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弐 なりそこないの神獣
期限付き花嫁と恋仲の演技【一】
しおりを挟む黙っていれば美形の従者が、本来の姿であろう獣の耳を生やし赤い瞳に戻ったかと思えば、自らが生みだした『水の龍』を残し、こつ然と消え失せた。
(ここって……いろんなモノが突然 現れたり消えたりするわよね……)
異世界であるという“陽ノ元”に来て、はや三日目の朝。
瞳子は、未だ慣れることのない不可思議な現象に、知らず知らずのうちに溜息をつく。
「瞳子。高いところは得意か?」
「…………え?」
まるで、いつも世話をしている家畜を扱うがごとく、半透明の『水の龍』の背をなでながらセキが瞳子を見た。
「高いところ……、平気、かな?」
「馬に乗ったことは?」
「ない、けど……」
これから向かう萩原家は、ここ“上総ノ国”と隣国とはいえ、“下総ノ国”の外れに位置するという。
『タクシー』が『卓子』に変換されてしまうような世界だ。当然、移動手段は限られるだろう。
乗用車は確実にない。おそらく、良くて馬車くらいではないか。
(せめて自転車……いや、あるわけないか……)
ちらり、と。
朝日を浴びてキラキラ光り、宙に浮いた氷の彫像のようなソレを見やった。
水墨画で見るような、東洋の竜だ。しかし、生命体とはとても思えず、正直、安定感がまったくない。
──大きさで言えば競走馬くらいだが、まさか。
「えっと……これに、乗ったり……する?」
「ああ。ここから“下総ノ国”の萩原家までは、瞳子の足だと四五日はかかるだろうからな。イチが気を利かせてコイツを置いていってくれたんだろう」
(やっぱり……!)
予想通りの答えに、思わず言った。
「あの。馬じゃ、ダメなの?」
「ダメではないが……、よほどの駿馬でなければ時間の短縮にならないし、頭数も必要だ。それに、俺はともかく、瞳子の身体への負担が大きいと思うぞ」
「そっか……そうよね」
仮に乗れたとしても遠出には向かないことは、乗馬経験のない瞳子でも解る。
「……無理そうか?」
瞳子のためらいに、嫌でも気づいたであろうセキの確認に、あわてて首を振った。
「多分、大丈夫……だと、思う。それに、私の事情のせいでもあるし」
そう、半月の期限付き“花嫁”である自分の都合のほうが、なんと言っても大きい。
期限がなければ、セキにとって急ぐ旅路ではあるまいから、体力的にはともかく、徒歩で行くことも可能だろう。
「いや、俺の事情に巻き込む形になって……」
「ううん、ゴメン、大丈夫! 交換条件なんだし、気にしないで」
「……そうか。ありがとう、瞳子」
いつくしむような眼差しを向けられ、とまどっていると、馬にまたがるような気軽さで『水の龍』に乗ったセキが手を差し伸べた。
「では、行こう」
一瞬だけ気後れし、けれども瞳子はその手を取る。
自分よりも大きな手のひらは、いまは十分に信頼に値すると、感じていたから。
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