「錬金術師の母、異世界育児日記」

第1話: 「転生したら母親だった!?」

リナ・カサンドラは、目を覚ました瞬間、全く見覚えのない天井を見上げていた。周囲には、静かな風の音と鳥のさえずりが響いている。ぼんやりとした意識の中で、彼女は自分がどこにいるのかも、なぜこんな場所にいるのかも理解できなかった。
「ここは……？」
呟いた声が、意外に澄んで聞こえた。リナは頭を動かし、ゆっくりと周囲を見渡した。木造の梁が走る天井、古びた木製の家具、窓から差し込む柔らかな光。それはまるで、現実離れした絵本の一場面のような光景だった。
「おかしい……私は確か、研究所で……」
彼女の記憶が蘇る。現代の科学者として、日々遺伝子研究に没頭していたはずだった。事故が起こったのは、ほんの数日前だ。いや、もしかしたら昨日のことかもしれない。激しい衝撃音とともに機械が暴走し、逃げ場を失った自分は、確かに死んだはずだ。
「ここは……死後の世界？」
そう思った瞬間、戸が開かれ、幼い声が彼女の耳に飛び込んできた。
「ママ！朝だよ、起きて！」
リナは驚いて身体を起こし、扉の方を見た。そこには、小さな男の子が笑顔で立っていた。年の頃は3歳か4歳くらいだろうか。リナの胸に飛び込んできたその子供を、彼女は反射的に受け止めた。
「……え？」
呆然とするリナに、さらに追い討ちをかけるように、もう一人の少女が現れた。彼女は少し年上で、可愛らしい顔に心配そうな表情を浮かべている。
「ママ、具合が悪いの？お水持ってこようか？」
その瞬間、リナの頭の中は完全に混乱した。「ママ？」彼女には子供などいないし、何よりも自分は死んだはずだった。ここはどこで、そしてこの子たちは誰なのか？
「ちょ、ちょっと待って……あなたたちは？」
リナが問いかけると、二人の子供たちは顔を見合わせ、きょとんとした表情を浮かべた。そして、最初に飛び込んできた男の子が答えた。
「フィンだよ、ママ！忘れちゃったの？」
「……フィン？」
名前を聞いても、リナには全く心当たりがなかった。しかし、その時、ふと彼女の記憶に違和感が走った。まるで急激に頭の中に流れ込んでくるような感覚……それは、彼女自身の記憶ではない何か。

数分後、リナは状況を少しずつ理解し始めていた。ここは彼女がいた世界ではなく、全く別の場所。そして、この身体は、リナ自身のものではなく、エレナという錬金術師の女性のものだった。そしてさらに驚くべきことに、彼女はこの世界で3人の子供の母親という立場にいるという事実だった。
「嘘でしょ……私、母親になっちゃったの？」
フィンと名乗る男の子、そしてカリーナという少女。それに、まだ姿を見せていないが、もう一人ルーカスという子供がいるらしい。彼らはみんなリナ――いや、エレナを「ママ」と呼び、心から慕っているようだった。
「どうしてこんなことに……」
リナは頭を抱えながらも、現実を受け入れざるを得なかった。自分が死んで、なぜかこの異世界に転生してしまったという事実。しかも、いきなり3人の子供の母親としての役割を果たさなければならないという事態に陥ったのだ。
「どうしよう……私、母親なんてできない……」
リナは、自分が母親として子供たちを育てる自信など全く持っていなかった。科学者としての冷静な頭脳を持ってはいたが、子育てに関しては完全な素人だ。しかし、今は逃げられない。目の前にいる子供たちが、自分に向けている無垢な目を見ると、逃げるわけにはいかないのだと強く感じた。

その日、リナは彼女が今後どのようにこの世界で生きていくのかを考えながら、子供たちとの一日を過ごすことになる。朝食を作るためにキッチンへ向かうと、そこには見慣れない食材や器具が並んでいた。彼女は戸惑いながらも、エレナの記憶を頼りに簡単な料理を作り始める。
「……意外といけるかも？」
自分が作った料理を、フィンとカリーナが美味しそうに食べているのを見て、リナは少し安心した。錬金術師としてのエレナの知識は、リナの中にもしっかりと残っているようで、それを頼りに生活を送ることができるらしい。

夜になり、リナは疲れ切ってベッドに横たわっていた。彼女の頭の中では、今日一日がぐるぐると回っている。転生して、いきなり母親になるという信じられない出来事の連続。科学の世界に生きていた彼女には、ファンタジー的な要素が溢れるこの世界は未知であり、これからどうやって生きていくのか全く分からなかった。
「でも……」
彼女は、そっとベッドの脇で眠っている子供たちの顔を見た。フィンとカリーナが無邪気な顔で眠っている姿を見ていると、彼女の中に少しずつ母性が芽生えてくるのを感じた。
「私がこの子たちを守らなきゃいけないんだね……」
リナは静かに目を閉じた。これから始まる新しい人生。彼女は錬金術と現代科学の知識を組み合わせ、この世界で子供たちを育て、守り抜くことを決意したのだった。