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第七章 ── 関谷 尚斗 II ──
残るのは、恋慕の情だけ【1】
しおりを挟む「───そんなヤな奴がいるの?」
尚斗との学校帰り。
昼間は残暑が厳しいが、さすがに夕方も六時を過ぎると、だいぶ涼しくなってきていた。
冗談まじりに話した亜矢香のことを、尚斗は必要以上に拒否反応を示した。
露骨に顔をしかめ、さらに言葉をつなぐ。
「もし、またそういうヒドイことするようだったら、オレに言ってよ。
文句言ってやるから」
そう言うと、情けなさそうに、肩を落とす。
「……男だったら、ぶん殴ってやるんだけどなー。
女じゃ、そういうわけにもいかないし……」
「フェミニストだよね、尚斗くんて」
からかい半分に、くすくすと笑ってしまう。
尚斗は、くしゃっと髪をかきまぜた。
「っていうか。
姉貴の口ぐせがさ、男は女より腕力が圧倒的に勝るんだから、女に手をあげる男はクズだーって。
もう、小さい頃から散々言われ続けててさ。
でも、何かことあるごとに叩かれてきたのは、オレのほうなんだよね」
尚斗の話に、彼の姉の顔が思い浮かぶようだった。
きっと、快活で明るい人柄だろう。
尚斗は姉の一言ひとことを、いちいち素直に聞く子供だったに違いない。
それからひとしきり、尚斗の姉の話題が続いた。
瑤子の予想通り、男勝りなところがあるらしく、尚斗がたじたじになることも多いようだった。
「あ……うちに、寄っていく?」
いつものように尚斗に家まで送り届けられ、家の門の前で尋ねる。
三日に一度くらいは、瑤子の家で尚斗と夕食をとっていた。
「じゃあ、お邪魔します」
「どうぞ」
にっこり笑って、先に家に入って行き、尚斗を迎え入れる。
最初のうちは、両親の不在中に家に入るのをためらっていたようだが、瑤子の様子から、何やら察してくれたらしい。
尚斗が、そのことについての疑問を、口にすることはなかった。
「───今日、家の人、遅いの?」
夕食後。
尚斗に突然、訊かれた。
「確認はとってないけど……たぶんね」
両親の帰宅時間など初めて尋ねられ、瑤子は驚きながらも、そう答えを返す。
今日は金曜日。
二人とも、双方の愛人の家に泊まり、自宅に戻ってくるのは日曜の深夜だろう。
───それが、いつもの習慣だ。
「ロールケーキ食べる? フルーツが入ってるけど……」
立ち上がりながら尚斗を見る。
すると、うなずきながら視線をそらされた。
(あら……?)
好き嫌いはないと思っていたがひょっとして、あまり果物は、好きではないのかもしれない。
そう思いながらも、一応ケーキを切り分けて皿に載せ、テーブルに戻る。
「はい」
尚斗の前に差し出し、横から様子を窺う。
ふいに、尚斗がこちらを見上げた。じっ……と、栗色の瞳が瑤子をとらえる。
熱を帯びた眼差し。
(えっ……)
その意味を理解した時には、腕を引き寄せられていた。
尚斗の腕のなかへ、飛びこむ形となる。
背に回された腕に力がこめられた。
「ちょっ……尚斗くん?」
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