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第15話 扉の先

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 籠城戦10日目

 早朝

 『小屋』の厨房で朝の食事の温めと、昼食の携帯食作りに穀物と肉料理を用意して煮沸消毒した清潔な容器に詰めるのをエレイナさんたちに任せて、私はガイアスくんとジャックくんとで通路へ出た。

 『拠点』から回収してきた食料やアイテムの入った木箱を通路に並べ、各『ゲート』毎に袋に詰め替えると、ガイアスくんと一緒に一通り背負袋に詰めていく。

「これでもとの状態に戻すのにも手間がかからないだろう」
 そう言ってガイアスくんが腰に両手を当てて言った。

 そんな私たちの準備の様子を、『3番目の魔物の部屋』出入口の側に作られた障壁の中から、ロデリックが訝しげに見ている。

 ◇

 ━時間を遡って昨夜


「大量の魔物と戦う必要がなくなれば『拠点』に食料やアイテムを置いておく必要は無い。そろそろ回収しときたいと思うんだが。魔物がいなくなった時点で仕掛けが作動する可能性にも備えてもおきたい」

「回収するとなると、どうしても大半の荷をガイアスくんが運ぶという分担になってくるけど」

「問題ない。任せてくれ」

「万が一分断されたときは『三郎太』対策の『珠』を使って合流だ」「了解」「各自数日分の食料と水、回復薬ポーションも忘れず所持」「うん!」

「あとはなるようになるしかない」

 ◇

 ━時を戻して現在

 はふはふ、もぐもぐ

 バッシュくんとノアくんが一所懸命、朝ごはんを食べている。
 薬草と乾燥野菜と塩漬けの肉を使った料理、豆と野菜の甘辛煮、炊きあげた穀物と野菜とお肉のスープ。

 全部きれいに食べ終えるとノアくんが言った。
「いよいよ今日で最後の1部屋だよ、バッシュ」

 ちょうどその頃合いで食べ終わったバッシュくんがお水をコクコクと飲んで元気よく「うん!」と返事した。

 背負袋とアイテムバッグの中身を確認して、お昼ごはんを詰めた容器を包んだ布を袋に入れて口をきゅっと紐で縛ると「準備万端」と2人が顔を見合わせた。

 まだ早い時間滞

 ガイアスくんとジャックくんが『小屋』の出入口で待っている。
 忘れ物がないか確認していたエレイナさんが出入口に来たところで「出ようか」とガイアスくんが『小屋』の扉を力強く開けた。

 ◇

 ━『4番目の魔物の部屋』

 ガイアスくんがバッシュくんとノアくんを両の肩に乗せて、部屋の端から端へ走っている。

 走り終えると一度止まり、「何か反応はあったか?」と肩の上に乗せたバッシュくんとノアくんに尋ねる。

「反応無し」「よし、次いくぞ。落ちるなよ」「うん!」

 魔導具で怪しい術式の反応がないかの確認を、今までよりも速く行うために、ガイアスくんが走っている。
「ちょっと楽しそうだな」ジャックくんが言った。

 入口側から魔力反応の有無が確認できたところで、私たちが素材や魔石を拾いながら、床や壁を調べていく。
 今のところ、これまでの魔物の部屋と特には変わらない。

「遺跡全体が魔力で包まれた仕掛けそのものだから、遺跡内の魔術罠を見つけることが出来ても、遺跡という魔術罠には魔導具が反応しないのね」

 エレイナさんがバッシュくんとガイアスくんの説明を思い出して言った。
 そこへ「この部屋もこれ以上は魔導的な発見は出来そうにない」バッシュくんたちと魔力反応を確認していたガイアスくんが私たちに報告してくれて、エレイナさんが頷いた。

 あとは床や壁や天井を確認して、残りの魔石と素材を集めれば『4番目の魔物の部屋』も終わりだ。

 今のところ脱出の『出口』候補は発見できているけれど、装置の『鍵』は見つかっていない。

 ◇

「君たちはさっきから私の妻であるエレイナを連れ回して、一体何をしているんだ?」
 私たちが『3番目の魔物の部屋』に向かおうと通路に出るとすぐにロデリックが言った。

「昨日教えただろ。遺跡から出るためと、依頼の調査も兼ねて全部の部屋を調べてるんだよ。この部屋で一応最後だ」

 ガイアスくんが部屋を指しながらそう言うと、ロデリックが「そういえばそんなことを言ってたな」と思い出した顔をした。
 エレイナさんが「誰が妻なのよ!」と憤慨しているけれど、ロデリックは全く意に介さない。

「そういえば俺たちもあんたに聞きたいことがある。答えたくなけなければ答えなくて構わない」
 ガイアスくんがそう言うと、ジャックくんが「これ、何か判る?」と4つの素材を取り出してロデリックに見せて尋ねた。

 ここの魔物から手に入れた、黒い素材以外の4種だ。
 4種の素材についてはよくわかっていない。黒い素材に比べて手に入った数も少なく、私が見たことのない素材だからだ。
 もちろん、専門家であれば知っているか、或いは分析が可能かもしれない。

 ロデリックくんは高ランクの冒険者だ。
 希少な素材鑑定の知識を身につけているのではないかと期待したのだけど。

「生憎、珍しくて希少そうなものだというのは判るが、知らないな」という答えが返ってきた。
 とはいえ、比較的丁寧に見て、鑑定に使う魔導具まで使ってくれたので「答えてくれたことに感謝する」
 とガイアスくんがお礼を言った。

 するとロデリックが「君に礼を言われても嬉しくない。それよりもエレイナ。君は早くこんな奴らに見切りをつけて私のもとへ帰りなさい」と余計なことを言ってエレイナさんを怒らせてしまった。

 ◇

 ロデリックとの会話を終えて、『3番目の魔物の部屋』入口にくると、これまで同様、防御結界『屈強なコテージ』の障壁に阻まれて部屋の外へ出ることの出来ない魔物たちが密集している。

 部屋の天井が見える程度の折り重なり具合で、中が見てとれる状況でないものの、2日前より数が増えたりはしていない様子は窺えた。

 そのままでは部屋の中へは入ることは出来ない。

 ガイアスくんが大剣で魔物たちを凪払った。

 前方の魔物たちが倒され、魔石が落ちるのと同時に「硬い」とガイアスくんが呟いた。

 言われてみると、目の前の魔物たちの体の所々が石や金属のような硬質を思わせる質感をしている。

 2日前には気が付かなかった変化だったけれど、地属性の魔物であることは事前に想定できていたので特別な驚きはない。

「予定通りエネルギーを溜めた魔石を投げ入れやすいように、入口付近に空白地帯を作る」

 ガイアスくんがそう言って、私が入口付近に地属性魔術『アースバインド』を試みる。
 地属性の魔物に地属性魔術がどの程度効果があるだろうか。
 内心不安があったけれど、問題なく効果が現れた。

 これなら火属性や雷属性の魔物からの方が反動のようなものがあったと私がほっとしていると、エレイナさんが前方の魔物に風属性の魔術『風刃』を使った。続けてジャックくんがガイアスくんと場所を交代し、風属性の魔力を剣に纏わせ魔物を切り払っていく。
 バッシュくんとノアくんの弱体化魔術『二重奏』は使わず、2人はジャックくんとエレイナさんを強化している。

 少し経って予定通り入口付近に空白地帯が出来上がると、ガイアスくんが火属性のエネルギーを魔力として蓄えた魔石を1つ、袋から取り出し「悪く思わないでくれよ」

 そう言って部屋の奥めがけて投げ入れた。
 火属性の魔石が引き起こした爆発で押し出されるようにして魔物が押し寄せ空白地帯の空白が埋っていく。

 隣り合う魔物、重なりあう魔物、踏みつけ合う魔物。
 何れの魔物であってもただ本能の赴くままに牙を剥き腕を伸ばし爪を突き立てる意味で違いなし。

 ガイアスくんの大剣が大きく軌道を描いて、前方の魔物たちに衝撃が走り、新たに生まれた空白地帯にジャックくんとガイアスくんが足を踏み入れた。

 ◇

 ジャックくんの剣が風を纏って弧を描き、鋭い切っ先が魔物を捉えた。一撃で倒れなかった魔物は、時を経て風化していくかのようにガイアスくんの追撃によって倒れて行く。

 ジャックくんの適正魔力は火属性だが、適正の低い風、水、土、雷の属性の魔力を装備に付与し纏わせ使用することが出来る。非常に器用なのだ。

 ガイアスくんが2つ目の加工された火属性魔石を『魔物の部屋』の奥に投げ入れた。

「ここの魔物には俺の攻撃が通りにくい。火属性の魔石も効果がいまひとつだ」ガイアスくんはそう言うと、大剣を納め大盾に装備を切り替えた。
 盾の守備技能を使って大盾を展開させていく。

 彼の装備する盾を中心とした周囲にガイアスくんの魔力が魔導術とは違った形で大きな盾を形成し、火属性の魔石が引き起こした爆発で押し出された魔物たちがその勢いと衝撃に巻き込まれ弾き飛ばされた。

 度重なる衝撃の揺さぶりに翻弄された魔物たちの移動が散漫になり、やがてそれが魔物たちの同士討ちに繋がり始めた。

 ガイアスくんが今回魔石を中央付近ではなく部屋の奥へ投げ入れた理由。
 それは魔物の位置を意図的に動かす実験的な側面が強かったけれど、魔物の攻撃の目標が魔物同士にすりかわるという思いがけない魔物の反応に、ガイアスくんが少し「しまった」とい表情をした。

 魔物たちの積極的な“強化”が始まっている。

 大盾を片手で構え展開させたままで、納めた大剣を再び装備し直し素早く魔物たちをなぎ倒す。

 ガイアスくんの装備は特別に硬く重い。
 重量がそのまま武器になるような代物だ。
 その武器にガイアスくんが力を込めて一撃を放てばどうなるか。

「ガイアス!加減してやれよ」ジャックくんは愉しそうにそう言うと、空洞のようにぽっかり空いた魔物に四方が囲まれた地帯に自ら飛び込んだ。

 たちまち私たちの視界からジャックくんが見えなくなる。

「すまない、魔物が力の奪い合いをするきっかけを作ったみたいだ」ガイアスくんが前方の魔物たちと対峙したまま後方の私たちに言った。

「魔物の体は私たちが来た時にはもう硬質化が始まっていた。ガイアスくんのせいとは言えない」

 私がそう言うとエレイナさんたちも同意してくれた。
「たまたまタイミングが合っただけだと思うわ!」
 とエレイナさんが言った。

 ジャックくんがいるであろう場所には大量の魔物が囲んでいて、私たちには彼を目で追うことは難しいが、彼が無事であることをだれも疑っていない。魔物が見えない力に弾かれたように時折広がり、そのまま倒れて黒い霧だけを残して消える魔物もいる。

 エレイナさんが風属性と水属性の混合魔術『暴風雨テンペスト』を発動させた。
 エレイナさんが『書斎』の魔導書で新しく習得した気象を操る魔導術の一種だ。
 地属性の魔物を激しい風と雨が広範囲に襲う。

 天候を操る魔導術は発想自体は既にあり、多くの術者が研究しているのだが、なかなか思ったように扱える人が少ない複雑な技術を必要としており、学ぶだけで意図した天候をもたらすような高い再現性のある術式は限られている。

「攻撃力は低い術式だけど、地属性の魔物には効くはずよ!」

『拠点』の『書斎』で見つけた本に記された魔導術が再現可能な術式であることが証明された。
 それを見届けると同時に、バッシュくんとノアくんの円らな瞳がキラリと鋭く光った。

 強い雨とまともに立っていられないほどの風に巻き上げられた魔物たちが様々な方向に飛ばされ、ぶつかり合う。
 魔力で作り上げられた水と風は魔物の体を急速に侵食し、石や金属のように強化された魔物に対してほどより強い影響を及ぼしている。
 まるで潮風にでもあてられたかのようだ。

 もともとそういう古代魔術なのか。
 或いは同じ属性の魔物を取り込んだせいで強化された魔物ほど、魔力が一定の属性に片寄っているのかもしれない。

 魔力は限りなく本物と同じに実態を持って再現されている場合、術者の意図を外れて他に影響を及ぼすことがある。

 ガイアスくんがその威力に少し慌てて私たちのいる防御結界まで避難してきて、魔物の様子について教えてくれた。

「普通に土属性っぽい石や土の塊のようになった魔物が現れている。それ以外に宝石みたいなやつと金属のみたいなやつ、その両方の質感を持ったやつもいる。こいつらは体の大きさもでかい」

 私たちがこの魔物の部屋に来てからまだそれほど時間は経っていないのに大きな変化が起きている。

「通路で魔物が魔石で回復してる時にそういう変化はしてなかったわ。魔物の部屋の中だと同じ属性の魔力を取り込めるせいかしら?」エレイナさんが言うと、ガイアスくんが「食べている物の色や特性が表れる魔物や動植物はいるぞ」と言って、バッシュくんとノアくんもそれに頷いた。

 エレイナさんの魔導術は特に石や土の塊のように変化した魔物に対する破壊力は絶大で、ボロボロと魔物たちの体が崩れていく。次第に金属や宝石のような魔物たちが残り始めた。

 エレイナさんの魔導術『暴風雨』はエレイナさんが詠唱を終えて発動したあとも続いている。すでに術者の手を離れ、発動させたエレイナさんでもしばらく止めることは出来ない。

 部屋の中に発生した暴風で重さの軽い魔物が同じ場所に立っていられず、なんとか堪えている他の魔物にぶつかってその魔物ごと飛ばされる、そんな中をジャックくんが縦横無尽に動き回って魔物たちを斬り倒している。

「ジャックのやつ、戻って来そうにないな」
「あまり1人で奥まで行かないで欲しいわ」
 エレイナさんが心配そうに言った。
 ジャックくんは今のところ中央よりも手前の位置で戦っている。
 魔導研究ギルドと商人ギルドが開発したエレイナさんの杖は、魔術の射程を伸ばす効果があるのだけど、もとが射程の短い魔導術はやはりあまり射程距離は長くならない。

「私が覚えている回復魔術は近くの人しか治せない」
 エレイナさんが以前に言っていたことを思い出した。

 私の地属性魔術もそうだけど、遠くを狙うのには魔力を安定させるだけの集中力が必要になる。

「効果が薄くて広範囲で良ければ、射程距離を伸ばせないことはないのだけど。効果を維持するなら術が書き変わってしまうだろうから、結局効果自体が維持できるか怪しい」
 エレイナさんが悔しそうにしていた。

 誰でもが同じ効果で使えるように開発された詠唱を使う魔導術や魔方陣マジックスクエアでも、著しく範囲や効果を術者に都合良く発動させようとすれば、必要な魔力量や要求される技量の高さが変わってくる。

 エレイナさんの回復魔術の場合、遠くにいる味方に治癒効果を維持したまま届けようとすると、回復効果を持たせた魔力を塊で維持するだけの集中力が要求されてしまう。

 それを防ごうとすれば魔力の拡散を止めるための集中力を補うため詠唱に手を加える方法を取る。事実上の術式の書き換えであり、あらかじめ決められた詠唱の意味が変化してしまえば、下手をすると術式自体が失敗して発動しない。
 詠唱や魔方陣の書き換えは、そこに書かれた術式を理解出来ていて可能になる。
「もっと上位の回復魔術を覚えて使えるようにならないだめね」エレイナさんが呟いた。

 ◇

 いつの間にか暴風雨がおさまって、部屋に残っている魔物は金属のような皮膚と宝石のような皮膚、その両方の見た目を持った鉱物のような魔物ばかりになっている。

 長い耳に尖った鼻、鋭い牙に鋭い爪、瞳は金色の顔立ちの特徴にさほど変化は見られないけれど、皮膚の質感や重量はこれまで対峙してきた魔物に比べて、相当に硬そうで重そうに見えた。

 魔物たちは相手を取り込むとまず回復が優先されるのか、すぐには変化が起きるわけではないけれど、何体も、或いは何個も魔石を取り込むのを放置すると、大まかな特徴だけを残して見る間に姿を変えて行く。

「4か所全部あわせて1,000体ほどか」ガイアスくんが部屋の様子を私たちと確認してから、私とエレイナさんたちを見た。

 床のあちこちに多くの魔石と素材が落ちている。

 数を大きく減らした魔物は中央付近にいるジャックくんの周囲と、私たちのいる結界近くの右側と、部屋の奥右側と左側にかたまって争っている。一番多く群れているのは部屋の左右奥。
 かなり大きくなっている。暴風雨も火属性の魔石の効果も薄く、回復しながら逃げ延びた魔物かもしれない。

 一番数の少なそうな群れは私たちがいる結界近くの右側だ。

 不意にジャックくんがそばにいる自分よりも大きな魔物を投げ飛ばし、結界近くの魔物にぶつけた。何体かが防御結界の手前に立ったガイアスくんに向かって動き出したので、結界を保護しようと思ったのかもしれない。

 勢い良くぶつけられた魔物が壁にぶつかり、壁がわずかな時間破壊された状態になった。

 魔物のほうも双方ともが激しい損傷を受け黒い霧と魔石を残して消える。

 比較的細身な見た目にそぐわない怪力もジャックくんの持ち味だ。

「ジャック!今のをもっとやれるか?」
 ガイアスくんが言った。

 ジャックくんが返事の代わりに、手近な魔物を続けてぶん投げ、先程と同じに結界近くの魔物の上半身にぶつかり、仰向けに倒れた魔物が壁際まで移動させられ、そこにめがけてもう1体の魔物がぶつけられ、壁と床に抉られたような損傷を与えた。

 見た目より魔物が軽いと言っても、それは実態を持たず魔力の密度の低い魔物に対する評価であって、魔力量が多く密度が高くなっている魔物は重い。見た目が石や金属なら本物の石や金属と比較すると軽いことが多い。そういう違いだ。

 ここの魔物の持つ魔力が属性に従って金属や石としての構造を持ち始めたのなら、それなりの比重になっていると考えられる。

 大量の荷を運んだり石材のベッドを動かせるほどの怪力のガイアスくんほどではないけれど、塩漬け肉や塩漬け魚、燻製肉や水を運んできたジャックくんも負けてはいない。

 私の背中におぶさったバッシュくんとノアくんの顔がパァアアッと興奮したようになって、身を乗り出すようにしてジャックくんを見ている。
 
 ジャックくんに手を伸ばし振り回す魔物は格好の餌食となって投げ飛ばされた。

 ◇

「中央の魔物とそこの右側の魔物はジャックに任せて、俺たちは部屋の奥左側に対応しようと思うが、どうする」

 ガイアスくんがそう言って部屋の奥を見ながら
「それだと壁沿いを行って部屋の左端を目指すことになる」
 と言うと、エレイナさんがすぐさま
「ジャックを手伝わないの?」と訊ねた。

「手伝うなら、先にそこにいる魔物を片付けないと魔石や同士討ちで強化された魔物が残る」

 仮にガイアスくんたちがジャックくんと一緒に魔物と対峙すれば楽にその場の魔物は倒せるけれどその間に他の3ヵ所の魔物の強化が進む可能性が高い。

「ジャックくんに今の調子で2ヶ所を受け持ってもらい、その間に私たちが奥の左側にいる魔物に対峙し、ジャックくんと合流する形を取れば、時短になるということだね」
 私が言うと、ガイアスくんが頷いた。

 部屋の中央より少しこちらに近い場所で、ジャックくんが飛び掛かってくる魔物の腕を掴んで攻撃を止めると、反対の腕も使って両腕で自分よりも大きくなった魔物を上に持ち上げた。

 そのまま結界近くの魔物たちのいるほうへ勢いをつけて投げとばす。
 数の上で圧倒的優位にも関わらず、魔物たちはジャックくんを捕まえることが出来ない。
 何体かが一度にジャックくんに体当たりをするように飛び込むと両腕を交差してそれを止め、足を踏み込んで素早く蹴りとばす。
 ガイアスくんのような『大盾』ではないけれど、防御技能を使っている。
 魔物たちは列を作るようにしてただジャックくんを追い回しているような有り様で、リズムを刻むようにして押しては引くように動き回るジャックくんをやはり止められない。

 この『3番目の魔物の部屋』の魔物たちは硬さと重さと力を手に入れた代わりに動きが速くない。

 ◇

 ジャックくんが部屋の中央と出入口に設置した防御結界近くの2ヶ所の魔物に対応している間に、私たちは結界を出て部屋の壁際を歩いて部屋の奥の左側にの魔物の群れがいる場所へ向かう。

「ガイアスとマクスさんとで魔物を抑えているあいだに、バッシュちゃんとノアちゃんが魔術で魔物の魔力と体力を減らして、そのあとで私とガイアスで魔物を倒せば良いのね?」
 エレイナさんが手順を確認している。大体やることは今までと変わらないのだけど、今回ははっきりと順番を決めているという点が違う。

「ああ、頼む。この部屋の魔物は硬くて武器の攻撃が通りにくい。バッシュたちの『二重奏』やエレイナの魔術で攻撃してからのほうが良いと思う」
 ガイアスくんがそう言うと、エレイナさんたちが頷いた。

 前方に見える魔物は先程確認したときに比べて力の奪い合いによる同士討ちで数を減らしている。
 放っておいても『5番目の魔物の部屋』のように勝手に減っていくのかも知れない。
 私がそう思ったとき、魔物たちの注意がこちらに戻って、魔物たちがワラワラと巨体を揺らすようにして向かってきた。

 ガイアスくんが大盾を構え守備機能を展開させる。
 予想より魔物たちの到着が遅かったのか、特に魔物が弾きとばされるようなことは起きなかったものの、魔物たちの行く手を阻むのには十分に機能している。

「エレイナたちはこの位置で待っててくれ」
 ガイアスくんはそう言うとグイっと盾で防御しながら前進を続けた。
「数が集まってきたら手はず通りに頼む」「了解!」

 ジャックくんが結界近くの魔物を倒し終え、本格的に魔物と対峙しているのが右手側に見えた。

 ◇

 部屋の奥左手側の魔物の一群を倒し、中央と結界近くの魔物たちを倒し終えたジャックくんと合流した私たちは続いて部屋の奥右手側の魔物たちのもとへ向かう。

 辺りにはバラバラと魔石と素材が落ちている。

「この部屋の魔石は他の部屋の魔物が落としたものより少し大きいのがあるな」

 ガイアスくんが気がついて言った。わずかではあるけれど、大きさが違う魔石がと所々交ざっていて、全体に大きい。
 白っぽい濁った色ではなく、淡く琥珀色のついた魔石もある。
 エレイナさんが足下にあった魔石を1つ床から拾い上げた。
「綺麗ね」
 エレイナさんが言うと、バッシュくんとノアくんが頷いて「綺麗だね」と見つめた。

 ガイアスくんとジャックくんも頷いたけれど
「ゆっくり拾ってる隙はもらえなさそうだ」
 ジャックくんが臨戦態勢を取った。
 ガイアスくんが大盾を構える。

 部屋の右奥にいた魔物たちの一部が同士討ちを中断してこちらに向かって来た。走っているのか少し勢いがついている状態でガイアスくんの盾にぶつかりそうになる。その瞬間にガイアスくんが大盾の守備機能を展開し、魔物がその衝撃を受け後ろへ仰け反って倒れた。

 倒れた魔物は床に落ちた魔石と素材をごちゃ混ぜに掴んで立ち上がると、貪るように口に放り込んだ。

地縛りアースバインド】私は咄嗟に地属性魔術を発動させた。魔物を地属性の魔力で形成された泥が包み石のように固まって目の前の魔物は動けなくなった。

 その魔物の後ろから次々に他の魔物たちが押し寄せてくるのをジャックくんとガイアスくんが止めている。

「このまま部屋の角までまとめて押し込む、いけるか!」
「マクスさん、『アースバインド』を奥の魔物に頼む!」
「了解した!」
 私は目の前の魔物の『アースバインド』が解除されると今度は奥の魔物の一団に向かって『アースバインド』を発動させた。
 バッシュくんたちには魔物から距離をとってもらっている。

 同じ属性で不安があったけれど、どうやら効果があるようだ。
 包み込んで動けなくするという点で問題ないのかも知れない。
 色とりどりにピカピカした金属や宝石のようになった魔物の体はいかにも硬そうだ。私の短剣くらいでは傷もつけられるか怪しいなあ。
 などと私が少々呑気なことを考えている間にガイアスくんが大剣で打つようにして前方を凪払い、ジャックくんが覆うように掴みかかってくる魔物を投げ飛ばして次々に魔物を奥へ移動させていく。

 私は『アースバインド』を効果が途切れないよう発動させ続ける。魔物同士での争いで数を減らしているけれど、その分巨大化して力を付けた魔物がまだ100体あまり。

 時々詠唱がずれてしまうことがあったけれど、ガイアスくんとジャックくんがうまく立ち回ってくれたおかげで魔物たちを壁際の部屋の角に封じ込めた形にすることに成功した。

【二重奏!】バッシュくんとノアくんの共同魔導術が発動する。特殊な魔導具と2人の詠唱が複雑な術式を奏でる。
 魔物たちの魔力と体力が大幅に減っていくのに対し、私たちには力を与え、魔力と体力が回復していく。全くもって敵にしたくない魔導術である。
「もう一回行くよ!」【アンコール!】
 続いて
【風刃!】エレイナさんの魔導術で圧縮された無数の空気の刃が魔物のいる上空に舞い上がると高速で落下。魔物たちに刃の雨が降り注ぎ、次々に魔物が倒され黒い霧と共に消えていく。

 さらにガイアスくんの力を溜めた大剣の一撃が振り下ろされ、残る魔物はそれらの攻撃に耐え抜いた1体。

「これで最後だ」

 地属性の魔術『金剛石』が付与されたジャックくんの剣が魔物を切り払った。

 ◇

 黒い霧が一瞬広がるように辺りに発生し、目眩ましにでもあったような感覚が襲ったあと、目の前を見ると魔物が全て消えていて、剣を持って立つジャックくんの背中がある。

 部屋を振り返ると、魔物は一体もいない。
「終わった」「さっきので全部よね」
 エレイナさんとバッシュくんたちがほっとした声をあげた。

 魔物を倒して急に何か仕掛けが動いて驚かされるということはないようだ。

 時刻魔導具を見るとまだ昼前で、今から部屋を調べながら魔石や素材を拾うにしても、それほど時間は必要ではない。

 あれ?

 私は魔物のいなくなった部屋を改めてもう一度見回す。
 足りないという違和感。
 やはり床に落ちていた魔石や素材が消えてしまっている。

 壊れたはずの扉が直っていて、私は思わずガイアスくんたちのほうを振り返ると、顔色の悪いエレイナさんがいて、ジャックくんが「床にあるはずの魔石と素材が見当たらない」と私を含めた全員に向かって言った。

 ジャックくんの言葉に「魔石なんて今はどうでも……」とエレイナさんが言いかけて、彼女も気がついた。

 ジャックくんはエレイナさんから視線を外すと、私のほうを見て「魔石や素材と一緒に、ガイアスもいない」と続けた。

 どうやら遺跡の仕掛けが作動して、私たちはガイアスくんと離ればなれにされてしまったらしい。

 ◇

 ガイアスくんとはぐれた私たちは『三郎太』対策用にバッシュくんとノアくんが用意したそれぞれの居場所を確認できる魔導具の『珠』を確認する。

『珠』にはちゃんとガイアスくんの反応があって、目の前にガイアスくんはいないけど、私たちとにいるのがわかった。

「ガイアスを表す三角印が、ちゃんとあるわ」
 エレイナさんが戸惑いながらも言った。

「でも、この印の位置関係だと、ガイアスは私のすぐとなりにいないと変だわ。魔術か何かで見えなくて、本当はここにいるのかしら?」と手を空間に当てて首を傾げている。

 エレイナさんが言うような状態も、高い魔導技術があれば可能に思うけれど、床に落ちていた魔石や素材が消えているので、上か下の階層で別々に分けられてしまった可能性のほうが高い。

 試しに部屋の中を移動してガイアスくんを示す三角印から離れると追いかけるようにガイアスくんの三角印も移動した。

「ガイアスも『珠』を使ってオレたちの居場所を確認してる」
 ジャックくんが『珠』を見ながら結論付け、私たちもそれに頷いた。
 バッシュくんたちの追跡技能でも距離として離れていないことはわかっている。
『珠』が表す私たちとガイアスくんの位置関係は正しいのだ。
 私が想像していた分断のされ方とは違ったれど、離ればなれにされる可能性については想定済みだ。

 床にあるはずの魔石や素材が失くなって、部屋の出入口の扉が復活していることから考えると、移動したのは私たちで間違いないと思うけど。

「ひとまず、どちらが移動させられたのか確認してみないかい」
 移動させられたのが私たちなら、ガイアスくんと合流するために今いる場所がどんな場所なのか知る必要がある。
 ジャックくんたちも同様に考えて私の提案にすぐに同意してくれ、早速今いる部屋を出ることになった。

『通路』へ出てロデリックがいなければ、移動させられたのが私たちのほうであることで決まりだろう。

 ジャックくんが扉が開いた瞬間にロデリックや魔物が飛びかかってくることに備えて壁際に立ち、私がゆっくりと扉を引いて開ける。

 魔物が押して開いた元の扉と違い、引いて開ける扉であること、見た目にも小さめの扉であることが、私に別の場所にいるという実感をもたせてきた。

 扉が開くと、ジャックくんが先に通路へ出て、私とエレイナさんに抱き抱えられたバッシュくんとノアくんも続いた。

 ◇

「跳ばされたのはオレたちのほうで決まりみたいだ」
 通路の左右を確認したジャックくんが言った。ノアくんとバッシュくんも頷いて「ボクらのほうが遺跡の別階に来ているんだ」と遺跡の見取り図が記録されていた魔導具を取り出した。

 私たちから見て右側に扉が2つ、左側にも扉が1つ。左手の突き当たりの『ロビー』の位置に扉が1つ。
 向かい側に扉が3つ。合計8つの扉がある。
 遺跡の見取り図は2種類見つかっていて今見ている通路と扉の数部屋の位置関係はそのうちの魔導具に記されていたものと符合している。
「オレたちは今、この見取り図の場所にいるんだな」

 通路の長さはそれほど差はないけれど、障壁に閉じ込められているはずのロデリックが居ない。

 『魔物の部屋』出入口に設置した防御結界の『小屋』も見当たらない。

「ガイアスと合流するにはどうしたらいいのかしら」
 エレイナさんが先ほどより落ち着いたようすで言った。
 するとジャックくんが
「オレたちがもといた場所で『装置のある部屋』があった部屋が、ここでは何になってるかを見てみないか?」

 見取り図のメモ書きでは2種とも同じように書かれていたため、別の見取り図だと断定できないでいたのが、こちらでも似たような役割が各部屋にあるのを確認できれば、それを以て見取り図が2種と断定することが可能だ。

「確かに気になるね」確認することが手がかりを探す足掛かりになるかもしれない。
 私はもちろん、ノアくん、バッシュくんやエレイナさんも頷いた。

 ◇

 通路の一番奥の扉をゆっくりとジャックくんが押した。
 ガイアスくんとの合流の足掛かりにするため、先ほど決めたとおり、見取り図で『装置のある部屋』と重なる部屋にやって来ている。

 扉が開かれ、中に入ると広い空間の中央辺りに丸い形の大きめのテーブルと12脚の椅子が置かれている。
 私たちが知っている『装置のある部屋』と違い、壁にはいくつも大きくて美しい風景画がかけられていて、部屋の中は屋内にいるのに不思議な解放感に満たされていた。

 部屋の奥の壁には豪華な飾り布が一面に張られている。
 その下に仰々しく台座に安置された物体が私たちの目を惹いた。細かく複雑な模様が刻まれた金属製の筒に魔力を湛えた宝石、魔宝石がいくつもあしらわれている。良く見ると5つの小さな窪みがある。

「魔導具だ」

 バッシュくんとノアくんが、ジャックくんの肩から飛び降り、ちょこちょこと台座に近付いた。触らないように少し距離を取って背伸びをしながら、慎重に眺めて自分達の専用魔導具で反応を確かめている。

「どうやって、何に使うのか今すぐにはわからないけど、古代の術式と高い魔力が込められた魔導具だよ」
 バッシュくんとノアくんが教えてくれた。
 触るのはまだ躊躇しているようだ。

 ジャックくんが頷いてから少し考えたあと「次は『拠点』があった部屋がどうなっているか見に行きたい。近いところから順に行くなら正面の扉だ」と言った。

 エレイナさんも「『拠点』に使った『お客さん用の部屋』がここではどうなってるか、私も気になるわ」と『拠点』のあった場所と重なる部屋へ行くことに同意した。

『魔物の部屋』の方はさっきまでいた場所もそうだから、先に『拠点』のあった部屋を確かめたほうがいいかもしれない。
 私やバッシュくんとノアくんも同意して次の目的地が決まった。
「拠点と同じような場所なら一度休もう」

 ◇

『拠点』と重なる場所にある部屋の中に入ると、入ってすぐはエントランスのような空間で、その先が廊下になっている。左手側と右手側に扉があり、隣の部屋へ続いている構造になっていた。
 廊下の突き当たりには小さな小部屋になっている。

「窓があるよ!」
 バッシュくんとノアくんが気がついて驚いたように言った。

 これまでと違って窓があって、外が見える造りになっている。
 窓には魔力で補強された水晶がしっかりと嵌め込まれていて、そのまま外へ出ることは出来なさそうだけど、日の光が入り外の様子を垣間見ることが出来るようになっている。
 ここは高い位置にあるようだ。
 良く見ればここがどこなのかわかるかもしれない。
 右手の扉を使わずそのまま中へ進むと広い部屋は全体が図書室のようになっていて読書のための机と椅子、多くの書棚に本が所蔵されていた。魔導具が並べられた棚もある。
 これにはバッシュくんとノアくんが「わあ……」と声をあげた。隣へ続く扉の先には『厨房』や仕切られた寝室、生活をするための設備が十分備えられていて『拠点』よりも本気で人が暮らすために造られたという赴きが漂っており、年代を感じさせる古さはあるけれど、修復機能のせいか施設として十分美しさを保っている。
「休めそうだ」「ガイアスと合流するために戻るんじゃなくて、つれてきた方がいいんじゃ……」「ガイアスくんはたぶん下の階層にいるから、壊せそうな薄いところを探して……」「棚や扉などには修復が機能してませんからそれを逆手に取ってですね……ガイアスさんをこちらに引き上げて……」

 だんだんとガイアスくんのいるもとの場所へ戻る話から、ガイアスくんをこちらに連れてくる話になりつつある。

 けれどもそれが正解なのかもしれない。

 魔物を全て倒したあとに古代の人によって用意された『進める場所』がなのだとすれば、本来ガイアスくんもここにいるはずであって、取り残されたことの方が、何かの誤作動のような気がするのだ。

 ◇

 1通りこの階層に何があるか確認できると、私たちは休憩もかねて『厨房』を確認することに決めた。

 この階層の『厨房』を見ると、『拠点』の『厨房』のように火が使える炉と水を貯めたり排水したり出来る設備が整っている。

 「ここも水が出ないのね」と、エレイナさんが残念そうに言った。
『拠点』として使っていた『厨房』が3つの釜戸がバラけてテーブルが置かれた空間などと、ごちゃごちゃと混ざるように配されていたのと違い、こちらは一纏めの場所に炉や設備が食事のためのテーブルや椅子、食器棚など用途に分けて整然と設置されている。

 休憩する場所として申し分ない場所で、早速私たちは朝に用意しておいた携帯用の昼食を広げて休憩する。

「ガイアスも動きが少なくなってる。合流を考えながら休んでいる可能性が高い」

 ジャックくんが『珠』を見ながら推測した。ガイアスくんを示す三角印の動きが止まっている。
 おそらくこちらからなんとかしない限り合流は出来ないだろう。

「前から聞いてみたかったんだけど、古代魔術では転送魔術は当たり前だったのかい?」
 私がバッシュくんたちに訊くと、バッシュくんたちが「誰でもが使えるわけじゃなかったみたいだけど」「理論は構築されていて、技術として一般的に利用はされていたようです」
 と答えてくれた。

「魔方陣や詠唱のように、他の人にも使えるようにはしていたということかい?この遺跡に来た転送術の仕掛けみたいに」「はい」
 とノアくんが肯定する返事をくれたあと、すぐさまバッシュくんが「実際には良くわかってないんだ。複数の遺跡で転送術を使った移動出来る階層が見つかるから、そう考えるより他がない」と付け加えた。少し残念そうにしている。

「転送術が誰でもいつでも使えるようになるのはおそらくあまり良いことではないため、一部の人に許可を与えて術式を複雑化し、行き先を指定した利用の仕方に限って利用できるようにしたのではと考えられています」
 ノアくんの説明に「言われてみれば、転送魔術を制限なく誰でも使えるようにすると困るわね!」
 とエレイナさんがコクコクと頷いた。
「使う側は便利だが、使われる方は困るな」
 ジャックくんも納得して頷いた。

 ◇

 昼食を食べ終えたあとはもう一度部屋を確認し、何もなければ順に他の部屋を見てまわることになる。

「時間をかけて手がかりが見つからないようなら、壊せそうな場所を壊してガイアスと合流しよう」
 とジャックくんが言った。
 どうやら本気のようだし、実際にそうするしか無さそうだ。

『魔物の部屋』からは『鍵』と思えるようなものは見つかっていない。しかし『鍵』は魔物の部屋に用意されている。

 それでガイアスくんとバッシュくんたちが思いいたったのが『魔物の部屋』の魔物が、侵入者排除の『兵』であり『鍵』である可能性についてだ。

 では「魔物の『シナップ』が持ち去った『鍵』は何だったのか?」
 この疑問については「そもそも、魔物の『シナップ』が持っていた鍵が求める『鍵』だったか」実は私たちは確かめられていないのである。

 そして実際に魔物を倒したことで、私たちはここへ移動させられた。何かしら用意されている可能性が高い。

「ガイアスはどうして一緒に転送されなかったのかしら」

 エレイナさんの疑問には誰も答えられず、首を傾げることになった。

「このあとどうする。魔物の部屋を調べるか、書斎やロビーの位置にある部屋を確かめるか」
 ジャックくんに意見を求められ、エレイナさんが「『拠点』の『書斎』でも調べるのに時間がかかったわ。ここの書斎に所蔵されている本は明らかにそれより多いから、調べ終えるのに時間がかかりすぎるわ。あとにしない?」と答えた。

「『鍵』が『魔物の部屋』にあるというのが、この階層の『魔物の部屋』を指しているのだとしたら、先にそちらを見てみるというのも悪くないと思う」と私も意見を述べる。

「どこにどんな本があるのか理解するだけでも時間がかかりそうな上、魔物の部屋に手がかりがある場合、先に書斎に手をつけるとその発見が遅れるか。バッシュたちはどう思う」
 ジャックくんが思案する様子を見せながら、バッシュくんたちにも意見を求めた。

「書斎には魔導書や魔導具が保管されてそうですが、遺跡からボクたちが外に出るための情報や手がかりが隠されている可能性のほうは高いわけじゃないので、あとのほうがいいかもしれません」

「他に手がかりがあるのか無いのを確認して、気兼ねなくじっくり探すのが良さそう」

 とノアくんとバッシュくんが交代で言った。
 するとジャックくんが頷き、私たちを見回して「食べ終わったら魔物の部屋がどうなっているか見に行こう」と力強く言った。

 ◇

 食事を終えた私たちは通路へ出て部屋の位置を改めて確認している。

『装置のある部屋』があった位置の部屋を『会議室』と呼ぶことにして、今出てきた部屋の扉が厨房と繋がったものであること、その隣が書斎へ通じる扉だということがわかった。

 そして私たちが出てきた扉で4つの扉の先は明らかになっている。
 残りの扉は4つ。

「『鍵』は5つで、『魔物の部屋』も5つあったのに、ここだと『魔物の部屋』が4つしかないわ?」
 エレイナさんが言うと、ジャックくんが「『ロビー』が5つ目という可能性もある。見てみないとわからないな」

 と言ってから、私たちに少し離れるように手で制止をした。
 物腰も表情もいつもとかわりないように見えるけれど、ガイアスくんがいる時の彼に比べると、緊張したような真剣な表情が窺える。

 ジャックくんが初めに開けるのは、私たちが出てきた出入口の隣の扉だ。ゆっくりと慎重に開けるのかと思ったら、案外サッと開けて思いきり良く部屋の中に入り込んだ。

 どうやら攻撃を受ける前に素早く動くことで対応するという行動姿勢のようだ。

 エレイナさんが「危ないわ」とちょっとだけ苦い顔を見せた。

 少しすると中から「入っても大丈夫だ」
 というジャックくんの声が聞こえてきたので私たちも中へ入る。

 ◇

 部屋の中に入ると、大きな赤系統の色調の絨毯が敷かれていて、中央に天井を見上げるジャックくんがいた。

 絨毯には彼を中心に、円を描くように模様が描かれている。

 天井は明るく白に近い色彩で、幾重もの四角を模様のようにあしらった柄になっていて壁まで同じように柄が続いている。

 部屋の奥の壁には優しい色彩の飾り布がかけられていて背の低い台座があり、小さな魔導具が安置されている。

 バッシュくんとノアくんは台座に駆け寄ると魔導具を使い反応を調べて、手では触らずに色々な角度から眺めたあと、意を決したようにバッシュくんが台座から魔導具を動かした。

 エレイナさんは彼らの邪魔をしないように、その様子を黙って、しかし興味深そうに見守っている。

 先ほどの籠手のような魔導具と似た複雑な柄が描かれた円型の魔導具で、中央に美しい魔宝石が1つ嵌め込まれている。

「これが遺跡の『鍵』?」
 エレイナさんが魔導具を見つめながら呟いた。

 しばらく時間をかけて無事に残りの4つ扉の先を全て確認し終えた私たちは、再び厨房のある『拠点2』と呼ぶことにした部屋に戻っていた。

 残りの部屋は4つとも似たような状態で、『ロビー』の位置に当たる部屋も奥の壁に飾り布がかけられていて台座に魔導具が置かれている状態だった。

 テーブルには円形の魔導具が5つ。

 土台となる丸い板は複数の金属の合金らしく、色合いがどれも違っている。
 板には読めないほど装飾された古代文字が模様のように細かく刻まれていて、中央に魔宝石が1つ嵌め込まれているのが共通している。

「この“ビスケット”もっとちょうだい」
「良いけど、食べて平気なの?」
「平気!気遣いは無用なのでもっとくれてかまわないよ」
「じゃあ、これを皆のところへ持っていってあげて、一緒に食べましょう」
 エレイナさんの優しげな声が厨房の奥から聞こえて私たちのいるテーブルにビスケットの並べられたお皿が2つと飲み物が置かれていく。
「ありがとう」バッシュくんとノアくんが言って、ジャックくんが小さな手から飲み物を受けとる。
 深緑色のローブを着込んだ小さな手。

 ビスケットと飲み物を配り終えると自分も「よいしょ」と椅子によじ登って私の隣に座ったのは、魔物の『シナップ』だ。

 すぐにエレイナさんも席についた。今から集めた魔導具を前にガイアスくんと合流するための話し合いをすることになっている。


 ────────
 ────────

 籠城戦10日目

 推定魔物討伐数 ???~30,000体、素材獲得数 ???個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 ???個

 前日9日目の獲得数
 素材 1,988個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 3,073個

 □共有アイテム□

 ◇主な食料49日分

 ◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴6粒)、未調理穀物6日分
 ◇魔力回復ポーション(EX???本、超回復???本、大???本、中???本、小???本)
 ◇治癒ポーション(EX???本、超回復???本、大???本、中???本、小???本)、薬草(治癒???袋、解毒???袋)??袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
 □背負袋
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
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