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宴もよう〜花嫁に告ぐ〜
【二】
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「私があの時……お前がまだ“仮の花嫁”であるうちに、元の世界に帰ることを強く勧めていれば───」
「百合子さんに、責任はないですよ。決めたのは私ですし」
“陽ノ元”に来て日が浅いうちであれば、咲耶が深く思い悩むこともなかっただろう、と。
憂いを帯びた眼差しを半ば伏せる黒い“花嫁”に、咲耶は覆い被せるように否定した。
話題を変えるため、徳利を両手に掲げる。
「さ、呑んでください。にごり酒と清酒、どっちにしますか?」
「……お前の盃は水か」
「私、下戸なもので」
「では私も」
「いえいえ、百合子さんは遠慮なさらずに。ささ、どうぞおひとつ」
にっこりと笑って見せれば、めずらしく表情を和らげて百合子が微笑んだ。
「では少し、いただこう」
困ったようにも見える笑みに、咲耶は一瞬、手元を狂わせかけながらも、なんとか酌をする。
「……なぜ震えている」
「や、百合子さんが綺麗すぎてまぶしくて、つい……」
「ハクコを従えておきながら、いまさら何を言う」
「あはは……。あれ、闘十郎さん、は……っと」
あきれたように咲耶を見返す美女の、右隣にいたはずの少年が、いつの間にやら“眷属”の輪に加わっている。
「放っておけ。端で観ているより一緒に楽しむのが好きな男なのだ」
「ああ、なるほど。
それにしても……茜さん達、遅いですね」
咲耶の左側には、茜と美穂の席が用意してあった。
そのうち来るだろうと始めたはいいが、さすがに何かあったのかと心配にもなってくる。
「お前は、美穂が先日まで屋敷から出られなかった事情を、知らなかったのだな?」
「はい……犬朗から聞いて、びっくりしました」
「詳しいことは?」
「いえ。でも、変だなと思ってたので、そういう意味では納得したというか……」
最初におかしいと思ったのは、咲耶がひと月ほどの眠りについた時だ。
美穂が咲耶の身を案じ【百合子に様子を見てきて欲しいと頼んだ】と聞き、違和感を覚えた。なぜ、美穂自身が来ないのかと。
「美穂さんの快活な印象からして出不精って感じじゃなかったし……それで、何か事情があるのかもって考えてました」
“神獣の里”の長であるヘビ神───香火彦から、この二十数年間、
「屋敷から出てはならぬ」という“禁忌”を課せられていた赤い“花嫁”。
それが、当のヘビ神の“毛脱け”により、恩赦という形で解禁されたらしい。
「香火彦がやったことで自分にゃカンケーねぇって、煌の奴が言ったんだと。
……っとに、身勝手な言い分で振り回されるよなあ、この国の“花嫁”サマ方はよぉ」
美穂のことだけでなく、咲耶のことまでもを嘆きながら犬朗がそう話してくれた。
だが肝心の、そもそもなぜ美穂が、そんな“禁忌”を背負うはめになったのかは、犬朗も聞いていないようだった。
手にした盃を呷ったのち、百合子が深く息をつく。
「……美穂が己の“神力”を、軽んじた行いを為したから、だそうだ」
咲耶は記憶の片隅にあった、美穂の『過ち』として虎次郎から聞かされた話を思いだす。
───あの女は、“神力”を手に入れた当初、誰かれ構わず子を授けまくったらしい。
飢饉の年と相まって、多くの『口減らし』や『間引き』を【生んだ】そうだ───。
「百合子さんに、責任はないですよ。決めたのは私ですし」
“陽ノ元”に来て日が浅いうちであれば、咲耶が深く思い悩むこともなかっただろう、と。
憂いを帯びた眼差しを半ば伏せる黒い“花嫁”に、咲耶は覆い被せるように否定した。
話題を変えるため、徳利を両手に掲げる。
「さ、呑んでください。にごり酒と清酒、どっちにしますか?」
「……お前の盃は水か」
「私、下戸なもので」
「では私も」
「いえいえ、百合子さんは遠慮なさらずに。ささ、どうぞおひとつ」
にっこりと笑って見せれば、めずらしく表情を和らげて百合子が微笑んだ。
「では少し、いただこう」
困ったようにも見える笑みに、咲耶は一瞬、手元を狂わせかけながらも、なんとか酌をする。
「……なぜ震えている」
「や、百合子さんが綺麗すぎてまぶしくて、つい……」
「ハクコを従えておきながら、いまさら何を言う」
「あはは……。あれ、闘十郎さん、は……っと」
あきれたように咲耶を見返す美女の、右隣にいたはずの少年が、いつの間にやら“眷属”の輪に加わっている。
「放っておけ。端で観ているより一緒に楽しむのが好きな男なのだ」
「ああ、なるほど。
それにしても……茜さん達、遅いですね」
咲耶の左側には、茜と美穂の席が用意してあった。
そのうち来るだろうと始めたはいいが、さすがに何かあったのかと心配にもなってくる。
「お前は、美穂が先日まで屋敷から出られなかった事情を、知らなかったのだな?」
「はい……犬朗から聞いて、びっくりしました」
「詳しいことは?」
「いえ。でも、変だなと思ってたので、そういう意味では納得したというか……」
最初におかしいと思ったのは、咲耶がひと月ほどの眠りについた時だ。
美穂が咲耶の身を案じ【百合子に様子を見てきて欲しいと頼んだ】と聞き、違和感を覚えた。なぜ、美穂自身が来ないのかと。
「美穂さんの快活な印象からして出不精って感じじゃなかったし……それで、何か事情があるのかもって考えてました」
“神獣の里”の長であるヘビ神───香火彦から、この二十数年間、
「屋敷から出てはならぬ」という“禁忌”を課せられていた赤い“花嫁”。
それが、当のヘビ神の“毛脱け”により、恩赦という形で解禁されたらしい。
「香火彦がやったことで自分にゃカンケーねぇって、煌の奴が言ったんだと。
……っとに、身勝手な言い分で振り回されるよなあ、この国の“花嫁”サマ方はよぉ」
美穂のことだけでなく、咲耶のことまでもを嘆きながら犬朗がそう話してくれた。
だが肝心の、そもそもなぜ美穂が、そんな“禁忌”を背負うはめになったのかは、犬朗も聞いていないようだった。
手にした盃を呷ったのち、百合子が深く息をつく。
「……美穂が己の“神力”を、軽んじた行いを為したから、だそうだ」
咲耶は記憶の片隅にあった、美穂の『過ち』として虎次郎から聞かされた話を思いだす。
───あの女は、“神力”を手に入れた当初、誰かれ構わず子を授けまくったらしい。
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