがわかった。
 ジャックくんが『氷結』を発動させて戦っている。その影響で、さきほどまで飛び上がったり、跳ねたり、自分の前をいく魔物を踏みつけていた魔物たちの動きが急速に鈍くなっていく。
 ジャックくんの剣が魔物を捉える度に周辺から温度が彼に奪われていった。
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