星の迷宮と英雄たちのノスタルジア

いわみね

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第25話 悪辣な仕様

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 翌朝

 朝食を食べ終え冒険者ギルドへ向かおうとする私たちの元へ、1人不機嫌そうな男がやってきた。

「依頼でやってきた『ガイアス』ってやつのパーティはあんたらで合ってるか?」
「そうだが、そういうそちらは?」
「冒険者ギルド出張所の所長だ。書き置きだけで音沙汰が無いんで、こっちから出向いてやったんだ」
 いかにも面倒臭そうに話す男に私は少々面食らう。
 私たちが依頼を受けてこの街にたどり着いたのは昨日の今日だ。
「それは悪かった。一応声もかけてしばらくヒトが出てくるのを待ったが留守のようだったんでな。そっちはどちらに?」
「……こっちも忙しいんだ!」
 夜の間に戻って書き置きを見つけて、このヒトはこのヒトなりに私たちがもう一度訪れるのを待っていたのかもしれない。

「報告が行って知っているとは思うが、俺たちは依頼でしばらく宿を借りてこの街に滞在する。情報があればこちらで聞くことが出来るが」
「いや、このままギルドの方まで来てくれ。狭いがそのくらいの部屋は用意できる」
 自己紹介をしようとすると
「そんなのはいい。大体分かる」
 そう言ってずんずんと歩いていった。

 ◇

 出張所所長の後ろをついて歩くのは昨日も通った道だ。
 南の正門から北の出入り口となる門まで徒歩で四半刻ほどでたどり着く『宿場町カマル』は物資が補給できる宿場町の中では規模の小さな街で、門を通った入り口から、見張り台を通りすぎれば、歩かなくて済む距離に宿がある。
 うらへ続く通りを行けば、ギルド出張所はすぐそこだ。
 建物同士はあまり距離を空けずに建っていて、道は大通りのほかはあまり広くなく、馬車の代わりにウッシーが牽引する牛車と、ヒトが牽く荷車や人力車、小型魔導車が荷運びの主な手段として利用されている。
 王都からもさほど近くなく、近隣の地域は多くが砂漠で、北に大都市である『城郭都市ワルゴ』があるものの、そこへ至る距離は王都へ至るよりも遠い。北東の迷宮都市カルディナとの距離はさらに遠く、海に面さず川や湖もなく東は険しい山岳地帯になっていて交易にも適していない。
 訪れる人の数は多いが、その殆どが一時的な休息と通過点としての利用に止まる。
 それでも『カマル』が宿場町として一応の発展を遂げているのは、『ガレディア王都』から見れば利便性に優れること、砂漠を移動する『遊牧民』の交易相手として地理的に適していること、ヤマルの森が近く、山岳地帯からもたらされる地下水にもいくらか恵まれたこと、いくつもの恵まれた点があげられる。
 広さや人口に基づく大きさこそ小規模だとしても、不自由なく暮らせる豊かな街だ。
「あんたら王都の人間から見たらボロい建物で悪いが……」
 冒険者ギルド出張所の所長は、ギルドの建物の前に着くなりそう言った。
 ガイアスくんは所長のそれに対して肯定も否定もせず
「名を聞いていないが、所長と呼べばいいのか」
 そう言って彼の名を尋ねた。

 ◇

 ギルド建物の2階の部屋に通され、しばらくすると職員のヒトによってお茶が運ばれてきた。
 部屋の中はテーブルと椅子、書棚に書類の束や綴りがびっしりと収められている。
「もう手に入れているかもしれないが、これがこの街の見取り図だ。一応決まりなんで渡しておく」
「ああ、助かる」
 受け取った見取り図には観光向けの地図ではわからない建物の詳細も書かれている。
「依頼の指示だが、あんたらのパーティには荷馬車が移動する日中に街の衛兵と派遣された兵団との交代で街の外側を見張ってもらう」
「かまわないが、夜間はどうしているんだ?」
「それはこちらで何とかしていく。先ずは日中を頼みたい。時間は門が開いてから閉まるまででいい」
「了解した」
「東西南北に設けられた見張り台と、門に駐留する衛兵たちで常時監視しているのに加え、あんたらを含む増員で幹線道と街の警戒網を強化する。その間に腕に覚えのある連中が街へ戻ってくる手筈だ」
 所長はそう言うと一息ついて、まだ温かいお茶をズズっと音を立てて飲んだ。どうやら自警団のようなもので乗り越えようとしていて、人材に当てもあるようだ。

「俺たちはそのヒトたちが戻るまで繋げればいいんだな」
「そういうことだ。大して日数はかからない。今ある戦力でも十分やっていけたろうに、上は大仰で嫌になるね」
 所長はぶつぶつと文句を言っている。
 結局ガイアスくんが名前を聞いても名乗ってもらえなかったのでそのまま『所長』と呼ぶことにした。

 所長さんと話終えたあとは周辺警護に加わることを報告し、持ち場について相談し合うため街の中に設けられた衛兵の人たちの詰所へ向かった。
「冒険者ギルドから派遣されたパーティのヒトたちか。しばらくの間よろしく頼む!」
「こちらこそよろしく。早速だが状況は?」
「変わりない。我々で対応が可能な状態を今のところ保っている」
「持ち場についてこちらで相談するように言われてきたんだが、俺たちに具体的な指示があれば出してくれ。出来るだけ希望に沿うつもりだ」
 街の衛兵を代表した5人ほどに案内された部屋で持ち場と交代について話し合うと、途中で『百犬隊シーバ隊』の話題に移った。
 彼らははじめ街と森を中継する地点の森に近い範囲に警戒網を張り巡らせて、街には物資の補給を兼ねた休息と待機中の隊員との交代のために訪れるくらいだったそうだ。
 それが2日目に街の方へ申し出があって、本陣ごと南から北上し、森から離れて街へ近い範囲に移動、最終的に街から少し離れ、よりワルゴに近い北に弧を描くように展開して常に魔物の侵入を防ぐ警戒網を巡らせていたそうだ。
 ワルゴからの要請を受ける前に。
「すでに北に何かあるとは察知していたかもしれませんね」
 犬族に限らず一部のヒトたちはあらゆる感覚に鋭敏で、察知の能力を強く備えていることがある。その能力は回避に活かす以外にも事前に危険に備えることにも活かされる。

 ─実際、西の砂漠のイビルキャットより、城郭都市ワルゴを襲って輸送経路をふさいだ魔物の方が一般的に認知される魔物の強さも強く報告される数も種類も多かったと報告されている。

 城郭都市ワルゴまでここから馬を乗り継いで半日、彼らの魔力と身体能力で考えれば援軍の要請からさほど時間をかけず到着できたろう。
「ワルゴの状況は分かるか?こちらに来た報告では魔物の侵入を防いで既に制圧されたとなっているが本当か」
「輸送経路を取り戻し都市への侵入を阻止しているのは本当だ。結界と城壁があるからな。一定以下の魔力で構成された魔物が都市の結界を破るのは難しい。だが制圧出来たと言うのも正しくない。今も交戦中だ」
「それほど強い魔物はいないと聞いているが違うのか」
「……魔物の種類は『森林蛇』『砂蛇』『マグナスレイブ』『熱蛇』『草原ウサギ』に似た『毒ウサギ』だ。目立った属性攻撃もしてこない、『毒ウサギ』を除いてどこにでもいる魔物だ」
「雑魚ばかりではないか。なぜこんなに時間をかけている」
 ロデリックくんが驚いた顔で言った。
 エレイナさんやバッシュくんたちもそれを否定せず、一緒に驚いている風がある。
 ガレディア王都付近でも頻繁に目撃され討伐対象として常態化している魔物だけれど、魔物スライムやゴブリンより強いことは勿論、3種類ともイビルキャットよりも強い扱いになっている。
 私から見ると強力な魔物に思えるけれど、頻繁に現れる魔物を怖れていては冒険者として務まらない。
『戦える』というのはこのくらいの魔物を雑魚として認識できるくらいからを言うのだと妙に納得出来た。
 銀級になると殆ど立ち入れない場所が無くなる所以だ。
「そんなにも数が多いのか」
 ガイアスくんが聞くと
「真相はわからないが減らないらしい」
「減らない?」
「届いている報告では一度に現れる数は多くて2000体程で、一気に減らそうとしても全滅させる前にまたどこからかおなじだけ現れるという……増えもせず、減りもせず、昼も夜も境がない。実質数万とも数十万とも知れない魔物と戦ってるような状態だ」
 衛兵のヒトが苦い顔で言うと、それまで黙って耳を傾けていたシナップくんが言った。
「悪辣な仕様なのだ!」
 すると衛兵のヒトの一人が「仕様。そうだなそれが仕様だというなら悪辣だ。キリがない」
「ワルゴの兵力から見れば数も強さも矮小だが、それを絶えず繰り返しているとなると話は別だな」
 ロデリックくんが言うと、衛兵のヒトたちがうなずいた。
「今は倒すのではなく、魔物が現れる周囲の幹線道路沿いに隙間無く結界陣を敷いて輸送経路への魔物の侵入を防ぐやり方で対応しているそうだ」
「そのやり方は永続的に可能なのか?」
 ロデリックくんの問いに衛兵のヒトたちが「今のところ長期間運用は問題なくできるらしい」互いに情報の信憑性を確かめるように顔を見合わせてから答えた。

 ◇

「それでは明日からよろしく頼む」
「こちらこそよろしく」「よろしくお願いします」「よろしくなのだー」対応してくれた衛兵のヒトたちに見送られ、詰所を出ると、私たちは渡された紙を持って、今度は街の自警団の詰所にやって来た。
 冒険者ギルド出張所よりも大きな建物で、背が高くて立派な立て看板にはデカデカと『カマル極真流武術』と書かれている。
「おかしいな。自警団の詰所じゃないのか?」
「いや、地図でもここが自警団になっているぞ」
 私たちがちょっと入り口で迷っていると、バッシュくんとシナップくんがトコトコと中にはいっていこうとする。
 そして動かない私たちを振り返り
「?」と首を傾げた。

 クイクイ、っとノアくんが私とエレイナさんの服の裾を引っ張って、指差したのは『カマル極真流武術』と書かれた大きな立て看板のずっと下にもう1つ取り付けられた木板。
 見ると横向きに『カマル自警団』と刻まれている。
「断言するぞ。この街の自警団の長は相当なひねくれ物だと」
 ロデリックくんが屈んだ姿勢で言った。

 自警団の建物に入ると、間口の広い出入り口は一段上に床が設けられた玄関になっていて、奥から威勢のよい掛け声やぶつかるような物音が聞こえてくる。
「いらっしゃいませー、ご用の方ですか?」
 入ってすぐの入り口では身分証明を求められるようなこともなく、すんなりと待合室に通された。
「よぉ、遅かったな。待ちくたびれて汗かいたわ」
「所長?!」
 しばらく待って私たちの前に現れたのは、冒険者ギルド出張所の所長さんだった。

 ◇

「衛兵との話で俺たちは日中、朝のうちは正面の門から南へ出て、東の山岳地帯方面の警戒にあたって、昼頃に王都の方面へ警戒範囲を移してそのまま夕刻まで警戒に当たる。それだけでいいのか?それだと、実際に俺たちが警護できるのは街の南側だけになる」

「それでかまわん。街の東西南北には見張り台の衛兵や門の兵士が見ているし、魔力探知の出来るものも立てている。あんたらに見て欲しいのは見通しの悪い山岳地帯とここから多少視界の悪い王都方面だ。南のあんたらに魔物や危険な野性動物が近づくようなら合図で知らせるし、門や幹線道に危険が迫っても知らせる」
「陣を張ってもかまわないか?」
「見張りの視界を遮る真似と、あんたらの姿がこちらで視認できなくなるようなことさえなければ、そっちのやり方に口を出す気はない」
「了解だ」
「……ずいぶん素直で助かる」
 所長さんがぶっきらぼうに言うと、ちょうどそのタイミングで入り口で対応してくれた女性団員のヒトがお茶菓子を乗せたお盆を持って部屋に入ってきた。
「茶菓子なんて頼んでねぇぞ」
 所長さんが言うと女性がピシャッと言った。
「団長にお出ししてるんと違います。副団長と会計さんには許可ももらってますしな」
 所長さんが黙った。
「『カマル名物あんころ餅』です。乾燥地帯で独特の進化をした珍しい豆の美味しい餡なんです。どうか食べていってください」
 そう言って女性が部屋から引き上げていった。
 お皿に美味しそうなお餅が盛られている。
「美味しそうなのだ」「美味しそう」「美味しそうだね」
「うまそうだな」
 女性は食べてと言っておいていってくれた。
 でも勝手に食べるのは。
 バッシュくんたち3人の円らな瞳が所長さんの方を見つめる。
「慌てて喉につめるんじゃねぇぞ……」
 どうやら許可が下りたらしい。
「ありがとうなのだー」
 察したシナップくんがお餅をお皿から取って、バッシュくんとノアくんも続いた。「ありがとう」「いただきます」
「な、何がありがとうだこら!たべろなんて言ってねぇぞ!」
「食べなきゃ喉には詰まらないのだ。さっきのヒトは『食べて』って言ってくれたのだ。往生際がわるいのだ」
 お皿に乗っていたお餅が残らず無くなると、所長さんが
「明日まで手が空いているあんたらに1つ相談なんだが」
 と言って話を切り出してきた。

 ◇

「いやあ助かりますわ。本当ありがとうございます」
「こちらこそ『カマル名物あんころ餅』ごちそうさまだったのだー」「ごちそうさまでした!」
 シナップくんとノアくん、バッシュくんの3人が愛想よく自警団の女性と話している。
 私たちは所長さんに頼まれて、自警団の建物の修理を手伝っているところだ。
 といっても、建築の技術を持ち合わせていないので、指示に従って動いてるだけなんだけど。
 所長さんはというと、私たちに修理の手伝いを頼むと「明日の朝警戒に出る前にギルドの方へ寄ってくれ。新しい報せがあれば渡す」と言ってギルドの出張所へ帰っていった。
 どうやら昨日留守にしていたのは自警団の建物の修繕に忙しかったためのようだ。
「稽古中にたま-に建物壊してしまうことがあるんですわ。強い素材選んで、一応魔導士さんにも術で強化はしてもらってるんですけど。キリがないんで自分等でも修理をするんです」そう言って女性が笑った。
「先日物凄い強いヒトらとの手合わせで刺激もらったんは良かったんですけど。気合いが入りすぎて、大きく壊してしまいまして、でも魔物騒ぎのせいで人手が少なくなってしまって」

 なるほど。

「出張所は所長さんともう一人ヒトの2人だけで切り盛りを?」
「いえいえ。あと3人職員は雇ってるんですけど、今は生憎情報収集で出払ってて」

 事務仕事の多い冒険者ギルド出張所の所長をやりながら、自警団の団長。
 かなり無理してそうだなぁ……。
 私の内心を推し量ったのか、女性が「自警団は団長の趣味というか息抜きみたいなものだから、取り上げたらそれはそれで、息抜き失くして難儀するんです」そう言って苦笑した。
 それから夕刻前まで修理を手伝って、途中ガイアスくんたちは団員のヒトたちと軽く手合わせなんかもしていたようで、宿へ帰る頃にはすっかり打ち解けていた。

「街の外も異変の報告はないみたいだしよかったわ。これからこうして警戒を強化したままが続くのかな」
「今後の状況次第だが、そうするのが無難だろう」
 滞在中の宿の部屋で明日の確認を行いながら話す。
「もし今よりすごい数の魔物や強い魔物が現れたら?」
「少なくとも主要な輸送経路と今ある牧場や農場は護る必要がある」
「私たちで敵わない魔物が……」
 エレイナさんが続けようとすると遮ってロデリックくんが言った。
「エレイナ、私たちだけで戦うわけではない。それに君は今のままでいるつもりなのか?」
 するとガイアスくんが「いいこと言うじゃないかロデリック。エレイナ、俺たちより強いヒトはいくらでもいるし、敵わない魔物もいるだろうが、敵うように精進すればいいことだ」
 そう言うとガイアスくんがバッシュくんたちの方を見た。
 就寝前に3人で本を読んで勉強をしている。
 朝はガイアスくんたちと軽く体を動かして体力をつけようと頑張っているそうだ。
 偉いなあ、そう思って見ているとジャックくんが不意に言った。
「なあ、一寸前から気になってるんだが、心なしかシナップが縮んでないか?」
「えッ?!」
 思わぬことを言われたエレイナさんが声をあげた。するとガイアスくんがシナップくんを見ながら
「……そういえば。少し小さくなったか?」
 と首をかしげると、ロデリックくんが
「今さら何を言っている。どころか、小さくなっているだろう」とすました表情かおで言った。

 ええ……。そんなことあるの?
 私たちはバッシュくんたちと熱心に本で勉強をしている、少しばかり体型の丸くなったシナップくんを部屋の角に寄って眺めながら困惑した。

「思い出してみるといい。この間までガイアスの背負袋にシナップ一人が入って顔を出して一杯だった袋の口に、今はバッシュとノアと揃って顔を出して収まれるのだぞ」

 ロデリックくんから突きつけられる現実。
「あれはガイアスの背負袋の性能とかじゃなかったのか」
「ぐ、具合が悪いとかじゃないよな」
「で、でも専門のヒトに診せた方がいいんじゃ……!」
 おろおろする私たちにロデリックくんは事も無げに
「真相は本人に確かめなければわからないが、あれが本来のシナップの姿なのだろう。私が知っている狐族には変化を苦もなく使う者がいる。警戒中は変化が解けない。最初に我々が見ていた姿が変化中と考える方が自然だ」
 そう言ってのけると「あれほど違っているのに本当に気がついていなかったのか?エレイナまで。君たちの目は一体どうなっている」と、今度は信じられないものを見るような顔になった。
 私たちがシナップくんの変化へんかに気がついたこの日の夜。
 アルファルト大陸の南と北西の海から、2本の大きな光の柱が天に向かって伸びて消えていくのが目撃された。
 そしてそれを境に神話の時代が甦ったことを、私を含めまだ誰も知るよしもなかった。

 ◇

 翌日の早朝

 街の外へ警戒に向かう前に冒険者ギルド出張所へ出向くと、所長さんが私たちを出迎えてくれた。驚いたような表情かおをしている。
「?」
 どうしたのだろうかと、私たちが怪訝そうにしたのに気がついた所長さんが
「すっぽかす連中もまあまあいるんだ。こっちも留守にしてることがあるんで、ヒトを言えた義理じゃねえが、来たのは少々意外だった」
 所長さんはそう言うと、2階ではなく1階の奥の部屋に私たちを案内し受付を別のヒトに任せた。
「同業がすまないな」
「責めてるわけじゃねぇ。小さいちっちぇえ街の小さいちっこい出張所だ。上からは必要最低限の情報しか貰えねぇし、耳のはええやつならとっくに知っているようなものか、そのうち放っておいても耳に入るような情報しか集まらん。重要視する方がどうかしているんだ」
 所長さんが自嘲気味にそう言うと、ロデリックくんが
「つべこべ言ってないで情報があるなら速やかに渡してくれたまへ。そちらの愚痴など時間の無駄だ」と言い放った。
 所長さんが即座に
「お前さん、もう少しフワッとした言い回しが出来んのか。まあいい。言ってることはごもっともだよ」
 そう言うと1枚の小さく折り畳まれた用紙をテーブルに置いた。「今うちに入っている情報はこれだ。警戒に直接関係は無いが一連の魔物の件とは何かで結び付いているかも知れねぇ」
「それと、その様子じゃ見なかったようだから、報せておくんだが」
「昨日の晩、ワルゴのだいぶ北西で空に向かって白い光の柱が立つのを見た。今は消えちまって跡形も無い」
「光の柱?何なのかわかっているのか?」
「わからねぇ。夜中に突然現れて暫くしたら消えちまった。見張り台の衛兵たちも見てるんで見間違いや錯覚じゃない。衛兵たちから得た情報によると、光の柱は大陸の南と北西の海に現れたらしい。上からも同じ内容で報せが届いた。海はちょっと前から具合がよくねぇってことで、船の運行もとぎれがちで現場へ調べに行くのにも時間がかかりそうなんだと。南の柱は海じゃねぇが、レオパルド領域の向こう側だ」

 ─レオパルド領域。

 殆どの陸地が温暖で湿潤な気候で、山河と肥沃な大地に加えて深くて巨大な森林と未踏の地が数多く残された、ガレディア王国の南にある3つの国がある地域のことだ。
『水の国エステリア』『山岳要塞ウガツイ』『森の覇者レオパルド王国』
 3ヶ国とも『魔物』や『魔獣』の脅威さえなければ、住んでみたい国として名をあげられ、人々は“強者の領域”として持て囃す。その一方で“魔の領域”とも言われ敬遠されている『秘境・レオパルド領域』

「なら情報がもたらされるまで待つしかないのか」
 ガイアスくんの言葉に所長さんがうなずいた。
「出向いていくにしろ準備にも時間がかかる。陸続きとはいえ、何しろ遠いし、調査で行くなら十分対策してからでねぇと、銀級でも現場に辿り着く前に死んじまう」
 自然豊かな大地には、魔物にも匹敵する魔力量と、もとの状態でも優れた身体能力を持つ野生生物が跋扈する。
 それ以前に、現地の環境に適応できずに死んでしまう報告も多い。
「こっちで今出せる情報はこのくらいだ。後はいま渡した紙で確認してくれ。警戒の役に立つ情報がなくてスマねぇな」
「いや、興味深い情報だよ。問題は信憑性の方だ、これは事実か」
「確証の高い情報だとしか言えねぇ。ラスター!パット!来てくれ」
「ハーイ」
 所長の呼びかけに少年のような声で、二人分の返事が返ってきた。

 ◇

 宿場町カマルの正門から街を出ると、王都へ至る広い幹線道が南に向かって長く続く。
 所長さんと話終えたあと、当初の以来通り街の警戒の任務のため、東に平原と山岳地帯、南に幹線道の通った平野を見渡すことの出来る少し小高い位置に着くと私たちは、周囲を見回した。
 北西には走ればすぐに辿り着く距離に宿場町カマルの門、そのほぼ反対側に幹線道を迂回させる山岳と林があって南に平原がある。山岳地帯は街の東を遮るように始まり、一度南南東へ向かってから弓なりに北東へ続いて途切れる。
 この途中に私がガイアスくんたちと入った洞窟があって、東の山岳地帯の何処かにシナップくんの天高く聳えるという塔型迷宮が隠されている。
 山岳地帯は距離が近いので、岩肌がここからでもわかるくらいだ。
「この辺りがちょうどいいか?」
「そうだな、ここなら休憩を取りながらでも遠くの魔物の様子が見える」
 ガイアスくんたちと一緒に衛兵さんからもらったカマル周辺の『魔物地図』を確認しながら見張りの場所を決めると、先ずジャックくんとロデリックくんに辺りの警戒を任せて、私たちはバッシュくんとノアくんの指示に従って防御結界の陣を整える準備を始めた。
 今日はここで交代しながら夕刻まで警戒にあたる。

 この辺で飲み物を用意できれば便利だね、などと話ながら結界の下書きとなる線を引いていくのが、不謹慎かもしれないけれど、ちょっと楽しい。
 魔力を伝えるための下地を作り終えたら『防御の陣』を構築する作業はバッシュくんとノアくんの仕事だ。
 遺跡で通路に構築した結界『防御の陣』と違い、今回の『陣』は効果範囲を広くした持続時間の短いものになる。
「ありがとうございます。これだけやって貰えれば、遺跡の時より簡素に済ませることが出来ます」「あとはまかせて」
「そうか。まだ何かやることがあったら言ってくれ」
 ガイアスくんがそう言うと、二人が
「はい」「うん、ありがとう」
 と言って作業に入った。簡素と言ってもやはり専門家の作業なので邪魔しないように、私とガイアスくんとシナップくんは少し離れる。
 バッシュくんたちが結界を張ってくれている間、手の空いたシナップくんが、小型遠眼鏡を使って周囲を見回している。
「高いところへ登らないでも、うんと遠くが近くに見えるのだ!」
 遠眼鏡は遠くの物を大きくして見ることの出来る水晶を使った発明品で、シナップくんが使っているのは衛兵さんが貸してくれた、東の大陸の国『メルン』で製造された物の改良型だ。
 重い物質で作られた旧式より、軽量で取り扱いやすく、誰でも簡単に遠くのものに焦点を合わせることが出来る。
 近々発売される予定の最新式は、魔石による魔力供給で追加の機能も付与できるそうだけど、どんな機能なんだろう。
『メルン』といえば、今でこそ有数の魔石と魔石油の輸出国となっているけれど、かつては魔力資源に乏しく、魔力に頼らない工業製品の開発と製作に力を注いできた国だ。
 その甲斐あって『メルン』の技術力は『創世記テラ聖書』に登場する魔力の無い大地さながらに向上してきた。
 いわば魔力資源の乏しさをバネに成長してきた国家なのである。
 近年は相次ぐ良質な魔鉱山や魔石油の発見と、精製技術の向上で、それらを輸出するだけで財貨獲得が可能になったことで、工業技術向上の方は緩やかになっている。
 それでも工業大国の名を欲しいままにしている事実は揺るがない。高品質で精巧な省魔力製品といえばいまなお『メルン製魔導具』である。
 魔導の才に恵まれなくても『メルン製魔導具』があればなんとかなる!とまで言わしめるのがメルンだ。
 独特の武器や防具も発達していて、万が一メルンが敵国になった場合、多くの国が勝つことが出来ないとすら言われている。
「ここは丘みたいになってるから、遠眼鏡が無くても遠くまで見えるが、遠眼鏡だと魔物の種類もすぐに特定出来て面白いもんだな」
 シナップくんから遠眼鏡を借りたガイアスくんが、『魔物地図』に示された魔物の動きに変化が無いのを確認しながら言った。便利な道具だけれど、視えるのは都度狭い範囲なので、全体を見渡すヒトと組んで見張るため、借りた3つを順番に使って魔物の情報を共有する。
 光属性の魔術師の中には魔力で遠くを見通す能力を持つ人もいるそうだけれど、数は多くない。
 私とエレイナさんも遠眼鏡で周辺の魔物を確認し終えると、ちょうどバッシュくんたちの作業が終わって『防御の陣』が完成し、「早いな」とガイアスくんが感心して言った。
 エレイナさんが、魔力切れを起こしていないか確認すると
「奮発してたくさん魔力布と魔石を使ったから大丈夫!」と軽快な声で返事が返った。
 6人で均等に分けた、シナップくんの塔型迷宮メイズで手に入れた魔石を、バッシュくんたちは換金せずに術を行使するために利用しているみたいだ。
 魔力布は魔力を紡いだ糸で出来ていて、高度な魔導技術で作られているが、密度の高い物質で出来た糸に比べはるかに脆い。
 けれど、魔力そのものなので魔石のような使い方が可能な上、線を引いたり、文字や絵、色づけもすることが出来ることから、逆に脆いというその特性を利用して、結界などの構築に広く利用されているものだ。
 魔力の消費と共に消えるこの布は、古い時代からあって、そのままでも紙や一般的な布より少し高く、予め術式の設計図が描き込まれた物は高値で取引されている。
 『魔力布』の始まりは、魔力量と魔導技術に長けた家で落書き帳のように使用されていたのが最初、と言われているけれど真相はよくわからない。
 けれど私はとある事情からきっと本当なのだろうと思っている。
 似たような物に『魔力紙』があって、こちらは複製本や魔導書に利用されている。
 シナップくんの塔型迷宮メイズで自由にして良いと言われる本は、『魔力紙』で作られた『複製本』と『魔導書』だ。
 元の『紙』で出来た本は別の場所に厳重かつ、大切に保管されている。
「石や、木板、粘土の本もあるけど、一番貴重で高価なのは紙で出来た本なのだ!紙は高いのだ!作るのが大変で手に入らないのだ!」
 と言って最初の頃は紙で出来た物を見るとちょっと驚いたりしていた。
 魔力の高いシナップくんにとって、魔力は一晩休めば回復する安価な材料で、それを原料にした魔力製の紙を作ったり複製する方がよほど安くて、作るのも容易い簡単なものなのだ。
 それで「紙の原料となる木や植物はすぐに育つというものではないから、紙が貴重ではないというのは間違いなのかも知れないけれど、原料さえあれば、紙作り自体は難しい技術では無くなっているんだよ」と教えると、シナップくんはとても感心してくれた。
 結界の中に見張りながら休める場所も用意し終わるとエレイナさんが『防御結界』が完成したことを、ジャックくんとロデリックくんに声をかけて知らせた。
 2人と入れ替わって、今度は私とガイアスくん、エレイナさんの3人と見張りを交代し、シナップくんとバッシュくん、ノアくんには『防御の陣』の中でいざというときの補助や援護のために魔力を温存していて貰う。

「昼飯を食い終わった頃に呼んでくれ」
 持ち場を入れ換わるときにふたりに声をかけると、2人とも手をあげてうなずいた。
「魔物の様子に異常は見られないようだな」
 ガイアスくんが景色を見渡しながら言うと、遠眼鏡で周辺の魔物を確認しながらエレイナさんが「これ迄もそう見えていたのが、いつの間にか囲まれていたっていう話なのよね」
 と慎重に言った。
 悲観してというよりは、受け取った情報からそう警戒せざるをえないからそう言ったという感じだ。
「それに。所長さんが教えてくれたあの話」
 エレイナさんが遠眼鏡を使うのを止めて周囲の景色を見たままで続けた。
「しゃべる魔物と、導具を使う魔物の話をガイアスとマクスさんはどう思う?」

 ◇

『冒険者ギルド、カマル出張所』から私たちにもたらされた魔物の情報は、俄には信じられない、けれど無関心でもいられない情報だった。
 西の砂漠の村を襲ったイビルキャットの群れの中に、話す個体がいて、戦いで傷付くと瓶に入った回復薬を使用して回復したという話と、馬車を襲った魔物が、荷台から荷物を奪い去っていったという話。
 荷の中には回復薬も入っているのはよくあって。
 二つの情報は奇妙に連動している。
 魔力補給目当てで、魔物が魔力の高い馬や人を襲って食べてしまったり、荷台の中の魔力値が高い荷物を漁るなどは、これまでにも日常的に報告されてきた話だ。
 けれどそれが、人が作った導具を自分たちが使うために襲い奪って行った、となると様相が変わってきてしまう。
 情報の詳細を話してくれたのはラスターとパットという名の職員さんだった。
 2人とも少年のような姿をしていたけれどラスターくんは開拓者とも呼ばれる元は探索者ギルド出身者で、パットくんは冒険者をしていたところ情報収集の能力を買われ専門の職員となったそうだ。
 探索者歴、冒険者歴は共に7年近くと若い見た目の割に長い。
 情報はこのふたりが直に見聞きして集めたものだ。
 公表されている、たまたま村の祭りに訪れていた冒険者というのは、別件で村に入っていた彼らのことだった。
「見たことを話してやってくれ」
 所長さんに言われてふたりが話してくれた内容は、一匹のイビルキャットの指示に従うように連携を取る魔物たちと、戦闘になった際に一匹のイビルキャットに人の言葉で話しかけられたというもの。
「喋っただけでも此方はビックリなのに、信じられない話なんですが、なんか仲間にならないかと勧誘されたんですよ」
 そう言うとラスターくんの顔がひきつったようになって、笑っているかのようになった。
「嗤っちゃいますよね。信じなくて良いです」
「でも本当なんです!俺もその場にいたから」
 パットくんがそう言うと所長さんが
「と、いう具合だ」と言って話を締めくくった。
 喋るイビルキャットは捕獲は出来ず討伐されて証拠はない。

 ◇

「“ヘスリン駐留場”で教えてもらった“噂”の真実味が増してきたな」
 彼らの話を馬鹿馬鹿しいと切って捨てたりするのは簡単かも知れなかった。けれど、私たちにはそれが出来ない。
 何故なら、私たちは話す魔物のヒルデブラントくんを知ってしまっていたし、シナップくんの塔型迷宮メイズにいる魔物たちは『契約』して塔に留まっている魔物ばかりだ。
 話すことが可能か否かは別として、少なくとも『魔物』は私たちが知っているよりも、物事を理解できているし賢い。
 ─それもはるか昔から。
 シナップくんは言った。
「賢くなってて当たり前なのだよ。だって『魔物』ボクたちはキミたち『ヒト属』よりも、ずぅっと前、先にこの世界に産まれているのだから」
 シナップくんが自分を『魔物』だというのが、自身を卑下して言っているのではないことに、私はようやく気がついた。

 ◇

「しゃべる魔物と、導具を使う魔物の話をガイアスとマクスさんはどう思う?」というエレイナさんにガイアスくんが
「いくら思っているより魔物にも元から知恵が備わってるといっても、イビルキャットが喋ったり、計画的に荷を奪っている可能性があるとなると、流石に様子が変だろ」
「だよね」「そうよね」
 ガイアスくんの言葉にエレイナさんも私も同意する。
 魔物が人や動植物に比べ変化を起こしやすいと言っても、ちょっと聞かない変わりようだ。
 仲間って、街や人を襲う仲間の勧誘だろうか。
 警戒の途中、幹線道からも街からも離れた場所で、野生の草原ウサギが魔物に襲われているのが何度も視界に入ったけれど、一方的にやられているわけでなく、反撃したりして逃げおおせていたり、逆に追いかけ回したりするくらいだった。

 お昼を過ぎる頃になると『防御の陣』の方から声がして、ロデリックくんとジャックくんがこちらへ歩いてきた。
 交代の時間だ。

「変わりはないか?」
「ああ、平常通りに今のところは見える」
「こちらも似たものだ。遠くに馬車が襲われるのを見たが、魔物ではなく犯行は野盗で護衛と巡回の衛兵に捕らえられていた」
「南側の視界の警戒に当たっている衛兵からも特に合図はない。念のためこちらも見渡したりしたが、問題があるように見えない」
 お互いに様子を報告しあって持ち場を換わり、『防御の陣待機場所』に戻ると、バッシュくんたちが私たちのお昼の準備をしていてくれて、折り畳み式のテーブルの上にパンや乾パンや飲み物を注ぐための湯呑茶碗が用意されていた。
 テーブルから少しずらした位置に置いた、少し背の高い椅子にはシナップくんが座っている。
「見張りにちょうど良いのだ」
 そう言って椅子からおりるとバッシュくんと場所を代わった。
 こちらでも見張りを交代制にしているようだ。
 3人とも魔導具に頼らず魔力探知が出来るので、抜かりがないように思えるけれど、野生動物の動きを察知するのは得意ではないと言う。
 私がちょっと意外に思っていると
「動物は魔力が低い割に動きは素早いし気配も隠せて強いのだ」
 とシナップくんが言うとノアくんも
「彼らは魔力の塊の魔物より効率よく魔力を扱うし、肉体が強いんです」と続けた。
 今や草原ウサギと戦えるジャックくんはノアくんにとって英雄のようになっている。
 草原ウサギ。
 さっき確かに自力で魔物を追い払えていた。
 私は様子を思い出しながら、魔石ポットで沸かしたお湯でお茶を淹れる。
 ポットは遠眼鏡と一緒に衛兵さんたちが親切心で貸し出してくれたものだ。
 温かいお茶が入ると、昼の食事の前にシナップくんと一緒に飲んで一服。
 エレイナさんとガイアスくんもお茶を飲んでほっとした表情になった。
 このあとは街の門が閉じられる少し前の、夕刻あたりまでジャックくんたちと持ち場を変えずに警戒を行って、ギルドに報告を済ませれば今日の任務は終了する。
 魔物の新しい情報も聞けるかもしれない。
 光の柱に関する情報も気にはなる。
 遠く離れた地からでも見えるほど、それも暗い夜中に何が光ったんだろう。
 上から光が落ちてきたとかなら、光の反射や流れ星、雷を想像するけれど。
 下から上に上って消えていく光というのは魔力がエネルギーを発する時光る現象だとしても不思議に思える。

「『何者か』と魔物の行動の変化に関係があると思う?」
 エレイナさんが包みから丸いパンを取り出しながら言った。
「関係あると俺は思っている」
「そうだね。私も関係あると思う」
 私とガイアスくんが答えると、シナップくんとノアくんも一緒にうなずいた。
 関係がなかったとしても、生命の危機に瀕して力が増すようなそんな類いでも説明のつかない変化が昨日今日で起こるとは思えない。自然ではない形で力が働いている。

「そういえば魔物に人用の回復薬が効果あるんだね?」
「おそらく使用されたのは魔力回復薬の方です。効果の高い回復薬なら、治癒薬の方でも魔物に効果はあるかもしれませんが、それでは薬に含まれる魔力を得ているだけなので」
 私の質問にノアくんが答えて、シナップくんがそれに補足して言った。「魔力回復薬の方でも、人用のは身体に作用して回復させるものだから、魔物の回復に人が使うのと同じに効果はないのだ」
「なるほど」
 それから少し経ってノアくんが見張り用の椅子に座ると、交代してバッシュくんが私たちの方へ戻った。
 魔石ポットのお湯で淹れてもらったお茶を飲むと、バッシュくんの表情がほわっと緩む。
「山の方をこんなにじっくり見たのは初めて」
 そう言うとバッシュくんが両手をあげて伸びをした。
 山のずっと東側で雨が降りはじめたらしく、高いところに雲がかかって霞んで見える。

「バッシュたちはいざというときの要員だ。休んだままで良いんだぞ」ガイアスくんが言うと、ビスケットを食べ終えたシナップくんがお茶を飲んで一息入れてから、バッシュくんの気持ちを代弁するかのように言った。
「それだと暇でボクたち面白くないのだ」

 ◇

「日が傾いてきたな」
 先ほどまで強めの日が射していたのが緩やかになっている。
 街の方でも門を閉じる準備が始まっていて、南に少し目をやると、荷を運んでいる人たちと、旅人が馬車を使わずひとり走っているのが見えた。
 旅人は荷を運んでいるヒトの連れらしく、門で先に入街の手続きを済ませるために走っているようだ。
「あの速さなら間に合いそうね」
「そうだね」
「間に合わなそうだったら、帰るついでにちょっと手伝うか」
 少人数で重そうな荷車を押している人たちを見てガイアスくんが言うと、エレイナさんもうなずいた。
 門が閉じられる前に街に入れないと、野宿になってしまう。
「そろそろ片付けよう」
 私たちがノアくんたちと見張りの椅子や台を片付けていると、ジャックくんとロデリックくんも見張りを切り上げてこちらへ歩いてきた。
 魔物の様子の報告のあと、山の雨雲を指して
「ここらも雨が降るかもしれないな」とジャックくんが言った。
 見ると東の山の雲が増えていて、先程よりかなり雨が降っていそうだ。
 このあたりは東から風が吹くことが多く、流されてきた雲が恵みの雨を降らせる。
 ただ、西にたどり着く頃には雲はすっかりなくなってしまうことが多くて『宿場町カマル』の西へ行くほど乾燥した砂漠地帯が多い。
 片付けも終えて各々の荷物を持ってゆるい丘を街の方へ下りると、荷車を押している人たちもすぐ門のそばまでやってきている。
「思ったより大丈夫だったな」
 ガイアスくんはそう言いながらも彼らに声をかけると、手伝いに向かった。
「アンタ、凄い力だな!」「助かりました!」
 4人で押していた荷車を、あっという間に門まで1人で牽いたガイアスくんに、口々に言ってお礼を言っている。
「もっと早く声をかけても良かったんだが、任務中だったんでな」とガイアスくんが言うと、4人とも首を横にふった。

 街に入って4人とも別れると、私たちはギルド出張所に報告へ向かった。
 そこで私たちは思いもかけないことを知らされることになってしまった。
「まだ公にされてない、悪い報せがある。落ち着いて聞いてくれ」
「?ああ」
 所長さんが少し躊躇するように間を置いた後、低い声で言った。
「『百犬隊シーバ隊』が全員消息不明になった」
「……冗談か?」
「最初に上がった、シーバ隊長が魔物に殺られたって報告の方は、間違いだったんだが『百犬隊』が消息不明ってのは今も訂正の情報があがって来ねぇ。残念だが」
 所長さんが難しい表情かおで言った。
「嘘だよ。そんなの、だって」
 バッシュくんとノアくんの言葉がそれ以上続かない。
「消息不明って言うのは、シーバ隊長も含めての話か」
「報告では今のところそうだ。隊長を含めた全員が消息を絶っている」
「経緯はわかるか」
「ワルゴの東門あたりに大量の魔物が出現したのを受けて、百犬隊が移動を開始したところまでは消息が確認されている。だがその後百犬隊の誰も東門へたどり着いていない」
「魔物の数が多くて到着に時間がかかっているだけということは?」
「……かもしれん。が、定期の連絡も途絶えて、それも確認できてねぇ状況だ」
「ワルゴの魔物の状況はそんなに酷いのか?結界や警備を強化したんじゃなかったのか」
「輸送経路は護られ、都市への魔物侵入も防いでいる。だが根本的に魔物の数が減らせない状況が続いて膠着している。そこに東門の新たな魔物の出現だ」
「魔物の種類は」
「届いている報告は今のところここまでだ。さっきも言ったが、まだ未公表の情報で、まとまっているわけじゃねぇ。逆を言えば訂正される可能性は十分ある、未確定の情報だ」
「そうか」
「余計な心配を増やしちまったようで悪いが、そこのおチビ2人は同族みたいだからな。何も報せないのもどうなのかと……」
 そう言って所長さんが自分の頭の後ろを強く押さえた。
 話したことを後悔しているのかもしれない。
 バッシュくんとノアくんが衝撃でぼんやりしている。
「しっかりするのだ、バッシュ、ノア!まだ何ものだ」シナップくんが力強く言った。
 
「バッシュ、ノア。シナップの言う通りだ。まだ何も決まってない。移動の途中から連絡が入らなくなってることがわかってるだけだ。俺たちだって、ちょっと前に外へ連絡できなかったが、こうして帰ってきた」
 ガイアスくんがそう言うと、ロデリックくんが片手を小さくあげて言った。
「盛り上がっているところ水を差すようだが。そもそも『百犬隊彼ら』は死ぬのか?」
「え」
 バッシュくんたちだけでなく、私やエレイナさんも質問の意図がわからず、キョトンとしていると、ロデリックくんがさらに続けて言った。
「私には死ぬところを想像することが出来ない。窮地に追い込む方法があるなら差し支えない程度に知りたいくらいだ」
 するとジャックくんまで
「そういえばそうだな?一矢報いる機会があるなら」
「無いよ!そんな機会!ふたりとも急になに言ってるの!」
 ロデリックくんたちのやり取りに所長さんが
「ふたりともからかってやるな。言いたいことはわかった、もっと解りやすく言ってやれよ」
 と声をかけると、ロデリックくんが
「解りやすいと思うのだが」
 と返したので、所長さんが呆れたように
「ならもっと語彙数を増やすんだな」
 と言い返した。
「チビども、百犬隊が東門へ誰もたどり着いていない、ということは俺がさっき言ったな」
「うん」
「それで百犬隊がどういう状態か解るか?」
「解るよ!隊員のヒトたちが全員1人も東門にたどり着けない状況になってるんでしょ」
「そうだ、だ。十中八九全員でかたまって、東門じゃねぇどこか別のところにいるんだ。隊を別けて移動したなら東門へ1人もたどり着けねぇってのは、百犬隊の面々の実力からいって、逆におかしいからな」
 所長さんの声を聞きながら、少しずつバッシュくんとノアくんの瞳が穏やかさを取り戻す。
 私もエレイナさんもロデリックくんたちが何を言いたかったのかわかり始めた。
 ロデリックくんが言った。
「バッシュ、ノア、改めて聞いてやろう。『百犬隊彼ら全員』を窮地に追い込む方法はあるのか?」

「そんなの無いよ!」
 バッシュくんとノアくんが声を揃えて言った。
 その表情かおには明るさが戻り、力強さが宿っていた。



 ────────
 ────────

 □共有アイテム□

 ◇主な食料の在庫
 内訳(長期保存食料186食分)
 ◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、各種調味料、未調理穀物5日分

 ◇魔力回復ポーション(EX102本、超回復74本、大153本、中647本、小970本)
 ◇治癒ポーション(治癒薬EX107本、超回復69本、大885本、中2,072本、小4,588本)、薬草(治癒1,059袋)1,059袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス (魔力回復薬小3本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本

 ジャック (魔力回復薬小4本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬1本)

 エレイナ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大6本、中1本、小3本)(治癒薬EX3本、超回復3本、小10本)薬草(治癒5袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 マクス (魔力回復薬EX3本、超回復5本、大5本、中5本、小10本)(治癒薬超回復5本、大5本、中10本、小20本)薬草(治癒18袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 バッシュ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 ノア (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 シナップ 『塔にあるもの全部』
 ロデリック『私物とお菓子』

 □背負袋

 ガイアス 『共有アイテム』『バッシュとノアの本』『エレイナ、バッシュ、ノア、シナップの荷物』『食糧』

 ジャック (魔力回復薬EX11本、超回復10本、大50本、中210本、小140本)(治癒薬EX1本、超回復85本、大35本、中80本、小120本)薬草(治癒10袋、解毒10袋)麻痺解除薬2本)『もしもの時の燻製肉』

 エレイナ (魔力回復薬EX3本、超回復10本、大20本、中50本、小100本)(治癒薬EX5本、超回復25本、大30本、中50本、小50本)薬草(治癒60袋、解毒20袋)麻痺解除薬2本、万能薬3つ)『お菓子』

 マクス (魔力回復薬大10本、中100本、小100本)(治癒薬超回復50本、大100本、中200本、小200本)薬草(治癒1,000袋、解毒30袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬4つ、万能薬4つ)『草』

 バッシュ (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本、石化解除薬1つ、万能薬5つ)『カリカリフード』

 ノア (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬2つ、万能薬5つ)『カリカリフード』

 シナップ 『塔にあるもの全部』
 ロデリック『私物とお菓子』


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