夫婦喧嘩で最強モード!

長谷川凸蔵

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帝都編

神話

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 最初、世界には海があり、灰色の神が泳いでいた。

 灰色の神は、泳ぎ疲れたので、休もうとした。でも休む場所が無かった。

 休む場所を確保する為に、持っていた槍を海底に刺して、引っ張り上げ、陸地を創った。

 休もうとしたが、陸地は狭く、休むことはとても出来そうになかった。

 しょうがないので自分を二つに分けることにした。

 白の神と、黒の神が生まれた。

 分けるときに幾つかの滓が残ってしまい、エルフ、竜神族になった。エルフと竜神族たちは、神より先に陸地に降りて、二人が休むための準備を始めた。

 二人は順番に休もうとした。でも二人は、相手より先に、長く休みたかった。

 二人は体を少しづつちぎりながら陸地に投げ、「私の体から生まれた物が、もう陸地に居るから」と、お互い先に休むのは自分だと主張した。

 ちぎった数を数える役目が必要だと考えた二人は、お互いがちぎったものをくっ付けて「調停者」を一人任命した。

 お互いをくっつけて創った「調停者」は、よく見たら灰色の神に似ていた。

 ちぎった数を誤魔化したり、ズルをした方を斬り殺す力を持っていた。

 調停者は陸地に降りて、お互いがちぎった数を数え始めた。

 二人の神は今も自分の体をちぎりながら、海を泳ぎ、休む日を夢見てる。

 調停者が数え終わるまで。

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「神話を何処まで事実とするかは諸説ありますが、エルフや竜神族の言い伝えに符号する点は多いと言われています。竜神族やエルフが神学術に適正がないのは、『ちぎられて生まれたもの』ではないからと言われています」

(まぁ、今更よね)

 神学術の授業中、カスガはあくびを噛み殺していた。神話自体は昔から何度も聞いているし、特に改めて思うこともない。

 帝国を含む西方は白教信仰が盛んで、東方は黒教信仰が盛んだ。

 一部の狂信的な信者が、先に自分の神を休ませるべきだと主張するが、カスガには興味がない。


 ただ間違いなく言えるのは、神が実存することだ。

 祈れば現実的に発動する「奇跡」が、存在を証明している。

(でもさ、本当に疲れてるなら……仲良く順番に休めばいいのに)

 それも、いつもの感想だった。ただ神が休むとき、ちぎったものをどうするかは知らないが。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 午前中の授業が終わり、ルームメイトのフランに誘われてカスガは食堂へと向かう。

 カスガはフィッシュサンドとスープを注文、フランは貝のパスタを注文し、席につく。

「やっぱりシーフードが食べたくなるよねぇ」

「そうなんです! 地元には無い食べ物なので……」

 カスガの呟きに、フランが同意する。

 大学の男女の比率はおよそ7:3といったところで、帝都の出身者はおよそ全体の6割といったところか。

 地方出身かつ女性となると、ほぼ寄宿舎の人間に限られる。

 カスガは人見知りするタイプでは無いが、自然と空き時間はフランと過ごす事が多くなる。

 フランはカスガの地元から、『槍の塔』を挟んで反対の南側、5番街道沿いの街の出身者らしい。

 帝都から見て南東の方向に辺る地域で、帝国に統合されたのはまだ15年ほどと比較的新しい地域だ。

 その地域の貴族ということは、恐らく戦功を上げて領地を拝領したのだろう。ただカスガは自分の興味のないことを自分からはあまり聞かない。相手が話したそうにすれば、勿論聞くが。

「あ、カスガ!」

 呼ばれて振り向くと、赤身肉のローストとパン、スープをお盆に乗せて持ったリックがこちらへ向かってくる。

「ここ、良い?」

 と言いながらカスガの隣に座って来る。

「どう、リッくん? 授業は」

「面白いね、まぁ学校に毎日通うってのが新鮮かな」

 肉を切り分けながらカスガの問いにリックが答える。

「へぇ、良かったね」

「カスガのおかげだよ、ありがとう」

「ネイトさんのおかげでしょ?」

「そうだけど、カスガが言ってくれたお陰だ、ありがとう」

「もー、リッくん良いって」

「言ってたじゃん」

 リックがイタズラっぽく笑う。カスガはわからずに聞く。

「………何を?」

「『こういうのは、ちゃんとするの!』でしょ?」

「……うん!」

 カラカリ街道でのトラブルを思い出し、カスガがクスッと笑う。

「………あのぉ」

 二人のやり取りがわからなくて、フランは困惑して口を挟む。

「あ、リッくん、この娘がルームメートのフランよ」

「リックです! はじめまして! カスガがお世話になってます」

「……あ、はい……はじめまして」

 爽やかにあいさつするリックと、微妙な反応のフラン。リックは、この反応には見覚えがある。カスガの方を向き、問いかける。

「カスガ……君、普段僕のこと、なんて言ってる?」

 そう言ってくるリックに、カスガはフッと笑い

「真実を話してる……けど?」

 と自信満々に言う。

「例えば?」

 自信満々の表情は崩さず、心の中でまずいことになった、とカスガは焦った。リックが本気で話を詰めて来るときは、言い逃れ、偽証は過去の経験上不可能だ。

 救いがあるとすれば、罪を素直に白状しても、そんなに怒らないところだが。

と──

「ちょっとここいいかな?」

 一人の男が食事を持って話しかけてくる。

「あ、はいどうぞ」

「ありがとう」

 そう言いながら座る男は、リック達より少し歳上に見える。二十歳前後だろうか。ブラウンの少し長い髪の品の良さそうな青年だ。

「君達、新入生だよね?はじめまして、僕はカルミック。カルミック=イーロンだ」

 カルミックはそう名乗り、相手の反応を見る。

 通常、カルミックが自己紹介すると、相手はえっ! あのイーロン家の! とか、え! あの魔術の大家の! などのリアクションが返ってくる。

 規格外のネイトという使い手が居なければ、イーロン家が宮廷魔術師となっているだろうというのは、帝都では共通認識だし、大学に通う者、特に魔術を習うものなら殆どがその名を知っている筈だ。

 それに対して、噂ってのは、いつも大袈裟だよなんて親しみやすさをアピールしつつ、場の会話を支配する。

 これぞカルミック式人心掌握術! などと考えていると…

「あ、どうも。でカスガ例えば?」

「えっとぉ……」

 カルミックをがっつりスルーし、リックが話を続ける。

 初対面の人間に、家名を出してスルーされることがあまりないため、戸惑っていると……

「イーロンって、あのイーロン家……ですか!?」

 とフランが少し遅れて反応する。

(これこれこれこれ!)

 と内心では、ガッツポーズを取りながらも、努めて冷静に

「ははっ、他にもあるのかも知れないけど、取り合えず君の想像通りだと思うよ、噂ってのはいつも少し大袈裟だけどね」

 とマニュアル通りに返す。

 話を変えるチャンス! と思ったカスガがリックに小声で聞く。

「リッくん、知ってる?」

「いや……」

 小声だが、目の前なのでさすがに聞こえている。これだから田舎もんは……ん? リック? とカルミックが名前に思い当たる節があり、聞く。

「君がネイトさん推薦の?」

「推薦っていうか、まぁ、そうですね」

 権力でねじ込んだとは言いづらいので、適当に濁す。

「かなりの魔術師だと、噂になってるよ」

「そうなんですか、でもお言葉を借りれば、噂ってのは少し大袈裟ですからね。でさ、カスガ、さっきの続きなんだけど……」

 ほほう、まだスルーしますか。よし、少し驚かせてやろう。

 カルミックが、認知範囲を食堂内に拡げ、解析を始めた。およそ20メートル。

 食堂にいる生徒の多くが、カルミックに注目する。解析スピードの早さに、驚いていると……

 リックが、魔術の認知範囲に入ったことに反射的に反応し、同等の認知範囲を拡げ、解析を始める。

 その解析スピードの圧倒的なプレッシャーに、一人の生徒が驚いて持っていた食器を落とす。

 ガシャン! という音と共に、リックは我に返り、認知を解く。

「あ、すいません、つい、認知範囲内に入ると、無意識に反論の準備をする習慣が……」

「いや、こちらも驚かせてしまったみたいで……ちょっと料理を温めなおそうかなって……認知を絞るのが、苦手でね」

「……冷製スープビシソワーズを?」

「……温めて飲むのが、好きなんだ」

「なるほど、で、カスガ……」

「リッくん、しつこいぃぃ……」

 特に疑いもせず、リックはカスガの方を向き、話を再開していた。

 そんな二人のやり取りを見ながらカルミックは……

 (神学術の使い手であるカスガに接触しようと思っていたが、思わぬ障害がありそうだな……まぁ、知り合えた。今日はこれでいいさ、焦りは、禁物だ)

 時間がたってぬるくなった冷製スープを飲みながら、カルミックは考えも、ぬるさへの不快感も心にしまっておいた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 最終的にカスガが白状し、フランに話を少し訂正することになったが、フランはリックのしつこさにちょっと引いて、少し距離を置きながら関わろうと思った。
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