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戻らないという選択肢

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「なあ、ゲン……アタシたちはグドンってのに勝てるのか? 正直、大蛇でさえかなりの接戦だった」

 さっきまで自信満々だったクイナのセリフとは思えなかった。俺たちは、再び北を目指して進んでいる。

「うーん……正直分からん。苦戦することは確実だろう」

 今となっては、『魔物退治はアトラクションのようなもの』と言っていたゲンが懐かしい。そうそう、気になっていた事を俺は聞いた。

「俺たちの武器が魔物に聞くのは当然として、この島の武器でも多少は魔物に効くものなの?」

「ああ。魔物が反撃しているイコール、攻撃が効いていると言っていい。イグルたちの大砲がどんなものかは分からんが、それで倒せないというのは相当な強さだと思う」

 次こそは、本当に誰かが死ぬかもしれない。考えたくは無かったが、そんな思いが頭を過った。そうだとすると、グドンと戦わない選択肢も考えた方がいいのかもしれない。

 だが、アトリとクイナは少し違ったようだ。

「この戦いで、もし私が倒れたとしても……火で炙られて消えてしまうよりは、良かったと思っています。あの時、死ぬなんて意地を張り続けないで本当に良かった……
——ゲン様、ユヅル様。一度は無くしたこの命……戦いきりますよ、私は」

 アトリが呟いた。

「ハハハ、アタシも同じこと考えてた。戦うってのは、自分自身の力を出し切れるからな。何にもあらがえず、燃やされるよりずっとマシだ。
——それより、他所よその島のために戦ってくれるゲンとユヅルは、もはや神様だよ。な、アトリ」

 クイナがそう言って笑うと、アトリも「ホントに」と笑った。

 他所の島のために戦ってくれるゲンとユヅルか……

 魔物はゲンが蒔いただなんて、口が裂けても言えないな……


***


 今日はゲンとアトリが食糧調達に出た。テント作りは俺とクイナ。いつものように、テントは秒で組み上がった。

「あー、今日も疲れた! 座椅子、最高!」

 壁の使い方が上達した俺たちは、今や色々な方法で楽しんでいる。今日は浅い角度で床に設置し、座椅子代わりにくつろいだ。

「いいな、それ! アタシも座る!」

 クイナが俺の隣に腰を掛けた。いつも通り、クイナの距離感は近い。クイナの二の腕と、俺の二の腕とが触れていた。

 クイナは気付いていないのだろうか、それともワザとなのだろうか。そんな俺は、気付かないふりをして、二の腕にクイナを感じていた。

「——今日のユヅル、格好よかったぞ。『邪魔をするな!』ってさ。フフフ」

 クイナがそう言って笑う。キレてしまって、思わず出てしまったセリフだ。どことなく、恥ずかしい気持ちの方が大きかった。



「——でさ、ユヅル」

 クイナの声のトーンが変わる。

 俺は「何?」と答えた。

「魔物討伐が終わって、ホウクたちをやっつけたらさ……やっぱ……島を出て行っちゃうんだろ?」

 クイナの視線を感じて、顔を横に向ける。クイナは真っ直ぐ、俺を見つめていた。

「まっ、まあ、そうなるだろうな」

 俺は慌てて、顔を天井に向け直す。

「そっか……もし、ユヅルがずっと島にいてくれるなら……」

 ずっと島にいてくれるなら……?

 クイナはその先を言わない。

「……いてくれるなら、……何?」

 もう一度クイナを見た。クイナはまだ、俺をジッと見ていた。

「ただいまー!」

 その時、元気よくドアを開けてアトリが帰ってきた。俺は慌てて、座椅子から立ち上がる。

「お、おかえりっ、アトリ!!」

 無駄に明るく出迎えた俺を、アトリは不思議な表情で見つめていた。


***


 ゲンがベッドに潜り込むタイミングを見計らい、俺は声を掛けた。

「あのさ……ゲンや俺がさ……この世界から戻らない選択肢ってある?」

 ゲンは掛けたばかりの布団を、ガバッと剥いだ。

「なんだ、惚れたのか? クイナか? アトリか? どっちだ?」

 どっち……?

 クイナもアトリも、二人とも大好きだ。ただ、惚れたかどうかは正直分からない。

「いや……ただ、二人とずっと一緒に居たいなって、率直に思っただけで……もちろん、今は元の世界に戻るつもりでいるよ。でももしかしてさ、帰り間際にそんな気になっていたらどうしようって」

「——まあ、分かるよ。お前たちは歳も近いし、そうなるかもしれない、っていう心配は多少あった。ただ、未来のアイテムも永遠に使えるわけじゃない。ユヅルは、この時代の生活様式に耐えられる自信はあるか?」

「ああ、もちろんそれも踏まえてね。だから、今の所は戻るつもりでいる。でも一応、この世界に残る事は可能なのかって事は聞いておきたくて」

「もちろん、それは可能だ。——まあ、一度しか無い人生だ。好きなように生きてみるのも一つかもな」

 ゲンはそう言うと、また布団を被った。

 好きなように生きてみるか……

 そういえば、今まであまり意識した事が無かったかもしれない。


***


 ドーバ島に降り立ってから、早くも一週間が経った。

 俺たちは、今日も北へ向かって進んでいる。次の目的地、カナリー村には今日の午後には着くらしい。

 クイナと前列を歩いていたアトリが列を離れた。珍しい花でも見つけたのか、座り込んで観察をしている。クイナは花に興味が無いようで、一人で先に進み出した。

「なに見てるの? 珍しい花?」

 俺はアトリの横に屈んで聞いた。

「ええ……私たちの村では見たことがない品種です。色がとても綺麗」

「そうなんだ……俺、花の事なんて全然分からないや」

「フフフ、クイナも食べられるもの以外は、全然興味無いんですよ」

 アトリはそう言って笑った。そして、「じゃあ、行きましょうか」と俺をうながした。


「ユヅル様……昨日はありがとうございました。ちゃんとお礼が言えてなくて、ごめんなさい」

 アトリはぺこりと頭を下げた。

「ぜっ、全然全然! 柄にも無い事して、ちょっと恥ずかしかったくらいで」

「何を言ってるんですか! 嬉しかったんですよ、私を守ってくれたようで……」

 アトリは遠くを見つめながらそう言った。

「——そうそう。昨日、私とゲン様がテントに戻ってきたとき、クイナと何を話していたんですか? クイナに聞いても答えてくれなくて」

 アトリを見ると目が合った。昨日のクイナのように、俺をジッと見ている。

「あ、ああ……魔物やホウクたちの事が終われば、島を出て行くんだろって聞かれてさ……」

「そうですか……私もクイナも、思っている事は同じなんですね。グドンとのバトルも目前だし、終わりが近づいてるんだなって思ってるんです、きっと……」

 アトリは少し寂しげな表情でそう言った。

「そうだね……グドンはやっつけないといけないけど、それで終わるとなるとちょっと寂しいかもしれないね」

「だ、だからと言って、グドン相手に手を抜かないでくださいね!」

 アトリはそう言って笑った。大蛇でさえ、あれだけ必死だったんだ。グドンで手を抜いたりしたら大変な事になるだろう。

 だけど、グドンを倒すのはもっと先でいいのかも……そんな風に思っている俺がいるのも事実だった。

 俺がこの世界に居続けるという選択肢。

 もしかしすると、本当にあるのかもしれない。
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