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第4話 星が導く迷宮-3

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 13日目(遺跡7日目)

「だいぶ準備が進んできたな」

 『第5ゲート書斎』内『厨房』への出入口近くの〈休憩場所〉に立って、ガイアスくんが言った。

 今日は朝から『第2ゲート』をはじめとする『各ゲート』の休憩場所の設置作業を行っていて、先ほど『第5ゲート書斎』の休憩場所を整え終えたばかりだ。

 時刻魔導具を見ると、もう昼前になっている。

 『書斎』に設けられた休憩場所は、元々書棚などと一緒に置かれてあったテーブルや長椅子、空いた木箱等を利用して作ったもので、横になって休息が出来るようにしてある。

 整えた休憩所の近くには、前もって分けて準備しておいた食料やアイテムを入れた容器や木箱を側に並べて置いた。

 陶製の容器と木箱の中には調理しないで食べられる乾パンなど長期保存可能な食品と、即時に体力や怪我を治癒出来る回復ポーションや薬草、魔力を回復させる魔導系の回復アイテムが整理されて入っている。

 今のところ、ゲートへの分配割合は『第1ゲート』『第2ゲート』を多めにし、『その他ゲート』にもそれぞれ数日分の食料になるよう配分した。私たちの約25日分に相当する充分な食料配分になっている。

 お菓子や嗜好品類は、いまはまだここに含んでいないが、手軽に高熱量を摂取出来るため、後からうまく組み込んでいきたい。
 上手く組み込めば食料の余力がさらに生まれる。

 魔導系回復アイテムは奥の『ゲート』へ行くほど上等な回復ポーションや強力な魔導系回復アイテムなど、数に限りがある分強力なものを揃えている。

 代わりに数の多い回復ポーションや魔導系アイテムは、惜しまず使えるよう『第1ゲート』『第2ゲート』に集中させて数多く備えてある。

「魔物の脅威度やランクにもよるが、序盤戦はよほどのことがない限り、これで凌げるだろう」というガイアスくんとジャックくんを信頼している。

 ちなみに強力な魔導系回復アイテムのほとんどはバッシュくんとノアくんが提供してくれたもので、通常の店では入手出来ない、珍しいものが多い。

「効能はお店に売ってるのと変わらないよ。違うのは色と容器だけ」耳をピョコピョコさせながらバッシュくんたちが説明してくれた。
 彼ら持参の小瓶の栓は猫や犬を象っていて、見た目がちょっと愛らしい。
 瓶などの容器を木箱にしまいながら「どうしよう。こんな可愛いの、もったいなくて使えない」とエレイナさんが言ったので、バッシュくんとノアくんが「いざというとき使わないと死んじゃうよ」と、少しだけ困った顔をした。

『各ゲート』に運び込んだのは食料や回復アイテムだけでなく、その他の籠城戦で役に立ちそうなものも集めて運び込んでいる。

 こちらも、回復アイテムと同様、奥へ行くほど強力な効果を期待できるものになっている。

 そのため『第5ゲート書斎』に置かれた木箱の中は珍しいもので一杯になった。

 ◇

 ガイアスくんとジャックくんは、『第2ゲート』の障壁が崩されない限り、本気でなるべく後退せずに、頑張りたいようだけど、エレイナさんをはじめとする私たちは彼らにそんな無理はさせたくはないので入念に計画を練っている。

「私の回復魔術では死んだ人は治せないのよ」エレイナさんが言った。バッシュくんたちも「超回復の能力が高い人でも、さすがに死なれると僕らにはどうもならない」
「ガイアスとジャックに死なれたら誰が私たちを守るのよ」
「困る」バッシュくんたちはエレイナさんより切実な表情で訴える。
 心配する3人からそう言われて「バッシュたちはまだガイアスの頑丈さを知らないからな!」
 とジャックくんが安心させるように言った。
「そうそう、俺は危機に瀕したら全部の能力が防御力と回復に回る!」とガイアスくんが笑った。
 それを聞いたバッシュくんたちは瞳をキラキラさせてガイアスくんを見ている。

 ガイアスくんやジャックくんにとっては、出入口の少ない『拠点内』の外側で自分たちが前線で戦うほうが防衛に適していると見なしているのかもしれない。

「現時点では魔物の脅威度がわからないからな。実際に対峙して想定より長引きそうなら調整しよう」
 というのはガイアスくんたちもを含む私たち全員の考えで、意見はまとまっている。

 ◇

 調理が不要な食品類や回復アイテムを『各ゲート』に運びいれたあとは、各自常備のアイテムバッグと背負袋に緊急用の回復アイテムは最低限残して、私たちは昼食の準備と、最後の仕上げに向けて『厨房』に戻った。

『厨房』には火を使って調理する携行型の保存食や嗜好品を木箱に集めて入れたものが作業台に並べられている。

 そこに追加で各々が持参していた乾燥させた野菜や穀類等の食料をドサドサと積んでいった。

 どれも火と水で調理すれば2倍程度に膨らんで、食べごたえがある上に栄養も熱量も摂取出来て、調理さえしなければ長期間の保存が効く。
 一昨日確認しておいた食料で、その大半はガイアスくんが持ってきて運んでくれていたものだが、これだけで私たちの食事20日分以上ある。
「乾パンや菓子ばかりだと栄養が偏るからな」

 もとは行方がわからなかったパーティーのために持ち込んだものだったが、それを籠城戦で一気に放出する。
 その分他の長期保存食に余裕が生まれる計画だ。

 籠城戦中でもこれらを調理して食べることが出来れば、食料については4、50日でも大丈夫だと見込んでいる。

 決めることが出来たのはエレイナさんとバッシュくんやノアくんのおかげで水の確保の当てがついたことが大きい。
 
「腹が減ってるとやる気も力もでないからな!助かった」
 そう言ってガイアスくんと笑いあった。

 それから久しぶりにボリュームのある昼食でお腹を満たした後、『ロビー』に移動し、互いの連携の確認をしていると、私にとって興味深いことをバッシュくんが言った。

「ガイアス君とジャック君には僕らの魔導術『二重奏』が効いてないみたい」

 バッシュくんとノアくんによると、『二重奏』は『三郎太』が使っていた術のように相手から魔力や体力を奪い弱体化させ、味方を回復させる術式だ。だけどそれがガイアスくんたちには効いていないという。

 そういえば……。
 三郎太に飛ばされたガイアスくん達が戻ってきた時、2人からダメージを受けた様子は感じられなかったな。

「2人とも体力がものすごくあって、効果がわかりにくいとかじゃないのかい?」私が少し興味本意で尋ねてみると
「僕らの『二重奏』は相手の魔力や体力が大きければ、その分たくさん奪うはずだから………」という答えが返ってきた。

 なるほど、割合ダメージなのか。
 それならバッシュくんたちが疑問に思うのは尤もだ。
「考えられるのは魔術に対する耐性だね」
 私の言葉にバッシュくんが頷いてから
「けど、それだけじゃないと思う」
「単に魔力耐性が高いだけで全く気にされないほど、効かないっていうのは……三郎太にでさえちょっとは効いてたのに」
 そう言って2人が首を傾げたのだ。
 ひょっとするとこうした魔力耐性にも相性があるのかも知れない。

 実際私の地属性の魔術「アースバインド」も全ての魔物に効果があるわけではないし、昔から魔力属性による相性があることは研究され、実証もされている。
 ちなみに「アースバインド」は私の故郷の島の羊人なら扱える人が多く、さほど珍しい魔術式ではなかったりするのだけど。どうもちょっとだけ尊敬されているので今は秘密にしている。
 この冒険が無事に終わったら打ち明けよう。

「ガイアス君とジャック君に『三郎太』対策は直接必要ないね」「なんだよ?不満そうじゃないか。バッシュは俺たちに敵の魔術が効いた方がいいのか?」
「そうじゃないけど」
「僕らの魔術は魔力をたくさん使う代償として強力なのに、キミたち相手だと魔力だけ使わされちゃう」
 ノアくんとバッシュくんが顔を見合わせてから2人に言った。
「絶対キミたちには敵にならないで欲しいよね」

 それからしばらくみんなで『三郎太対策』について少し相談しあってから『厨房』に戻って休憩用の飲み物やおやつを用意して『第2ゲート休憩所』の使い心地を確認することになった。

 横には広いが縦の奥行があまりない『第1ゲート』の通路に作った休憩場所に比べ『第2ゲート』内側に木箱などを組み合わせて作った休憩場所はかなりゆったりとしている。

「思ったより、ちゃんと休めそうだな」
 広さもあるのでテントも考えたのだけど緊急時の回収に時間がかかるので組み立てない。

『第2ゲート』は『第1ゲート』と同様に長く利用することを想定し、『厨房』への出入口も障壁で塞ぐことも考慮して、少量ならお湯でも沸かせるように工夫もしてある。

 温かい飲み物を飲めることで、休み方にも柔軟性が生まれている。

 その後も飲み物を運んで『第3ゲート応接室』『第4ゲート寝室』『第5ゲート書斎』の休憩所も試しに使って確認してから、『第4ゲート寝室』の休憩所だけ、相談して撤去することにした。

『第4ゲート』まで後退する時は『第2ゲート』の障壁が破られているか、ガイアスくんがかなりのダメージを負っている可能性が高く、計画でもなるべく速やかに『書斎』まで移動することにしてある。今のところ長居する予定はない。

 つまり『第4ゲート休憩所』は余分な休憩場所と言えるのだ。

「回復アイテムの入ったこの木箱だけ緊急用に置いておこう。後は回収して『書斎』に持って行く」
「要らなくなったこの木箱、もらってもいい?」
「ああ、構わないぞ。なにするんだ?」
「秘密」「秘密ー」
 バッシュくんたちはそう言うと2人で木箱を楽しそうに『厨房』へ運んでいった。

 ◇

 晩になると『厨房』のテーブルにはエレイナさんが用意してくれた乾燥野菜と薬草を使ったスープ、乾燥豆や乾燥野菜を水で戻して甘辛くした煮物に温めた燻製魚と、穀物を炊きあげた物が並べられていた。
 私たちはそろって晩の食事を始めた。

「はふ、美味しいね」とバッシュくんが言った。彼もノアくんも美味しそうに食べていて、ガイアスくんたちも美味しそうに食べている。私たちはお腹一杯になるまで食べて、一息ついた。

 しばらくするとバッシュくんとノアくんがやって来て、一冊の本を見せてくれた。
 ジャックくんが前に読んでいた本と同じシリーズの物に見える。

「マクスさん、ここの古代文字なんだけど、青を表してる、ここなんだけど」そう言ってバッシュくんが本の文字を指差した。

「もうひとつの意味は『石』であってる?」
 前後に書かれている文字には知らないものやすぐに思い出せないものがあったが、バッシュくんが指した文字のことはたまたま知っていたので
「そうだね。その文字は、確か『青』と『石』それから『土』を表す文字だよ」と答えた。
 すると2人が顔を見合せて「やっぱり!」と言い合うと私に向き直って「ありがとうございます」と丁寧におじぎをしてテントに戻っていった。

 明日も『ロビー』で集まって今度は『籠城戦』と『三郎太』対策だ。『三郎太』のほうの対策はいくらかもうしていて、後は数だけで見ると圧倒的に劣勢な私たちが、いかに優位に魔物に立ち向かうかという話になっている。

 それに関して遺跡や魔物についての手がかりが無いか探しに『装置のある部屋』には、もう一度行ってみることにしている。

 対策の目処がついたら、いよいよ『第2ゲート』と『第3ゲート』の出入口を障壁で塞ぐ。

 万一魔物によって障壁が突破されるときは『厨房』の方へ崩れるようにするのだけど、念のため魔物が原因でなくても崩れる危険に備えて、障壁で塞いだあとはそこから『第4ゲート厨房側出入口』より奧へは入らないことに決めている。

 そのため厨房で調理する食材は『第5ゲート書斎』出入口に近いかまどや作業台まで大体は移動させて、今後はここで調理をする。
 今日は水をだいぶ使ったはずだけれど、筒や瓶にはたっぷりきれいな水が入っている。

 かまどでお湯を沸かして容器の煮沸消毒が出来るようになったので、保存容器の数を増やして、エレイナさんとバッシュくんたちが魔力で水を用意してくれているのだ。

「容器は古代の人たちが使ってたものだからロマンがあるよね!」と、バッシュくんとノアくんが目を細めて楽しげに笑った。

 考古学を研究している人には申し訳ない気がするけど、私たちの生命に関わりそうなので、仕方ないよね。

 ◇

 14日目(遺跡8日目)

「おおー、すごいなコレ」

 朝食をすませ、予定どおり『魔物』と『三郎太』対策のため『ロビー』に入って間もなくしてバッシュくんたちに渡された『秘策』の1つ、魔導アイテムに私たちは驚いた。

「この珠がキミたち自身で、この光ってる三角形が僕たち」
「えーと、これが私で、この赤い三角形がジャックなの?」
「この青いのが俺か?」
「この黄色いのがマクスさんか」

 バッシュくんたちに渡されたのはガイアスくんは小さな青い珠、ジャックくんが赤い珠、私が黄色っぽいクリーム色の珠だ。
 エレイナさんのは薄いきれいな水色の珠。

 バッシュくんはオレンジでノアくんは薄いきれいな緑色の珠を持っている。珠はどれも小さいが、よく見ると珠の中で三角形がいくつも点滅している。

 バッシュくんたちの説明によると三角形がそれぞれの位置を示していて、もし『三郎太』に分断されても、三角形の長い先向いてるほうに各色の私たちがいるので合流出来る。

 魔力を使わなくても、『設定』すればいいだけの試作品があって、その設定をこの前に行っていたのだという。

 ちなみに自分の色に近い丸い点滅が自分なのだそうだ。

 試しにジャックくんに『ロビー』の端に移動してもらうとジャックくんの三角形の長い先が私から見て『ロビー』の端の方を向いた。
「飛ばされないように耐性を上げても、完全には防げないかもしれないからね」そう言ってバッシュくんがごそごそとアイテムバッグから飴玉を取り出した。
 それを口にいれると目を細めて味わっている。
 それから少しして飴玉を食べ終わったバッシュくんが「?」という顔をして私たちを見た。
「……その飴玉にも何か意味があるのかと思って待ってたんだが……」「え?無いよ!ただの飴」「そうか」「うん」

 ◇

「じゃあ、『三郎太対策』はこのくらいにしおいて、次は『魔物対策』だな!」

『魔物対策』については籠城戦を決めた直後から計画を進めて来た。戦いが始まって長引けば水や食料の問題はどうしても深刻になるし、なるべく早く魔物を倒す必要があるため「悠長に1体ずつ倒していくわけにはいかない」ということで最初から意見自体はまとまっている。

 そのために昼近くまでアイデアを出しあったり、演習を行ったりしてから、私たちは『装置の解錠』の日を2日後に決めて『厨房』へ戻ることにした。

 籠城戦が始まれば当面の目標は守りを固めて防衛しつつ、出来るだけ早く5つの鍵を手に入れることだ。

『厨房』のテーブルに燻製肉と薬草を利用した料理と、穀物を炊いて盛り付けて上から乾燥野菜や乾燥小魚を砕いて調味しふりかけた料理、薄い生地で巻いて焼いたチーズ、甘辛く煮付けたきざんだ薬草とクルミ、お茶や紅茶など温かい飲み物を並べて昼食にする。
「いただきます」しっかりと食べて備えることも重要だ。
「火と水を使って調理すると食事らしくなるな」
 ガイアスくんが満足げに言った。

 ジャックくんやガイアスくんも抑えていた食事量を魔物との戦いに備えて増やしている。

 昼食を終えたあとは、持参の調味料を使い、穀物、芋や乾燥豆や薬草等で濃い味付けの保存食を既にある保存食とは別に新しく作り始めた。塩漬けの肉や魚も調理してしまう。

 実はバッシュくんたちが氷と空き木箱を利用した魔冷保存庫を作って「原始的だけど、これで食料を日保ちさせられるよね」と言ってくれ、それを早速利用することにしたのだ。
『厨房』で見つけた木箱や容器の多くは食品の保存に適した素材で作られている。
 これで誰かが『厨房』まで戻らなくても『第2ゲート』で温めて当分食事の用意ができる。
 木箱の上部には小さな魔石を使った仕掛けがあり、これが作った氷や、凍らせたり冷やした物の温度が上がらないようにしているらしい。
「火属性の魔石みたいだが、こんな使い方があったのか」と、初めて見せてもらったときガイアスくんが感心していた。
 これで、水に続いて食料についても問題が大きく改善したと言っていい。
 ガイアスくんが運んでくれていた食料はまだたくさんある。
 それにしても、長期を想定していた上にそれと別に8人分の食料もほとんど1人で運んでいたようなものだから、ガイアスくんの超人的な身体能力には驚かされてしまう。

「ガイアス君とジャック君は保有魔力の大半を身体に使ってるけど、ガイアス君は特にその傾向があるね」
 バッシュくんにそういわれてガイアスくんが「その言い方は俺たちがバカっぽく聞こえるからやめてくれ」と言ってエレイナさんに笑われている。

 一方バッシュくんたちの方はガイアスくんを尊敬の眼差しで見つめている。

 魔力というのは濃度こそ差はあるが大気中にあって、生き物に限らず様々な物がそれらを取り込んで存在している。

 そのため動植物も人も魔力を生まれつき保有し、ほとんどの生き物が魔力を触媒の1つとして身体を活動させるためのエネルギーを作り出したり、生存のために利用して進化してきた。

 そうした、『自分ではコントロールするのが難しい魔力』の配分によって個々の能力の傾向は変わってくる。
 例えば無意識で消費される魔力が生き物の身体に与える影響は、肉体的な強度を高めたり、身体的疲労や怪我や病気に対する回復の早さだ。

 しかしそれはあくまでも傾向であって、その傾向に適した努力や環境が加わることで個々の能力は向上していく。

 今では当たり前のように魔導術を扱う人や魔石を利用した魔導具が当たり前に存在するけれど。
 人類の歴史としてみると、魔力は見えないけれど存在していることが大昔から認識されていたものの、見えないがゆえに生まれつき発揮される利用以外の使われ方は長いことされないままだった。
『薬草』はなんだかわからないけど食べると怪我が治るとか、この石は温かいとか冷たいとか。適性魔力があるからって誰でも『火』や『水』が出せるわけでもなかった。

 それを世代を継承しながら少しずつ、長い年月をかけ研究、知識を蓄積し、研鑽しながら編み出された技術が、現在の武術や剣術、魔導術にも活かされていていまなお進歩し続けている。

 またそれらから産み出された技術と研鑽は建築や工業、農業、金属の精錬、製造、娯楽に至るまであらゆる技術にも利用されている。

「大昔の文明にも研究者がたくさんいて技術は高度に磨かれていたことがわかってる」バッシュくんが面白そうに言った。

 それから私たちは手分けして調理して出来上がった濃い味付けの料理を容器に詰めて『第2ゲート』に置いた魔冷保存庫にしまっておく。
 炊いただけの穀物は調理してジャックくんに凍らせてもらう。
 彼のものすごく生活感のある魔術の使い方にガイアスくんとエレイナさんが笑っている。

 バッシュくんたちは魔冷保存庫の食料の入り具合を確認すると
「余裕があったら『第5ゲート』用にも作ろうか」
 と言って空いた木箱を手入れしている。
 彼らはこういったことが苦ではないようだ。
 救援として派遣されただけあって2人とも頼もしい。
 彼ら専用に物を分けた木箱には、今は小さな袋やビンが入っている。

 食料も水も準備が整ってきたところで、
「そろそろ『第2ゲート』『第3ゲート』の『厨房』への出入口を塞ごう」と、ガイアスくんが切り出した。

「障壁を作ると崩れた時『厨房内側』の障壁辺りが危なくなる。近くにある必要なものは今のうちにこっちに持ってきておいた方がいいぞ。塞いでもかまわなくなったら教えてくれ」

 『第2ゲート』『第3ゲート』出入口がなくても『厨房』を利用出来るように、『第5ゲート書斎』出入口近くの作業台の方に必要な物資はもう大体移動させていている。

 各々『第5ゲート書斎』出入口付近の厨房の作業台まで、残っている食材や、自分の荷物を持ってきた。

 こうして、その日の夕刻が過ぎる頃には『第2ゲート』『第3ゲート』の『厨房』出入口はガイアスくんとジャックくんによって石材ベッドの障壁で塞がれた。

 障壁の補強に書棚も利用したので『第5ゲート書斎』はすっかり広々としている。
 残る書棚は天井と床にあるレールでの移動式の書棚4つだけ。
 それも部屋の隅の方へ今は寄せられていて、『厨房』への出入口近くに置かれた木箱や休憩用のスペースはあるものの、部屋全体の割合から比べれば微々たる占領だ。

「なんか、思ったより広くなったな!」

 私たちは『書斎』で得た思わぬ広さに少し驚いた。
 他の部屋同様の広さがあることはわかっていたのだけれど、今までは黒っぽい書棚が並んでいてあまり広い印象を持てていなかったことに気がついた。
「わぁ」「ひろーい」
 そう言いながらバッシュくんとノアくんが、ちょこちょこと部屋の中央辺りまで走って行った。本棚があって休む場所もあって広い。こういった訪れ方でなければ秘密基地のようだ。
 私たちは休憩スペースに使っている長椅子や木箱を少しゆったりめに配置し直しながら、少し予定を変えて「今日はここにテントを組み立てて休もうか」という話になった。
 それから設置場所を『寝室』出入口のある側の奧のスペースに決めて、『厨房』で晩の食事をすることにした。

 今日は炊いた穀類と塩漬け肉を調理したものと芋、乾燥野菜を使ったスープに、乾燥果物に水を加えて煮詰めたもの、穀物の粉を水で溶いて捏ねた生地を焼いたものをテーブルに並べて晩ごはんだ。
 余分に作った分は水と一緒に『第2ゲート』の魔冷保存庫に保管しておく。

 ◇

 15日目(遺跡9日目)

 いよいよ明日はバッシュくんたちが『装置の多重魔術鍵』の解錠に挑戦する。
 朝食を済ませた私たちは『ロビー』『装置のある部屋までの通路』、『装置のある部屋』をそれぞれ見回り、『魔物の部屋』の扉の障壁なども問題ないか確認してまわる。
「特に異変とかも見当たらないな」
 奧まで確認して、ガイアスくんが言った。
『三郎太』の方も一度やってきたきりで、今のところ現れていない。あのあと暇を見て訪れた『装置のある部屋』の資料でも『三郎太』に関する情報はわからないままだ。これ以上は進むしかない。

 バッシュくんたちは『第1ゲート』1番目出入口の魔方陣の確認も終えると「僕ら、なんだかいけそうな気がする!絶好調」
 バッシュくんたちが頼もしく言った。
 彼らの扱う魔方陣は、構築するのに多くの時間と大量の魔力を消費するが、それと引き換えにして強力な威力を発揮する。
 さらに紐付けされた複数の魔方陣なら、1つでも作動させれば他の魔方陣を連続的に発動させることが出来る。

 続いて『第2ゲート』『第3ゲート応接室』『第4ゲート寝室』を同じように確認して、そのまま『書斎』を通って『厨房』まで戻り、全ての魔方陣を確認し終えて、少し遅めの昼食にすることにした。

『第5ゲート書斎』には氷を入れた魔冷保存庫が新しく設置されている。これでまた調理済みの食料の保存期間を延ばせる。
「解錠に成功したら必要ないけど。念のため!」とバッシュくんたちが作ってガイアスくんが運んで置いてくれた。
 もし籠城戦になって、それが長引いても食料や水で困るということは少なそうだ。

『各ゲート』の〈休憩場所〉には食料と回復アイテムとは別に、乾燥果物などの嗜好品や、お菓子類の入った箱も新たに用意してあって、エレイナさんが魔力を回復させる飴玉、ビスケットなどのお菓子を使いやすい位置に置いている。

 これで60日以上の籠城にも耐えられるはずだ。

 それから昼の食事を終える頃になって
「明日は予定どおり、バッシュたちに装置を作動させるのを試してもらう」とガイアスくんが切り出した。

「もし『魔物の部屋の施錠』が外れて籠城戦になった場合、魔物の数は推定で10000体から50000体の可能性がある。打ち合わせ通り明日に備えて、今日は各自充分に休息をとっておこう」

 そうは言っても誰も本当に休んだりする様子を見せること無く、時間は過ぎて、夜の食事時を迎えた。
 ここ数日、私とジャックくんとガイアスくんは3人でバッシュくんたちから属性魔術について色々教えてもらっている。
 学んでもエレイナさんやバッシュくん達のような魔導術を使えるようになるわけではないのだけれど、理解を深めることで強化することは出来るのだという。
 例えば、ジャックくんは魔術で直接水や氷は作れないけれど、水を凍らせたり出来るように。

 やがて夜明けが近づいてくる。

 ◇

 16日目(遺跡10日目)

 ついに私たちは再び『装置のある部屋』までやって来た。

 藍色の塔のようなオブジェクトが最後に訪れたときと同様に立っている。
「準備はいい?始めるよ」バッシュくんとノアくんが言った。
「ああ、頼む」
 彼らが解錠に成功するか否かでこれからの行動がまるで違ったものになるが、どの結果になっても、彼らが精一杯やって得た結果に従うと決めている。
 私たちが頷くのを確認して、彼らが装置に触れて作動させた。
 螺旋状の装飾がバッシュくんたちの魔力に反応して、オブジェクトと同系色のうっすらとした藍色の光を放った。
『操作制御装置の起動を確認しました………』
 どこからともなく声が聞こえて、私たちの目の前、バッシュくんたちの頭上より高い位置に色の濃さの異なる、琥珀色の立方体3つと、不透明の青緑と若葉色の2つの球体が塔の周りを回るように現れた。
 どうやらこの5つの物体そのものが1つ1つパズルのような鍵になっていて、これらをどうにかすることが解錠ということらしい。

『【創造の間】操作系統制御装置稼働の権限保持者の証明を要求します』『制御装置の解錠を開始しますか』
「開始する」バッシュくんとノアくんが応えた。
『第1鍵解除開始………………30、29、28…解除確認、続けますか』「はい」
 おもむろに始まったカウントダウンに、私たちは無言のまま驚いた。
『第2鍵の解除を開始…………20、19、18…解除確認、続けますか』「はい」バッシュくんたちは冷静に応じている。
 先ほどは30から始まったカウントダウンが今度は20からスタートしていることに私たちのほうは驚く。
 しかし私たちは様子を静かに見守る。
『第3鍵解除開始…………10、9、8、解除確認、続けますか』「はい」
 鍵が1つ解除されるごとに螺旋の装飾に刻まれた古代文字に光が宿っていく。
『第4鍵解除開始……5、4、3、解除確認、続けますか』「はい」
 あと少し。
『第5鍵解除開始3、2、1……解除確認、出来ませんでした。安全確保のため、施設内に、兵を投入、配置します』

「解除させる気無いだろ!!」ガイアスくんが思ったことを我慢できずに口に出した。
「ごめん」「ごめんなさい」バッシュくんたちが同時に謝った。
「バッシュちゃんとノアちゃんは悪くないのよ!装置がくそなだけ!」エレイナさんが装置を罵りながら急いでバッシュくんたちを抱き抱え、扉を開け放っておいた出入口から私たちと勢いよく飛び出した。
 魔物の部屋からなるべく距離の取れる通路の端を全速力で走る。
 その間にも施錠の外れた『魔物の部屋』の扉が次々開いて魔物達が飛び出して来た。物語に出てくる“悪魔”と呼ばれる魔物を連想させる姿をしている。鋭い爪と牙をむき出しに追いかけてきてとにかく数が多く、すでに10体や20体ではない。

「走れ!全速力で逃げろ!!」
 おびただしい数の魔物の群れを、この中の誰よりも近い位置で背にしているガイアスくんが叫んだ。

「くそ!とにかく走って全員、逃げるんだ!追い付かれるな!」
 前方の扉は障壁がいくらか効果があってまだ少ししか開いていない。
「アースバインド!」私は事前の打ち合わせ通りに走りながら魔術式を発動させる。
 後方は私の地属性の魔術で動けなくなった魔物で壁のようなものが出来、それがいくらか足止めの効果を高めるという意外な効果が出た。

「でかした!マクスさん!」
「マクスさん!さすがです!」
「これで反撃が出来るな!!」
「お前の反撃は後回しだジャック!まず全員連れて1まで全力で戻るんだ!」

 ジャックくんが先へ行って前方に現れた魔物に向かって剣を振り抜く。
 私の視界に見えていた魔物が通路の扉に向かって飛ばされて見えなくなったときジャックくんの声が背後に聞こえた。

「ガイアス!全員配置についた!」

 ジャックくんがそう言うのと同時に、振り向いた私の前方一番遠い奥の『魔物の部屋』から私たちのいる手前までの通路が次々と光る魔方陣で埋め尽くされていった。

「よし!反撃の時間だ」

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