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第18話 ロデリック・クライン
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◇◇
時を『何者か』と『三郎太』と対峙する少し前まで遡る
◇◇
「これも返却出来そうだ」「支給された道具も食料もだいぶ余ったな!」「返却する分は此方にわけて」
遺跡で私たちが出来る調査らしい調査がもうないと判断した私たちはシナップくんの同行も決まったこともあって、帰還の準備を始めていた。
塔型迷宮について聞きたいこと、知りたいことはたくさんあるし、ガイアスくんやジャックくんは挑戦もしたいだろうけど、それはまた別の機会ということにして。
「そうだこれ」
「なんだい、これ」
「これは魔物を倒したシナップの分だよ。氷の壁を造った時に魔物を倒したでしょ?」
ノアくんが魔石の欠片と素材の入った袋をシナップくんに渡すと「ああ、あの時の」と言いながらシナップくんが受け取ってくれた。「君たち律儀なのだ」
そう言うとシナップくんは少し嬉しそうにした。
私たちが持参した道具や食料の中には依頼者である商人ギルドをはじめ魔導研究ギルドや領主様絡みで支給された物もある。
食料は魔術などでよほど上手く保管できない限り、古くなってしまうのと費用は多少負担しているため大半はこちらで処分する。
支給されたものでも、道具など、未使用で返却可能なものは返却するのがマナーになっている。
依頼側の負担が軽減するので、評価と信頼を得ることにも繋がる。
日にちや時間をかけずに依頼をこなすことはもちろんだけれど、高額な支援を必要としないというのも評価の重要な要素だ。
うまく依頼を達成できれば冒険者は当然その実力が高く評価されることになり、そういう実力者を抱えるギルドの評価も上がる。
「報告まで待たせはしたが、全員無事なことが重要だからな。ほとんど自前で済ますことが出来たんだ。ギルドの顔も多少は立つだろう」
ガイアスくんが満足げに言った。
「気になるのは『何者か』と『三郎太』に関してだが」
「ローブの男と手下の魔物ならもう勝手に入れないのだ」
シナップくんがそう言って、冊子型の魔導具を持ってきた。
「警戒名簿。管理者に拒否の一覧に名前を書かれて固有の魔力と一緒に登録されると、塔型迷宮の防衛機構が記憶して、ここに入れなくする仕組みなのさー!決まりを守ってくれないお客さん対策。すごいでしょ」
真の名前と魔力がわかっている相手を閉じ込める、牢獄結界が存在するけれど、その逆のようなものだろうか。
塔内全域にそれをとなると……。
「すごいけど、名前、わかってるのか?」
「え」「え?」
「………黒っぽいローブの男とヒルブラ?」
ガイアスくんが少しだけ目を瞑った。
それを見たシナップくんが慌てて
「大丈夫なのだよ!!偽名を使ったりする相手もいるから、魔力を分析して管理者が両方を登録するのだ!だからちゃんと禁止になってる」
シナップくんの持っている水晶の魔導具が警戒音を発したのはそれから少し時間を置いてからだった。
◇
【火球!】正体不明のローブの男がロデリックくんに向かっていくつもの火の玉を飛ばした。それを斧で打ち落としながらロデリックくんが素早く大股でローブの男に近づいていく。
ローブの男との距離がみるみる縮まる。
しかしそのタイミングでローブの男の魔導術が発動、
【業火!!】先ほどまでより狭い範囲に、代わりに勢いよく天井までの火柱があがってロデリックくんが炎に包まれる。
激しい熱がこちらにも影響を与えている。
私は思わず声をあげたけれど、炎の中からロデリックくんが薄ら笑いながら出てきたので唖然となる。
「ロデリックさんなら心配要りません」私の背負袋の中からノアくんが私にそっと言った。どうやらそのようだ。
男がロデリックくんから再び距離をとった。
それを横目でチラと一瞬だけ確認して
「俺たちに聞きたいことがあると言うわりに、態度が無愛想過ぎるだろ?」ガイアスくんが不満げに言った。
ロデリックくんにローブの男の魔導術が効かないのは幸いだけれど、彼の攻撃も今のところ全てかわされてしまっている。
その度にと言って良いほど斧の生む衝撃が『ロビー』内の棚や壁、床を無差別に破壊していき身がすくむような音に身体が緊張するのを感じる。
ロデリックくんが放つ一撃はまるで落雷だ。
そして私たちの前にはローブの男の仲間の魔物、『三郎太』が立ち塞がっている。
前衛で対峙しているガイアスくんとジャックくんの装備には装備専用魔石が填められている。
前と違い『三郎太』には私の地属性魔術が対策されて効かない。ローブの男からの支援魔術が施されている。
ローブの男との関係は仲間というよりは『手下』、或いは『信者』というのがおそらく正しい。
「主のお力があれば私は不死だ。何度でも蘇る」
著しいダメージからの魔術による回復がそう思わせるのか、それとも本当にそうなのか。
狂気じみた表情で『ヒルデブラント』がジャックくんとガイアスくんに飛びかかり、身を護るという動きをもはや見せずに狂ったように武器の付いた腕を振り回す。
『ヒルデブラント』の真の狙いはバッシュくんとノアくんだ。
彼らの扱う対魔物用の魔導具を『ヒルデブラント』は恐れている。恐れるがゆえに使い手を潰そうとしている。
「させるか!!」ガイアスくんが『ヒルデブラント』を押さえつけると、機を見計らっていたバッシュくんとノアくんが素早く飛び出して対魔物魔導具を『ヒルデブラント』に当てる。
エレイナさんがバッシュくんとノアくんを止めようとしたけれど、バッシュくんたちの身体能力は子供ではありながら、時として優れた犬族の片鱗を見せる。
「バッシュくん、ノアくん!」
大慌てでバッシュくんとノアくんを背負袋に回収。
大量の魔力を1度に消費する魔導具をこれ以上バッシュくんたちに使わせたくない。
それに飛び出したら危ないじゃないか!
大ダメージで動けなくなった『ヒルデブラント』がまた消えてローブの男の近くに現れ回復魔術で復活した。対象を転移はさせることが出来ても、距離がある相手に回復魔術を施すことは出来ないように見える。
ローブの男とヒルデブラントのいる方向が同じになったことを機にガイアスくんが問う。
「訊きたいことがあると言ったな。こちらからも訊きたいことがある!何をしに来た、ここが何か知っていて来たのか」
会話を始めようとしてもロデリックくんが攻撃の止めないため、ローブの男にはガイアスくんの問いに答える余裕はないかもしれない。
ロデリックくんとしても、攻撃する手を休めないことでローブの男の動きを制する意味があるのだろう。
それはガイアスくんも理解している。
ローブの男が答えない代わりに「口を弁えろ!塵め!」ヒルデブラントが叫びながらガイアスくんに飛びかかってきた。
それをガイアスくんが盾で受け止め、力一杯叩く。
連携したジャックくんに押さえつけられる前にヒルデブラントが後ろに下がった。
力の差は歴然だけれど、ローブの男の魔術に備えてガイアスくんが大盾を展開した状態で挑んでいる。
ロデリックくんと対峙しているローブの男が、口を開いた。
『拒むものがあった。ゆえに入らなくてはいけない理由が出来た。こちらにこれ以上答える義務は無かろう』
魔導術を使うことを止めてロデリックくんの攻撃を避け続けている。
「なら、此方にも答える義務なんて無いんじゃないか」
『その通り。ゆえに力で以て答えてもらうというわけだ』
シナップくんが不完全ながらも『出入』禁止したことで、逆に何かあると踏んで戻ってきたという意味だろうか。
それよりもこの男の声、私は聞き覚えがある……。
『何人死ねば答えてくれるかね?』
【業火!】男がロデリックくんではなく私たちの方に向かって魔術を使ってきた。
【絶対防御!!】
ガイアスくんの『装備専用魔石』で防御機能を大幅に上昇させた大盾とガイアスくんの防御技能が炎を遮断した。
私たちを避けるように周囲は炎に包まれ、壁が熱で熔けたようにされ、床が炎で焼かれえぐれている。
ロデリックくんがエレイナさんの名を叫んだのが聞こえたのとほとんど同時に、ローブの男がロデリックくんの斧で凪払われ吹き飛ぶようになって壁に打ち付けられた。
こちらに術を発動させるために集中したせいもあったのか、ロデリックくんの攻撃を避けきれなかったようだ。
こちらでもジャックくんの剣が『ヒルデブラント』を捉え、続けざまガイアスくんが盾で身体ごと床に叩きつけた。
見ると魔導術に巻き込まれ、『ヒルデブラント』も火傷を負っている。私たちと違い無防備に焼かれたのではと思えるくらいにただれていて、ジャックくんが眉を寄せ、ガイアスくんが顔をしかめた。
ローブの男はそれをまた自分の近くに転移させ回復させる。
そして再び飛びかかってくる『ヒルデブラント』という魔物。
ローブの男はヒルデブラントが深傷を負わない限り回復させない。
繰り返される攻防の中、互いに確実に溜まっていく疲労と消しきれないダメージ。
いよいよ辺り一面に黒い霧が立ち込めるほどになって、視界が悪くなっているその中心に、霧の発生源である魔物の『ヒルデブラント』は傷こそ無いが、どうみても満身創痍だ。
「余計なお世話だとは思うが、そろそろ休んだ方がいい」
ジャックくんが『ヒルデブラント』と呼ばれた魔物『三郎太』と向き合い言った。
「このゴミガゴミガゴミが!ゴミゴミゴミ!塵の分際で我が主の邪魔をするなぁぁ!」
振り絞るように爪形の武器でなおも飛びかかってくる『ヒルデブラント』の攻撃をジャックくんがかわして、剣ではなく、腕で背中を叩くようにして弾き飛ばした。
「ジャック!こっちはもう任せてお前はあっちのローブの方の相手をしてくれ!また回復されてもきりがない」
すぐそばでガイアスくんが叫ぶように言った。
勝負がついて何度倒しても、ローブの男が魔導術で回復させるので無限の回廊のように戦わされている。
回復魔術で怪我や体力を回復させれても蓄積した疲労は残る。
ましてや身体の殆どが魔力で構成されている魔物の『ヒルデブラント』にとって、傷ついて喪う魔力の消失は致命的なはずだ。
「了解」
ジャックくんが部屋の奥でローブの男と戦っているロデリックくんの方へ行こうとすると『ヒルデブラント』が何かを叫びながらジャックくんへ飛びかかった。
そこにエレイナさんが放った弓矢が命中して『ヒルデブラント』がのけ反る。
その隙に素早くジャックくんが移動を開始し、それを『ヒルデブラント』が追おうとするのをガイアスくんの盾が阻んだ。
「どいつもこいつも我が主の邪魔立てばかり!!主の崇高さを理解せぬ無能な愚かものどもが!!」
叫びながら、ふらつく両足で『ヒルデブラント』がガイアスくんの盾に攻撃をする。
その中で、不意にシナップくんの声が辺りに響いた。
『ここの管理者として侵入者の2名に告ぐのだ!痛い目にこれ以上合わされたくなければ、即刻ここから立ち去るのだ!』
それとほとんど同時にロデリックくんの攻撃がローブの男を捉え始めた。ジャックくんが攻撃に加わったことで男の移動範囲が狭まっている。
【業火!】【火球!】ローブの男が魔術を連続で発動させる。
しかしどちらもロデリックくんには効果が無い。
【絶対零度】
『こちらも効かないか』
壁に激突させられた後とは思えない様子で、ローブの男が連続して魔導術を発動させた。
範囲を狭く維持して破壊力を増していると思われるけれど、ロデリックくんにはそもそも魔術が効いていない。
「私の鎧は特別製でね」
ロデリックくんが自慢げに語りだしそうになっている。
「当然、斧も特別製なんだよ!」
そう言うと斧を握る手にグッと力を入れ身体を捻りながら半回転するように動き、木をなぎ倒すように力強く振った。
ロデリックくんが言うのと同時に斧から青白い光が迸る。雷属性の攻撃!
「ロデリック!!!」
エレイナさんが悲鳴のように叫んだ。
ロデリックくんの向けた攻撃の先にはローブの男だけでなくジャックくんがいる。
ガガァアアッ!
激しい衝撃が『ロビー』のカウンターだけでなく壁と床をも破壊した。床が深く抉れ、奥の壁まで大きく削れている。
『聞きしに勝る狂乱ぶりだ……ロデリック・クライン。仲間ごと攻撃するとは』ローブの男が腕を押さえている。
「君に言われたくは無いし、合理的と言ってほしいね。それと何か勘違いしているようだが私に仲間はない。あるのは……」
「愛する妻、エレイナただ一人!!」
ロデリックくんが金色の髪をかきあげ、美しい緑色の瞳と端正な顔立ちで言った。
「ロデリック!あなたジャックまで殺す気なの!」
「しかし、当たっただろう?渾身の攻撃が」
エレイナさんが余計に憤慨しそうなことをロデリックくんは当たり前のように言ってから
「君が心配しなくても死にはしない」と首を振った。
実際、ロデリックくんがエレイナさんと話している間にもジャックくんがローブの男に仕掛けているけれど、その動きから損傷は感じられない。
「そういう問題じゃないわ!」
エレイナさんの声を聞きながら、私はようやくロデリックくんがなぜ周囲に問題視されているのかを理解した。
◇
「落ち着け、エレイナ。今の状況ではロデリックは間違っていると言えない。ジャックだって似たような状態になっている」
『ヒルデブラント』の攻撃を盾で凌ぎながらガイアスくんが言い、頃合いを見計らって盾で『ヒルデブラント』を弾いた。
その先にバッシュくんとノアくんが魔術で造った三方を障壁で囲んだ空間がある。後一ヶ所を障壁で埋めれば四方を囲う一即席の牢が出来上がる。
「グゥッ」仰け反った状態を立て直し逃れようとする『ヒルデブラント』をガイアスくんは逃がさない。
彼の手が『ヒルデブラント』を掴んで、勢い良く障壁を利用して構築した障壁の結界のなかに押し込んだ。
ローブの男の助けはない。
「主!」ローブの男を呼ぶ『ヒルデブラント』の顔に哀しみの表情が表れたように私には映った。
実際には、顔はよく見えなかったけれど。
ロデリックくんの攻撃だけでなく、ジャックくんの攻撃もローブの男を捉え始めている。
ローブの男が斧を避ければそこにはジャックくんがいて、ジャックくんを避けようとすればロデリックくんがいる。
ガイアスくんが言う通り、ジャックくんも攻撃を避けられないようにロデリックくんへ損傷が加わる可能性をおそらく無視している。
ジャックくんの剣には装備専用魔石が填められていて、状況次第でいつでも発動できる状態だ。
こちらにはすでに手下の魔物『ヒルデブラント』を制圧したガイアスくんが控えている。
再びシナップくんが警告を発した。
『降参してお縄につくか、即刻立ち去るか、どちらか選ぶのだ!さもないと……えぇと。塔の防衛魔術の発動はどうやるんだっけ?』
『それと、小細工でここに入れたからって、調子にのらないことなのだ!』
私は自分が少し勘違いしていたことに気がついた。
ローブの男とヒルデブラントは、結界を破って入ったのではなく、自分達の魔力を偽装することで、施設の防衛機能が働かないように誤魔化したのだ。
シナップくんが事態を何とかしようと、原因を突き止めたりして頑張ってくれている。
ローブの男の表情はフードのせいでよく見えにくいけれど、能面のように表情は動かない。
『迷宮の管理者が残っていたか。それもまた一興……』ローブの男が、くぐもった声ではあったけれど確かにそう言った。
この言い方だとその事に今さら気がついたように聞こえる。
シナップくんが言っていた通り、男は自分がシナップくんを目覚めさせたことに気がついていないのだろうか。
私がローブの男の独り言のようなものを聞きながら、そう思っていると『諸君、お互いにここでは十分に力を奮うことは出来ないだろう。そこの出来損ないは置いていこう。聞きたいことがあるならその者から聞くと良い』と今度は私たちに聞こえるようにローブの男が言った。
『ヒルデブラント!』
ローブの男に名を呼ばれ、
「このヒルデブラント、我が主の望むままに!」
先ほどまでの恍惚感は失せ焦燥に満ちた『ヒルデブラント』の声が響いた。
「待て!逃げるのか!」
ガイアスくんがローブの男に言った。
『愚かな。私が何故逃げる必要がある。ここは長い時間打ち捨てられたにも等しい遺跡だ。私は未発見の遺跡を探索しているに過ぎない。誰から罰せられることもしてはいない』
男はそう言うと
『とはいえ、管理者が正式に現れたというのであれば、こちらとしても多少の譲歩はせざるを得まい。高ランクの冒険者がそちら側なら、相手をするのも厄介だ』
「何をするつもりで動いてるんだ?聞きたいことがあるのはそっちなんじゃなかったのか?!何が聞きたい」
『………』
互いに魔宝石の存在を意識しながら、相手に情報を与えることを避けて話すことをしない。どこの誰で何者で、他に仲間や手下はいるのか、こちらも聞きたいことはある。
ロデリックくんは会話を意に介するようすなく、ローブの男への攻撃の手をゆるめない。彼の手に握られた斧が時折回転する。疲労はないのだろうか。
ローブの男の声は落ち着き払っているが、現実はどう見ても防戦一方にしか見えない。
『ロビー』の中にあるものほとんど壊されてもうめちゃくちゃだけれど、熔けた壁や抉れた床部分の自動的な修復がすでに始まっていて奇妙な綺麗さを保っている。
ローブの男はそれ以上口をきかずに、小さな魔導具を操作して姿を消した。
◇
転送位置の座標設定が慌ててずれたのか、空中に現れて尻餅をついてから、シナップくんが走ってきた。
「うわぁああん、みんな無事なのだーーー!」
「シナップ!」バッシュくんとノアくんが背負袋から出てシナップくんを迎える。
「ああ、大丈夫だ!だが一度場所を移そう」
ガイアスくんが言った。
周囲には男の放った術の熱が残っていて、このままここにい続けるのは体力を消耗するからだ。私とエレイナさんがバッシュくんとノアくんを抱き上げ、準備する。
2人とも大量に魔力を消費して疲労が激しい。
あの対魔物用の魔導具は強力ではあるけれど、術者にとって危険だ。
「心配させたのね」
「心配しないのだ、ボクは心配などしないのだよ!」
「そうか、そうか」
シナップくんの言動の全部は理解できないけれど、彼の言葉が本心とあべこべになっているのはわかるようになってきた。
シナップくんと話す前は厳しめの様子だったジャックくんが、この中では最もシナップくんへの対応の変化が大きいように思う。
バッシュくんとノアくんに対するのに近い態度で応じている。
側でそれをつまらないものを見るようにして『ヒルデブラント』がぼんやりと座り込んでいる。しばらく思ったように動けないだろう。ガイアスくんとジャックくんに起こされて、しぶしぶ立ち上がった。
転送の魔導具を使って逃走する様子もない。
そもそも今の『ヒルデブラント』には転送の魔導具を持たされていないのではないかと私は思った。
そして私は男の声に心当たりにも気がついていた。
ローブの男の声は初めて『ヒルデブラント』と遭遇したときに聞こえた『声』だ。あれは彼ではなく、ローブの男が彼を通して話したのだ。
だとしたら今回も?
懐から取り出した時刻魔導具を見ると、もう明け方の時間になっている。
◇
『会議室』
12脚あるテーブルの席にはガイアスくん、ジャックくん、エレイナさん、ロデリックくんと私がついていた。
捉えた『ヒルデブラント』も側の椅子に座っているけれど、拘束した状態だ。
バッシュくんとノアくん、シナップくんには先に寝てもらっている。
「お前たちの目的はなんだ?ローブの男は何者だ。どうしてこの遺跡にたどり着けたんだ」
「……主は全知全能。それ故たどり着けた。造作もない」
その割には魔宝石も手に入れられていないし、私たちを殺せていない、シナップくんにもたどり着けてないじゃないか、と私は思った。けれど、怒らせそうなのと気の毒な気もして黙っていた。
するとロデリックくんが笑いだして
「全知全能とは恐れ入るが、私たちから話を聞き出すのに殺す殺さないの物騒な話をしていなかったかい。誰も死んじゃいないし実現させられなかったのはどういうわけだ。そもそも全知なのに、我々に尋ねたいことがあるのかい?」
止める間もなく、笑いながら言ってしまった。
ヒルデブラントがロデリックくんを物凄い形相で睨み付けている。よく見ると頭の部分に短い昆虫の触覚のようなものがついている。
「ふん!主の偉大さを知らぬ愚かものどもが!貴様らは我々を犯罪者のように扱っているが、我が主の言う通り、我々は罰せられるようなことはしていない。それとも、魔物と一緒にいるというだけで罰せられるべき犯罪者だとでも言うか!」
「たとえ未踏破の遺跡内のやり取りでも、出会い頭にいきなり攻撃を仕掛けてくるのは問題視されるのに十分な危険行為だ!」
ガイアスくんが険しい表情で言うと
「先に攻撃を仕掛けてくるのはいつでも貴様ら人間だ!」
ヒルデブラントから憎悪が迸った。
「俺たちが言ってるのはそういうことじゃない」
どうも私たちではこれ以上彼から話を聞き出すのは難しいように思える。
引き渡して専門家に任せるのが良いだろうと考えていると、ロデリックくんが今度は先程と打って変わった冷酷な表情で
「君の主とやらは去るときになんと言っていた?出来損ないは置いていこう。聞きたいことがあるならその者から聞けば良い。私にはそう聞こえた。君のことだろう?だから君に尋ねている」
刺すような容赦の無いロデリックくんの言葉にヒルデブラントが硬直した。
冷たい表情でロデリックくんがさらに続ける。
「役に立たなかった君はここに打ち捨てられて、それでなお、何に義理立てる?」
「君は我が主の望むままにと述べた」
「君はわざと答えないんじゃない。知らないんだ。何も知らされていない。だから置いていかれた!置いていって問題ないと思われたんだ!!」
ヒルデブラントが押し黙った。
肯定なのか否定なのかはよくわからない。ただ、ローブの男はヒルデブラントに話すことを表向き止めたりはしていなかった。
実際には何かしらの嚇しがあって言えない可能性もあるけれど、それなら男自身があの場でヒルデブラントをどうにかできたろうと思う。これだけ挑発されてなにも言わないなら本当に何も知らされていないのだろう。
「それはそうと、気になっていたのだが君たちはなぜ羊を連れ歩いているんだ。足手まといなことこの上ないだろう」
「え?!」
ロデリックくんがチラチラ私を見ていた理由はそれか。
━ちなみに後になって知るのだけれど、ロデリックくんの鎧は魔術の類いを解除する術式が刻まれていて、最初から最後まで私の魔導術は効果がなかったのだ。
それと、一見万能なように聞こえるけれど、支援系魔術や回復術なども受け付けないのだという。
代わりに装備している間は常時支援と回復状態にある。━
しばらくロデリックくんがエレイナさんに怒られている間、私はジャックくんとガイアスくんからロデリックくんについて、冒険者としてのランク以外の話を聞くことにした。
━━ロデリック・クライン
魔力適性は雷。
白に金色の装飾がされた鎧で頭以外の全身を包んだ戦士で斧を好んで使用する。
ロデリックくんと一番古い仲なのはジャックくんで、彼の話によるとロデリックくんが今のように冷酷な態度を見せるようになったのは現在の鎧を手に入れた頃からで、気になっているようだ。
ただ彼の行為には一定の理があり、残虐行為とまでいかないこともあって、今のところ注意以上の制限を加えられないまま、ギルド内で半ば黙認されている。
彼が原因で死人が出ても、直接同じチームのメンバーを殺したという事実が無いのも黙認の理由らしい。
自信家であることはもともとで、いつの頃からかエレイナさんを女神のように形容するようになったのだという。
「何かしらのきっかけはあったんだろうけど、エレイナもよくわからないらしい」
ガイアスくんが首を傾げて
「白金階級に昇格する前は、エレイナが受けた依頼先に頻繁に姿を現していて、その度に近くの人間に突っかかってたんだ」
と続けた。
この〈突っかかる〉というのが、口ではなく武器で、というのが私にとっては笑えない話だった。
その後も別の話を挟みながら、ヒルデブラントくんの様子を窺ったけれど、これ以上話は聞けなさそうだと結論し、交代で見張ることに決めて私たちは一度睡眠をとることにした。
「ヒルデブラント、悪いが拘束は解けないからそのままで我慢しててくれ」ガイアスくんはそう言うと床に布を敷いた。
「後から飲み物を持ってくるわ。何か食べる?」
エレイナさんが聞くと、「飲み物だけ頼む」とガイアスくんが答えた。
そのやり取りを見ていたロデリックくんが「私も見張りを務めよう」と名乗り出て、エレイナさんが頷いた。
少しして私が飲み物を持ってやって来ると、ロデリックくんが露骨にガッカリした顔をした。
それでも、何か乱暴なことをしたり言ったりしないので、私は少しほっとした。
ローブの男とのことでも協力してくれたというのもあって、ガイアスくんと共に感謝を述べると、ロデリックくんが
「食事を振る舞われたりした分を返さないわけにはいくまい」
と言ったあと「エレイナもいる」と付け加えた。
エレイナさんがヒルデブラントくんにも飲み物を用意してくれたので、それを渡そうとしたけれど、魔物の彼には飲めないのか、気持ちの問題なのか、ヒルデブラントくんは受け取らなかった。私のほうも無理に飲ませる気はない。
引き下がって私も休憩を取るため寝床についた。
◇
いくらか休息を取ることが出来た私たちは食事のために『会議室』のある階層の厨房とつながる部屋に集まっていた。
テーブルの上には、温めた料理が9人分並んでいて、席にはガイアスくん、バッシュくん、ノアくんと私、ロデリックくんが座っている。
ヒルデブラントくんはまだ『会議室』にいてもらい、交代の見張り役は今はジャックくんだ。
「ヒルデブラントは食べないかもしれないけど」
エレイナさんがそう言いながら、シナップくんが用意した小さめの台車に2人分の料理の器を乗せた。
「ガイアスたちは先に食べ始めてくれて大丈夫よ」
私たちに声をかけて『会議室』にいるヒルデブラントくんと見張りのジャックくんの食事を運ぶためエレイナさんがシナップくんと一緒に部屋を出た。
「エレイナ!待つんだ。私がついていってやろう、危険だ!」
ロデリックくんが椅子から立ち上がってエレイナさんの後を追う。
それを見送って、ガイアスくんが水を飲みながら
「ロデリックがついてるなら大丈夫だろう」
と言ってから
「ジャックは危ないかもしれないが……」
と呟いて、もう一度ゆっくり水を飲んだ。
バッシュくんとノアくんが少し心配そうな顔をした。
ロデリックくんの斧はエレイナさんが本人の同意を得て、念のためにこちらで預かっている。
時刻魔導具は昼が過ぎるのを告げていた。
────────
────────
□共有アイテム□
◇主な食料??日分??食分
◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴5粒)、未調理穀物6日分
◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大248本、中1,013本、小1,330本)
◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,413本、小4,988本)、薬草(治癒2,215袋、解毒120袋)2,336袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
□背負袋
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
時を『何者か』と『三郎太』と対峙する少し前まで遡る
◇◇
「これも返却出来そうだ」「支給された道具も食料もだいぶ余ったな!」「返却する分は此方にわけて」
遺跡で私たちが出来る調査らしい調査がもうないと判断した私たちはシナップくんの同行も決まったこともあって、帰還の準備を始めていた。
塔型迷宮について聞きたいこと、知りたいことはたくさんあるし、ガイアスくんやジャックくんは挑戦もしたいだろうけど、それはまた別の機会ということにして。
「そうだこれ」
「なんだい、これ」
「これは魔物を倒したシナップの分だよ。氷の壁を造った時に魔物を倒したでしょ?」
ノアくんが魔石の欠片と素材の入った袋をシナップくんに渡すと「ああ、あの時の」と言いながらシナップくんが受け取ってくれた。「君たち律儀なのだ」
そう言うとシナップくんは少し嬉しそうにした。
私たちが持参した道具や食料の中には依頼者である商人ギルドをはじめ魔導研究ギルドや領主様絡みで支給された物もある。
食料は魔術などでよほど上手く保管できない限り、古くなってしまうのと費用は多少負担しているため大半はこちらで処分する。
支給されたものでも、道具など、未使用で返却可能なものは返却するのがマナーになっている。
依頼側の負担が軽減するので、評価と信頼を得ることにも繋がる。
日にちや時間をかけずに依頼をこなすことはもちろんだけれど、高額な支援を必要としないというのも評価の重要な要素だ。
うまく依頼を達成できれば冒険者は当然その実力が高く評価されることになり、そういう実力者を抱えるギルドの評価も上がる。
「報告まで待たせはしたが、全員無事なことが重要だからな。ほとんど自前で済ますことが出来たんだ。ギルドの顔も多少は立つだろう」
ガイアスくんが満足げに言った。
「気になるのは『何者か』と『三郎太』に関してだが」
「ローブの男と手下の魔物ならもう勝手に入れないのだ」
シナップくんがそう言って、冊子型の魔導具を持ってきた。
「警戒名簿。管理者に拒否の一覧に名前を書かれて固有の魔力と一緒に登録されると、塔型迷宮の防衛機構が記憶して、ここに入れなくする仕組みなのさー!決まりを守ってくれないお客さん対策。すごいでしょ」
真の名前と魔力がわかっている相手を閉じ込める、牢獄結界が存在するけれど、その逆のようなものだろうか。
塔内全域にそれをとなると……。
「すごいけど、名前、わかってるのか?」
「え」「え?」
「………黒っぽいローブの男とヒルブラ?」
ガイアスくんが少しだけ目を瞑った。
それを見たシナップくんが慌てて
「大丈夫なのだよ!!偽名を使ったりする相手もいるから、魔力を分析して管理者が両方を登録するのだ!だからちゃんと禁止になってる」
シナップくんの持っている水晶の魔導具が警戒音を発したのはそれから少し時間を置いてからだった。
◇
【火球!】正体不明のローブの男がロデリックくんに向かっていくつもの火の玉を飛ばした。それを斧で打ち落としながらロデリックくんが素早く大股でローブの男に近づいていく。
ローブの男との距離がみるみる縮まる。
しかしそのタイミングでローブの男の魔導術が発動、
【業火!!】先ほどまでより狭い範囲に、代わりに勢いよく天井までの火柱があがってロデリックくんが炎に包まれる。
激しい熱がこちらにも影響を与えている。
私は思わず声をあげたけれど、炎の中からロデリックくんが薄ら笑いながら出てきたので唖然となる。
「ロデリックさんなら心配要りません」私の背負袋の中からノアくんが私にそっと言った。どうやらそのようだ。
男がロデリックくんから再び距離をとった。
それを横目でチラと一瞬だけ確認して
「俺たちに聞きたいことがあると言うわりに、態度が無愛想過ぎるだろ?」ガイアスくんが不満げに言った。
ロデリックくんにローブの男の魔導術が効かないのは幸いだけれど、彼の攻撃も今のところ全てかわされてしまっている。
その度にと言って良いほど斧の生む衝撃が『ロビー』内の棚や壁、床を無差別に破壊していき身がすくむような音に身体が緊張するのを感じる。
ロデリックくんが放つ一撃はまるで落雷だ。
そして私たちの前にはローブの男の仲間の魔物、『三郎太』が立ち塞がっている。
前衛で対峙しているガイアスくんとジャックくんの装備には装備専用魔石が填められている。
前と違い『三郎太』には私の地属性魔術が対策されて効かない。ローブの男からの支援魔術が施されている。
ローブの男との関係は仲間というよりは『手下』、或いは『信者』というのがおそらく正しい。
「主のお力があれば私は不死だ。何度でも蘇る」
著しいダメージからの魔術による回復がそう思わせるのか、それとも本当にそうなのか。
狂気じみた表情で『ヒルデブラント』がジャックくんとガイアスくんに飛びかかり、身を護るという動きをもはや見せずに狂ったように武器の付いた腕を振り回す。
『ヒルデブラント』の真の狙いはバッシュくんとノアくんだ。
彼らの扱う対魔物用の魔導具を『ヒルデブラント』は恐れている。恐れるがゆえに使い手を潰そうとしている。
「させるか!!」ガイアスくんが『ヒルデブラント』を押さえつけると、機を見計らっていたバッシュくんとノアくんが素早く飛び出して対魔物魔導具を『ヒルデブラント』に当てる。
エレイナさんがバッシュくんとノアくんを止めようとしたけれど、バッシュくんたちの身体能力は子供ではありながら、時として優れた犬族の片鱗を見せる。
「バッシュくん、ノアくん!」
大慌てでバッシュくんとノアくんを背負袋に回収。
大量の魔力を1度に消費する魔導具をこれ以上バッシュくんたちに使わせたくない。
それに飛び出したら危ないじゃないか!
大ダメージで動けなくなった『ヒルデブラント』がまた消えてローブの男の近くに現れ回復魔術で復活した。対象を転移はさせることが出来ても、距離がある相手に回復魔術を施すことは出来ないように見える。
ローブの男とヒルデブラントのいる方向が同じになったことを機にガイアスくんが問う。
「訊きたいことがあると言ったな。こちらからも訊きたいことがある!何をしに来た、ここが何か知っていて来たのか」
会話を始めようとしてもロデリックくんが攻撃の止めないため、ローブの男にはガイアスくんの問いに答える余裕はないかもしれない。
ロデリックくんとしても、攻撃する手を休めないことでローブの男の動きを制する意味があるのだろう。
それはガイアスくんも理解している。
ローブの男が答えない代わりに「口を弁えろ!塵め!」ヒルデブラントが叫びながらガイアスくんに飛びかかってきた。
それをガイアスくんが盾で受け止め、力一杯叩く。
連携したジャックくんに押さえつけられる前にヒルデブラントが後ろに下がった。
力の差は歴然だけれど、ローブの男の魔術に備えてガイアスくんが大盾を展開した状態で挑んでいる。
ロデリックくんと対峙しているローブの男が、口を開いた。
『拒むものがあった。ゆえに入らなくてはいけない理由が出来た。こちらにこれ以上答える義務は無かろう』
魔導術を使うことを止めてロデリックくんの攻撃を避け続けている。
「なら、此方にも答える義務なんて無いんじゃないか」
『その通り。ゆえに力で以て答えてもらうというわけだ』
シナップくんが不完全ながらも『出入』禁止したことで、逆に何かあると踏んで戻ってきたという意味だろうか。
それよりもこの男の声、私は聞き覚えがある……。
『何人死ねば答えてくれるかね?』
【業火!】男がロデリックくんではなく私たちの方に向かって魔術を使ってきた。
【絶対防御!!】
ガイアスくんの『装備専用魔石』で防御機能を大幅に上昇させた大盾とガイアスくんの防御技能が炎を遮断した。
私たちを避けるように周囲は炎に包まれ、壁が熱で熔けたようにされ、床が炎で焼かれえぐれている。
ロデリックくんがエレイナさんの名を叫んだのが聞こえたのとほとんど同時に、ローブの男がロデリックくんの斧で凪払われ吹き飛ぶようになって壁に打ち付けられた。
こちらに術を発動させるために集中したせいもあったのか、ロデリックくんの攻撃を避けきれなかったようだ。
こちらでもジャックくんの剣が『ヒルデブラント』を捉え、続けざまガイアスくんが盾で身体ごと床に叩きつけた。
見ると魔導術に巻き込まれ、『ヒルデブラント』も火傷を負っている。私たちと違い無防備に焼かれたのではと思えるくらいにただれていて、ジャックくんが眉を寄せ、ガイアスくんが顔をしかめた。
ローブの男はそれをまた自分の近くに転移させ回復させる。
そして再び飛びかかってくる『ヒルデブラント』という魔物。
ローブの男はヒルデブラントが深傷を負わない限り回復させない。
繰り返される攻防の中、互いに確実に溜まっていく疲労と消しきれないダメージ。
いよいよ辺り一面に黒い霧が立ち込めるほどになって、視界が悪くなっているその中心に、霧の発生源である魔物の『ヒルデブラント』は傷こそ無いが、どうみても満身創痍だ。
「余計なお世話だとは思うが、そろそろ休んだ方がいい」
ジャックくんが『ヒルデブラント』と呼ばれた魔物『三郎太』と向き合い言った。
「このゴミガゴミガゴミが!ゴミゴミゴミ!塵の分際で我が主の邪魔をするなぁぁ!」
振り絞るように爪形の武器でなおも飛びかかってくる『ヒルデブラント』の攻撃をジャックくんがかわして、剣ではなく、腕で背中を叩くようにして弾き飛ばした。
「ジャック!こっちはもう任せてお前はあっちのローブの方の相手をしてくれ!また回復されてもきりがない」
すぐそばでガイアスくんが叫ぶように言った。
勝負がついて何度倒しても、ローブの男が魔導術で回復させるので無限の回廊のように戦わされている。
回復魔術で怪我や体力を回復させれても蓄積した疲労は残る。
ましてや身体の殆どが魔力で構成されている魔物の『ヒルデブラント』にとって、傷ついて喪う魔力の消失は致命的なはずだ。
「了解」
ジャックくんが部屋の奥でローブの男と戦っているロデリックくんの方へ行こうとすると『ヒルデブラント』が何かを叫びながらジャックくんへ飛びかかった。
そこにエレイナさんが放った弓矢が命中して『ヒルデブラント』がのけ反る。
その隙に素早くジャックくんが移動を開始し、それを『ヒルデブラント』が追おうとするのをガイアスくんの盾が阻んだ。
「どいつもこいつも我が主の邪魔立てばかり!!主の崇高さを理解せぬ無能な愚かものどもが!!」
叫びながら、ふらつく両足で『ヒルデブラント』がガイアスくんの盾に攻撃をする。
その中で、不意にシナップくんの声が辺りに響いた。
『ここの管理者として侵入者の2名に告ぐのだ!痛い目にこれ以上合わされたくなければ、即刻ここから立ち去るのだ!』
それとほとんど同時にロデリックくんの攻撃がローブの男を捉え始めた。ジャックくんが攻撃に加わったことで男の移動範囲が狭まっている。
【業火!】【火球!】ローブの男が魔術を連続で発動させる。
しかしどちらもロデリックくんには効果が無い。
【絶対零度】
『こちらも効かないか』
壁に激突させられた後とは思えない様子で、ローブの男が連続して魔導術を発動させた。
範囲を狭く維持して破壊力を増していると思われるけれど、ロデリックくんにはそもそも魔術が効いていない。
「私の鎧は特別製でね」
ロデリックくんが自慢げに語りだしそうになっている。
「当然、斧も特別製なんだよ!」
そう言うと斧を握る手にグッと力を入れ身体を捻りながら半回転するように動き、木をなぎ倒すように力強く振った。
ロデリックくんが言うのと同時に斧から青白い光が迸る。雷属性の攻撃!
「ロデリック!!!」
エレイナさんが悲鳴のように叫んだ。
ロデリックくんの向けた攻撃の先にはローブの男だけでなくジャックくんがいる。
ガガァアアッ!
激しい衝撃が『ロビー』のカウンターだけでなく壁と床をも破壊した。床が深く抉れ、奥の壁まで大きく削れている。
『聞きしに勝る狂乱ぶりだ……ロデリック・クライン。仲間ごと攻撃するとは』ローブの男が腕を押さえている。
「君に言われたくは無いし、合理的と言ってほしいね。それと何か勘違いしているようだが私に仲間はない。あるのは……」
「愛する妻、エレイナただ一人!!」
ロデリックくんが金色の髪をかきあげ、美しい緑色の瞳と端正な顔立ちで言った。
「ロデリック!あなたジャックまで殺す気なの!」
「しかし、当たっただろう?渾身の攻撃が」
エレイナさんが余計に憤慨しそうなことをロデリックくんは当たり前のように言ってから
「君が心配しなくても死にはしない」と首を振った。
実際、ロデリックくんがエレイナさんと話している間にもジャックくんがローブの男に仕掛けているけれど、その動きから損傷は感じられない。
「そういう問題じゃないわ!」
エレイナさんの声を聞きながら、私はようやくロデリックくんがなぜ周囲に問題視されているのかを理解した。
◇
「落ち着け、エレイナ。今の状況ではロデリックは間違っていると言えない。ジャックだって似たような状態になっている」
『ヒルデブラント』の攻撃を盾で凌ぎながらガイアスくんが言い、頃合いを見計らって盾で『ヒルデブラント』を弾いた。
その先にバッシュくんとノアくんが魔術で造った三方を障壁で囲んだ空間がある。後一ヶ所を障壁で埋めれば四方を囲う一即席の牢が出来上がる。
「グゥッ」仰け反った状態を立て直し逃れようとする『ヒルデブラント』をガイアスくんは逃がさない。
彼の手が『ヒルデブラント』を掴んで、勢い良く障壁を利用して構築した障壁の結界のなかに押し込んだ。
ローブの男の助けはない。
「主!」ローブの男を呼ぶ『ヒルデブラント』の顔に哀しみの表情が表れたように私には映った。
実際には、顔はよく見えなかったけれど。
ロデリックくんの攻撃だけでなく、ジャックくんの攻撃もローブの男を捉え始めている。
ローブの男が斧を避ければそこにはジャックくんがいて、ジャックくんを避けようとすればロデリックくんがいる。
ガイアスくんが言う通り、ジャックくんも攻撃を避けられないようにロデリックくんへ損傷が加わる可能性をおそらく無視している。
ジャックくんの剣には装備専用魔石が填められていて、状況次第でいつでも発動できる状態だ。
こちらにはすでに手下の魔物『ヒルデブラント』を制圧したガイアスくんが控えている。
再びシナップくんが警告を発した。
『降参してお縄につくか、即刻立ち去るか、どちらか選ぶのだ!さもないと……えぇと。塔の防衛魔術の発動はどうやるんだっけ?』
『それと、小細工でここに入れたからって、調子にのらないことなのだ!』
私は自分が少し勘違いしていたことに気がついた。
ローブの男とヒルデブラントは、結界を破って入ったのではなく、自分達の魔力を偽装することで、施設の防衛機能が働かないように誤魔化したのだ。
シナップくんが事態を何とかしようと、原因を突き止めたりして頑張ってくれている。
ローブの男の表情はフードのせいでよく見えにくいけれど、能面のように表情は動かない。
『迷宮の管理者が残っていたか。それもまた一興……』ローブの男が、くぐもった声ではあったけれど確かにそう言った。
この言い方だとその事に今さら気がついたように聞こえる。
シナップくんが言っていた通り、男は自分がシナップくんを目覚めさせたことに気がついていないのだろうか。
私がローブの男の独り言のようなものを聞きながら、そう思っていると『諸君、お互いにここでは十分に力を奮うことは出来ないだろう。そこの出来損ないは置いていこう。聞きたいことがあるならその者から聞くと良い』と今度は私たちに聞こえるようにローブの男が言った。
『ヒルデブラント!』
ローブの男に名を呼ばれ、
「このヒルデブラント、我が主の望むままに!」
先ほどまでの恍惚感は失せ焦燥に満ちた『ヒルデブラント』の声が響いた。
「待て!逃げるのか!」
ガイアスくんがローブの男に言った。
『愚かな。私が何故逃げる必要がある。ここは長い時間打ち捨てられたにも等しい遺跡だ。私は未発見の遺跡を探索しているに過ぎない。誰から罰せられることもしてはいない』
男はそう言うと
『とはいえ、管理者が正式に現れたというのであれば、こちらとしても多少の譲歩はせざるを得まい。高ランクの冒険者がそちら側なら、相手をするのも厄介だ』
「何をするつもりで動いてるんだ?聞きたいことがあるのはそっちなんじゃなかったのか?!何が聞きたい」
『………』
互いに魔宝石の存在を意識しながら、相手に情報を与えることを避けて話すことをしない。どこの誰で何者で、他に仲間や手下はいるのか、こちらも聞きたいことはある。
ロデリックくんは会話を意に介するようすなく、ローブの男への攻撃の手をゆるめない。彼の手に握られた斧が時折回転する。疲労はないのだろうか。
ローブの男の声は落ち着き払っているが、現実はどう見ても防戦一方にしか見えない。
『ロビー』の中にあるものほとんど壊されてもうめちゃくちゃだけれど、熔けた壁や抉れた床部分の自動的な修復がすでに始まっていて奇妙な綺麗さを保っている。
ローブの男はそれ以上口をきかずに、小さな魔導具を操作して姿を消した。
◇
転送位置の座標設定が慌ててずれたのか、空中に現れて尻餅をついてから、シナップくんが走ってきた。
「うわぁああん、みんな無事なのだーーー!」
「シナップ!」バッシュくんとノアくんが背負袋から出てシナップくんを迎える。
「ああ、大丈夫だ!だが一度場所を移そう」
ガイアスくんが言った。
周囲には男の放った術の熱が残っていて、このままここにい続けるのは体力を消耗するからだ。私とエレイナさんがバッシュくんとノアくんを抱き上げ、準備する。
2人とも大量に魔力を消費して疲労が激しい。
あの対魔物用の魔導具は強力ではあるけれど、術者にとって危険だ。
「心配させたのね」
「心配しないのだ、ボクは心配などしないのだよ!」
「そうか、そうか」
シナップくんの言動の全部は理解できないけれど、彼の言葉が本心とあべこべになっているのはわかるようになってきた。
シナップくんと話す前は厳しめの様子だったジャックくんが、この中では最もシナップくんへの対応の変化が大きいように思う。
バッシュくんとノアくんに対するのに近い態度で応じている。
側でそれをつまらないものを見るようにして『ヒルデブラント』がぼんやりと座り込んでいる。しばらく思ったように動けないだろう。ガイアスくんとジャックくんに起こされて、しぶしぶ立ち上がった。
転送の魔導具を使って逃走する様子もない。
そもそも今の『ヒルデブラント』には転送の魔導具を持たされていないのではないかと私は思った。
そして私は男の声に心当たりにも気がついていた。
ローブの男の声は初めて『ヒルデブラント』と遭遇したときに聞こえた『声』だ。あれは彼ではなく、ローブの男が彼を通して話したのだ。
だとしたら今回も?
懐から取り出した時刻魔導具を見ると、もう明け方の時間になっている。
◇
『会議室』
12脚あるテーブルの席にはガイアスくん、ジャックくん、エレイナさん、ロデリックくんと私がついていた。
捉えた『ヒルデブラント』も側の椅子に座っているけれど、拘束した状態だ。
バッシュくんとノアくん、シナップくんには先に寝てもらっている。
「お前たちの目的はなんだ?ローブの男は何者だ。どうしてこの遺跡にたどり着けたんだ」
「……主は全知全能。それ故たどり着けた。造作もない」
その割には魔宝石も手に入れられていないし、私たちを殺せていない、シナップくんにもたどり着けてないじゃないか、と私は思った。けれど、怒らせそうなのと気の毒な気もして黙っていた。
するとロデリックくんが笑いだして
「全知全能とは恐れ入るが、私たちから話を聞き出すのに殺す殺さないの物騒な話をしていなかったかい。誰も死んじゃいないし実現させられなかったのはどういうわけだ。そもそも全知なのに、我々に尋ねたいことがあるのかい?」
止める間もなく、笑いながら言ってしまった。
ヒルデブラントがロデリックくんを物凄い形相で睨み付けている。よく見ると頭の部分に短い昆虫の触覚のようなものがついている。
「ふん!主の偉大さを知らぬ愚かものどもが!貴様らは我々を犯罪者のように扱っているが、我が主の言う通り、我々は罰せられるようなことはしていない。それとも、魔物と一緒にいるというだけで罰せられるべき犯罪者だとでも言うか!」
「たとえ未踏破の遺跡内のやり取りでも、出会い頭にいきなり攻撃を仕掛けてくるのは問題視されるのに十分な危険行為だ!」
ガイアスくんが険しい表情で言うと
「先に攻撃を仕掛けてくるのはいつでも貴様ら人間だ!」
ヒルデブラントから憎悪が迸った。
「俺たちが言ってるのはそういうことじゃない」
どうも私たちではこれ以上彼から話を聞き出すのは難しいように思える。
引き渡して専門家に任せるのが良いだろうと考えていると、ロデリックくんが今度は先程と打って変わった冷酷な表情で
「君の主とやらは去るときになんと言っていた?出来損ないは置いていこう。聞きたいことがあるならその者から聞けば良い。私にはそう聞こえた。君のことだろう?だから君に尋ねている」
刺すような容赦の無いロデリックくんの言葉にヒルデブラントが硬直した。
冷たい表情でロデリックくんがさらに続ける。
「役に立たなかった君はここに打ち捨てられて、それでなお、何に義理立てる?」
「君は我が主の望むままにと述べた」
「君はわざと答えないんじゃない。知らないんだ。何も知らされていない。だから置いていかれた!置いていって問題ないと思われたんだ!!」
ヒルデブラントが押し黙った。
肯定なのか否定なのかはよくわからない。ただ、ローブの男はヒルデブラントに話すことを表向き止めたりはしていなかった。
実際には何かしらの嚇しがあって言えない可能性もあるけれど、それなら男自身があの場でヒルデブラントをどうにかできたろうと思う。これだけ挑発されてなにも言わないなら本当に何も知らされていないのだろう。
「それはそうと、気になっていたのだが君たちはなぜ羊を連れ歩いているんだ。足手まといなことこの上ないだろう」
「え?!」
ロデリックくんがチラチラ私を見ていた理由はそれか。
━ちなみに後になって知るのだけれど、ロデリックくんの鎧は魔術の類いを解除する術式が刻まれていて、最初から最後まで私の魔導術は効果がなかったのだ。
それと、一見万能なように聞こえるけれど、支援系魔術や回復術なども受け付けないのだという。
代わりに装備している間は常時支援と回復状態にある。━
しばらくロデリックくんがエレイナさんに怒られている間、私はジャックくんとガイアスくんからロデリックくんについて、冒険者としてのランク以外の話を聞くことにした。
━━ロデリック・クライン
魔力適性は雷。
白に金色の装飾がされた鎧で頭以外の全身を包んだ戦士で斧を好んで使用する。
ロデリックくんと一番古い仲なのはジャックくんで、彼の話によるとロデリックくんが今のように冷酷な態度を見せるようになったのは現在の鎧を手に入れた頃からで、気になっているようだ。
ただ彼の行為には一定の理があり、残虐行為とまでいかないこともあって、今のところ注意以上の制限を加えられないまま、ギルド内で半ば黙認されている。
彼が原因で死人が出ても、直接同じチームのメンバーを殺したという事実が無いのも黙認の理由らしい。
自信家であることはもともとで、いつの頃からかエレイナさんを女神のように形容するようになったのだという。
「何かしらのきっかけはあったんだろうけど、エレイナもよくわからないらしい」
ガイアスくんが首を傾げて
「白金階級に昇格する前は、エレイナが受けた依頼先に頻繁に姿を現していて、その度に近くの人間に突っかかってたんだ」
と続けた。
この〈突っかかる〉というのが、口ではなく武器で、というのが私にとっては笑えない話だった。
その後も別の話を挟みながら、ヒルデブラントくんの様子を窺ったけれど、これ以上話は聞けなさそうだと結論し、交代で見張ることに決めて私たちは一度睡眠をとることにした。
「ヒルデブラント、悪いが拘束は解けないからそのままで我慢しててくれ」ガイアスくんはそう言うと床に布を敷いた。
「後から飲み物を持ってくるわ。何か食べる?」
エレイナさんが聞くと、「飲み物だけ頼む」とガイアスくんが答えた。
そのやり取りを見ていたロデリックくんが「私も見張りを務めよう」と名乗り出て、エレイナさんが頷いた。
少しして私が飲み物を持ってやって来ると、ロデリックくんが露骨にガッカリした顔をした。
それでも、何か乱暴なことをしたり言ったりしないので、私は少しほっとした。
ローブの男とのことでも協力してくれたというのもあって、ガイアスくんと共に感謝を述べると、ロデリックくんが
「食事を振る舞われたりした分を返さないわけにはいくまい」
と言ったあと「エレイナもいる」と付け加えた。
エレイナさんがヒルデブラントくんにも飲み物を用意してくれたので、それを渡そうとしたけれど、魔物の彼には飲めないのか、気持ちの問題なのか、ヒルデブラントくんは受け取らなかった。私のほうも無理に飲ませる気はない。
引き下がって私も休憩を取るため寝床についた。
◇
いくらか休息を取ることが出来た私たちは食事のために『会議室』のある階層の厨房とつながる部屋に集まっていた。
テーブルの上には、温めた料理が9人分並んでいて、席にはガイアスくん、バッシュくん、ノアくんと私、ロデリックくんが座っている。
ヒルデブラントくんはまだ『会議室』にいてもらい、交代の見張り役は今はジャックくんだ。
「ヒルデブラントは食べないかもしれないけど」
エレイナさんがそう言いながら、シナップくんが用意した小さめの台車に2人分の料理の器を乗せた。
「ガイアスたちは先に食べ始めてくれて大丈夫よ」
私たちに声をかけて『会議室』にいるヒルデブラントくんと見張りのジャックくんの食事を運ぶためエレイナさんがシナップくんと一緒に部屋を出た。
「エレイナ!待つんだ。私がついていってやろう、危険だ!」
ロデリックくんが椅子から立ち上がってエレイナさんの後を追う。
それを見送って、ガイアスくんが水を飲みながら
「ロデリックがついてるなら大丈夫だろう」
と言ってから
「ジャックは危ないかもしれないが……」
と呟いて、もう一度ゆっくり水を飲んだ。
バッシュくんとノアくんが少し心配そうな顔をした。
ロデリックくんの斧はエレイナさんが本人の同意を得て、念のためにこちらで預かっている。
時刻魔導具は昼が過ぎるのを告げていた。
────────
────────
□共有アイテム□
◇主な食料??日分??食分
◇嗜好品お菓子類(魔導系回復あり)、嗜好品、お菓子類(飴5粒)、未調理穀物6日分
◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大248本、中1,013本、小1,330本)
◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,413本、小4,988本)、薬草(治癒2,215袋、解毒120袋)2,336袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
□背負袋
ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス
応援ありがとうございます!
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