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伍 いにしえの誓約【後】
比類なき花嫁【一】
しおりを挟む予想はしていたが、やはりそう来たか。
双真は、イチこと朔比古を通じての“神獣ノ里”の長、煌からの返答を聞き、深く息をついた。
そんな“主”の様子をものともせず、黒髪の従者は、すみませんねと軽い調子で応じてみせる。
「あの当時、私もそこまで関心をもっていなかったので。ただ、“花嫁”は無事に迎えられていたようですよ。
もっとも、仮のままであっただけに、元の世界に還されたとも聞いていましたが」
「……“花嫁”を置いて出奔したのか」
庭先から奏でられる虫の声は、三重楽ほど。月がさやかに照るなか開け放った障子戸のせいか、室内にその音を響かせていた。
「……兄弟そろって、なかなかに非道なことをなさいますよね」
“花嫁”だからと無条件に愛しいと思える訳ではないのか、と。やや複雑な胸中となっていると、イチから揶揄が投げつけられた。
双真はムッとして、名ばかり“眷属”をにらみつけてやる。
「オレとの比較はおかしいだろ!」
「一緒ですよ、傍から見れば。
……ちなみに貴方、そこに白狼様の“花嫁”を略奪した横暴な“神獣”っていう扱いも、入ってますからね?」
そのうえ『人』であった時は、領地の娘を手当たり次第、自分のものにしたとも思われてますから、かなり邪な“神獣”サマだと官にも民にも知れ渡ってますよ、と。
付け加えられた自己への評価に、双真は頭を抱えてしまう。
(噂とはいえ、尾ひれが付き過ぎだろ)
自分のことは何と思われてもいい。だが、そのことによって瞳子まで貶められるのは我慢がならない。
(これも、『人』であった時の己の浅はかさゆえか……)
誤解されても構わないと思っていたから、あえて火消しには回らなかった。それが、こんな結果を招くとは。
「……汚名を返上する場を設けなければならないな」
「“神現しの宴”ですね。先に“宣下”を受けなければなりませんから……まぁ、年の瀬か、年が改まってからでしょうね。
輝玄殿に相談しておきますよ」
「頼む」
『虎太郎』の祖父・尊臣が国司だった代から各国にも拡がったという、“神獣”をその国の民に披露する宴。
当初、“神獣”を見世物にするような場に眉をひそめる者も少なくなかった。
しかし、“神獣”という存在への理解や畏敬の念、また『拝謁料』を徴収できるという支配者側の旨味もあることから、今では“神獣”の代替わりと共に行われる神事のひとつとなっていた。
「それとは別に、貴方が気にされてた“上総ノ国”の実情をまとめた物です。……まぁこれは、輝玄殿を始めとする官人側からの『実情』でしょうけど」
「ああ、参考にはするが、実際に見て歩くつもりだ」
「それがいいでしょうね」
積まれた報告書の束を受け取り、文机に置く。
“下総ノ国”同様、大国ではあるが、実情は見てみないと解らないだろう。
「オレの『弟』の件、お前のほうでなんとか探れないか?」
煌いわく、天ツ神に関わるので迂闊に話せないという、双真の“神獣”としての『弟』の現在。
互いに、兄弟の自覚はないうちに離れ離れになってしまってはいるが、【ああいう再会】では、双真としても寝覚めが悪い。
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