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第四章 過去が溶け出すアイスティー
親子鑑定【1】
しおりを挟むインターホンの呼び出し音が室内に響き、あわてて身繕いをした。父さんが帰って来たのだろう。
「……あんたはあとから来なさいね。父さん、あんたと話したがっていたから」
「うん。分かった───あ、待って」
引き止めた大地の指が、私の後ろ髪を梳いた。
「これで、大丈夫」
「ありがと」
こそばゆい思いを抱えて笑うと、大地は小さくうなずき返し、玄関の方角を指した。
「早く行かないと」
……そうだった。
父さんは自分で鍵を開けたらしい。
私が玄関マットを踏んだ時には、ゴルフバッグを玄関のたたきに下ろしているところだった。
私を見て、なんだ、と言う。
「寝てたのかと思ったよ。……顔が赤いな」
「あー……うん。ちょっと、うたた寝しちゃって。お風呂入る?」
「そうだな、汗を流したい。大地くんは、起きているかな?」
「うん。起きてると思うよ」
父さんに答えを返していると、大地がやって来た。
「お帰りなさい、お父さん」
「ただいま。風呂から上がったら、話があるんだ。悪いが、もう少し起きていてもらえるかな?」
「はい。待ってます」
大地にうなずいてみせ、父さんはバスルームへと向かった。
父さんの背中を見送って、ふう……と、大地が息をつく。私の耳にささやいた。
「ギリギリセーフだったね」
「ホントよ、もう!」
軽くにらむ真似をして、脇腹をつねってやる。大地の背を押して、リビングへとうながした。
「喉、渇いてない? 何か用意するけど」
「まいさんと同じでいいよ」
キッチンから声をかけると、そんな答えが返ってきた。私は麦茶を入れた。
「ありがとう」
グラスを受け取って、大地は、あのさ、と、続けた。
「昼間の……どこか行きたい所はないかって、話」
「うん」
「あれ、遊園地とかでもいい?」
私は思わず噴きだした。大地が眉を上げる。
「なんで笑うの? 子供っぽいとか、思った?」
「ううん。そうじゃなくて。
大地、どこでもいいって言ってたから、私も何年も行ってないところで、行きたい場所を考えてて。遊園地かなぁって、思ってたから」
「そっか。同じこと考えていたんだ」
顔を見合わせて笑う。
そこへ父さんが、リビングに入ってきた。タオルで髪を拭きながら、私達を見た。
「なんだ? 二人して、楽しそうだな。父さんも、交ぜてくれるか?」
「いいですよ」
「ヤダ」
真逆の反応を示す私達に、父さんは笑うに笑えないといった、複雑な表情をした。
ゆっくりと髪を拭く手を止めて、タオルを首へかける。
「……舞美。何か飲み物をくれるか」
「うん。ビールでいい?」
「いや。真面目な話をしたいんだ。アルコールは入れたくない」
「……分かった。麦茶、持ってくるね?」
言い残して、キッチンへ向かう。
真面目な話、と言った父さんの顔が、怖いくらい真剣だった。
なんか……ヤな感じ。
父さんは麦茶に、バカみたいに氷を入れて欲しがる。
ファミレスで飲む、フリードリンク並みに薄まってしまうだろう麦茶のグラスを、父さんの前に置く。
「はい。……私、席を外した方がいい?」
なんとなくそんな気がして訊いたのだけど、父さんは首を振った。
私は、大地の座るソファーの隣に、腰を下ろした。
カラカラと音を立てて、父さんが麦茶をごくりと飲みこんだ。
大きく息をついてから、思いきったように口を開く。
「ずっと……二人には詳しい事情を話さずにいて、済まなかったと思う。
なかなか、話を切り出すタイミングが、つかめなくてな。
だが、今日、聡子義姉さんが来たというなら……私の話を聞いてもらいたい」
意思を確認するように、代わる代わる、私と大地を見つめる。
それから、視線を宙に定め、両手の指を組んだ。
短く、息をつく。
「───私が、大地くんのお母さん……亜由美さんと知り合ったのは、彼女が当時勤めていたスナックに、同僚と飲みに行った時だった。
きれいな子だな、というのが第一印象だった。
甘えるのが上手で……でも、金品を欲しがってねだるような感じではなくて……そう、愛情に飢えているような女性だった。
一人で生きていけなさそうな、か弱い女性にみえて放っておけなくて……そうこうするうちに、男女の仲になった。
……母さんと……祥子と正反対の彼女に、惹かれてしまったんだ」
───ひとくちだけ、麦茶を飲んだ。
注いでから大分経った氷の入らない麦茶は、生ぬるくなっていた。
私の隣で大地は、身動ぎもせずに、父さんの話を聞いていた。
「半年ほど彼女の元に通った頃だったと思うが……休みにもかかわらず、仕事だと嘘をついて、彼女の家に行った日の夕方だった。
家に帰ると、舞美、お前が一人で泣いていた。
リビングで膝を押さえて。
訊けば、自転車で無茶な運転をして遊んでいて、転んだと言うじゃないか。
急いで風呂場で傷口を洗い流してやったが、砂利が入りこんでいて……傷自体はそれほど深くはなかったと思うが、しばらく痕が残ったそうだな───母さんに、聞いた」
確かに……あの時の傷は、何年も消えることなく残っていた。
小石がめりこんだ状態を表すかのように、茶色いシミになって、ポツポツと。
傷の痛みのせいと馬鹿な遊びをした自分の浅はかさに、涙が止まらないでいた私を見て、血相を変えた父さんが、傷口を洗って、手当てをしてくれたっけ……。
痛みの度合いは忘れたけど、父さんがそうしてくれたことだけは、覚えてる。
「私はその時、バチが当たったんだと思った。
明るく家を取り仕切る母さんや、何も知らずにいるお前を裏切っていることに対して───。
そうして、目に見えない形で、私の大事なものが、徐々に奪われていくように思えた。
……急に怖くなって、私は亜由美さんに会うのをやめてしまったよ。
しばらくして、彼女が他の男性と付き合っていると、風の噂で聞いた。
それ以降……私は、亜由美さんの消息を知らなかった。
大地くんが私の元に、彼女から私宛ての手紙を、携えてやってくるまでは」
父さんが口を閉ざすと、沈黙しか残らなかった。
私に言えるべきことは、何もなかった。大地も恐らくそうだろう。
膝の上で、父さんは組んだ両手を強く握りしめた。
言いにくそうに唇をひき結び、それから大地を見た。
「だからというわけではないが、私には、正直、君と私のあいだに本当に血の繋がりがあるのかどうか、分からないんだ。実感がもてないというか……」
「父さん! いまさら何言ってるのよ、大地を引き取っておいて!」
「しかしな……」
「───分かります。お父さんがそう考えるのも、無理はないと思っていました。実際、母の男性関係は、派手でしたから。
僕だって、刷り込みのようにお父さんの写真を見せられたり、まいさんのことをお姉さんだって教わってなかったら、信じられなかったと思いますし」
「大地……」
やっぱコイツ、物分かり良すぎだ。
本当なら、怒ったって、いいはずなのに……!
そう思う一方で、これが大地の処世術なのかもしれないと、気づく。
そうやって大人に理解を示しておけば、邪険にされることがないと知っての。
大地は、そうすることでしか、大人と向き合えないのだ。
一番身近にいた母親に、嫌われたくない一心で身につけたであろう処世術───なんて、不憫な子だろう……。
「彼女と付き合っていたのは、今から十八年くらい前になるから……時期としては合っているし、何より、本人がそう言っているんだ。間違いないだろう。
そう思って、大地くんを引き取った。
だが、日を追うにつれて、君と距離をおいてしまう自分に気がついた。
大地くん、君もそうだろう?」
「……はい。
でも、僕の場合は、血の繋がりを疑っているんじゃなくて……父親と、どう接したらいいのかが、分からないだけなんです」
「───そうか。これは、私の勝手な願いなんだが……」
一拍おいて、父さんが大地を見据える。
「君さえ良ければ……いや、すぐにでなくともいいんだが───DNA鑑定……私との、親子鑑定を、して欲しいんだ」
「ちょっ……」
私は言葉を失った。
大地がウチに来て、何ヵ月も経った今になって、血縁関係に白黒つけるだなんて……。
「分かりました」
動揺を隠しきれない私の隣で、大地は静かにうなずいた。
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