夫婦喧嘩で最強モード!

長谷川凸蔵

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帝都編

闘神

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 白い大きな塔の側、激しい戦いを物語るように所どころ穴が開き、地面ごと草の色を剥がされたような広い平原に、また新たな痕跡が残されたころ、

「ん? 帝都に住む? 別にいいぜ」

 戦いの最中とは思えないほど落ち着いて、頭に響く声にそう返事する。返事とは言えその相手はここには居ない。

 音の鳴らない笛を吹きつつ、自分の二倍はある大型の「オーガ」と呼ばれる亜人の猛攻を捌きながらザックは返答した。

 オーガは狂暴な亜人で、体色は赤、緑、又は青で知能はやや低いが脅威的なフジィカルで力任せな攻撃を得意とする。

 地域によっては鬼とも呼ばれる。

 ただ今ザックが闘っているのはそのどれとも違う黒色だった。

 リックはカスガに渡した、距離に関係なく意思を伝達する笛、通称「どこでも笛」をその後六本作成した。

 家族で相互に情報を伝達する分の、六本だ。

 ちなみに初めて作った笛をカスガに渡したとベルルスコニが知ったときは、お母さんより他所の女優先するなんてとめちゃくちゃ不機嫌になった。

 愛する美しいお母さん用って彫るとめちゃくちゃご機嫌になった。

「父さん、今何処にいるの?」

「『槍の塔』のすぐそばだな」

 槍の塔は、リック達が住んでた近くの村から、普通の人の足で三日ほどの距離だ。フラスコ大陸中央にそびえる槍の塔は、謎が多い。

 まず何時から建っているのかわからない。八百年は生きてるエルフの長老が「じいさんが生まれる前からあった」という位だから、誰もいつ建てられたのかわからない。

 そして、高さがわからない。塔の途中から一年中雲が掛かっているため、誰も頂上を見たことがない。

 そして誰も登れない。これは理由は単純だ。入り口がない。

 解ってるのは、名前の由来だけだ。『灰色の神』が白と黒に分かれる前に、大地を創造するために海の底に槍を刺し、引っ張り上げた。その名残だと言われている。

「まぁ取り込んでるから、またな」

「ん、わかった、何してるか知らないけど、邪魔してごめん」

「またこっちから連絡する」

 そう言って笛を「ぷっ」っと口から外す。笛には紐がついており胸元で揺れる。

「オーガベースの『闘神』か、流石に体力がありやがったな、三日は新記録だ」

 何度か敵の身体中を切断したが、『闘神』特有の再生力ですぐに復活する。だがそれも、最初の頃よりはかなり衰えてきた。

 本来のオーガは、普通の人間には勿論脅威だが、魔術でも武術でもそれなりの戦闘訓練を受けているものであれば困る相手ではない。

 まず、魔力の扱いが非常に雑だ。その為魔術に対して「反論」をすることがないし、対武術に有効な「障壁」を使用する事もない。

 しかし目の前にいるオーガは、並みの剣士では突破できない「障壁」を常に自動展開している。

 魔力を練り直す。攻撃に集中するために魔力を全て、灰色に鈍く輝く自身の剣「アービトレーション」に集める。

 次にベルルスコニに精製して貰った一つ親指の先ほどの魔石に、普段からコツコツと充填した魔力を取り出す。一つにつき、ザックの総魔力の百分の一程度が充填されている。

 体に紐で巻き付けてあった魔石が次つぎと割れて弾け飛びながら、ザックに魔力を充填していく。

 総数七十二個のうち、四十六個が破壊され、再使用できなくなる。

 アービトレーションは夫婦喧嘩にも使用しない、正確に言えば「使用できない」ザックの奥の手だ。まず、闘神との戦いでしか能力が発動しない。

 ザックの魔力の全てを集中可能なのは、この剣しか存在しない。通常の剣は負荷に耐えられずに破壊される。

 過去記載のある歴史上、『闘神』が登場するのは三回だが、実は人々に把握されてる以上にも多数発生している。その殆どは、発生直後に「調停者」の血筋のものが狩っている。

 魔力がアービトレーションに充填され、虹色に輝いたあと、その姿が虚ろになる。そこに確かに存在しているのに、確認できないようなもどかしさがある。

「いくぜ……『滅神撃』」

 ザックは魔力を集中し、正眼に構えた剣を振り下ろす。

 まるで剣は、存在しないかのように闘神の体をすり抜ける。

 その瞬間『ビクンッ』とオーガが揺れる。

 暫くすると……オーガの体がサラサラと崩れ出した。崩れた部分をよく見ると、灰になっている。

 ザックは剣を鞘に戻す。

「そろそろ、しんどいなぁ……」

 ザックはその場に倒れ、少し眠った。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 リックはザックの次に、母親に連絡をした。自宅にいたベルルスコニは井戸で顔を洗っていたとの事で、返事が遅かった。

「ん? 別に良いわよ、おばあさまと暮らせるなんて最高!」

「僕は不安だけど……」

「案ずるより有無が易しよ」

「何その有無を言わせない感じの間違い……取り合えず、カスガの入学式には同行者として参加して、参加したら村長に報告しなきゃいけないから明後日一度戻るね」

「ん、りょーかーい、引っ越しの準備しとくね」

 そう言って、ベルルスコニは笛を外す。

 ベルルスコニは嬉しかった。リックは嫌いやのように振る舞っているけど、きっと大学に通えるのが嬉しいに違いない。

 思えば、あの子には色々我慢させてきたのではないか。

 リックは、できる子だ。そのリックを縛り付けているのは私たちだ。

 我が儘だと理解している。でも、ザックには何時までも現役でいてほしい。だから喧嘩の体を装って何時も戦う。戦いに触れていないと、ザックが衰えてしまうのではないか、それが堪らなく怖い。

 あの子が、あの子の存在を罪に思うような事があってはいけない。あの子の存在は、私たちの選択なのだから。

 ベルルスコニは、家に一人になるのが苦手だ。

 運命を思うと、何時も泣いてしまうから。
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