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16話 ボクの家
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籠城戦が始まって10日目のこの日
シナップとの話し合いの場に至った経緯は少し前の、日のまだ高い時間に遡る。
新しく訪れた階層の『拠点2』と名付けた空間の小部屋の窓から見える外の景色が、明るく見えていた。
私たちははぐれてしまったガイアスくんとの合流と、遺跡からの脱出のため、新しくやって来た空間がどのようになっているかを知るために各部屋を調べて、めぼしい魔導具を集めていた。
その時点でわかっていたのは、私たちがいるのが先程までいた遺跡内の階層とは別の階層であること。
窓からから見える外の景色から、遺跡が洞窟のすぐ上か、そうでなくても遠くない距離に存在するということ。
遺跡を操作するための装置を操作可能にする『鍵』を入手し、それによって解錠を行うことで、遺跡の機能を使えるようになるという前提はかわりない。
それが出来ない場合、壊せる場所を破壊して脱出する。
相変わらず『三郎太』や遺跡を動かした『何者か』に繋がる情報は得られないまま、最終的な力での脱出も考慮して、手がかりになりそうな情報を集めるため、各部屋を調べてまわっていた。
そして階層内の8つある扉全てを開き終わり、魔宝石のついた円形の魔導具を5つ手に入れ、『拠点2』に戻って書斎を調べようと中に入ったところでシナップと鉢合わせた。
いや、私たちを待っていたシナップと再会した、というべきなのかもしれない。
◇
書斎で鉢合わせしたシナップは、慌ててはいたものの、今までのように逃げ出したりはしなかった。
「魔物を全部倒し終えたのだね。おめでとう、君たちも我らの女神に愛されていたようだ」
シナップがそう言って話す姿勢を見せてくれたことで、現在に至っている。
◇
シナップを交えた話し合いが始まって、最初に口を開いたのはジャックくんだ。
彼はまっすぐにシナップのほうを見て
「シナップに最初に確認しておきたいことがある」
と話しかけた。
シナップが金色の瞳を丸くして
「なんだい?」と首をかしげた。
「オレたちがガイアスのいる、元の場所へ戻ったとして、またここに来ることは可能か?」
するとシナップが「ボクの力や魔導具の力を借りずにっていう意味なら、無理だろうね」ビスケットを美味しそうに頬張りながら答えた。
シナップはビスケットだけでなく、エレイナさんが用意してくれた温かい飲み物もとても気に入ったようで、一口一口味わうように飲んでいる。
「魔導具か、お前の協力があればオレたちも行き来出来るようになるんだな?」ジャックくんが言うと、シナップが「協力はしないけど、そういうことにはなるね」と返した。
私たちが最初にシナップと出会った時のことを思い出して、あれはこの階層の部屋だったのだな、と気がついた。
私たちがこの階層にたどり着いた最初のあの何もない部屋だ。
『1番目の魔物の部屋』からシナップが消えたあと、周りに魔物が突然現れたように私は思ったけれど。
実際は『魔物の部屋』に突然現れたのは私たちの方で、シナップが消えて魔物が現れたと錯覚していたのだ。
それはつまり……シナップはいつでも私たちを元の場所へ移動させることが出来るということであり、一方で私たちは自身が階層の往き来を可能にしない限り、一度この階層を出ると、ここには来ることが出来ない。
もしこの階層に手がかりがあるとしたら、それが二度と手に入らなくなる恐れがあるということだ。
今のところシナップはこの階層から私たちを元の場所へ追い出そうという素振りは見せていない。
「ここは何だ?この遺跡を動かしたやつは何者で、何が目的だ?遺跡を動かしたやつや『三郎太』とお前はどういう関係だ」
私たちが知りたいことをジャックくんが尋ねた。
矢継ぎ早なジャックくんの質問に、シナップが驚いたように目を丸くして、動きを止めた。
ジャックくんの口調はしっかりとした強い調子だったのでキツく感じられたのか、ビスケットを食べる手も止まって、シナップが少し身を竦めている。
私の隣に座っているシナップは、出会ったときの印象よりも実際はずっと小さくて、バッシュくんやノアくんよりは少し大きいというくらいのものだった。
ジャックくんもそれに気がついて黙った。
けれども、幼そうだからといって訊かないというわけにもいかない。遺跡や『何者か』について話が聞けるのは、今はシナップにだけだ。
◇
少しの間沈黙してから、シナップが話し始めた。
「ここは何かっていうと、ここはボクの家」
「サブロウタというのは知らない。君たちのいう遺跡がここのことなら、動かしたやつっていうのは、ボクを起こしたヒトのことだね。目的は魔宝石じゃないかな」「関係もなにも、向こうはボクを起こしたことに気がついてもないよ」
とシナップが続けたので私は驚いた。
どこかでシナップと『何者か』に繋がりがあるという思い込みがあったけれど、そうじゃないのか。
そこへバッシュくんが「ジャック君、『三郎太』は他の魔物と区別するためにつけた『呼び名』だからわからないのかも」とジャックくんに助言している。
それでジャックくんも
「悪い。『三郎太』っていうのはオレたちが勝手にそう呼んでる名前だ。こういう顔の……」
と身振り手振りで真面目に説明を始めた。
するとシナップに心当たりが見つかったようで
「なんだ、ボクを起こした人の手下の魔物のことじゃないか。確かもっと長い名前で呼ばれてた……ヒルブラ……何だっけな?」と思い出そうとする仕草で上の方を見て言った。
シナップの話によると、『何者か』は『装置』の権限を使って遺跡に入り、その権限で『遺跡』の設備を再稼働させたはずだという。遺跡と共に眠っていたシナップがその『再稼働』で目が覚めたとき、彼らは遺跡の中で魔宝石を探していた。
「ここはボクの『家族』がボクのために用意してくれた、ボクの家なのさ!君たちが言ってる『サブロウタ』とやらと『何者か』はボクの『家』の権限を許可なく盗んだ罪人だよ」
「どうして言いきれるんだい?権限があって装置が使えたなら、『何者か』は正当な遺跡の管理者なのではないのかい?」
私がそう尋ねるとシナップは1枚の紙を取り出した。
「『家』の権利はボクに譲渡されている」
シナップが腹立たしそうに言った。
「確かに」古いけれど契約魔術によって交わされ、保護された確かな譲渡契約書だ。
「ボクの権限は破棄されていない。偽の契約書で【創造の間】の『魔導具』を誤魔化したんだ」
シナップのいう『魔導具』というのは『装置』のことのようだ。
ジャックくんが頷いて、テーブルに置いた魔導具を指し「ここにある魔宝石が持っていかれなかったのは何故だかわかるか?魔宝石を欲しがっていたんだろう?」と尋ねた。
「ここは失敗しないとたどり着けない場所だから、見つけられなかったんだよ」とシナップが答えた。
「うまくやったつもりが、ボクの『家族』のほうが1枚うわてだったってこと」そう言って、ふふん、と誇らしげにして見せた。
それから少し考えて「でも、彼らはそこにある魔導具や魔宝石を見つけていたとしても、持っていかなかったかもしれない。欲しいのは『家』の動力に使ってる魔宝石みたいだったから。あれは力を半永久的に循環させる特別の……」
と続きを言いかけて、バッシュくんとノアくんに見つめられているのに気がついたシナップが黙った。
そして「興味を持つものには話しちゃいけないんだ」
と締めくくった。
『何者か』の正体は依然としてわからないけれど、シナップと話したことによって『何者か』が魔宝石を集めていることはわかった。それもかなり強力な力を持った魔宝石を。
何のためにかまでは断定は出来ない。
「魔石として手にいれようとしてるなら、厄介な相手かもしれないわ」エレイナさんが心配そうに言った。
質問に応じたシナップが今度は私たちのほうへ疑問を投げかけてきた。
「君たちはここ……ボクの家に何の用?本当は何しに来たの」
そこには明らかな警戒する目があった。
◇
シナップの話を聞き、警戒の目を向けられて私たちはようやく自分達がシナップに対し無作法で礼を失した振る舞いを行っていたことに気がついた。
尖った鼻先。身体はローブに覆われていてハッキリと体型はわかりづらいけれど、とても小さい。
皮膚は赤黒く、近くで見ると皮膚と同じ色合いの短い体毛で覆われている。
見えにくいけれどフードに隠されて尖った大きな耳が垂れたように見え、深い緑色のローブのフードを頭から目深にかぶったシナップの、下からこちらを窺う大きな肉食獣を思わせる金色の瞳が。その全部が。
私たちを見極めようと見詰めている。
たった一人で。
もちろんこちらにも年月の経過や知らなかったことなど、言い分はあるのだけれど、どれもシナップにとっては関係のないことだ。シナップにとって私たちは、勝手にやって来て勝手に家に住み着いた、おかしな侵入者に他ならない。
「知らなかったとはいえ、申し訳ない」
私たちは説明の前にまず謝罪し頭を下げた。
その上でシナップの眠っている間に時代が変わっていることや年月の経過、シナップの主張と契約が、現在の時代で受け入れられるかわからないことについて説明し、何故自分達が派遣されたのか、洞窟の地形が変わることを止めたいという事情などを話した。
私たちの言い分を聞き終わるとシナップは思いの外スンナリと受け入れて「いいよ、洞窟は地形が入れ替わらないようにしておく」と引き受けてくれた。
「森と犬族の近くの遺跡のことだけど、そっちは知らないから、ここからじゃ操作できない。当時似たような娯楽施設はいくつもあったんだよ」
「それがわかっただけでも助かる」「ありがとうシナップ!」
エレイナさんやジャックくんはもちろん、バッシュくんとノアくんも嬉しそうにお礼を言った。
「けど、どうして急に協力してくれる気になったの」
ノアくんが不思議そうにシナップを見て言った。
最初に会ったときとはずいぶん様子が違うのは、私も不思議に思っている。
ついさきほども、「協力はしない」とハッキリと言っていたように思うのだけど。
「協力はしないよ」「え?」
「洞窟はボクが眠ってた時と違うようにされてるみたいだから、元に戻すんだ。森や犬族の遺跡については知らないって言ってるだけ。手伝ったりしないよ!」
どうやら彼なりの筋というのがあるようだ。
続けてシナップは飲み終わって空になった湯呑茶碗を置いてから
「言いそびれてたけど、ここにある5つの魔導具と、奥に置いてある『籠手』は持っていっていいよ!おめでとう!」シナップが両手を広げた。
ジャックくんやバッシュくんたちが驚いて少しの間ポカンとした表情になってシナップを見つめた。
「さっきまでの理屈なら、これはお前の物だろう?大事なものじゃないのか?」
我にかえったジャックくんが言うと、シナップが「それはもともと『試練を越えた者』に用意された褒美。だから今はもう君たちの物ってわけ!」と返した。
私たちがよくわからないでいると、シナップは
「ここはもともと、娯楽施設としてお客さんを呼んでいたからね」
そこでようやく私たちは気がついた。
ここまでのことが、ここを作った古代人やシナップにとって『余興』の一部だったということに。
「君たちの参加費は特別に無料!」シナップくんの声が響いた。
◇
ジャックくんが『会議室』の台座に置かれていた『籠手』を身につけ、丸い板の魔導具から5つの魔宝石を取り外して籠手の窪みに順に填めていく。
私たちは話のあとシナップくんの案内で再び『会議室』に訪れている。シナップくん自ら手渡された魔導具でもある籠手をジャックくんが受け取り、それを装備している最中だ。
籠手は手首までを覆う装備で、その先がない。
「重すぎなくて良い感じだ」
ジャックくんが満足そうにしている。
「魔宝石を5個とも嵌め終わったら、絨毯の円の中心に立ってー!」
シナップが軽快に指示をする。
魔宝石が嵌め込まれるごとに、籠手に元から嵌められた魔宝石が輝きを増して、籠手全体も光り始めた。
「ボクが元の場所に連れ帰るより、自分達で使ってやり方を覚えた方が絶対良いよね!我が女神もきっとそのようにするだろう」
シナップくんの女神信仰は健在だ。
それと別に彼がヒト属に対し複雑な気持ちを抱いているのは演技ではなかったらしく、『何者か』と『三郎太』に対して悪し様に文句を言って、『三郎太』が魔物であることを忘れたように「ヒトっていうのは一体どういう神経なんだい!」と憤慨した。
ただ、それだからと言ってヒトを完全に見限っているというのでもないらく
「ボクの『家族』もヒトだったし、施設の『お客』も始祖獣は様々だったけれど、大体はヒトだったからねぇ」
どこか懐かしむようにして言った。
「ヒト属以外にも利用してたの?」
シナップくんの言い回しに、バッシュくんとノアくんが少し意外そうに訊いた。
「当たり前じゃないか。魔族や神族も訪れていたよ。まぁ、戦争が激しくなってしまって、来れなくなったけどね」
シナップくんたちの時代では魔族や神族がヒト属と一緒に余興を楽しんだり、交流があったらしい。
それ以前に私が驚いたのは。
「シナップくん、魔族や神族というのは本当に存在するのかい!?」
思わず私が尋ねると、シナップくんが質問自体を理解できない表情をして首をかしげる。何を言われているんだろうといった表情だ。
現代、神族や魔族、悪魔の存在を信じているヒトや、その末裔を名乗る一族、それに準ずる種族と周囲が認識する一族は存在している。
例えば神族として信じられる一族として、エルフやドワーフなどがあげられる。
彼らは始祖獣が不明な上、魔力による創造が他のヒト属と違っていて、特にエルフは警戒心が強い一族であり、滅多に表に姿を現さないため、より強くその神秘性を保っている。
そして彼らに共通する特殊性と言えば、まるで『創世記テラ』に登場する女神ヴェルメラの魔力を扱うかのように、彼らが使ったり造ったものには特別な力が宿ることが知られている。
それが神や悪魔、魔族を信仰する人たちに彼らが神族、あるいはその眷属であると信じさせる根拠になっている。
しかしその一方で、多くのヒトの認識では、神や悪魔、魔族や神族というのは、いずれも保有魔力が高い種族を神格化したり、活躍を誇張した、お伽噺のなかの架空の存在に過ぎないと考えられている。魔族はおおむね、高い魔力と知性を持った強い魔物の総称に過ぎない。
私もそれを支持する1人だ。
それでも。
少なくともシナップくんの時代に、彼が魔族や神族と認識するような強大な存在が、ヒト以外にいたのは確かのようだ。
神かどうかは別として。
ジャックくんが籠手に魔宝石を嵌め終え絨毯の指定位置に立ったのを確認すると
「全員、ジャック君の側に集まってくれたまえ!さあジャック君、裏側に数字の5を意味する文字が刻まれた丸い板に手をかざすのだ」
芝居がかった物言いで、シナップくんに軽快に指示され、私たちは慌ててジャックくんの近くに集まった。
エレイナさんも、抱き抱えられたバッシュくんとノアくんも、どこかワクワクとしたような表情をしている。
全員が近くに揃っているのを確認すると、ジャックくんが丸い板に手をかざす。とたんに魔宝石が輝いて板の中央部分、魔宝石が填められていた箇所に魔力が注がれ、板に刻まれた古代文字に光が宿り始めた。
やがてジャックくんの手のひらの魔導具が光る文字で満たされると、私たちの足下に魔方円が浮かび上がる。グンと足の爪先から頭のてっぺんを引っ張られるような感覚が一瞬だけ私を襲って、次の瞬間には目の前に口を固く引き結んだガイアスくんがいた。
彼が、大きな身体と両腕で、ジャックくんとエレイナさん、抱き抱えられたバッシュくんとノアくんを、まとめて引き寄せる間もなく
「ただいまー!」
元気な声でバッシュくんとノアくんが彼に飛び付いた。
ガイアスくんはジャックくんが新しく籠手を手に入れ身に付けていることや、シナップくんが一緒にいるのに気がついて
「情報が多そうだ!小屋に戻って俺にも説明してくれないか」
するとシナップくんが提案した。
「ならボクの部屋を使ってくれたまえ。ボクは君たちの作った結界には入れない。魔物だから」
これにバッシュくんとノアくんが「シナップも入れるよ」と言ったからシナップくんが仰天した。
「ボク、入れるの?入っていいの?魔物なのに!?」
「うん。ちょっと狭くて平気なら入れるよ。魔物かどうかは関係ない」
「ロデリックはヒト属だけど、あの人危ないからボクらの結界に入れない」
シナップくんの質問にバッシュくんとノアくんが返答した。
途端にシナップがもぞもぞしながら言った。
「ボク、君たちの作った小屋に行ってもかまわないよ」
「よし、決まりだ!」
私たちが遺跡が用意した余興をやり遂げたからなのか、藍色のオブジェクトが少しだけ光っていて、時刻魔導具を確認すると日が傾き始める頃合いを教えてくれている。
通路へ出ると正面すぐには、バッシュくんたちが構築した防御結界『屈強なコテージ』の小屋が残っていて、『3番目の魔物の部屋』出入口の側で障壁に囲まれたロデリックが、こちらを向いているのが見えた。
そのおかげで私たちは元の場所に戻ったことをより一層実感し、安心することが出来た。
「まさかロデリックを見て安心する日が来るなんて」
エレイナさんたちが感慨深げに言った。
「念のために障壁を補強しておかなくちゃ」
障壁を破ってまた襲って来られたら厄介であるため、仕方なく近づくと、ロデリックがシナップくんに気づくなり「南方の狐族の子供じゃないか。珍しいな」と言って私たちを驚かせた。
シナップくん本人も驚いている。
「何をおかしなことを言ってるんだい、君は。ボクは魔物だよ!ボクは魔物のシナップ!!」
「む、君は南方の狐の一族の子供に間違いない。この私が間違えるものか」ロデリックが自信満々に言い張った。
さらに
「迫害された歴史のある一族で、数も減らしているから正体を隠したい気持ちはわからないでもない」
と続けた。
そしてチラリとエレイナさんを見たあとに
「守ってやりたいなら契約魔物あたりで通す方がマシかもしれないな」と、ロデリックがガイアスくんの方を見て言った。
「どういう意味だ?」
「高い知力と魔力を持った一族だ。しかも大人になった個体はその大半が上質な魔石を生み出す。ここまで言えば、もう意味はわかるだろう」
「……この子は俺たちが契約した魔物だ。忠告に感謝する」
「ありがとうロデリック、その一族と間違われる魔物かもしれないことがわかって助かったわ」
「エレイナ!そんな礼は私と君との間には不要だ!さあ、遠慮はいらない!」ロデリックがエレイナさんに向かって腕を広げた。
◇
小屋に戻って少しすると、バッシュくんとノアくんが椅子に腰掛けたガイアスくんに抱き締められていた。
「ガイアス君、僕を絞め落とそうとしてない?大丈夫?」
バッシュくんが、やや不安そうだ。
「バッシュ、力を抜くと楽になれるよ」ノアくんが言った。
果たしてそれは良い解決方法なのだろうか。
晩ご飯の準備をしながら、私たちは順を追ってガイアスくんへ離れていた間の事や、わかったことの報告と説明をしていた。
傍らで椅子の上に頭に被っていたフードを外したシナップくんがちょこんと座っている。
先ほどまでフードに覆われて垂れ下がったようだった耳は大きく、ピンと立って尖った鼻と一緒に愛嬌のある丸い輪郭が現れて、ローブに隠れて見えないけれどふさふさとした尻尾を持った、毛色の赤黒い斑模様の狐族の子供がそこにいた。
テーブルには手に入れた転送魔導具である籠手と対になる丸い板形の魔導具5つが置かれている。
「報告に戻るのは情報が整理できてからだな。報告次第でシナップのことや遺跡の扱いが変わる可能性がある」
ガイアスくんがしっかりとした口調で、私たちに確認しながら言った。
「まず、簡単に報告内容をまとめると、洞窟にこの遺跡〈娯楽施設〉への入り口があり、永らくそこへ通じる道は閉じられ〈閉店状態〉だった。俺たちは『何者か』がこの施設を動かしたせいで洞窟の地形が変化するようになっていたことを突き止めた」
「施設を動かした『何者か』の正体は不明、施設内で魔物と遭遇し『三郎太』と呼称名をつけた。この魔物は『何者か』の手下の魔物で交戦後に逃走、そいつらが施設へ侵入した目的は施設内にある魔宝石だった」
「洞窟の地形変化を止める装置を発見。装置は、はじめから解錠に失敗するように作られていた。失敗することで余興が始まる仕掛けになっていて、魔物を全て倒した後に次の階層へ移動できるようになっていた」
シナップくんの説明ではそういうことになる。
「今は俺たちが魔物を全て倒して洞窟の地形変化を止めることが出来たわけだな」
「シナップの力を借りてはいるが、結論はそのとおりだ」
ジャックくんが答えた。
それにガイアスくんが頷いて、続けた。
「あとはこの遺跡とシナップについてだが、この遺跡が契約魔術によって交わされた譲渡契約で、歴としたシナップの所有物になっていることをはっきりとさせておく必要がある」
するとジャックくんとエレイナさんが
「シナップのことはなるべく伏せた方がよくないか」
「魔宝石を狙う『何者か』はどこに潜んでいるかわからないのよ。もし報告してシナップちゃんのことが知れたら危険だわ」
とガイアスくんに意見を言った。私も2人に同意する。
「ロデリックくんも、シナップくんを契約魔物ということにするよう助言していた。仮に『何者か』のことがなくても、希少種の上に魔石狙いで狩られる危険のあるシナップくんのことは知られないようにした方がいいと思う」
「安全を考えればシナップの素性がわからないようにするのが無難だと俺も思うが、それだと身を隠し続けるシナップの自由はどうなるんだ?」
ガイアスくんに対し私は「それなら『保護』を名目にした幽閉だってあり得るんじゃないのかい?」と懸念を述べた。
ガイアスくんと私たちが議論していると、バッシュくんとノアくんが、シナップくんに「シナップはどうしたい?」と尋ねた。
自分の意見を求められるとは思っていなかった様子で顔をあげたシナップくんが「ボクは……」と何か言いかけて、ガイアスくんたちを見回した。
しかしその後が続かない。
ガイアスくんは上に報告した上で、シナップくんに出来る限りの自由を与えようとしている。
一方で私を含むエレイナさんとジャックくんは、それはシナップくんの身を危険にすると危ぶんでシナップくんの素性を含む諸々を秘匿した方がいいと考えた。
けれどガイアスくんは、それではシナップくんの自由を奪う結果になるかもしれないと危惧しているのだ。
「ロデリックがそうだったように、フードで覆って隠してもシナップの素性に気がつくやつは現れる。それを恐れて閉じ込めるのか?」
遺跡は動力源の魔宝石の力と高い魔導技術と隠蔽魔術で外界から保護されている。シナップくんの『家族』が彼のために張った防御結界だ。
「シナップの身に付けている装飾品は強い守りになっている。その上シナップは弱くない」ガイアスくんが言った。
「襲われても自分で身を守れと言ってるの?!」
「シナップはまだ子供だ。ガイアス、お前だってさっきはシナップのことを契約魔物だとロデリックに返したじゃないか」
エレイナさんとジャックくんが反論する。
「ジャック、エレイナ。俺たちには遺跡で手に入れた情報を報告する義務もあるんだ。依頼を受け、支援や報酬を受け取ってここにいることを忘れてくれるなよ」
ガイアスくんの目は予想外に鋭い。
ジャックくんが怯んで、私も言葉を返すことが出来ない。
エレイナさんは悲しげな表情になった。
いつの間にかバッシュくんとノアくんがシナップくんを連れて厨房の方に離れている。経緯を見守っているようだ。
「とはいえ、シナップの安全が重要なのは俺もわかっている」
ガイアスくんが表情を緩めた。
「シナップのことは出来るだけ少数の人間にしか伝わらないように報告するんだ。なるべく伏せた状態で情報を持ち帰るため、もうしばらくここに滞在することも検討する」
私たちは余興の『試練』を乗り越え、『管理者』であるシナップくんと『創造の間』に認められたことで、一部の『権限』と『資格』を賞品として貰うことが出来たのだ。
それには遺跡と外との出入りが含まれている。
他に参加者がいない間であれば、私たちはある程度いつでも『客人』として訪れることができるようになっている。
つまるところ、いつでも『帰還』出来るようになったのだ。
「この場で今すぐ決める必要はない。それでどうだ?」
ガイアスくんの提案に私たちはほっとして、すぐにそれを了承した。
エレイナさんが「最初からそうやって言ってくれればいいのに!」と言うと、驚いたことにガイアスくんが
「これが仕事だってことを忘れてるようだったからな。思い出させる良い機会だと思ったんだよ」
と返したじゃないか。
それでこの一件は、私のガイアスくんへの印象を少し変えるきっかけになった。
ただエレイナさんだけは「ガイアスだって似たようなものだったくせに!」とすこしばかり憤慨していた。
◇
ガイアスくんと情報共有ための報告を済ませ、帰還後の報告についての方針もある程度固まったところで、私たちは中断していた夕食の準備を再開した。
ずっと疑問だった『何者か』や『三郎太』についての疑問もいくらか解消されているけれど、わからないままのことは依然多い。まず『何者か』はどうやって遺跡に入ったのか?
これについてはシナップくんの目が覚める前の出来事であり、推測となるけれど、おそらく洞窟の転送術を私たちやロデリックが来たのと同じようにして侵入したものと思われる。
『何者か』はどうやって装置を動かしたのか?
装置を動かす正式な『管理鍵』というのは、シナップくんの『契約魔術』のことだ。
その契約魔術の根拠となるのはシナップくんの持つ『譲渡契約書』であるため、シナップくんにしか装置は動かせないはずだった。
シナップくん以外が装置を使おうとした場合、私たちのように魔物と戦う羽目になる。しかし『何者か』はそのようなことにはならずに、装置を使い洞窟の地形変化を引き起こしている。
このことから『何者か』が契約書を不正に作成し、装置の防犯処理を誤魔化したことが疑われるのだ。
「いずれも高度な魔導知識が必要ですから、『何者か』は魔導研究においてそれなりの地位を築いている人物かもしれません」
ノアくんが緊張した表情を見せた。
魔導研究ギルドや魔導ギルドも完全に信用するのは危険かもしれない。
小屋の中に肉や野菜料理の良い匂いが漂い、テーブルに塩漬け肉やチーズを使った料理や豆や野菜のスープの入った器や皿が並ぶ。
シナップくんがそれらを珍しそうに見ている。
「さあ、飯にしよう」
「いただきます」「いただきます」
シナップくんも皆に習って食べ始めた。
魔物だと思っていたときは魔石を食べたり出来るのかと深く考えなかったけれど。
そういえばシナップくんは目覚めてから食事はどうしていたのだろう。
その疑問にはあっさりと
「『食料庫』があるから、当分食べ物には困らないよ。庭もあるんだ」という返事が返ってきた。
なるほど。居住のための階層があるのか。
シナップくんが目覚めたあとも彼が困らないようにお膳立てがしっかりとされてあったらしい。
バッシュくんたちの『屈強なコテージ』の超豪華版みたいだ。
さらに私が思っていたよりもこの遺跡には非常に多くの階層があり、娯楽施設として現役で稼働していた頃は、比較的名の知れた大きな商業施設だったという。
「実はボクが行ったことのない階層もある」
私たちは思わず目を丸くした。
そんな施設を賄うだけの魔力を持った魔宝石なら、文献のどこかに記載されていたりするのかもしれない。ひょっとするとそのせいで『何者か』に目をつけられてしまったのではないだろうか。
シナップくんが野菜のスープを美味しそうに飲みながら
「これは思ったよりも、なかなかに美味しいね」
と感想を言ったのでガイアスくんとエレイナさんが嬉しそうな顔をした。
どうやら口にあったようで良かった。
話している間に、シナップくんのこれまでの不可解な言動の理由もわかってきて、バッシュくんたちとも打ち解けている。
「君たちなかなか降参しないんだもの。ボク焦っちゃった。立て続けに勝手に入られて気も立ってたしね」
「そうか、それはすまなかった!」
ガイアスくんが笑いながら肩を竦めた。
◇
夜も更けて夢の中。
私は道から外れた野っぱらにいた。
野っぱらにキラリと光るものをみた気がして近づいてやって来たのだ。そこで籠のなかで布にくるまれて眠る黒い小さなこぎつねを見つけた。
私はこぎつねを家に連れ帰り、商いで知り合った仲間たちに相談し、一緒に育てていくことにする。
周辺では神と悪魔と人類の間に小さな争いが頻発していたけれど、私の住む地域にはまだそうしたことの影響は少なかった。
貧しいながらも皆と持ち寄った小銭や食べ物で、こぎつねはすくすくと愛らしく成長した。しかし成長するにつれ、連れ帰ったこぎつねが世間から疎まれる種族であることが容姿で判明するようになり、仲間と共に私は住み慣れた地域を離れることを決意する。
住む場所が落ち着くまでに何日も水も食べ物も口に出来ないようなこともあったけれど力を合わせ、どうにか食いつなぎながら、夢の中で私たちはこぎつねを守るためもあり、力を身につけていった。
そんな中、私はふとシナップくんのことを思い出した。とたんに風景が朧気になって、それで、ああこれは夢なんだな、と気がついて目が覚めた。
先程まで鮮明に感じていた仲間の顔も名前も、どんな夢だったのかさえ、今はもうよく思い出せなくなってしまった。
ただ、こぎつねとの暮らしは幸せで、ずっと続かせようと必死だった想いが余韻のように残っている。
シナップくんの話に影響を受けたようだ。
隣の寝台にシナップくんとジャックくんが身を寄せるように仲良く横になっている。奥の寝台にガイアスくんがやはり横になっていて、3人ともよく眠っていて起きそうにない。
「ずっと気を張っていただろうからね」
時刻魔導具を見ると朝までまだまだ時間がある。
私もそのまま寝直すことにした。
こうして私たちと数万を超えた魔物たちとの戦いはひとまず幕を閉じ、時刻魔導具の盤面にあしらわれた12個の小さな魔石が蒼い光を放ちながら、さらに夜が更けていった。
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籠城戦10日目
推定魔物討伐数 ???~30,000体、素材獲得数 1,892個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 1,698個
前日9日目の獲得数
素材 1,988個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 3,073個
□共有アイテム□
◇主な食料49日分
◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴5粒)、未調理穀物6日分
◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大252本、中1,021本、小1,375本)
◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,420本、小5,017本)、薬草(治癒2,216袋、解毒120袋)2,336袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
□背負袋
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
シナップとの話し合いの場に至った経緯は少し前の、日のまだ高い時間に遡る。
新しく訪れた階層の『拠点2』と名付けた空間の小部屋の窓から見える外の景色が、明るく見えていた。
私たちははぐれてしまったガイアスくんとの合流と、遺跡からの脱出のため、新しくやって来た空間がどのようになっているかを知るために各部屋を調べて、めぼしい魔導具を集めていた。
その時点でわかっていたのは、私たちがいるのが先程までいた遺跡内の階層とは別の階層であること。
窓からから見える外の景色から、遺跡が洞窟のすぐ上か、そうでなくても遠くない距離に存在するということ。
遺跡を操作するための装置を操作可能にする『鍵』を入手し、それによって解錠を行うことで、遺跡の機能を使えるようになるという前提はかわりない。
それが出来ない場合、壊せる場所を破壊して脱出する。
相変わらず『三郎太』や遺跡を動かした『何者か』に繋がる情報は得られないまま、最終的な力での脱出も考慮して、手がかりになりそうな情報を集めるため、各部屋を調べてまわっていた。
そして階層内の8つある扉全てを開き終わり、魔宝石のついた円形の魔導具を5つ手に入れ、『拠点2』に戻って書斎を調べようと中に入ったところでシナップと鉢合わせた。
いや、私たちを待っていたシナップと再会した、というべきなのかもしれない。
◇
書斎で鉢合わせしたシナップは、慌ててはいたものの、今までのように逃げ出したりはしなかった。
「魔物を全部倒し終えたのだね。おめでとう、君たちも我らの女神に愛されていたようだ」
シナップがそう言って話す姿勢を見せてくれたことで、現在に至っている。
◇
シナップを交えた話し合いが始まって、最初に口を開いたのはジャックくんだ。
彼はまっすぐにシナップのほうを見て
「シナップに最初に確認しておきたいことがある」
と話しかけた。
シナップが金色の瞳を丸くして
「なんだい?」と首をかしげた。
「オレたちがガイアスのいる、元の場所へ戻ったとして、またここに来ることは可能か?」
するとシナップが「ボクの力や魔導具の力を借りずにっていう意味なら、無理だろうね」ビスケットを美味しそうに頬張りながら答えた。
シナップはビスケットだけでなく、エレイナさんが用意してくれた温かい飲み物もとても気に入ったようで、一口一口味わうように飲んでいる。
「魔導具か、お前の協力があればオレたちも行き来出来るようになるんだな?」ジャックくんが言うと、シナップが「協力はしないけど、そういうことにはなるね」と返した。
私たちが最初にシナップと出会った時のことを思い出して、あれはこの階層の部屋だったのだな、と気がついた。
私たちがこの階層にたどり着いた最初のあの何もない部屋だ。
『1番目の魔物の部屋』からシナップが消えたあと、周りに魔物が突然現れたように私は思ったけれど。
実際は『魔物の部屋』に突然現れたのは私たちの方で、シナップが消えて魔物が現れたと錯覚していたのだ。
それはつまり……シナップはいつでも私たちを元の場所へ移動させることが出来るということであり、一方で私たちは自身が階層の往き来を可能にしない限り、一度この階層を出ると、ここには来ることが出来ない。
もしこの階層に手がかりがあるとしたら、それが二度と手に入らなくなる恐れがあるということだ。
今のところシナップはこの階層から私たちを元の場所へ追い出そうという素振りは見せていない。
「ここは何だ?この遺跡を動かしたやつは何者で、何が目的だ?遺跡を動かしたやつや『三郎太』とお前はどういう関係だ」
私たちが知りたいことをジャックくんが尋ねた。
矢継ぎ早なジャックくんの質問に、シナップが驚いたように目を丸くして、動きを止めた。
ジャックくんの口調はしっかりとした強い調子だったのでキツく感じられたのか、ビスケットを食べる手も止まって、シナップが少し身を竦めている。
私の隣に座っているシナップは、出会ったときの印象よりも実際はずっと小さくて、バッシュくんやノアくんよりは少し大きいというくらいのものだった。
ジャックくんもそれに気がついて黙った。
けれども、幼そうだからといって訊かないというわけにもいかない。遺跡や『何者か』について話が聞けるのは、今はシナップにだけだ。
◇
少しの間沈黙してから、シナップが話し始めた。
「ここは何かっていうと、ここはボクの家」
「サブロウタというのは知らない。君たちのいう遺跡がここのことなら、動かしたやつっていうのは、ボクを起こしたヒトのことだね。目的は魔宝石じゃないかな」「関係もなにも、向こうはボクを起こしたことに気がついてもないよ」
とシナップが続けたので私は驚いた。
どこかでシナップと『何者か』に繋がりがあるという思い込みがあったけれど、そうじゃないのか。
そこへバッシュくんが「ジャック君、『三郎太』は他の魔物と区別するためにつけた『呼び名』だからわからないのかも」とジャックくんに助言している。
それでジャックくんも
「悪い。『三郎太』っていうのはオレたちが勝手にそう呼んでる名前だ。こういう顔の……」
と身振り手振りで真面目に説明を始めた。
するとシナップに心当たりが見つかったようで
「なんだ、ボクを起こした人の手下の魔物のことじゃないか。確かもっと長い名前で呼ばれてた……ヒルブラ……何だっけな?」と思い出そうとする仕草で上の方を見て言った。
シナップの話によると、『何者か』は『装置』の権限を使って遺跡に入り、その権限で『遺跡』の設備を再稼働させたはずだという。遺跡と共に眠っていたシナップがその『再稼働』で目が覚めたとき、彼らは遺跡の中で魔宝石を探していた。
「ここはボクの『家族』がボクのために用意してくれた、ボクの家なのさ!君たちが言ってる『サブロウタ』とやらと『何者か』はボクの『家』の権限を許可なく盗んだ罪人だよ」
「どうして言いきれるんだい?権限があって装置が使えたなら、『何者か』は正当な遺跡の管理者なのではないのかい?」
私がそう尋ねるとシナップは1枚の紙を取り出した。
「『家』の権利はボクに譲渡されている」
シナップが腹立たしそうに言った。
「確かに」古いけれど契約魔術によって交わされ、保護された確かな譲渡契約書だ。
「ボクの権限は破棄されていない。偽の契約書で【創造の間】の『魔導具』を誤魔化したんだ」
シナップのいう『魔導具』というのは『装置』のことのようだ。
ジャックくんが頷いて、テーブルに置いた魔導具を指し「ここにある魔宝石が持っていかれなかったのは何故だかわかるか?魔宝石を欲しがっていたんだろう?」と尋ねた。
「ここは失敗しないとたどり着けない場所だから、見つけられなかったんだよ」とシナップが答えた。
「うまくやったつもりが、ボクの『家族』のほうが1枚うわてだったってこと」そう言って、ふふん、と誇らしげにして見せた。
それから少し考えて「でも、彼らはそこにある魔導具や魔宝石を見つけていたとしても、持っていかなかったかもしれない。欲しいのは『家』の動力に使ってる魔宝石みたいだったから。あれは力を半永久的に循環させる特別の……」
と続きを言いかけて、バッシュくんとノアくんに見つめられているのに気がついたシナップが黙った。
そして「興味を持つものには話しちゃいけないんだ」
と締めくくった。
『何者か』の正体は依然としてわからないけれど、シナップと話したことによって『何者か』が魔宝石を集めていることはわかった。それもかなり強力な力を持った魔宝石を。
何のためにかまでは断定は出来ない。
「魔石として手にいれようとしてるなら、厄介な相手かもしれないわ」エレイナさんが心配そうに言った。
質問に応じたシナップが今度は私たちのほうへ疑問を投げかけてきた。
「君たちはここ……ボクの家に何の用?本当は何しに来たの」
そこには明らかな警戒する目があった。
◇
シナップの話を聞き、警戒の目を向けられて私たちはようやく自分達がシナップに対し無作法で礼を失した振る舞いを行っていたことに気がついた。
尖った鼻先。身体はローブに覆われていてハッキリと体型はわかりづらいけれど、とても小さい。
皮膚は赤黒く、近くで見ると皮膚と同じ色合いの短い体毛で覆われている。
見えにくいけれどフードに隠されて尖った大きな耳が垂れたように見え、深い緑色のローブのフードを頭から目深にかぶったシナップの、下からこちらを窺う大きな肉食獣を思わせる金色の瞳が。その全部が。
私たちを見極めようと見詰めている。
たった一人で。
もちろんこちらにも年月の経過や知らなかったことなど、言い分はあるのだけれど、どれもシナップにとっては関係のないことだ。シナップにとって私たちは、勝手にやって来て勝手に家に住み着いた、おかしな侵入者に他ならない。
「知らなかったとはいえ、申し訳ない」
私たちは説明の前にまず謝罪し頭を下げた。
その上でシナップの眠っている間に時代が変わっていることや年月の経過、シナップの主張と契約が、現在の時代で受け入れられるかわからないことについて説明し、何故自分達が派遣されたのか、洞窟の地形が変わることを止めたいという事情などを話した。
私たちの言い分を聞き終わるとシナップは思いの外スンナリと受け入れて「いいよ、洞窟は地形が入れ替わらないようにしておく」と引き受けてくれた。
「森と犬族の近くの遺跡のことだけど、そっちは知らないから、ここからじゃ操作できない。当時似たような娯楽施設はいくつもあったんだよ」
「それがわかっただけでも助かる」「ありがとうシナップ!」
エレイナさんやジャックくんはもちろん、バッシュくんとノアくんも嬉しそうにお礼を言った。
「けど、どうして急に協力してくれる気になったの」
ノアくんが不思議そうにシナップを見て言った。
最初に会ったときとはずいぶん様子が違うのは、私も不思議に思っている。
ついさきほども、「協力はしない」とハッキリと言っていたように思うのだけど。
「協力はしないよ」「え?」
「洞窟はボクが眠ってた時と違うようにされてるみたいだから、元に戻すんだ。森や犬族の遺跡については知らないって言ってるだけ。手伝ったりしないよ!」
どうやら彼なりの筋というのがあるようだ。
続けてシナップは飲み終わって空になった湯呑茶碗を置いてから
「言いそびれてたけど、ここにある5つの魔導具と、奥に置いてある『籠手』は持っていっていいよ!おめでとう!」シナップが両手を広げた。
ジャックくんやバッシュくんたちが驚いて少しの間ポカンとした表情になってシナップを見つめた。
「さっきまでの理屈なら、これはお前の物だろう?大事なものじゃないのか?」
我にかえったジャックくんが言うと、シナップが「それはもともと『試練を越えた者』に用意された褒美。だから今はもう君たちの物ってわけ!」と返した。
私たちがよくわからないでいると、シナップは
「ここはもともと、娯楽施設としてお客さんを呼んでいたからね」
そこでようやく私たちは気がついた。
ここまでのことが、ここを作った古代人やシナップにとって『余興』の一部だったということに。
「君たちの参加費は特別に無料!」シナップくんの声が響いた。
◇
ジャックくんが『会議室』の台座に置かれていた『籠手』を身につけ、丸い板の魔導具から5つの魔宝石を取り外して籠手の窪みに順に填めていく。
私たちは話のあとシナップくんの案内で再び『会議室』に訪れている。シナップくん自ら手渡された魔導具でもある籠手をジャックくんが受け取り、それを装備している最中だ。
籠手は手首までを覆う装備で、その先がない。
「重すぎなくて良い感じだ」
ジャックくんが満足そうにしている。
「魔宝石を5個とも嵌め終わったら、絨毯の円の中心に立ってー!」
シナップが軽快に指示をする。
魔宝石が嵌め込まれるごとに、籠手に元から嵌められた魔宝石が輝きを増して、籠手全体も光り始めた。
「ボクが元の場所に連れ帰るより、自分達で使ってやり方を覚えた方が絶対良いよね!我が女神もきっとそのようにするだろう」
シナップくんの女神信仰は健在だ。
それと別に彼がヒト属に対し複雑な気持ちを抱いているのは演技ではなかったらしく、『何者か』と『三郎太』に対して悪し様に文句を言って、『三郎太』が魔物であることを忘れたように「ヒトっていうのは一体どういう神経なんだい!」と憤慨した。
ただ、それだからと言ってヒトを完全に見限っているというのでもないらく
「ボクの『家族』もヒトだったし、施設の『お客』も始祖獣は様々だったけれど、大体はヒトだったからねぇ」
どこか懐かしむようにして言った。
「ヒト属以外にも利用してたの?」
シナップくんの言い回しに、バッシュくんとノアくんが少し意外そうに訊いた。
「当たり前じゃないか。魔族や神族も訪れていたよ。まぁ、戦争が激しくなってしまって、来れなくなったけどね」
シナップくんたちの時代では魔族や神族がヒト属と一緒に余興を楽しんだり、交流があったらしい。
それ以前に私が驚いたのは。
「シナップくん、魔族や神族というのは本当に存在するのかい!?」
思わず私が尋ねると、シナップくんが質問自体を理解できない表情をして首をかしげる。何を言われているんだろうといった表情だ。
現代、神族や魔族、悪魔の存在を信じているヒトや、その末裔を名乗る一族、それに準ずる種族と周囲が認識する一族は存在している。
例えば神族として信じられる一族として、エルフやドワーフなどがあげられる。
彼らは始祖獣が不明な上、魔力による創造が他のヒト属と違っていて、特にエルフは警戒心が強い一族であり、滅多に表に姿を現さないため、より強くその神秘性を保っている。
そして彼らに共通する特殊性と言えば、まるで『創世記テラ』に登場する女神ヴェルメラの魔力を扱うかのように、彼らが使ったり造ったものには特別な力が宿ることが知られている。
それが神や悪魔、魔族を信仰する人たちに彼らが神族、あるいはその眷属であると信じさせる根拠になっている。
しかしその一方で、多くのヒトの認識では、神や悪魔、魔族や神族というのは、いずれも保有魔力が高い種族を神格化したり、活躍を誇張した、お伽噺のなかの架空の存在に過ぎないと考えられている。魔族はおおむね、高い魔力と知性を持った強い魔物の総称に過ぎない。
私もそれを支持する1人だ。
それでも。
少なくともシナップくんの時代に、彼が魔族や神族と認識するような強大な存在が、ヒト以外にいたのは確かのようだ。
神かどうかは別として。
ジャックくんが籠手に魔宝石を嵌め終え絨毯の指定位置に立ったのを確認すると
「全員、ジャック君の側に集まってくれたまえ!さあジャック君、裏側に数字の5を意味する文字が刻まれた丸い板に手をかざすのだ」
芝居がかった物言いで、シナップくんに軽快に指示され、私たちは慌ててジャックくんの近くに集まった。
エレイナさんも、抱き抱えられたバッシュくんとノアくんも、どこかワクワクとしたような表情をしている。
全員が近くに揃っているのを確認すると、ジャックくんが丸い板に手をかざす。とたんに魔宝石が輝いて板の中央部分、魔宝石が填められていた箇所に魔力が注がれ、板に刻まれた古代文字に光が宿り始めた。
やがてジャックくんの手のひらの魔導具が光る文字で満たされると、私たちの足下に魔方円が浮かび上がる。グンと足の爪先から頭のてっぺんを引っ張られるような感覚が一瞬だけ私を襲って、次の瞬間には目の前に口を固く引き結んだガイアスくんがいた。
彼が、大きな身体と両腕で、ジャックくんとエレイナさん、抱き抱えられたバッシュくんとノアくんを、まとめて引き寄せる間もなく
「ただいまー!」
元気な声でバッシュくんとノアくんが彼に飛び付いた。
ガイアスくんはジャックくんが新しく籠手を手に入れ身に付けていることや、シナップくんが一緒にいるのに気がついて
「情報が多そうだ!小屋に戻って俺にも説明してくれないか」
するとシナップくんが提案した。
「ならボクの部屋を使ってくれたまえ。ボクは君たちの作った結界には入れない。魔物だから」
これにバッシュくんとノアくんが「シナップも入れるよ」と言ったからシナップくんが仰天した。
「ボク、入れるの?入っていいの?魔物なのに!?」
「うん。ちょっと狭くて平気なら入れるよ。魔物かどうかは関係ない」
「ロデリックはヒト属だけど、あの人危ないからボクらの結界に入れない」
シナップくんの質問にバッシュくんとノアくんが返答した。
途端にシナップがもぞもぞしながら言った。
「ボク、君たちの作った小屋に行ってもかまわないよ」
「よし、決まりだ!」
私たちが遺跡が用意した余興をやり遂げたからなのか、藍色のオブジェクトが少しだけ光っていて、時刻魔導具を確認すると日が傾き始める頃合いを教えてくれている。
通路へ出ると正面すぐには、バッシュくんたちが構築した防御結界『屈強なコテージ』の小屋が残っていて、『3番目の魔物の部屋』出入口の側で障壁に囲まれたロデリックが、こちらを向いているのが見えた。
そのおかげで私たちは元の場所に戻ったことをより一層実感し、安心することが出来た。
「まさかロデリックを見て安心する日が来るなんて」
エレイナさんたちが感慨深げに言った。
「念のために障壁を補強しておかなくちゃ」
障壁を破ってまた襲って来られたら厄介であるため、仕方なく近づくと、ロデリックがシナップくんに気づくなり「南方の狐族の子供じゃないか。珍しいな」と言って私たちを驚かせた。
シナップくん本人も驚いている。
「何をおかしなことを言ってるんだい、君は。ボクは魔物だよ!ボクは魔物のシナップ!!」
「む、君は南方の狐の一族の子供に間違いない。この私が間違えるものか」ロデリックが自信満々に言い張った。
さらに
「迫害された歴史のある一族で、数も減らしているから正体を隠したい気持ちはわからないでもない」
と続けた。
そしてチラリとエレイナさんを見たあとに
「守ってやりたいなら契約魔物あたりで通す方がマシかもしれないな」と、ロデリックがガイアスくんの方を見て言った。
「どういう意味だ?」
「高い知力と魔力を持った一族だ。しかも大人になった個体はその大半が上質な魔石を生み出す。ここまで言えば、もう意味はわかるだろう」
「……この子は俺たちが契約した魔物だ。忠告に感謝する」
「ありがとうロデリック、その一族と間違われる魔物かもしれないことがわかって助かったわ」
「エレイナ!そんな礼は私と君との間には不要だ!さあ、遠慮はいらない!」ロデリックがエレイナさんに向かって腕を広げた。
◇
小屋に戻って少しすると、バッシュくんとノアくんが椅子に腰掛けたガイアスくんに抱き締められていた。
「ガイアス君、僕を絞め落とそうとしてない?大丈夫?」
バッシュくんが、やや不安そうだ。
「バッシュ、力を抜くと楽になれるよ」ノアくんが言った。
果たしてそれは良い解決方法なのだろうか。
晩ご飯の準備をしながら、私たちは順を追ってガイアスくんへ離れていた間の事や、わかったことの報告と説明をしていた。
傍らで椅子の上に頭に被っていたフードを外したシナップくんがちょこんと座っている。
先ほどまでフードに覆われて垂れ下がったようだった耳は大きく、ピンと立って尖った鼻と一緒に愛嬌のある丸い輪郭が現れて、ローブに隠れて見えないけれどふさふさとした尻尾を持った、毛色の赤黒い斑模様の狐族の子供がそこにいた。
テーブルには手に入れた転送魔導具である籠手と対になる丸い板形の魔導具5つが置かれている。
「報告に戻るのは情報が整理できてからだな。報告次第でシナップのことや遺跡の扱いが変わる可能性がある」
ガイアスくんがしっかりとした口調で、私たちに確認しながら言った。
「まず、簡単に報告内容をまとめると、洞窟にこの遺跡〈娯楽施設〉への入り口があり、永らくそこへ通じる道は閉じられ〈閉店状態〉だった。俺たちは『何者か』がこの施設を動かしたせいで洞窟の地形が変化するようになっていたことを突き止めた」
「施設を動かした『何者か』の正体は不明、施設内で魔物と遭遇し『三郎太』と呼称名をつけた。この魔物は『何者か』の手下の魔物で交戦後に逃走、そいつらが施設へ侵入した目的は施設内にある魔宝石だった」
「洞窟の地形変化を止める装置を発見。装置は、はじめから解錠に失敗するように作られていた。失敗することで余興が始まる仕掛けになっていて、魔物を全て倒した後に次の階層へ移動できるようになっていた」
シナップくんの説明ではそういうことになる。
「今は俺たちが魔物を全て倒して洞窟の地形変化を止めることが出来たわけだな」
「シナップの力を借りてはいるが、結論はそのとおりだ」
ジャックくんが答えた。
それにガイアスくんが頷いて、続けた。
「あとはこの遺跡とシナップについてだが、この遺跡が契約魔術によって交わされた譲渡契約で、歴としたシナップの所有物になっていることをはっきりとさせておく必要がある」
するとジャックくんとエレイナさんが
「シナップのことはなるべく伏せた方がよくないか」
「魔宝石を狙う『何者か』はどこに潜んでいるかわからないのよ。もし報告してシナップちゃんのことが知れたら危険だわ」
とガイアスくんに意見を言った。私も2人に同意する。
「ロデリックくんも、シナップくんを契約魔物ということにするよう助言していた。仮に『何者か』のことがなくても、希少種の上に魔石狙いで狩られる危険のあるシナップくんのことは知られないようにした方がいいと思う」
「安全を考えればシナップの素性がわからないようにするのが無難だと俺も思うが、それだと身を隠し続けるシナップの自由はどうなるんだ?」
ガイアスくんに対し私は「それなら『保護』を名目にした幽閉だってあり得るんじゃないのかい?」と懸念を述べた。
ガイアスくんと私たちが議論していると、バッシュくんとノアくんが、シナップくんに「シナップはどうしたい?」と尋ねた。
自分の意見を求められるとは思っていなかった様子で顔をあげたシナップくんが「ボクは……」と何か言いかけて、ガイアスくんたちを見回した。
しかしその後が続かない。
ガイアスくんは上に報告した上で、シナップくんに出来る限りの自由を与えようとしている。
一方で私を含むエレイナさんとジャックくんは、それはシナップくんの身を危険にすると危ぶんでシナップくんの素性を含む諸々を秘匿した方がいいと考えた。
けれどガイアスくんは、それではシナップくんの自由を奪う結果になるかもしれないと危惧しているのだ。
「ロデリックがそうだったように、フードで覆って隠してもシナップの素性に気がつくやつは現れる。それを恐れて閉じ込めるのか?」
遺跡は動力源の魔宝石の力と高い魔導技術と隠蔽魔術で外界から保護されている。シナップくんの『家族』が彼のために張った防御結界だ。
「シナップの身に付けている装飾品は強い守りになっている。その上シナップは弱くない」ガイアスくんが言った。
「襲われても自分で身を守れと言ってるの?!」
「シナップはまだ子供だ。ガイアス、お前だってさっきはシナップのことを契約魔物だとロデリックに返したじゃないか」
エレイナさんとジャックくんが反論する。
「ジャック、エレイナ。俺たちには遺跡で手に入れた情報を報告する義務もあるんだ。依頼を受け、支援や報酬を受け取ってここにいることを忘れてくれるなよ」
ガイアスくんの目は予想外に鋭い。
ジャックくんが怯んで、私も言葉を返すことが出来ない。
エレイナさんは悲しげな表情になった。
いつの間にかバッシュくんとノアくんがシナップくんを連れて厨房の方に離れている。経緯を見守っているようだ。
「とはいえ、シナップの安全が重要なのは俺もわかっている」
ガイアスくんが表情を緩めた。
「シナップのことは出来るだけ少数の人間にしか伝わらないように報告するんだ。なるべく伏せた状態で情報を持ち帰るため、もうしばらくここに滞在することも検討する」
私たちは余興の『試練』を乗り越え、『管理者』であるシナップくんと『創造の間』に認められたことで、一部の『権限』と『資格』を賞品として貰うことが出来たのだ。
それには遺跡と外との出入りが含まれている。
他に参加者がいない間であれば、私たちはある程度いつでも『客人』として訪れることができるようになっている。
つまるところ、いつでも『帰還』出来るようになったのだ。
「この場で今すぐ決める必要はない。それでどうだ?」
ガイアスくんの提案に私たちはほっとして、すぐにそれを了承した。
エレイナさんが「最初からそうやって言ってくれればいいのに!」と言うと、驚いたことにガイアスくんが
「これが仕事だってことを忘れてるようだったからな。思い出させる良い機会だと思ったんだよ」
と返したじゃないか。
それでこの一件は、私のガイアスくんへの印象を少し変えるきっかけになった。
ただエレイナさんだけは「ガイアスだって似たようなものだったくせに!」とすこしばかり憤慨していた。
◇
ガイアスくんと情報共有ための報告を済ませ、帰還後の報告についての方針もある程度固まったところで、私たちは中断していた夕食の準備を再開した。
ずっと疑問だった『何者か』や『三郎太』についての疑問もいくらか解消されているけれど、わからないままのことは依然多い。まず『何者か』はどうやって遺跡に入ったのか?
これについてはシナップくんの目が覚める前の出来事であり、推測となるけれど、おそらく洞窟の転送術を私たちやロデリックが来たのと同じようにして侵入したものと思われる。
『何者か』はどうやって装置を動かしたのか?
装置を動かす正式な『管理鍵』というのは、シナップくんの『契約魔術』のことだ。
その契約魔術の根拠となるのはシナップくんの持つ『譲渡契約書』であるため、シナップくんにしか装置は動かせないはずだった。
シナップくん以外が装置を使おうとした場合、私たちのように魔物と戦う羽目になる。しかし『何者か』はそのようなことにはならずに、装置を使い洞窟の地形変化を引き起こしている。
このことから『何者か』が契約書を不正に作成し、装置の防犯処理を誤魔化したことが疑われるのだ。
「いずれも高度な魔導知識が必要ですから、『何者か』は魔導研究においてそれなりの地位を築いている人物かもしれません」
ノアくんが緊張した表情を見せた。
魔導研究ギルドや魔導ギルドも完全に信用するのは危険かもしれない。
小屋の中に肉や野菜料理の良い匂いが漂い、テーブルに塩漬け肉やチーズを使った料理や豆や野菜のスープの入った器や皿が並ぶ。
シナップくんがそれらを珍しそうに見ている。
「さあ、飯にしよう」
「いただきます」「いただきます」
シナップくんも皆に習って食べ始めた。
魔物だと思っていたときは魔石を食べたり出来るのかと深く考えなかったけれど。
そういえばシナップくんは目覚めてから食事はどうしていたのだろう。
その疑問にはあっさりと
「『食料庫』があるから、当分食べ物には困らないよ。庭もあるんだ」という返事が返ってきた。
なるほど。居住のための階層があるのか。
シナップくんが目覚めたあとも彼が困らないようにお膳立てがしっかりとされてあったらしい。
バッシュくんたちの『屈強なコテージ』の超豪華版みたいだ。
さらに私が思っていたよりもこの遺跡には非常に多くの階層があり、娯楽施設として現役で稼働していた頃は、比較的名の知れた大きな商業施設だったという。
「実はボクが行ったことのない階層もある」
私たちは思わず目を丸くした。
そんな施設を賄うだけの魔力を持った魔宝石なら、文献のどこかに記載されていたりするのかもしれない。ひょっとするとそのせいで『何者か』に目をつけられてしまったのではないだろうか。
シナップくんが野菜のスープを美味しそうに飲みながら
「これは思ったよりも、なかなかに美味しいね」
と感想を言ったのでガイアスくんとエレイナさんが嬉しそうな顔をした。
どうやら口にあったようで良かった。
話している間に、シナップくんのこれまでの不可解な言動の理由もわかってきて、バッシュくんたちとも打ち解けている。
「君たちなかなか降参しないんだもの。ボク焦っちゃった。立て続けに勝手に入られて気も立ってたしね」
「そうか、それはすまなかった!」
ガイアスくんが笑いながら肩を竦めた。
◇
夜も更けて夢の中。
私は道から外れた野っぱらにいた。
野っぱらにキラリと光るものをみた気がして近づいてやって来たのだ。そこで籠のなかで布にくるまれて眠る黒い小さなこぎつねを見つけた。
私はこぎつねを家に連れ帰り、商いで知り合った仲間たちに相談し、一緒に育てていくことにする。
周辺では神と悪魔と人類の間に小さな争いが頻発していたけれど、私の住む地域にはまだそうしたことの影響は少なかった。
貧しいながらも皆と持ち寄った小銭や食べ物で、こぎつねはすくすくと愛らしく成長した。しかし成長するにつれ、連れ帰ったこぎつねが世間から疎まれる種族であることが容姿で判明するようになり、仲間と共に私は住み慣れた地域を離れることを決意する。
住む場所が落ち着くまでに何日も水も食べ物も口に出来ないようなこともあったけれど力を合わせ、どうにか食いつなぎながら、夢の中で私たちはこぎつねを守るためもあり、力を身につけていった。
そんな中、私はふとシナップくんのことを思い出した。とたんに風景が朧気になって、それで、ああこれは夢なんだな、と気がついて目が覚めた。
先程まで鮮明に感じていた仲間の顔も名前も、どんな夢だったのかさえ、今はもうよく思い出せなくなってしまった。
ただ、こぎつねとの暮らしは幸せで、ずっと続かせようと必死だった想いが余韻のように残っている。
シナップくんの話に影響を受けたようだ。
隣の寝台にシナップくんとジャックくんが身を寄せるように仲良く横になっている。奥の寝台にガイアスくんがやはり横になっていて、3人ともよく眠っていて起きそうにない。
「ずっと気を張っていただろうからね」
時刻魔導具を見ると朝までまだまだ時間がある。
私もそのまま寝直すことにした。
こうして私たちと数万を超えた魔物たちとの戦いはひとまず幕を閉じ、時刻魔導具の盤面にあしらわれた12個の小さな魔石が蒼い光を放ちながら、さらに夜が更けていった。
────────
────────
籠城戦10日目
推定魔物討伐数 ???~30,000体、素材獲得数 1,892個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 1,698個
前日9日目の獲得数
素材 1,988個(赤青黄白黒)、魔石の欠片 3,073個
□共有アイテム□
◇主な食料49日分
◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴5粒)、未調理穀物6日分
◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大252本、中1,021本、小1,375本)
◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,420本、小5,017本)、薬草(治癒2,216袋、解毒120袋)2,336袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
□背負袋
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
0
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多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
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しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
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※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
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