星の迷宮と英雄たちのノスタルジア

いわみね

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第11話 崩壊

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 ━籠城戦6日目━

 時刻魔導具が朝を知らせてくれる時間帯、朝食を済ませて私たちは昨晩打ち合わせた通り、氷の壁を壊しに来ている。

「よし、それじゃあ、まずは1番手前のこの氷の壁から破壊するぞ」ガイアスくんが氷の壁を確認しながら言った。

 今日のガイアスくんはいつもと違って寒そうな素振りは微塵も感じさせていない。

「ガイアス、今日は寒くないのか?」不思議に感じたのか、ジャックくんがガイアスくんに聞いた。

 するとガイアスくんが
「ジャック。俺だって成長するんだぜ!」と爽やかに答えたので、ジャックくんとエレイナさんが小さな拍手をガイアスくんに贈った。

 氷の壁からは白い冷気が上から下に向かって流れ、そばにいる私たちを冷やしている。

 私なんか防寒着を身に付けたうえ、ノアくんがくれた火属性の温かい魔石があってもまだ寒いのに、ガイアスくんはもう順応出来たのだな。

 と、そんな風に感心していると、フード付きの防寒具を身につけたバッシュくんが、下からクイっと私の衣類の裾を引いて、コッソリ
「ガイアスくんだけ、耐寒耐熱が上がる魔導術を重ねがけしてる。内緒!」「さすがに強力な防寒防熱のアイテムは使わない!」と耳打ちした。
 
「奥の壁まで一緒に壊さないように気をつけて」
「わかってる」
 エレイナさんに言われて、ガイアスくんが頷いた。

 氷の壁は解け始めてはいるものの、完全に解けるのを待つとあと数日はかかりそうに思えるくらいにはまだしっかりとその壁の分厚さを維持している。

「壊れたら打ち合わせ通り頼む」「任せて」ガイアスくんが言って私たちが応じるとガイアスくんが大剣を両手に持って縦にではなく横向きに、斧で木を切り倒すかのように持って、思い切り引いた。

「せーの!」ガン!

 氷の壁に横向きにされたガイアスくんの大剣がぶつかった。
 
 するとわずかな間を置いて、氷の壁に亀裂が走り水しぶきと砕けた氷とが、ガイアスくんの後方にいる私たちの方までやって来て、派手にガラガラ、ガシャァ!という音と共に、目の前の氷の壁が崩れた。

 壁の向こうにも崩れた氷が大量に倒れこんで、風も起きている。氷の壁のせいか、魔物たちの魔力の影響だろうか。

「それじゃあ始めるぞ」「おー!」
 言ってる間もなく魔物たちが崩れた壁の向こうから次々と飛び出してくる!かなり広範囲に氷の壁が崩れたせいだ。

 同時にガイアスくんが『大盾』を発動し、前方の魔物がガイアスくんの防御技能『大盾』が展開するのに巻き込まれ、弾き飛ばされた。

 ガイアスくんは機動力の方を優先して魔導ギルドと商人ギルドの共同開発の大盾は持ってきておらず、小型の邪魔にならない形状の盾を使用している。

 自由になった魔物の数はおよそで1,000体。おそらくほとんど風属性の魔物たちだ。ジャックくんが『焔』を剣に付与してガイアスくんと並んだ。

 私が後方からガイアスくんの技能『大盾』の範囲から外れている魔物たちに地属性魔術『アースバインド』で動きを止め足止める。
 効果の持続は相変わらず10を数える程度だ。
 他より大きな魔物がいるのは2番目の氷の壁向こう。

「この手前の魔物を片付けたら……」
 ガイアスくんが言いかけたところで、前方の魔物から強い風圧が発生した。「!」
 大きな風が起きただけで、私たちが傷つけられるような類いのものではなかったけれど、魔物たちの視線がこれまでのものと違う気がする。
 ガイアスくんが少し様子を見ながら対応して、ジャックくんと私、3人が前に出て扇形になるような配置になる。

 ジャックくんの『焔』が彼の近くにいるだけの魔物たちにも火傷の損傷を与えていく。

「ジャック!下がるぞ」
 ガイアスくんが後退を指示した。
 ジャックくんの『焔』の熱で他の氷の壁が影響を受け始めている。
 ガイアスくんの合図に合わせ、私たちも予定通り後ろに下がる。
 バッシュくんとノアくんの防御魔術の支援と、エレイナさんの風属性魔術『風刃』で広範囲に群がる魔物たちに対応していく。

 通路と違い前方だけ気にする戦い方では、不味い。
「回り込まれる前に下がれ!」
 ガイアスくんの明確な指示に押されるように、魔物の数を減らしながら、部屋の出入口に設置された防御結界『屈強なコテージ』を目指す。

 私たちが部屋の壁を背にするように位置取り、魔物の攻撃が後方へ届かないように立ち回りながら、徐々に私たちと前衛のガイアスくんとジャックくんとの距離を離していく。

 それまで私はバッシュくんたちの支援を受けながら地属性魔術『アースバインド』での足止めに徹する格好だ。

 魔物たちはある程度距離が離れると私たちの中の近くにいる方を優先して襲う。

 現実には大した距離はないけれど、気分的に遠く感じてしまうから不思議だ。

「着いたよ!」後ろからバッシュくんたちの声が聞こえて、ほとんど同時に私がかろうじて足止めし出来ている魔物たちに彼らの弱体化魔術『二重奏』がお見舞された!

 そこに畳み掛けるようにエレイナさんが『風刃』を連続的に発動し、圧縮された空気の刃が魔物たちに襲いかかる。

 私をめちゃくちゃ追いかけていた魔物が一気に数を減らしていくのを振り返り様に確認したところで、大急ぎで走った私も結界まで到着した。

 中年のおじさんをこんなに走らせちゃいけないと思う。

 などとガイアスくんたちを尻目に呑気なことを思っていると、バッシュくんがアイテムバッグから飴玉を取り出して私にくれた。今日のは白と薄い桃色の2色の綺麗な飴だ。
 口にいれると甘いだけでなく、いい匂いがした。

「ありがとう。美味しい」「お気に入りの飴なんだ」
 バッシュくんがそう言って飴玉をひとつ、自分の口にも入れて目を細めた。

 私たちが全員結界内に入ったのを確認したところで、ガイアスくんが『大盾』を解除し、大剣で前方の魔物たちを凪払っていく。

 そのさらに前方ではジャックくんが『焔』で魔物たちに対応している。

 後方に回り込もうとする魔物には私とエレイナさんが『アースバインド』と『風刃』で対応していく。

 魔物の数が減ってきたところでガイアスくんから「助かった!後方は休んでくれ」と声がかかった。

 短時間で前方の魔物たちは半分以下にまで数を減らしている。
 彼らならそれほど時間を掛けずに、魔物たちを何とか出来そうだ。そう思うと、私はほっと胸を撫で下ろす気持ちになった。

 早速エレイナさんが小屋のそばの丸太のようなオブジェクトにバッシュくんたちとゆっくりと腰を掛けた。

 私も最初にここに持ってきて置いておいた木箱を椅子代わりにして座る。

 次に破壊する壁の向こう側には、他の魔物より大きくなった魔物がいる。その脅威度はまだわからないけれど、大きいという事実があるだけでも、強そうだと思ってしまうのが人の性というものではないだろうか。

 そうでなくても、油断大敵というのだし。
 
 そう思っていた矢先、氷の壁が崩れる音がして、奥から魔物の群れがゾロゾロと出て来るのが見えた。

 結界の近くまで来ていたガイアスくんが「予定変更だ」そう言うと、ジャックくんが魔力回復薬を使って魔力を回復させながら「先に行く」とガイアスくんに声をかけて返事を聞くことなく、前方へ走った。

 ジャックくんを見送るとガイアスくんが結界の近くまで来ている魔物を凪払いながら、私たちの方に向かって

「エレイナ、マクスさん、ここを任せる。バッシュ、ノア!念のため防御魔術を頼む。合図するまで待っていてくれ」「うん!」

 バッシュくんたちから防御魔術を付与され、ガイアスくんもジャックくんのあとをすぐに追っていった。途中にいた魔物たちはすでにほとんどが彼らに倒されている。

 ジャックくんとガイアスくんが前方の離れた場所で魔物たちと戦っているのは見えているけれど、私たちには合図のないまましばらく時間が経過してきた。

 ガイアスくんたちが魔物を引き付けている状態なので魔物たちは新たにはこちらにはやってこない。

 その代わりにガイアスくんが魔物たちに囲まれ、時折私たちの視界から見えなくなる。

 しばらくして爆発のような音が聞こえてきた。

「何?!」

 私たちが驚いているうちに、さらに奥に見えていた氷の壁がみるみる崩れていくのがわかった。湯気のように白い煙が上がり、氷の壁の崩壊に巻き込まれないようにジャックくんが移動している。

「何が起こってるの?」私たちが驚いていると、白い煙の奥から魔物が見えた。白い煙は濃い霧のようになって私たちの視界を遮り始めている。

「爆発はジャックの『焔』が原因じゃないの?」
 エレイナさんが少しだけ狼狽えている。
 それでもガイアスくんからの合図はまだない。
 危険だからこちらに合図がないという可能性もあり得る。

「バッシュくん、ノアくん私にも防御魔術を付与してもらえるかい?」私が言うと、バッシュくんとノアくんがサッと魔術を使ってくれた。先に付与してもらっている分とで一時的に効果が重ねがけになっている。

「私にもお願い」エレイナさんも言ったけれど、バッシュくんたちが自分達にも防御魔術を使うのを見てエレイナさんが2人を抱き上げた。

「合図があるまで待機。いつでも行けるようにしておけば十分よ」
 そう言ってエレイナさんが座り直し、私を見て頷いた。

 魔物が想定より強いなら、強力な防御結界内で迎え撃った方が安全だ。

「様子がわかったらすぐに戻るよ」

 言い残して私は1人でガイアスくんたちがいる方へ向かう。
 遠い場所へ行くのとは違う。彼らの無事はすぐそこに見えている。
 ただ合図が無いのと時々姿が見えにくくなるだけだ。

 まず近付きすぎない位置で、彼らの視界にはいる場所を探そう。そこでこちらに気がつかないようなら、それだけ逼迫していることになるけれど。

「………」
 2人共、魔物の多くいる奥の方を見ているので、彼らの視界にはいるためには、魔物の群れに飛び込むことになる。
 
 防御魔術を付与してもらっているため、実際には問題なくても、ガイアスくんたちにしてみればそうもいかないだろう。

 下手な飛び込みかたをしても彼らの邪魔になってしまうのが目に見えている。

 自分の少々間の抜けた姿にガッカリしつつ、それでもなんとか
 「兎に角、結界に戻るにしても、せめて状況は把握したいな」
 と考えて観察を始めた。

 白い煙で良く見えないけれど、おそらく今、5つあった氷の壁が連続で崩壊している。

 元々解け始めていたことと、ガイアスくんが与えた衝撃やジャックくんの『焔』による気温の上昇も影響したのかもしれない。

 ただし、これは私たちの想定の範囲内で、その想定があったから、一度防御結界まで戻ったのだ。

 大量の魔物に全方位から囲まれるのを避けるために。

 目を凝らして氷の壁があった場所の向こう側を確認する。

 白い煙に邪魔されて見えにくいけれど、大量の魔物が2人に向かって飛びかかり攻撃を続けているのはわかる。

 ジャックくんが魔物たちを蹴り飛ばし、ガイアスくんは『大盾』の発動と解除を行うことで、魔物たちを弾き飛ばし、そのまま群れごと凪払う。

 時折見えるその姿と様子から、彼らに損傷や疲れが見えないのがわかって、私はホッと息をついた。

 ただ、何が起きているのかが私にはわからない。
 爆発音の原因はなんだろう。
 それとさっきから、ざわざわゴウゴウとひっきりなしに雑音が聞こえている。
 ガイアスくんが大剣を打つように使った後、低い姿勢で飛び込んで来た魔物たちに向かい素早く大剣を振り切る。

 重量のある大型の剣を、まるで片手剣を扱うようにして見せた。しかも走っている。

 ジャックくんが見せるような俊敏さとは違うものの、速いし跳躍力もある。

 少し考えて『ロビー』や『通路』よりも広いことに加えて、側に私たちがいないことで、ガイアスくんが自由に動けているのだと気がついた。

 いつもの両手を使った一撃に比べると、軽い印象の攻撃だけど、代わりに手数が増えていて魔物たちが次々と断ち切るように切り払われていく。

 ジャックくんの方は時折魔物の頭上より高く飛び上がる。魔物を蹴りあげながら逆立ちでもするように跳ね上がり、両手に持った短剣に『焔』を付与して切りつけ、周囲ごと焼き払ってしまった。
 苦戦しているという感じには見えない。
 私は思いきって彼らに声をかけた。

「ガイアスくん!ジャックくん!何が起きているのか聞いてもいいかい」
 群れに囲まれながら、ガイアスくんがこちらに気がついて
「何体かでかいのがいて、その魔物同士が喧嘩みたいなことをやり始めてる。爆発はその魔物がお互いに攻撃しあって起きた」
 と、説明してくれた。

 喧嘩?
 大きいのっていうのは、ノアくんが報告してくれた魔物が氷の壁が崩壊したことで鉢合わせして、同じくらいの力のあるもの同士で衝突し始めたということかな。

「何かこちらですることがあれば言ってくれないか」

 するとガイアスくんが少しだけ考えて
「魔物の数がもう少し減ったら、でかくなったやつを結界の方へ誘導したい。準備しててほしい!」

「了解!」私は急いで結界に戻ってエレイナさんたちに彼らの様子や状況を知らせた。

 魔物の数は白い煙のせいではっきりわからないけれど2人の様子からかなり減っているはずだ。それでもまだ2,000体くらいいると考えれば、魔物の数に対する感覚がマヒしてしまっているのがわかる。

「大きいやつに対応するなら僕らの出番だよ、ノア!」
「うん!」バッシュくんとノアくんはそう言うと、耳をピンと立てて、キリリと表情を引き締め、ガイアスくんたちがいる氷の壁があった場所の方を見た。
 彼らの『二重奏』ならあっという間に魔物の体力や魔力を減らせるだろう。
 魔物の体力が多いほどむしろ効果的だ。
 エレイナさんは元気になったようで「頑張るぞぉ!」と拳を握りしめている。

 魔物が何体かこちらに来たけれど、エレイナさんが弓で難なく倒していた。装置のある部屋で『三郎太』と対峙した時と違い、少し射程の長いものを使っている。

 強力な防御結界内のここなら、少しくらい大きいのが来ても問題ない。

 ◇

 しばらく経って、前方からガイアスくんとジャックくんがこちらに向かって走ってくる。
 その後ろから魔物たちがワラワラと追いかけて彼らに飛びかかっているのが見えてきた。

 エレイナさんが弓を構え、バッシュくんとノアくんがいつでも『二重奏』を詠唱出来るように準備を済ませている。
 魔物たちが私たちの魔導術の射程距離に入った辺りでガイアスくんが足を止め大剣を構えると、ジャックくんも再び臨戦態勢に入った。

 白い煙におおわれた場所からはさらにゾロゾロと魔物たちが現れる。飽きることなく飛びかかってくる魔物たちを、ジャックくんが素早い剣技と身のこなしで、ガイアスくんは重厚な一撃で確実に攻め落としていく。

 そして、そんな彼らに誘導された多くの魔物の中に、他よりも明らかに大きな魔物たちがいた。

 彼らの風属性の魔力が部屋の中の大気に影響を与え、風を起こしている。先ほどから聞こえてくる雑音は空気の震える音。

 ジャックくんが『焔』を操りながら周囲の魔物たちを切りつけ、魔物を蹴りあげると反動を利用して、大きな魔物の巨体に乗り移り、魔物の巨体を、まるで床でも蹴るように利用して、その反動を使って周囲の魔物たちに攻撃を仕掛けていく。

 ジャックくんの『焔』を付与された2本の短剣による攻撃を受け、次々と燃え上がる魔物たち。

 それにもかかわらず、だからこそなのか。

 魔物たちはその長い指と爪をジャックくんに伸ばし鋭い牙を剥くことを止めようとしない。

 ガイアスくんが身体に回転を加えながら大剣で一際大きな魔物を切りつけ損傷を負わせ、魔物たちの身体から黒い霧が発生している。

 エレイナさんが目を大きく見開いて前方を指差しながら、私に向かって言った。

「なんか想像してたのと違いますよ!マクスさん?!」
「どうなってるの、マクスさん!」
 バッシュくんとノアくんまで私に聞かないで。
「私も思ってたのと、ちょっと違う」
 彼らの疑問に私はそう答えるしかない。

 「えぇええ!」
 3人が驚きの表情と共に異口同音、口を揃えて声をあげた。

 私たちの目の前に現れた魔物は私の想像よりもかなり大きく、見た目の特徴は、ここでこれまで対峙してきた魔物たちと、いくらか似通ってはいるものの、明らかに別種だと言って差し支えないほど違っている。

 長い耳に逆三角の輪郭をした顔に、裂けたように大きな口から剥き出しに生えた長く大きな牙。瞳は生き物というより、鉱石か何かで出来ているように見えて無機質。

 それでいて顔の多くの部分を占める程巨大な瞳は、落ち窪んだ顔の部分にはまりこみ、奇妙な存在感に満ちている。その両目の間を通るように尖ったワシ鼻がある。

 ガイアスくんの倍もあろうかという巨体の頭は天井にも届きそうな高さにあって、その巨体から生えている腕はその大きさに不釣り合いに短く、その不便を補うがごとく、長い指と鋭い形をした指が伸びている。身体は巨大にも関わらず、肉付きが悪いのか、骨張っていて脚は細く短い。またその脚の4本の指もまた長い。
「こんな大きな魔物、ついさっきまでいなかったはずよね」
 私だけでなくバッシュくんもノアくんも頷いた。

 氷の壁を壊す前に1度魔物の様子はみんなで確認している。

 こんな大きなのがいたらこ、ここの空間が『ロビー』より広いと言ったって……いくらなんでも私たちに見えなかったはずがない。

 多少の時間は経っているけれど……

 すると、こちらの混乱が伝わったのか、ガイアスくんとジャックくんがそれぞれに

「初めは大きめの魔物同士の小競り合いだった。それがだんだん激しくなって、共食いが始まった!」

「勝った方が相手の魔力を奪ってるようなんだが、単純に力を付けたり回復するだけじゃなく、身体の大きさにも影響が起き始めている!」
 と説明を補足してくれた。

 魔物は全身のほとんどが魔力で出来てるから、手に入れた魔力の密度を上手く高められないせいで巨大化してしまったということらしい。

 バッシュくんもノアくんもエレイナさんも、理屈や話としては知っていても、実際に目の当たりにしたのが初めてということで戸惑いはするものの、納得はできたようだ。

 我に返ったバッシュくんとノアくんが『二重奏』、エレイナさんが『風刃』をと弓矢を織り交ぜ連続で仕掛けていく。

 私の方は、まだそんなに納得できてないんだけれど。
 そんなことをいってる場合じゃない。

 効果のある時間は短いけれど、地属性魔術『アースバインド』を試みる。

 ひときわ大きな魔物を前に、ジャックくんが素早く左手の短剣で切り付ける。そのまま回転するように身を翻すと右の手で背後に迫った小型の魔物を焼き払った。

 さらに左前方から低い姿勢で飛びかかった魔物を蹴りあげると上から振り下ろされてきた巨大な魔物の爪の攻撃を軽々と避け、両手に持った短剣に『焔』を付与して攻撃を仕掛けていく。

 その間にガイアスくんが次から次へと小型の魔物をなぎ倒していく。
 大きな魔物は数体いたということだったけれど、今私たちの目の前にいる大きな魔物は目の前に1体しかいない。

 正確には、つい今しがたまで確かに大きな魔物はいたのだけれど。

 ひときわ大きくなった魔物が、そばにいた小型の魔物を掴むと、暴れる魔物にかまわず自分の口の中へ放り込んだ。
 共食い。というより、これはもう捕食だ。

 倒された魔物が遺した魔石を食べて回復していたのと違い、積極的に捕らえて食べている。

【アースバインド!】地属性魔術で生み出された泥の塊が巨大な魔物を中心にして包み込み石のように固めていく。

 魔物たちが私の地属性の魔力に抵抗しているのがわかって、ひどく重さを感じるけれど『三郎太』が見せた抵抗に比べれば軽かった。
【二重奏!】バッシュくんたちの魔力が魔物を捕らえ、体力と魔力を奪っていき、その一部が私たちに還元されていく。
【風刃!】魔力によって圧縮された空気の刃が上空から魔物に降り注ぐ。

 その間にガイアスくんたちが周辺の魔物たちを次々と倒していく。

 何度かそれを繰り返すうち、ようやく大きな魔物が1体だけになった。たとえ私の地縛りアースバインドから逃れても、もう回復は出来ない。

 風の音がするけれど、それではガイアスくんたちを傷つけることは出来ない。

 いつの間にかガイアスくんが再び『大盾』を発動させ、守備体勢になっている。魔物から大量に黒い霧が発生し、先ほどよりも膨らんできている気がした。

 ジャックくんが畳み掛けるように切りつけたあと、魔物を強く蹴り飛ばし、魔物を少しだけ部屋の奥まで力で強引に移動させた。今までの魔物たちのように、派手に飛んでいったりはせず、黒い霧が濃くなっていく。

 それを見ながら、ジャックくんが片手で小さなボトルの栓を開けて魔力回復薬ポーションを使って魔力を回復した。

 ガイアスくんのほうは『大盾』を発動させたままで、私たちの方まで下がってきて「みんな助かった。ちょっと休んでくれ」と声をかけてくれた。
 心なしか、いつもより顔つきがハッキリとしていて声にも力がある。

 エレイナさんがガイアスくんに水属性の回復魔術を使い、それから“弓”ではなく、小ぶりで細い杖を取り出した。
 魔導研究ギルドと商人ギルドの共同開発の杖だ。

「まだ使いなれてなくて!ジャックで試してみる!」

 エレイナさんは元気よくそう言うと、杖に嵌め込まれた魔石に魔力を集中させ始めた。

 ガイアスくんが慌てた様子で「風属性の魔力か?!よせ!」
「え?」エレイナさんが不思議そうな顔でガイアスくんを見た。
「それ以上ジャックに力を与えるな!」

「え?」

 ドォン!

 大きな音と共に前方の巨大な魔物が爆音とほとんど同時に燃え上がって、予期しなかった爆発を制御仕切らなかったジャックくんが勢いよくこちらへ飛ばされてきた。

 防御魔術に保護されているにも関わらず、火に強い素材の衣服のあちこちが燃えていて、バッシュくんとノアくんが「消火!」と叫んで雨を降らせている。

「エレイナ…………」

 ジャックくんが珍しく恐い顔でエレイナさんの名前を呼んだ。

 ◇

「まさか仲間に攻撃されて治療薬ポーションを使うことになるとは思わないよな」ガイアスくんが、笑いながらジャックくんの背中を軽く叩いた。

「攻撃したんじゃないわ!支援魔術を使っただけじゃない!」

 そう、エレイナさんは単にジャックくんの能力を底上げする支援魔術を行使しただけなのである。

 それが風の魔力だったため、元々炎上していた魔物に大量の風属性の燃料が送られることになり大炎上、爆発に繋がったらしい。
 事前にわかっていれば制御出来たかもしれないんだけど。

「火属性の仲間の支援をする時の注意事項だね。ノア」
「実践は大事だね。バッシュ」

 バッシュくんとノアくんが真剣に記録メモしている。

 予想外の被害は出したものの、すでに1番目の魔物の部屋の魔物たちは巨大化した魔物も含めて倒し、ジャックくんの怪我も軽傷で既に治療済みだ。

 私たちはバッシュくんたちの強力な防御結界内にいたので無傷。

「そろそろ昼飯にしよう」ガイアスくんが笑いながら言った。

 ◇

「バッシュ、ノア、たくさん食べろよ。うまいか」「うん!」

 『小屋』に戻り、昼の食事をしながら、ガイアスくんがバッシュくんとノアくんに声をかけている。

 テーブルに並んでいるのは籠城戦に備えて、『拠点』の『厨房』で調理し、凍らせて保存しておいた食料の在庫を温め直したものがほとんどだ。

 連日、バッシュくんたちは朝から晩まで戦闘に加わったり、調べものをしたりと何かと忙しいけれど、彼らは健気に動き回るので、しっかり食べてもらわなくてはいけない。

 何よりも育ち盛りである。

「ところでなんだが」

 ガイアスくんが塩漬け肉を調理した料理を平らげて、薬草と乾燥野菜を使ったスープを飲み干してから切り出した。

『シナップ』がまた現れたら、今度はどうする?」

 ガイアスくんに言われて、私たちは互いに顔を見合わせる。

 するとジャックくんが穀物ごはんと肉料理を美味しそうに食べてから「捕まえるか、放っておくか。俺は放っておきたい」

 そう言って、テーブル中央に置かれたお皿から小さめの乾燥果実を取って口に放り込んだ。

「どうして?」と訊いたのはエレイナさんだ。

「捕まえても、すんなり鍵を渡すタイプじゃないだろ?むしろ無視されることで反応してくるタイプだ」

 ジャックくんがそう言うと、ガイアスくんもシナップの様子を思い浮かべたようで

「確かにこっちが鍵を手に入れようと必死になればなる程、面白がるかもしれないな」

 それを聞いてバッシュくんたちが、ものすごく混乱した表情を浮かべた。素直なバッシュくんたちから見るときっと『シナップ』の考え方も行動も不思議で理解しがたいものだろう。

「捕まえても今の時点では、もて余してしまう可能性が高いというわけだね」

 私がそう言うと、ジャックくんが頷いて、今度は手頃な大きさに切り分けられた燻製肉を1つ取って美味しそうに食べた。

「話が出来るようになったら話すのはいい。捕まえるっていうやり方ではうまく行かない気がするんだ」

 私はそれを聞いて頷いた。

 バッシュくんたちもこれには納得出来て一緒に頷いた。

 この場にいる全員が『シナップ』とは話が出来るようになる予感を抱いている。

 ◇

 昼の食事を終えて、私たちは防御結界の『屈強なコテージ』から出て、魔物のいなくなった1番目の魔物の部屋を見渡した。

 クリーム色の明るい色合いをした天井に、大理石模様の薄茶色の床、床に比べ強めに大理石模様の浮かんだ橙色がかった暖かい色調の壁。

『ロビー』よりも広い空間に、魔物の『シナップ』が造り上げた『氷の障壁』の名残は早くも失われつつある。

 私たちの次の目的は、魔物が魔生物として洞窟や森に出現する時に通っていたと思われる出口の発見だ。
 恐らくそれは魔物の部屋にあると目星をつけている。

 床や壁の一部に、爆発が起きた際に出来たと思われる傷痕が残っているけれど、高濃度の魔力が含まれた魔硬質で保護されているおかげで思ったほどひどいことにはなっていなかった。

 思った以上に修復機能も働いていて、私の友人が見たら、興奮して調べたがるに違いない。

 床には倒された魔物が残した小さな魔石や素材が散らばっているけれど、見た感じにその数は魔物の想定数に対して少ない。

「魔物同士で力の奪い合いが始まってたからな」とガイアスくんが言った。どうやらその影響で魔石の数は少なくなったらしい。

「体内に魔石を有した魔物を狙って襲っていた可能性もあるのではないだろうか」

「もしそうだとしたら、魔物の行動に根本から変化が起きてる可能性があるな」私の考えに、ガイアスくんがちょっと思案する様子を見せた。

「弱って回復していただけの魔物とは違う行動にみえる」

 ガイアスくんがそう言うと、ジャックくんが魔石を拾いながら
「オレたちを攻撃するよりも強くなろうとするのを優先する魔物が現れ始めているんじゃないか」

 そう言うと、拾い上げた小さな魔石と黄みがかった素材を手のひらに乗せて眺めた。その表情はいつもとさして変わらないように思えたけれど、声の調子には強さがあった。

 ジャックくんの推察が正しいとしたら、同じ種族を自分が強くなるためにだけに犠牲にして、力を得ようとしていることになる。

 それは言い換えると、この遺跡を造ったであろう古代の人の支配から魔物たちが脱しつつあるとも思えた。

 しばらくして、ガイアスくんと一緒に部屋のあちこちを専用の魔導具で調べているバッシュくんとノアくんが私の目に映る。

 力を奪い合うような争いはなにも魔物に限った話じゃない。
 その中でも人間は、そういった争いをよく行う。

「バッシュちゃんたちが使う魔導術は仲間を助けるためのものが多いわ。ジャックたちだって……」
 続きを言わずにエレイナさんはバッシュくんたちを短い時間眺めると、そのまま彼らの方へ向かって歩いていった。

 視界を遮るものが失くなった魔物の部屋の中は、思った以上に広く感じられたけれど、広いだけとも言えるのでそれほど時間はかからず魔導系の術式や魔術罠などの仕掛けは無いことが、バッシュくんたちによって確認された。

「床に残った氷の壁の残骸は完全に消えるまで、もう少しかかりそうだな」ガイアスくんがまだ少し残った、大きな氷の破片を動かして、すでに見終えた場所の床に運んでいた。

 床に散らばった氷の破片は爆発の熱で解けて水になっていくのと違い、気化するように消失していっている。

 バッシュくんがその氷の残骸を見ながら「良くあることだけど、シナップは本物の“氷”を知らないのかもしれないね」とノアくんに言った。

 魔力で作られただけの物質は、一度その崩壊が始まると、消失していくのは速い。

 だけどそれは、私たちの目に見えなくなってしまったというだけで魔力自体が消えてなくなるのとは違う。
 掴んで触れる実感が得られなくなっただけでそこにある。

「みんな来てくれ!」
 不意にガイアスくんが声をあげた。

 急いで私たちがガイアスくんがいる場所に行くと、彼が床の一部分を、盾で示しながら「ここ、怪しいと思わないか?」と私たちに言った。

 不自然に大理石の特徴的な模様が見られない部分を見つけたのだ。まるで円形に切り取ったように模様がない。

 確かに怪しい。この大きさなら魔物が通るのにも充分だ。


「この場所が外と繋がった出入口の可能性がある。ここだけ模様が無い理由が、侵入者俺たちを引っかけるためのものでなければ」

 ガイアスくんが慎重に言った。
 罠である可能性もあるという意味だ。
 罠だとすればどんなものか。

 上に乗って稼働するような罠なら、魔物と戦っているときに稼働しているだろうから違う。

 魔導系の罠ではないことはバッシュくんたちが調べてわかっている。落とし穴か、そうではなく通路のようなものなら全然関係ないところへ誘導されてしまうとかだろうか。

 魔物が外へ魔生物として現れた箇所は複数ある。罠でなかったとしても、通路のような場所を移動するかたちで外へ出る仕組みの可能性が高い。

 ガイアスくんが爆発痕の修復が始まっている床の方を見ながら言った。

「装置に頼らず、こじ開けるのは思っていたより難しいかもしれない。崩落の危険より、ここの建材は思いの外頑丈なことのほうが問題だ」

 危惧していた崩落より、魔硬質の建材の頑丈さと、壊しているそばから修復していく機能に手こずる可能性が判ってきた。

 ガイアスくんが私たちに「どうする?」と訊いた。

 手には剣等の装備に填めるために加工されたトームと呼ばれる魔石が握られている。

 トームには所持している人と近くの魔力を僅かに吸収しながら、時間をかけて蓄えた魔力を莫大なエネルギーに変換する特殊な性質の魔石が使用されている。

 一般的に販売されているのを普通に見かけるアイテムだけど、実際に所持して使用するのを目にすることはあまりない。
 所持するだけでも通常の地域では許可が必要な、冒険者や危険な地域へ赴く人専用の魔導具だ。

 ちなみに、ガイアスくんのように保有魔力の大半を無意識に身体強化に使用する人の場合、魔力ではなく体力を吸収しているという噂もあるが定かではない。

 滅多なことは起きないよう加工はされているため、取り扱いによる事故などの危険性よりも、許可を得る側の力量が求められる。

「怪しい箇所は今のところ、このひとつだけだ」

 出口ではない可能性もあるため、まだ他の手がかりを探してからにするのか。

「力ずくの脱出は他に手段のない場合を考えてのことだったが、魔物が変化してきているなら報告のために脱出を優先することも考えていいと思う」

 「ただし、こじ開けたあと、その先へ向かうにしても、何が起きるかわからない。『三郎太』や『シナップ』たちの隠れ家のようなところへ繋がっている可能性もある」

 ガイアスくんがそう言うと、エレイナさんが

「アイテムや食料は『拠点』の『ゲート』に置いてあるものをまとめてしまえば良いだけだから、準備にそんなに時間は要らないわ」そう言って私たちの方を見た。

 するとバッシュくんとノアくんが
「今は無いけど、ここに魔方円があった可能性があるよ。もしそうなら、この床を壊そうとしても、時間と力の無駄遣いになるかもしれない」と言った。

 時刻魔導具は、まだ日の高い時間を示していて、盤面に嵌められた12個のとても小さな魔石が白い光を放っている。

 私たちは一度、この〈怪しい箇所〉への対応を保留し、『屈強なコテージ』の『小屋』に戻って再度話し合うことにした。

 ◇

 魔物の部屋の出入口に設置された魔方陣4つを組み合わせて構築した防御結界『屈強なコテージ』まで戻った私たちは、敷地内にある平屋の『小屋』の扉を開けて建物内に入った。

 厨房と繋がった部屋に入ると、私たちが利用するテーブルと椅子があって、小窓の下には小さな飾り棚、その上に魔力コインで魔力を供給するための箱が、昼食のときに見たのと変わらず、ちょこんと置かれている。

「僕たちお水を持ってくる!」

 ガイアスくんの肩に乗っていたバッシュくんとノアくんが、ぴょんと飛び降りてそのまま厨房まで行くと、キレイな水の入った容器と平らな器に水を注ぐための湯呑茶碗カップを6つ乗せて、テーブルまで持ってきてくれた。

 エレイナさんが湯呑茶碗カップの乗った平らな器を受け取りテーブルに置くと、2人は仲好く椅子によじ上って、湯呑茶碗に水を注いでクックッと喉を鳴らして飲み干した。喉が渇いていたようだ。

 魔導関連の調査で疲れたのだろう、水を飲み干したあとは2人とも椅子の上で寄り添うようにじっとして、ガイアスくんや私たちが何か言うのを待っている様子が見えた。

 本当はちゃんと休ませるのがいいのかもしれないけれど。
 私も水をいれてもらった器を手にしてテーブルにつく。

「早速だが、この後どうするか決めよう」
 椅子に座ったガイアスくんがそう言って、水の入った湯呑茶碗をひとつ自分の方に引き寄せた。

『ロビー』『装置のある部屋』に続いて『1番目の魔物の部屋』も調べ終わった。

 残りは4つの『魔物の部屋』と『拠点』として使用している5つに仕切られた部屋を持つ『お客さん用の部屋』

 魔物の部屋を調べる目的は、装置を動かすための『専用魔術鍵』を手に入れることや手がかりの捜索はもちろんだけど、主に外に繋がる出口の発見に期待を寄せている。

「魔物を外に出すための出口が隠されていそうな箇所は見つかったが、装置が動かせないなら、力ずくで開けるしかないのはこれまで通り変わらない」

「バッシュたちの言う通り、魔方円があっただけの可能性もある。その場合、そもそもの労力が全部無駄になるが、今の段階では判別がつかない。並行して出入口かそれに近いものであるという前提で話を進めたいと思う」

 いつになくガイアスくんの表情は真剣で、声の調子も低く言葉数も多い。

「1番目の魔物の部屋を調べて判ったことは、遺跡の強度が予想より高いことと、それに加えて修復機能が優秀だということだ。おかげで心配したような遺跡崩落の危険はあまり考える必要は無いだろう」

 魔物を『兵士』として配置するのを前提としているだけあって、古代の人は簡単に壊れないよう、強靭な施設を用意していたというわけだ。

 一部の研究者が求めてやまない自己修復の高い便利な技術が、私たちの障壁になるとは……。

「破壊して出口をこじ開けるやり方で先へ進むと、破壊された出口は修復されてまた閉じてしまう。つまり、ここに戻ろうとしても、簡単には戻れないと思ったほうがいい」
 ガイアスくんの言うことに私たち全員が頷いた。

「魔方円の設置場所の名残でなかったとしても、考えなくてはいけないのは侵入者に対する罠の可能性だ。単なる落とし穴に引っ掛かると俺たちは生還できない。それを踏まえてどうするか」
 ガイアスくんが水を少し飲んでから私たちの方を見た。

 落とし穴をなるべく回避するには一度、確認のためにだけ、床を壊してみる必要があるかもしれない。
 けれど、それにもそれなりの危険を伴う労力を必要としてしまう。

 ガイアスくんたちが扱う装備専用魔石トームは強力だけど、魔力を溜めるのに時間がかかる不便さも抱えている。

 補うために数多く所持する人もたまにいるようけど、魔力が溜まっていないトームを一度に数多く身に付けても、各トームに魔力が溜まりにくくなる。トームに使用されている魔石は使用者の魔力を急激に奪うような危険な性質を元から持たない。

 魔力濃度の非常に高い場所や魔物と戦った場合、普段より魔力が溜まることはあるそうだけど。
 そういったことは頻繁には起こらない。

 そのため普段、多くの使用者はあえて自分のトームの数を制限する。所持数を増やさずに、より強力なトームに買い換えていくのが一般的なのだ。

「ここが出入口だっていう確信が欲しいのね」
 エレイナさんがガイアスくんをまっすぐに見て言った。

「そういうことだ」
 ガイアスくんの表情が緩んだ。

「目的の1つ、出入口の候補は見つかったが、まだ確実にそうだといえる証拠が足りない。さっきも言ったが場合によっては、進んだ先が『何者か』の本拠地みたいな可能性もあるからな」

 そこまで言うとガイアスくんとジャックくんが

「まあ、それはそれで仕方がない」
 と言って揃って水を飲んだ。
 私には彼らが一瞬、うっすらと笑みを浮かべたように見えた。

 ◇

「引っ越し」「引っ越し」

 バッシュくんとノアくんが自分の荷をまとめて背負袋に詰めている。

 話し合いの結果、私たちは『5番目の魔物の部屋』の調査を次の目的にすることにしたのだ。
 目的はこれまでと同じ、鍵と出口と手がかりの捜索。
 それに魔物の変化に対する対応だ。

 それに伴って、『5番目の魔物の部屋』の出入口前の『屈強なコテージ』に私たちは移動し、『1番目の魔物の部屋』に設置した『屈強なコテージ』からは一度撤収することになる。

「狭さを克服するため、今回も魔方陣を組み合わせて広さを得ますが、準備が出来るまで、少し時間がかかりそうです」
「先に1つの魔方陣で『屈強なコテージ』を発動してるから、再構築するのがちょっと複雑になりそう」

 私にはよくわからないけれど、彼らの使う魔方陣や魔方円は綿密で複雑な計算式の上に成り立っていて、私たちが通常扱うような魔導術や、一般的な術式とは発動するまでの過程が違っていて興味深い。

 私たちをここまで連れてきた古代の転送魔術の式は、無数の点で描かれたものだった。

 魔力に望む力を生み出させるための結果の求め方が、必ずしも1つの方法だけではないという点においても、魔力の奥深さを感じる。

 しばらくするとバッシュくんとノアくんが、ガイアスくんを護衛に通路に出て、『5番目の魔物の部屋』の出入口まで出掛けていった。アイテムバッグには『三郎太』対策に対魔物用の魔導具と強力なアイテムを忍ばせているようだ。

 残った私は、ジャックくんとエレイナさんとで晩ご飯の準備に取りかかっている。

 準備と言っても、ほとんど『拠点』の『厨房』で調理した料理を凍らせて保存しておいたものを温め直して並べているだけなのだけど。

「器に盛り付けてテーブルに並べていくとグッと食事らしく見えるから不思議ですよね」エレイナさんが満足げに言った。

 ジャックくんが湯呑茶碗カップに水を注いでいる。

 テーブル中央には食べやすい大きさに切られた燻製肉とチーズ、ナッツを入れた小皿が置かれ、あとはバッシュくんたちの帰りを待つだけだ。

「少し時間がかかるって言ってたけど、それでもちょっと遅くないかな?」

 エレイナさんがちょっぴり心配そうに言った頃、バッシュくんとノアくんの「ただいまー」という明るい声が聞こえてきて、待っていたエレイナさんが急いで出迎えたのだった。


 ────────
 ────────

 籠城戦6日目

 推定魔物討伐数 5,000体、素材獲得数 335個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 332個

 □共有アイテム□

 ◇主な食料54日分
 ◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴7粒)、未調理穀物6日分
 ◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大252本、中1,028本、小1,420本)
 ◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,420本、小5,017本)、薬草(治癒2,216袋、解毒120袋)2,336袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
 □背負袋
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
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