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第一試練

1話 決別

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「以上、アルディア様からの伝達だ。期限は三日後の正午。殺した血縁者の遺体の一部を持ってこの場に集まれ。」

 男はそう言い残すと、空間投影魔法が消えると共に転移魔法で消え去った。




 ……。さて、祖父母の所在が分からない自分にとって、殺しの対象は二択しかない。

 母か、それとも父か。どちらを殺すべきか…。

 
 
 いや、そんなこと考えなくたっていい。手軽に殺せる方を殺そう。
 

 両親の家はこの大都市エルカディアの隣街である、都市エウロペにある。都市にあるとは言いながら、実際に両親の家があるのは中心部から外れた、緑が豊かな場所だ。両親はそこに必ずいるだろう。

 ただ、日中はずっと畑仕事をしているに違いないので、武器になりえる農具を持っているだろうし、そもそも起きていられると厄介だ。夜中の寝ている所を襲撃しよう。


 ここから歩いて向かえばちょうど夜中に着く距離なので、早速向かうことにした。

 …向かう最中、辺りで見られた光景は惨劇であった。

 ほかの参加者も家族の家へ向かったのか、人の数こそ減ったものの、残った人々は恐らく家族とともに足を運んだ参加者たち。その場で即座に殺し合いが始まっていた。

 あちらこちらに血が飛び、死体が転がる。敗者の悲鳴と、勝者の歓声が無数に響き渡る。

 皆がアルディア様に遣えたい一心で家族を殺す。

 そんな光景がエルカディアを出るまでの数時間続いた。


 隣街のエウロペに着いたのは19時ぐらいだろうか。日が没し、月がかすかに光っていた。

 エウロペに入ってからは、先ほどまでの惨劇が嘘のように、普段と変わらない静かで穏やかな様子が見られた。強いて普段と違うところを挙げるなら、人の数はいつもに比べ少なく感じられた。

 そんな静かな道をひたすら歩く。殺意という賑やかな感情を持ちながら。

 
 
 ひたすら歩き続け、エウロペに入ってからもまた数時間は歩いた頃、辺り一面畑に囲まれ、その中に一軒だけ家が見える。

 そう、もう家は目の前だ。

 電気もついていないので両親ももう寝ているだろう。


 …さて、やるか。

 やることは家に入って首に剣を突き刺すだけ。最後に腕を切り落として試練完遂の証とする。

 ただそれだけ。第一試練は簡単だったようだ。

 

 まず家に入る。家族の固有魔力を探知して開くドアなので、ここの家の家族なら誰でも入れる。

 入ると家の中は真っ暗闇で何も見えなかったが、かつて自分が住んでいた場所。家の間取りぐらいは理解している。

 そして両親の寝室前まで到着した。このドアを開ければ両親がいる。…そういえば父と母どちらを殺すか結局決めてなかったな。ドアから近いほうを殺そうか。いっそのこと両方殺そうか。

 そんなことを考えながらドアを開け、中に入った。





 ………罠!?

 中に入った途端、明かりがつき、急にドアが閉まった。

 そこに両親の姿はなく、ドアは何らかの魔法により固く閉ざされ、閉じ込められた。


 あったものといえば机の上の一通の置手紙だけであった。

 俺は明らかに動揺していた。昼に見た両親であろう姿は気のせいではなかったのだと、敢えて夜中を狙ったせいで両親が一度帰宅する時間を与えてしまったのだと、自分の詰めの甘さが悔しくて仕方なかった。


 もうどうしようもない。

 一旦両親の思惑通りに置手紙を読むしかなかった。

 正直、この手紙は両親を殺すよりも怖い。

 恐る恐る開けて読んでみる…。

 『この手紙を読んでいるということは、殺しに来たんだな。アトラ。まあ安心しろ。お前は殺しはしない。あの試練を聞いた直後、とっさにお前のママを殺したからな。もう試練達成だ。いい悲鳴だったよ…。まぁ、そんなことはどうでもいい。お前に悪い知らせだ。壁やドアは人力で壊せないようにしてあるのと、ちゃんとこの扉は三日後に開くようになってるからな。元気に生きな。さようならだ、哀れな教徒…。』

 
 …。悔しい…。


 アルディア様に遣える機会を失ったことが本当に悔しい。

 でも何だろう。それだけではない気がする…。

 
 …今の俺には…理解できない。


 夜が明けても悔しさで寝付けない…。

 一心不乱に無理承知で壁やドアの破壊を試みる。

 ドアに突進したり、剣を突き刺したり、硬いものを投げつけてみた。

 …びくともしない。ひびすら入らない。いつの間にこんな強力な魔法覚えてやがるんだよ…。


 ひたすら破壊を試み、気付けば朝…いや、昼になっていた。全身が傷だらけになっていて、もう動けなくなっていた。

 絶望…絶望…絶望…。

 使徒になれない。アルディア様に遣えることが出来ない。まして、それを実の父に阻止され、希望を奪った上、半端に生かされる。

  諦めきれないが、策はない。


 
 もう頭が真っ白になり、悔しささえ忘れていた頃、

 「クレアさん!?クレアさん!?畑にいないなら家にいるでしょう!?」

 外から母を呼ぶ女性の声が響き渡った…。なんだか聞き覚えのある声…。

 「毎日あんなに畑仕事して…。もうあなたも歳なんですから急に倒れないか心配なんですよ!!生きてますか!?入りますよ!?………………魔力開放っ…!!」

 

 …開錠魔法……!?










 ……勝てるかもしれない。…いや、勝てる。勝って見せる。俺の夢を阻止しようとした哀れな父に。
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