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弐 なりそこないの神獣
期限付き花嫁と恋仲の演技【二】
しおりを挟む結論からいうと、思っていたより『水の龍』の背の上は快適だった。
怖いならつかまってくれて構わないと言われ、素直にセキの緋色の衣をつかんでいた瞳子は、その背に問う。
「それで……具体的には私、何したらいいの?」
右手には紺碧の海原。左手には黄金に輝く平野。
遙か眼下を見下ろせば、高層建築物はなく、点在するのは茅葺き屋根。
整備された道路はなく、田を走るあぜ道や獣道よりましな、人足で均したであろうでこぼこ道があった。
当然ながら、乗用車も自転車も、そして荷馬車も見当たらない。
それは、否が応でも、瞳子に“陽ノ元”という異世界に自分がいるのだということを、再認識させるものだった。
(まぁ、そもそも、こんな半透明な龍にのって、空飛んじゃってるしね……)
空中を舞うように進む龍の尾は、瞳子達を乗せたとたん倍に延びて、たなびく推進力となったようだ。
速度は自転車よりも早く、一般道を走る乗用車の法定速度よりは劣る、といったところか。
「基本的には、俺に話を合わせてくれれば、それでいい。瞳子に何か、無理難題をこなしてもらうとかはないから、安心してくれ」
ただ……、と、そこでセキが言いよどむ。
「その、不本意かとは思うが……俺と、恋仲ということに、して欲しい」
「こ、こいなかッ……⁉」
反射的に、ビクッとセキから手を離す。
幸い、反動で龍の背から落ちるようなことはなかったが、瞳子の胸中は急にせわしなくなった。
(濃い、仲。じゃなくて、恋仲……つまり、恋人ってことか。
ん? って、その前に私、セキの“花嫁”で……え? “花嫁”ってよく考えたら何すんの?
えっ? よく考えなくても恋仲よりもさらに進んだ関係で──)
「無理そうか?」
「いえっ……。セイいっパイ、ガンバらせてイタだきマスねっ」
「……なんでカタコト……いや」
ふう、と、セキが息をつく。常よりかたい口調で続けた。
「少し、寄り道する」
直後、『水の龍』がぐんぐんと急降下した。緑の葉が生い茂る竹藪へと、突っ切るようにして地に着いた。
「瞳子」
すとん、と、自分だけ地面に降り立ったセキが、こちらを見上げてくる。
「俺は、お前の嫌がることを無理強いする気はない」
焦げ茶色の眼が、じっと瞳子を見据えた。
「それは、最初に誓ったはずだ。
俺の為すすべては、お前の意志によるものとする、と」
森閑としたその空気のなか、セキのよく通る声が響き渡る。
「だから、嫌なら嫌で構わない。お前の正直な気持ちを聞かせてくれ」
「私……」
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