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第17話 蘇る過去の遺産

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 朝になってまだ早い時間。
 私たちは『会議室』までやって来て帰還後に提出する報告書について話し合っている。

「洞窟内の地形変化の原因と詳細の報告はこんなところで大丈夫だろう」

 原因究明に至るまでの経緯が書かれた報告書の基になる用紙と、報告の根拠となる資料と証拠の品を前にガイアスくんが言った。
 テーブルの上には乱雑に置かれた本や資料があって、まだ完全に整理されているとは言えないものの、報告書の下書きには謎の魔生物の詳細と洞窟内での行方不明者の原因となった地形変化について判明するまでが時系列でしっかりと記録メモされている。

 さらに地形変化を止めて解決に至るまでの経緯として、施設へ転移したあとの出来事と魔生物の見た目から行動、性質の記録。

 洞窟に関しては道幅まで事細かに記録した資料を添付。

「原因となった『何者か』と俺たちが遭遇した手下の魔物『三郎太』の正体がわかっていないが、この遺跡と洞窟の関係は判明している。これなら依頼された内容に沿って報告が出来る」
 私とジャックくん、エレイナさんが頷いた。

「遺跡から外へ出ることになった場合、転送先は最初の洞窟だ。俺たちのあとに入って待機している救援メンバーが今もいた場合もこれならその場で大まかな説明が可能だ」

「あとは十分な詳細を帰還後に報告書としてまとめればいいのね」
「ああ、そのあたりは頼むよ」
「任せて」

 報告に含まれる情報として外すことが出来ないのは、魔宝石と『何者か』と『三郎太』の存在だ。

「シナップ、大事なことだ。『何者か』についてわかることは何でも話してくれ。一連のことがお前のせいじゃないってことを証明する必要がある」

 ガイアスくんがそう言うと、シナップくんが懐から水晶の小型の薄い板を取り出して見せてくれた。
 銀色の金属で縁取りされている。
「この魔導具は『家族』以外のお客さんが来た時に教えてくれるのだよ」

 シナップくんの話によると『何者か』が遺跡に訪れたのは1度。『三郎太』は私たちの前に姿を現しているので、2回は来ていることになる。

 この時『三郎太』は私たちを侵入者扱いしていた。
 まるで自分がこの遺跡の関係者かなにかであるかのような物言いだったけれど。シナップくんには『何者か』『三郎太』どちらにも覚えがなく怒っている。

 施設の防衛設定はシナップくんの家族以外が万一装置が操作されそうになった場合、解錠は出来ないようになっていたという。

 それもシナップくんと施設が眠りにつく際に変更、シナップくん以外の操作は解錠作業が求められ、解錠に失敗するよう設定されていたのだ。

「バッシュたちがどんなに優秀でも解錠出来ないようになってたんだな」ガイアスくんがそう言うと、シナップくんが「をしなければ、失敗するのが普通なのだ」と頷いた。

 シナップくんが水晶で見た『何者か』の見た目の特徴は、全身を黒っぽいローブで覆ってはっきりしないものの、声が低くて比較的大柄であったということから、男性の可能性が高い。

「『黒っぽいローブを着た男』……か」

「手下の魔物に魔宝石を探す指示を出して、自分はあちこちにある魔導具の魔力を充填して回っていたのだよ。御丁寧なことに魔力補充用の魔導具まで」

 遺跡内の魔力を充填して回った理由も魔宝石を探すためだったのだろうか?次に訪れる際のために?

「次はこれないさ。ボクが『怪しいヒト』として記録したのだから」シナップくんはそう言うと「手下の魔物は勝手に魔導具を使って入ってきたけどねぇ!敷地内が座標で登録されてたんだ!全くどういう神経なんだろう」と怒り出した。

 ガイアスくんは出来ればこの魔宝石についてもう少し詳しい情報を欲しがっているけれど、詳細を知るシナップくんの方は魔宝石に関しては口数が少ない。

「君たちもが欲しいの」
「そうじゃない」

 いくら打ち解けているといっても知り合って間もなく、警戒しないほうがおかしいのかもしれない。

 それでも遺跡が施設として稼働していた当時、世間では劇場シアターのほか、闘技場アリーナ塔型迷宮メイズが娯楽として人気がだったことや、そうした施設の中に魔宝石の性質を利用し、魔術式によってエネルギーを使い捨てずに循環させることで膨大な動力を確保し維持することがあったことなど、古代の様子などは教えてくれていて、明らかになっていることも多い。

 洞窟の地形変化が厳密には階層の入れ替えであったことなどがわかったのもシナップくんのおかげだ。

「装置が塔の形をしてるのは施設を模して造ったからか」

 ここもそうした仕組みを使った娯楽施設のひとつであり、現在の所有者であるシナップくんによると、古代その規模の魔宝石は世界にいくつも存在していたという。

『何者か』の目的が一般的に取り扱いされる魔宝石ではなく、そうした上質かつ巨大で希少な魔宝石や魔石に限定されたものなら話になってくる。

 「王家や一部の貴族や富豪がそうした魔宝石を保管していることは周知の事実だ。今後これらが狙われることも考えられる。知っていて報告しないで済ませれば俺たちの責任の問題になりかねない」

 魔力そのものが結晶化して出来た魔石と違い、不変に近い性質を持った実態のある魔石の中で、魔力を失ってもなお、宝石としての価値が消えない魔宝石は貴族などが特に好む。

「つまり、シナップくんが所有する遺跡や魔宝石だけが特別なものでないとわかればいいんだね」

 私が言うと
「きっちりこの辺りの詳細と『何者か』の危険性の方を説明出来れば、狙われる覚えのある連中は自衛に注力してシナップのことは些末な問題だと思ってくれる可能性が高い」とガイアスくんが頷いた。

「森と、犬族の遺跡も魔宝石狙いの『何者か』の仕業なら、魔宝石はどうなったのかしら」エレイナさんが不安そうに言った。

 時期を同じくして同じような魔生物が目撃されていることから、森と犬族の住む近くの遺跡もここと似た施設だったことが推測される。

 この遺跡とシナップくんとの関連は無かったけれど依然として『何者か』が関わっている可能性は高い。

「上が対応できるかどうかは別として、その辺りの危険性についての報告も記載して出来れば追加していこう。魔宝石に関してこちらが専門外である以上、あとは向こうの仕事だ」

 すぐそばではシナップくんがバッシュくんたちから現在のお金についての説明を受けている。

 ◇

「これが今この辺で使われているお金なんだね。なるほど」
 テーブルに銅貨や白銅貨、銀貨と金貨などが並べられている。
「これがシナップの時代のお金なんだね」
 バッシュくんとノアくんが見せ合いっこをして、お互いに感心している。

 全部を見たわけではないけれど、基本的にこの遺跡の中には売ればお金に変わるものがゴロゴロしているので、持ち主あるじであるシナップくんがお金に困るようなことは滅多にないだろう。
「ここ以外にも様々な役割が振り分けられた階層があって、私的な『食料庫』『宝物庫』の他に『参加賞』や『景品』『攻略の証』などを保管した『倉庫』の階層もあるのだよ」

 けれど、シナップくんが起きていた時代とは、使用されている貨幣の種類やお金の価値はずいぶんと変わっているはずなので、多少は学ぶ必要がある。

「今はボクが管理者マスターだから、勝手には辞められないし、ここをあまり離れられないけれど、折角ならそれを活かして生きていくのも悪くないね」シナップくんが力強い調子で言った。

 シナップくんの『目覚め』は塔型迷宮メイズの目覚めも意味している。

「シナップ。すまないが、いずれここに外から調査を名目に人が訪れるようになるのを防ぐことは出来ない。特に洞窟と『ロビー』のある階層と、そのつぎの階層は報告しないわけにいかない。大丈夫か?」

「仕方ないね。けど、ここは元々お客を呼んで入れる施設だからかまわないさ!それに、よくよく考えてみれば、万一誰かがここで好き勝手しようとしたって、簡単にはボクからここの全ての権限を奪うことは出来ないのだからね」

『装置』を勝手に操作されはしたものの、『何者か』は『正規の道』存在しない道を歩こうとしたせいで次のルートにたどり着くことが出来なかった。

「彼らは『侵入者』のままで『お客さん』にはなれなかったのさ!」
 シナップくんがおどけるように言った。

 この遺跡は上層や深い階層へ行くほど、高度な魔導技術によってシナップくんが護られるように造られた、彼専用の頑丈な避難所シェルターのように造られている。

 私たちの計画では、シナップくんのことは極限られた人にだけ明かし、シナップくんの所有権をしっかりと通して、堂々とかつてのように施設を運用できるように計らっていきたいと考えている。

「参加費を支払ってさえ貰えれば、施設の階層を開放することはこちらとして吝かではないのだよ!」
 シナップくんが高らかに宣言した。

「商売するとなれば、こちらからも支払いの義務が生じる。調査に応じている間中、一方的な支払いが課せられて無収入では立ち行かなくなるからね。その代わり、調査とやらにはできるだけ協力するのだよ。ただし施設の管理や防衛に関する階層や情報の開示には制限を設けさせていただく」シナップくんが、大人びた口調で続けた。

「調査の報告書に施設の防衛面への配慮の重要性を強調しておく」ガイアスくんが約束して頷いた。

 諸々の報告や手続きが無事に済めば、彼の経営する商業施設が誕生する。

 ちなみにバッシュくんやノアくんが『書斎』の本を返却しようとすると1回だけ攻略の賞品として持ち帰れるとシナップくんが言ったので、2人とも大喜びしている。

 この1回だけというのが1冊のことじゃないのだからなおさらだ。

「置いてある本のほとんどは魔力で作った『複写本』だから。あと君たちには『攻略の証』が発行されて『書斎』でゆっくり読む『権利』を獲得してるし、都合のいい方を選ぶといいよ」
「魔導書や一部の本は役目を終えると消えちゃうものもあるから、その辺り理解してくれれば」

「嬉しいけど、それでシナップはいいの?僕たちが得すぎない?」「美味しい話しすぎてちょっとだけ怖いよ」
 シナップくんは何気なく言ってるけれど、魔力で長期間失われない実体を持った本というだけで貴重な気がする。

 バッシュくんとノアくんが心配になってきてそう言うと、シナップくんがニヤリと笑って片手を上に高くあげた。

「その代わり君たちには施設お店の魔物たちと戦って欲しいんだ。君たちに我が女神の祝福あれ!!」

 シナップくんの声が聞こえてガイアスくんとジャックくんが振り返った。

「ん?」

「え?」

 資料に目を通しながら紅茶を飲んで小休憩を挟んでいたエレイナさんが顔をあげるのが私の目に映った。

「うわぁあああああ」

 次の瞬間には私たちはシナップくんの転送魔術でまとめて移動させられ、しかもそこから大きめの手押し車のような乗り物の中に放り込まれて気がつくと鍵のかかった部屋に閉じ込められていた。

「油断した!!」

 ◇

 連れて来られたのはさほど広くない素っ気ない部屋で、左右に一つずつ、奥にも装飾された取っ手のついた扉が1つ、合計3つの扉がある。
「ボクらの荷物が置いてあります!」「良かった」
 部屋の様子と荷物の確認を終えて
「だれか状況がわかるか?」

 ガイアスくんが私たちを見回した。
 それでバッシュくんが
「直前に僕たちには『攻略の証』が発行されていて『書斎』で本を読んだりする『権利』があるっていうから、僕たちがすごく得だけどいいの?って話してたんだ。そしたら、代わりに魔物と戦って欲しいって」

「その流れだと扉の先に魔物がいるんだな」

 ガイアスくんがためしに左側の扉の取っ手を握る。
「鍵がかかってる」

「こっちも鍵がかかっていて開かないわ」
「こっちの扉にも鍵がかかってるみたいだね」
 私たちもジャックくんと扉全体を眺めたり、取っ手を観察したりして残りの2つの扉を慎重に確認する。どうやら3つともに鍵がかかっていて開かない。

「まず鍵を開けるところからか」
「魔術の反応がある。もう少し調べないと」
「『ロビー』や『書斎』に攻略の助けになる情報が一応あったことを考えると、たぶんここも」

 私たちがあれこれ考えていると、不意にバキッという音がした。
 ジャックくんが扉の取っ手を剣で破壊している。
「おい、ジャック?」

 あわてた私たちとガイアスくんが声をかけると同時に、ガチャンと扉から鍵の開く音がした。

 ◇

 よく見るとジャックくんが壊したのは取っ手の装飾部分で、先ほどまでいくつか嵌まっていた小さな魔石が消失している。
「仕組みはわからないが、壊せって書いてあるからな」

 そう言うとジャックくんが壊れた装飾部分を床から拾い上げて、模様の刻まれた一部を私たちに示した。

 読みにくいけれど、解錠するために魔石を壊すように書いてある。

「小さすぎて魔石だけを壊せなかった」

 ◇

 鍵が開いたあと、しばらく扉の前で身構えた私たちだったけれど、魔物がいきなり出てくるというというわけではないらしい。

「戦うタイミングは選ばせてくれるのかもしれないな」
 ガイアスくんが、やや上を見る仕草をする。

「扉の先全部に魔物がいるのかな」

 そう言いながら、バッシュくんがガイアスくんの肩によじ登った。

 調べてみると残りの2つの扉も同じように魔石を壊すと鍵が開く仕組みになっている。

「このままじっとしていても仕方がない。開けてみないか」
 ジャックくんがしびれを切らしたように言ったところで、どこからともなくシナップくんが咳払いする声がして

『魔物に挑戦する前の注意事項、まず今回君たちに挑戦してもらいたい魔物は、前回戦ってもらった魔物よりものすごく強いので、心してかからねば、最悪死ぬこともあり得る。注意してくれたまえ。我らの女神ヴェルメラに愛されているなら、君たちに路は示される。それでは!』

「あ!」

「説明はそれで終わりか?!」「死ぬかもしれないのに?!」

『そうだ、言い忘れていたのだよ!』

 再びシナップくんの声が戻ってきて、私たちがすこしばかり期待して耳を傾けた。

『君たちであれば、急いでお昼くらいには戻ってこれるんじゃないかなって思う』

 それきりシナップくんの声が途切れた。

「諦めてさっさと済ませた方がいいな」
 ジャックくんが言った。

 ◇

 まず最初に開いた部屋から挑戦。

 私たちが足を踏み入れるとガチャン!と扉の鍵が閉まる音がした。荷物を取りに戻ったり、危なくなって避難するということはもう出来ない。

 扉のなかにいたのは3体の巨大な鳥型の『ヒクイドリ』と思われる魔物だ。

 情報が曖昧なのは、大昔に生息していたと伝わる魔物で、今の時代にはいないはずの魔物だからである。
 その存在はたまに5000年から3000年前の書物、古い神話や物語に登場し、地域によって違う名称で呼ばれることもあった。大きさなど、姿が安定して伝わっていないけれど、特徴は嘴が赤い炎のようで、全身を覆う朱色の羽根の一部は青いとされる。

「魔物研究ギルドがまとめた情報によると、『ヒクイドリ』なんて名がついてはいるけれど、実は風属性の魔物で、朱を基調とした鮮やかな色彩の見た目と嘴の色が名前の由来なんだって。火属性の力を使ったりはしないけれど、知能が高くて、風属性の魔術を使ってくるって話だよ!」

【クエぇぇ~ーー!】叫び声と共に3体の『ヒクイドリ』が嘴の辺りから火を吹いた。

 ゴォーーーー!

「研究を見直した方がいいぞって助言しておけ!」
 ガイアスくんが盾で炎を防ぎながら、肩の上にいるバッシュくんに言った。
「そうする」

 バッシュくんが肩から飛び降りて後方のノアくんと合流
【二重奏】を3体の『ヒクイドリ』に発動させる。

『ヒクイドリ』には私の地属性魔術が効果がない。
 ロデリックくんにも効果が見られなかったけれど共通点はなんだろうか。私はひとまず邪魔にならないようにおとなしく逃げ回る。

 気のせいか囮っぽくなってる。羊と間違えてるのかも。

「マクスさんがヘイトを集めてくれている今のうちに!」
 エレイナさんが短弓で『ヒクイドリ』を連続で容赦なく射た。

 堪らず1体の『ヒクイドリ』が叫び声をあげながらエレイナさんを襲いに行ったところに、ジャックくんの上段蹴りが見事に当たって『ヒクイドリ』が飛ばされた。
 再び3体の『ヒクイドリ』が並ぶ。

 ガイアスくんがまとめて大剣で凪払った。

 鳥型の魔物だけど、大して飛べないようでどちらかというと跳躍している。高く飛び上がってその足で蹴ってくる上に火を吹いてくる。

【クエぇぇ~ーー!】ゴォーーーー!

「熱!」
「鳴き声は詠唱か!」

 ジャックくんが近づこうとすると回避行動をとったり、ジャックくんやガイアスくんをあまり狙わず、気に障ることをするエレイナさんや攻撃手段を持っていなさそうな私を追い回してくる。今までの魔物よりは知能が高い。

【クエぇぇ~ーー!】ゴォーーーー!

 まとまっていると不利と見ているのか、跳躍からの蹴りを織り交ぜながらバラバラに距離をとって、火を吹く攻撃を仕掛けてくる。しかしそのおかげで、数で利のあるガイアスくんとジャックくんが隙をつきやすい!

 狙う相手を私にしたのは間違いだったのだよ『ヒクイドリ』くん。

 最後に残った『ヒクイドリ』が私に手をかけるよりも早く、『ヒクイドリ』の背後にガイアスくんが立った。

「これで終いだ」
 ガイアスくんが両手に高く上げた大剣を振り下ろした。

 ◇

『ヒクイドリ』を3体とも倒し終わるとガチャン!と鍵が開く音がして出入りが出来るようになった。
 
「大丈夫か」
「ええ」「平気!」

 少々怪我はしたものの、全員無事だ。

 部屋の中に1枚大きな鳥の羽根が落ちている。
 どうやら『ヒクイドリ』が残したものらしい。
 ノアくんが記録メモしている。

 他になにも残っていないのを確認し終えて、私たちは扉を開けてもとの部屋に戻ることにした。

 ◇

「次はどっちへ行こうか」
「こっちがいいんじゃないかしら?」

 少し迷って、『ヒクイドリ』がいた向かい側の部屋に入ることに決定する。

「よし、開けるぞ」

 次に部屋の中でジャックくんたちを待ち構えていたのは、2体の巨大な樹木型の、本来はおとなしめの『人面樹』が変化した魔物だ。

「『暗闇人面樹』が2体か!」

 『暗闇人面樹』は神話や地方などの古い物語に『人面樹』と混同されるような形でしばしば登場する、花や実が顔のような見た目の魔物だ。その違いははっきりしていて、幹の色が『暗闇人面樹』は名の通り暗闇のように暗い色をしている上に好戦的な性質でも知られる。

 現在も各地で生息している珍しくない種類だ。
 珍しくないけれど弱いわけでもない。少なくともまっとうなギルドであれば初期ランクの冒険者に討伐の参加許可を与えない。

 魔物を倒すまで出ることが出来ないのは、さきほどと同じようで、中に入るとガチャン!と鍵の閉まる音がした。

「来るぞ!」

【ヒャヒャヒャヒャヒャ!!】奇妙な、人が笑っているような音がしたと同時に『暗闇人面樹』の枝から葉っぱが舞い散り、その葉が風に乗って刃のように私たちに襲いかかって来た。

 ガイアスくんが盾でそれを受け止めて払う。
『暗闇人面樹』にも私の地属性魔術が効かない。

「シナップはこの遺跡内のことは把握できてるようだから、マクスさんのことは対策して魔物を選んでいるかもしれない」

「相手の動きを即座に止めることが出来るマクスさんの術が常に発動してたら、確かに勝負にならないものね」

【ヒャヒャヒャヒャヒャ!!】
 ジャックくんが火属性の『焔』を付与した剣で『暗闇人面樹』の枝を切り払った。

 途端に舞い散る枝葉が風と共に一時的に燃え上がり、『暗闇人面樹』だけでなく側にいるジャックくんまで炎が包んだ。
 エレイナさんが少し離れた位置から回復の魔術で支援している。
『暗闇人面樹』が炎の元のなっているジャックくんから逃れようと移動を開始。

【フヒャヒャヒャヒャヒャ!!】
 それでも攻撃を止めようというのではなく、今度は根や枝を蔓のように伸ばし始めた!

「うわッ」
「エイッ」
 エレイナさんが短弓で応戦し、ジャックくんが剣で伸びた根や枝を焼き払っていく。その間にガイアスくんが本体を大剣で叩く。

【グゴゴゴゴゴ……!】
『暗闇人面樹』は本体に火がつくと、回復しようと根や枝を伸ばすのを止め動きも止まる。ジャックくんの攻撃で2体とも本体に火がついた。
 回復状態にあるため先ほどまでに与えた損傷は治癒されている。
「ここから一気に叩く!バッシュ!ノア!頼む」
「了解!」魔力を回復させたバッシュくんとノアくんの【二重奏!】『暗闇人面樹』の体力と魔力を大きく減少させる。

『暗闇人面樹』の本体の幹の表面は非常に硬く、熱に弱いのは外輪で内側へ行くほど柔軟性を増して損傷を与えにくくなる。

『焔』に続いて魔力消費が大きな『金剛石』を剣に付与したジャックくんの攻撃が連続で叩き込まれる。

『金剛石』は地属性の魔力を鉱物の中でも非常に硬い結晶であるダイヤモンドに近づけた魔術だ。
 術の付与には高い密度の魔力を要求されている。それをもってしても『暗闇人面樹』の幹は倒しにくい。

 エレイナさんの風属性の魔術は効果が薄く、水属性の魔術への耐性も高い。
装備専用魔石トーム』を使った攻撃を複数の人数で行うにはここでは狭い。『暴風雨』も似た理由で使いにくい。

 魔力とエネルギーを溜めた『魔石』の使用も同様に使いにくい。最も大きな効果があるのは割合で体力を奪っていける『二重奏』だけれど、それでも止めを刺して倒すには至らない。

 弱点は見た目の植物の印象を裏切らず火属性。
「地味だが削っていく!」

『暗闇人面樹』が回復のために動きを止めている隙にガイアスくんが大盾と大剣を重ねると、盾が変形して剣と一体化していく。

 これが魔導研究ギルドと商人ギルドの共同開発したガイアスくんの装備の特殊性だ。重量は重さを増す。
 使用する人間を極端に選ぶ装備だ。

 ガイアスくんが放つ一撃の破壊力ダメージが伸びた。

 ガキィン!!

『暗闇人面樹』の幹が大きく削れた。
 1体がよろめく。
 すかさずジャックくんが『焔』を付与した剣撃を叩き込む。
 2体共に回復に力を注ごうとして動けなかったが、それどころではなくなったのか攻撃を再開し始めた。

 エレイナさんが回避しながら狙いを定めて弓を射る。
 バッシュくんとノアくんが魔力を回復させて【二重奏】を詠唱して発動。

『暗闇人面樹』には回復に回すだけの魔力がもう残されていない。2体はほとんど同じ場所にいる。

 ジャックくんが籠手を装備した方の手を『暗闇人面樹』へ向け、丸い板型の魔導具に刻まれた詠唱を読み上げた。
 遺跡の『会議室』に安置されていた籠手だ。
 相談してそのままジャックくんが使うことになった。
 属性のついた魔術を使うことが出来る魔導具としての色合いの濃い装備品で、術で使用される魔力はほとんど魔宝石由来で魔術師ではないジャックくんやガイアスくんでも強力な属性攻撃を行えるようになる利点がある。

 ただ、使用されている魔宝石の魔力は無限ではない。

 籠手に嵌められた魔宝石の1つが光を放ち『暗闇人面樹』がたちまち燃え上がったと思うと、2体とも同時に消えてガチャン!と鍵の開く音が響いた。

 ◇

 扉を開けて最初の部屋に戻ると、全員の無事を確認して
「数が少ないおかげでなんとかなったな」
 とガイアスくんが息をついた。

 全員が中に入らないと戦いが出来ない仕組みや、広さによる事実上のアイテム使用制限。
 対象の動きを止め、術も使えなくさせる私の地属性魔術も効果がない相手を選んでいる節もある。

「次に進むまえに十分に休もう」
 ガイアスくんが体力回復薬ポーションを飲んだ。
 擦り傷がいくらも待たずに癒えていく。

「エレイナ、お前も自分を回復させるんだ」
「ええ、もちろん!」
 エレイナさんの返事にガイアスくんが頷いた。

 早速休憩のために背負袋からそれぞれ布を取り出して床に敷いて各々休む姿勢をとる。

 囲んでいるのは『ヒクイドリ』の羽根と『暗闇人面樹』の木材擬きだ。

「数は少ないが『暗闇人面樹』の素材が手に入ったのは良かったな」
 丸太に近い木片が『暗闇人面樹』の素材だ。全体に青みがかった暗い色合いのなかに黒っぽい縞が木目のようで専門家が磨くと美しい光沢と模様となって強く浮き出る。

『暗闇人面樹』の落とす素材は核となった魔物の魔力と変質した魔力とが徐々に入れ換わりながら複雑に構成されるようになった産物と考えられている。
 
 素材はどれも本物の樹木から成る木材よりも魔石に近い魔力を有している。

 それでいて木材のように扱えることで、『暗闇人面樹』の落とす素材はエネルギー源や宝石としてでも単なる木材でもない、様々な利用のされかたをしている。

 残る扉はあと1つ。

 ◇

 回復と休憩のあとはいよいよ最後の扉の先へ挑戦だ。

 中に入ると、身体が石で出来た見上げるくらいに大きな蛇型の魔物が1体。

「『岩蛇』に似てるけど、ひょっとしてこれが元々の姿なの?!」

 エレイナさんが驚くのも無理はなく、目の前にいる魔物は見た目だけなら私たちが比較的よく知る小型の魔物に似ているのだ。

「来た!」

「『岩蛇』なら節の部分は柔らかいはずだ!そこを狙うぞ」

 身体をうねらせて体当たりしてくる巨大岩蛇の攻撃を盾で防ぎながらガイアスくんが言った。

 ジャックくんが既に『岩蛇』の背後に回って攻撃を仕掛けている。長い身体の上に飛び乗っては飛び降り、都度走るように切りつけている。

【二重奏!】バッシュくんとノアくんの魔術が発動して、急激に体力を失った『岩蛇』の動きが鈍る。『二重奏』を連続で発動された『岩蛇』が仰け反った。

 ガイアスくんから距離を取ろうとしている。
 彼にやられたと錯覚したのかもしれない。

「一気に叩く!」

【風刃!】エレイナさんの風属性の魔術が『岩蛇』に直撃、ガイアスくんも大剣で何度も叩きつける。

【ゴゴゴゴゴ……!】『岩蛇』が音を出し始めると、床から石や岩のようなものがせりあがってきて、エレイナさんが立っていられず声をあげた。

「魔術が使えるのか!」

【ゴゴゴゴゴ……!!】今度は頭上から石が降ってきた!

 しかし魔力が尽きたのか、再び『岩蛇』の体当たりが始まった。ガイアスくんがそれを大盾で受けとめ、ジャックくんが剣で切りつける。エレイナさんも体勢を立て直している。

「体力は残り少ないはずだ、後は任せて後方は自分の回復に専念してくれ!」

「了解!」

 ガイアスくんが盾と大剣を一体化させ、助走をつけた一撃を『岩蛇』に叩きつけた。

 鈍い音がして『岩蛇』の体が沈む。

 辺りに黒い霧ではなく砂塵のようなものがたちこめ、『岩蛇』の形が曖昧になって、私の視界がぼやけ始めたとき、ガチャン!と鍵の開く音が響いた。

 ◇

 部屋から出るとすぐにお互いの状態と無事を確認する。

「大丈夫か」「うん!」「大丈夫」

 石攻撃を完全には防ぐことが出来なかったけれど、バッシュくんたちの防御魔術のおかげもあって大事には至らない。

 エレイナさんがジャックくんとガイアスくんに回復魔術を使う。
「『岩蛇』って強かったのね」と言いながらエレイナさんがちょっと感心したような顔をした。

 先ほどまで戦っていた魔物がシナップくんの時代の魔物がそのままで、私たちが知る『岩蛇』の先祖のような魔物なのだとしたら、ずいぶんと小さくなってしまったのだなと思う。
 それに現在の『岩蛇』は魔術は使わない。
 本当は使えるのだろうか。

「そうだな。『岩蛇』っていうと石なんかに擬態して隠れてる印象の魔物だったが、そんなこと無かったんだな」
「あれで締め上げる攻撃があると危なかった」
「『ヒクイドリ』や『暗闇人面樹』より迫力があったね!」

 少し話したところでガイアスくんが「シナップ!見てるんならそろそろ戻してくれ」と声をかけた。

 しかしすぐに応答がない。
 私たちがやや不安になりかけたところでシナップくんの『ボクのこと怒らない?』という心配そうな声が聞こえてきた。

 私たちは顔を見合わせた。

「怒られることをしたって自覚があるのなら怒らない」
 ガイアスくんがそう答えると、少しだけ間を置いてからフワッとした感覚があって、次の瞬間に私たちは元の『会議室』に戻っていた。資料はそのままで、飲物などはきれいに片付けられている。
 テーブルの側にフードを頭からすっぽりと被ってこちらを窺うシナップくんが見えた。
「お昼ごはんにしましょうか。私、お腹が減っちゃった」
 エレイナさんが笑いながら言った。

 ◇

『会議室』のある階層、『拠点2』内『食堂』

『厨房』で温めた料理が器やお皿に盛られてテーブルに並んでいる。

「それで?俺たちが魔物と戦ったことにどんな意味があったんだ?」ガイアスくんがシナップくんに訊いた。

「実験したかったんだ」

「実験?」

 ガイアスくんが尋ねると、シナップくんの口調が勢いづいた。

「そうなのだ!『塔型迷宮メイズ』を再開するのに、今の『ヒト』たちの強さを確認したかったのもあるけど、君たちには戦うことで生じたエネルギーを再利用する実験に協力して欲しかったのだ」

「塔は魔宝石の膨大な魔力を循環させて維持されているけれど、『塔型迷宮メイズ』を踏破することで、配られる賞品の一部は魔力で創ってるのだよ。ゆえにエネルギーを魔力として使えるようになれば、サービスや賞品も豪華に出来るし、ボクも儲かるというわけさー!」

 そこまで説明しきると、シナップくんが我に返った顔で私たちをみつめて、少しだけ控えめな口調で「良いアイデアだと思わない?」と私たちに向かって尋ねた。

 ◇

 シナップくんの話を聞き終えるとガイアスくんが「なるほど。よくわからないが、わかった!」と、頷きながら言った。

 仕組みはよくわからないけれど、シナップくんが言いたいことは私もわかった。

「その仕組み、僕たちの所属するギルドの研究と似てるから、協力出来るかもしれないよ」

 バッシュくんが言ったのでシナップくんが「ホント?!」と驚いて、ノアくんが加工した『魔石』を見せると、シナップくんが喜んで3人で話が始まった。
「今回は還元した魔力を魔物と戦うためのエネルギーに再変換しましたが加工の際にここをこうすれば……それで……」「ふむふむ」
 ガイアスくんにはバッシュくんたちの話が新鮮に聞こえるのか、聞き入っている。

 ジャックくんが私とエレイナさんに
「先に食べよう」と促して料理を食べ始めた。

 ◇

 昼食を終えて再び『会議室』

 私たちは『何者か』と『三郎太』についての手がかりになる情報がないか、資料を突き合わせながらシナップくんと話していた。

 シナップくんによると、この塔が娯楽施設塔型迷宮メイズとして営業していた頃シナップくんを含めた7人で運営していたのだという。
「普段は5人で制御して、交代で営業していたのだよ」

 今の技術では造れない技術の建造物や高度な魔導技術が存在していたことがシナップくんの口から次々と語られる。

 そのどれもが真実であることを遺跡が証明してくれた。
 これほどの優れた文明がなぜ途絶えてしまったのか。
 ガイアスくんたちが住む、この辺りの文明が数千年前に一度途絶えた原因は不明で、災害や疫病などさまざまな説があるのだけれど、シナップくんの話からは時々神々と悪魔、ヒトとの戦争の話が出てくるため、それも大きな原因なのかもしれない。

 シナップくんが眠りにつく前、戦争は激化して、シナップくんの『家族』は国土の防衛のために前線へ赴くことが多くなっていたという。
 やむなく彼らはシナップくんを守るために塔を『強固な結界』にして厳重に隠蔽の魔術を施し隠すことにした。
 その際、塔は場所も移転したはずなのだという。

 しかし『何者か』はここに辿り着いて、『装置』を操作している。

「移転はそれほど遠くにできたわけじゃなかったから、『塔型迷宮メイズ』が姿を隠してすぐなら、探すのは難しくなかったと思う。けどもし、ここを何の手がかりも持たずに1から探し出したとしたら、そこだけ敬服するのだ」

「魔宝石と塔の存在を知ってはいても、具体的な魔宝石の在処やシナップのことを知らない節を考えると、当時の主要な施設について記された文献を手に入れた誰かの仕業だと思うのが妥当か」

 シナップくんの言葉を受けてガイアスくんも含め、私たちはそう結論付けた。

 シナップくんの記憶は長い期間の眠りのせいで、まだはっきりしない点があって、『何者か』との接点が全くないと証明はされていないけれど『何者か』と『三郎太』が遺跡から目当ての『魔宝石』を持ち出すことが出来なかったことは事実だ。

「ボクの『家族』には『大賢者』と呼ばれるほどの、女神に愛された大魔導士が3人もいたからね!」シナップくんが誇らしげに懐古するのを聞いて、私はふと、『創世記テラ』に登場する6人の英雄を思い出した。

 神と魔神とヒトとの戦いにおいて、人類側についた神々と多大な功績をあげ、それぞれに神から星を賜ったとされる6人の英雄譚。彼らは強大な力を持つ幻獣を従えていたという。

 ◇

「『何者か』と魔物の『三郎太』に関してこれ以上は出てきそうにないな」
「そうね、後はこの遺跡についてだけど、これは情報が多すぎるし、調査の依頼内容からも外れていると思うわ」

 これ以上はシナップくんの個人情報だ。
 それでも知りたいなら、それなりの理由が必要だ。

 私たちがそんな風に話し始めると、シナップくんが
「君たち、もう帰るの?」
 と訊いてきた。
 それから私たちの返事を聞かずに
「まだいても良いのだよ!本だってたくさんあるし、食べ物もお菓子もある!」
 そう言うと、シナップくんはパッとテーブルを魔術で創り出した。そこにお菓子が並んだお皿や飲物が次々と現れる。

「シナップも準備があるだろうし、ゆっくりするのは構わないぞ」
「ボクの準備?」
「ん?シナップ、お前も一緒に来るんだぞ。説明しなかったか」
 するとシナップくんが突然私たちから離れて
「ボクを捕まえるの!!」
 と一言叫んだ。
 どうも行き違いがある。

 ◇

 話の行き違いに気がついてガイアスくんがゆっくりとシナップくんに説明を始めた。

「捕まえたりしない。ただ、俺たちだけで説明をしても、信じてもらえない部分がある。だから最初だけシナップから直接話して欲しいんだ。それだけだ。人数も極力少なくする」

 シナップくんの金色の瞳が私たちをひたと見つめている。
 ガイアスくんがゆっくりと続けた。

「もし誰かがお前を捕まえようとしても俺たちが守る。洞窟の一件や施設の営業、ここの所有権についても当然話を通す」
 ガイアスくんが言ったあとにジャックくんも続けた。
「オレたちが何とかする」
「商人ギルドなら私も伝があるから承認は得られるはずだ」
「ガイアス、どうしても嫌なら、ここで待ってくれても構わないでしょう?」エレイナさんがガイアスくんに確認を取る。

「ああ。だがそれだと調査の名目でここに大勢の人間が来ることにはなるのは事前に言った通りだ」

 ガイアスくんの後にさらにバッシュくんが続けた。
「万一危ないと思ったら、シナップの判断でここを封鎖するんだ」

 こちらを見つめ続ける金色の瞳を私たちも見つめ返した。
 
 少し経ってシナップくんが口を開いた。
「外には甘くて美味しい飴玉やビスケットみたいなお菓子がある?」

 ◇

 ━━『ロビー』のある階層 『通路』

 私たちは『会議室』のある階層から急遽『ロビー』に向かっていた。

 途中、バッシュくんとノアくんがロデリックくんを囲んでいた障壁を解除する。
 ジャックくんが雑にロデリックくんの斧を返す。

「説明してる暇がない」とだけ言い残し、先頭を足早に歩くガイアスくんが大盾を展開させながら『ロビー』出入り口へ急ぐ。
 バッシュくんとノアくんが全員に防御魔術を重ね掛けして魔力回復薬を使いながら後方へ下がる。手には対魔物用の魔導具を握っている。

 エレイナさんが短弓を緊張した表情で準備している。

 それというのも突如2人同時に『ロビー』に現れた『何者か』と『三郎太』に対峙するためだ。

 2人ともシナップくんに『出入り禁止』にされている。
 つまり塔に施された高度な結界を破ってここに入ってきたということになる。

『ロビー』に入ると待ち構えたように火球がガイアスくんとジャックくんめがけて連続で放たれた。
 黒っぽいローブを着込んだ人物が立っていて、さらに詠唱を続けている。
 手前に『三郎太』がいて、今回は金属製の武器を構えている。
 ロデリックくんの時と同様、こちらと話す気があるようには思えない。
地縛りアースバインド!】私は地属性魔術で詠唱を止められないか試みる。しかしローブの人物の詠唱を止められない。

【業火】
 魔術が発動して巨大な炎が目の前に広がるのが見えた。

『ロビー』出入り口の無防備な壁が炎の熱で熔かされていく。

 ガイアスくんの盾が炎を防いでいるものの、熱を完全には遮断できていない。さらに同じ詠唱が始まっている。
「術者を叩く!」
 ガイアスくんが言った。
 そこに口を挟んだのはロデリックくんだ。
「キミたち、ちょっと退くんだ。この私が相手しよう!キミたちは私の可愛い妻を護るのに命懸けで専念してもらおう」

 そう言うとロデリックくんはファサっと金色の髪をかきあげ、エレイナさんにアピールを済ませると、すぐさま巨大な斧を振りかぶり、ローブの男めがけて突進した。

【業火】ローブの男の術がロデリックくんに直撃し、激しい炎が彼を覆う。炎に包まれながらロデリックくんが薄ら笑いながら斧を振り回し、ローブの男に迫る。
 しかし男はロデリックくんの斧を思いの外素早い身のこなしでかわし、詠唱を再開している。

『三郎太』が私たちめがけて爪の武器で襲いかかって来る。
 ガイアスくんとジャックくんが立ちはだかる。
 今回は私の魔術もバッシュくんとノアくんの魔術も効果が見られない。

 徐にローブの男が口を聞いた。
『ヒルデブラント。その者達には訊きたいことがある。全員を殺す必要はない』

「バッシュ!」「ノア!」バッシュくんとノアくんの魔導具が作動して『三郎太』の隙を窺う。彼らの魔導具は作動しているだけで魔力を消費する。その代わりに少しでも当たれば大きな損傷を与えることが出来る。

「簡単に殺せると思ってくれるなよ!」
 ガイアスくんがそう言いながら大剣をふるい、それを『三郎太』が金属製の爪で受け止め、身をかわす。そこへジャックくんの剣が待ち構えて『三郎太』を切りつけた!

『ヒルデブラント……』
 ローブの男に名を呼ばれ、『三郎太』……『ヒルデブラント』というのが本来の名前らしい魔物が、怯えたような表情を見せた。

『ここはてっきり『』だと思ったのだが、とんでもないことだよ。大当たりだ!私としたことが迂闊だった……』

 ローブの男の興奮したような声がした。
 先ほどの強力な術もそうだけど、ロデリックくんと戦いながらでもどこか余裕のある不気味さが一層私たちを不安にさせる。
 シナップくんを連れてこなかったのは正解だ。

 ガイアスくんが『三郎太』を盾で体当たりして続けざまに押さえつけ、隙をついたバッシュくんとノアくんの魔導具が2つとも『三郎太』の背中にかすった!

『三郎太』の悲鳴があがって、気絶のような状態に追い込んだところで、『三郎太』の姿が消える。

「!」

 ローブの男が『三郎太』を自分の近くに移動させたのだ。
 そしてすぐさま回復させてしまった。
「くそ!」
 ガイアスくんが舌打ちして、バッシュくんとノアくんが急いで自分の魔力を回復させた。

 ローブの男が私たちの方に向かって詠唱を始めている。防ぎきれない、そう思ったとき、ロデリックくんの斧が男めがけて振り下ろされた。
 しかしそれを寸でのところで『三郎太』に受け止められる。堪えきれなかった『三郎太』の悲鳴があがるが、ローブの男がたちまち『三郎太』を回復させる。

 黒い霧が漂う中に異様な興奮状態の『三郎太』の姿があった。


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 戦闘1日目 

 推定魔物討伐数 6体、素材獲得数 『ヒクイドリの羽根』1枚、『暗闇人面樹の木材擬き』2個、魔石の欠片 0個

 □共有アイテム□

 ◇主な食料47日と12食分

 ◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴5粒)、未調理穀物6日分
 ◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大250本、中1,015本、小1,340本)
 ◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,415本、小5,000本)、薬草(治癒2,215袋、解毒120袋)2,336袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
 □背負袋
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
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