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▼「林檎のタルトタタン」
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時は流れ、私は8歳になっていた。
毎日の講義とレッスンは楽しいが、重みを増し、机こそ並べているが弟のアレクシスは家庭学習の域を大きく超えて、経営学や帝王学を本格的に修めている。
聞けば、私の婚約者で優秀と名高いエイベル様も同じ様だから、アレクシスは本当に出来る子なのだろう。
週に一度の面会日、は、未だに続いている。
私がお菓子を焼き、お茶を出し、3人で好きな事をして一日を過ごす。なんてことない日になっている。
ここ2年。攻略本に書いてある攻略対象も現れないし、イベントだって始まるのは15の入学式からだ。しかもアリシアは関係の無いイベントである。だから油断していた。まだ、こなしていないスチルなしイベントが残っていたことに気づかず、今日も美味しいお茶を淹れてしまったのだ。
音もなく、指でワンクッション入れてティーセットを机に置いていく。
私自身は前世で紅茶に凝っていたから、今世で使用人が淹れたお茶は渋くて渋くて飲めたものではなく、申し訳ないが自分の飲む場面でだけは使用人を下がらせ、自ら淹れることにしている。
私もアレクシスもミルクだけで、お砂糖はなし。
エイベル様はミルクとお砂糖は2つ入れること。
8歳児にしては、とってもおませさんなエイベル様だが、甘いお菓子が好きで、紅茶は砂糖とミルクなしでは飲めないなんて…そんなギャップが世の女子の目には、王子様をより魅力的に写しているのかもしれない。
「今日は林檎のタルトタタンとマカロンです。」
ハニーブロンドの王子様はお目目もキラキラと輝かせてケーキを見つめる。最近は寒色系のお菓子のレパートリーも尽きて、自分が食べたいものを作っているところがあるが、最後の抵抗に、飾り程度の紫色のマカロンを添えた。
「今日もアリシア嬢のお菓子は美味しそうだ。」
「いつも言いますが、私はプロではないので期待はしてはいけませんよ。」
「アリシアちゃんが作ったってことが、大事なんだよ。」
お菓子が待ちきれない様子は年相応の王子様と、歳が逆転したようにキラースマイルを送ってくる弟だが、その2人より大人の精神年齢をもつ私には幻滅もトキメキもなく、ただ可愛らしく映るだけだ。
いただきます、と声をかけて口に含むとサクサクの生地がほろほろと口の中で解けていく。紅茶で口内を潤せば、なんとも甘美なハーモニーが広がる。
「おいしーい!アリシアちゃんおいしいよ。」
「アレクシス、紅茶のおかわりはいかが?」
「いただくよ、アリシアちゃん。」
ポトポトとおかわりの紅茶を落としていると、カシャンとフォークが落ちる音がして振り返りざまにエイベル様がソファに崩れ落ちるところが目に入った。
「がっ、ぐ、ぐぁ、」
「エイベル様!?」
「医者を呼んでくる!」
名前を呼びながら駆け寄ると、エイベル様は喉を掻き毟るように悶え苦しみ始めた。
一瞬にして、攻略本の彼のプロフィールにあった「毒殺されかけた」箇所を思い出し青ざめるが、それにしては自分とアレクシスがなんともないのはおかし過ぎる。
3人とも同じものを同じように食べたし、紅茶は自分がサーブした。
それに、毒にしては食べ物を口にしてから間があった。いや、目の前で毒に苦しむ人を見たことがないから確信はないのだが、直感的に。
では、なんでエイベル様は苦しんでいるのか?考えろ。毒に殺されかける人は見た事がないが、このように苦しむ人を、前世で私は見た。思い出せ。いつ、どこで、だれが、どうして。
「…アレルギー?」
そうだ。アナフィラキシーショックだ。
今まで様々なお菓子を出していて特に異常が無かったから気づかなかったが、きっとお菓子が大好きなエイベル様はこれまでの因子の積み重ねでアレルギー症状を起こしたのだろう。
前世ならエピペンを探すところだが、今世でアレルギーなど聞いたことがない。
「医者を連れてきたよ!」
ふうふうと言いながら、アレクシスの後ろを走ってきた侍医を勤める男は、悶え苦しみチアノーゼが出かかったエイベル様を見て血相を変えると、医療カバンを持って駆け寄った。
「毒ですか!」
解毒薬とおもしき数種類の小瓶をお手玉のように慌てふためいて出しかけた侍医を制して、言い切る。
「気管支挿管をしてください!」
毒だと思い込んでいる侍医はおかしなものを見たように反対を述べようとするが、断固としてお願いした。
彼には侍医が持ってきた解毒薬で効くような諸症状が出ていなかったのだ。
だとするならば、あとはエイベル様がアレルギーで器官が狭くなり、呼吸が一時的にしにくくなっているのだとすると、一刻も早く挿管して呼吸を楽にさせてあげる必要がある。
「お願いします!」
私の勢いに押されたのか、時間が惜しかったのか、その両方か。侍医が気管支挿管を行って暫くすると、エイベル様の呼吸が幾分か和らいだようであった。
その後、解毒薬を数種類注射するもエイベル様の容態は劇的な快方には向かわず、顔や手足がむくむくに腫れ上がった。
喉が完全に塞がる前に対処出来て胸をなでおろした私であったが、その日のおやつは私が作っており、紅茶も私が淹れていたことから私に疑惑の目が少なからず向くことになり、週に一度の面会日はこの日を最後に無くなることになったが、回復したエイベル様の意向もあり婚約破棄には至らなかった。
毎日の講義とレッスンは楽しいが、重みを増し、机こそ並べているが弟のアレクシスは家庭学習の域を大きく超えて、経営学や帝王学を本格的に修めている。
聞けば、私の婚約者で優秀と名高いエイベル様も同じ様だから、アレクシスは本当に出来る子なのだろう。
週に一度の面会日、は、未だに続いている。
私がお菓子を焼き、お茶を出し、3人で好きな事をして一日を過ごす。なんてことない日になっている。
ここ2年。攻略本に書いてある攻略対象も現れないし、イベントだって始まるのは15の入学式からだ。しかもアリシアは関係の無いイベントである。だから油断していた。まだ、こなしていないスチルなしイベントが残っていたことに気づかず、今日も美味しいお茶を淹れてしまったのだ。
音もなく、指でワンクッション入れてティーセットを机に置いていく。
私自身は前世で紅茶に凝っていたから、今世で使用人が淹れたお茶は渋くて渋くて飲めたものではなく、申し訳ないが自分の飲む場面でだけは使用人を下がらせ、自ら淹れることにしている。
私もアレクシスもミルクだけで、お砂糖はなし。
エイベル様はミルクとお砂糖は2つ入れること。
8歳児にしては、とってもおませさんなエイベル様だが、甘いお菓子が好きで、紅茶は砂糖とミルクなしでは飲めないなんて…そんなギャップが世の女子の目には、王子様をより魅力的に写しているのかもしれない。
「今日は林檎のタルトタタンとマカロンです。」
ハニーブロンドの王子様はお目目もキラキラと輝かせてケーキを見つめる。最近は寒色系のお菓子のレパートリーも尽きて、自分が食べたいものを作っているところがあるが、最後の抵抗に、飾り程度の紫色のマカロンを添えた。
「今日もアリシア嬢のお菓子は美味しそうだ。」
「いつも言いますが、私はプロではないので期待はしてはいけませんよ。」
「アリシアちゃんが作ったってことが、大事なんだよ。」
お菓子が待ちきれない様子は年相応の王子様と、歳が逆転したようにキラースマイルを送ってくる弟だが、その2人より大人の精神年齢をもつ私には幻滅もトキメキもなく、ただ可愛らしく映るだけだ。
いただきます、と声をかけて口に含むとサクサクの生地がほろほろと口の中で解けていく。紅茶で口内を潤せば、なんとも甘美なハーモニーが広がる。
「おいしーい!アリシアちゃんおいしいよ。」
「アレクシス、紅茶のおかわりはいかが?」
「いただくよ、アリシアちゃん。」
ポトポトとおかわりの紅茶を落としていると、カシャンとフォークが落ちる音がして振り返りざまにエイベル様がソファに崩れ落ちるところが目に入った。
「がっ、ぐ、ぐぁ、」
「エイベル様!?」
「医者を呼んでくる!」
名前を呼びながら駆け寄ると、エイベル様は喉を掻き毟るように悶え苦しみ始めた。
一瞬にして、攻略本の彼のプロフィールにあった「毒殺されかけた」箇所を思い出し青ざめるが、それにしては自分とアレクシスがなんともないのはおかし過ぎる。
3人とも同じものを同じように食べたし、紅茶は自分がサーブした。
それに、毒にしては食べ物を口にしてから間があった。いや、目の前で毒に苦しむ人を見たことがないから確信はないのだが、直感的に。
では、なんでエイベル様は苦しんでいるのか?考えろ。毒に殺されかける人は見た事がないが、このように苦しむ人を、前世で私は見た。思い出せ。いつ、どこで、だれが、どうして。
「…アレルギー?」
そうだ。アナフィラキシーショックだ。
今まで様々なお菓子を出していて特に異常が無かったから気づかなかったが、きっとお菓子が大好きなエイベル様はこれまでの因子の積み重ねでアレルギー症状を起こしたのだろう。
前世ならエピペンを探すところだが、今世でアレルギーなど聞いたことがない。
「医者を連れてきたよ!」
ふうふうと言いながら、アレクシスの後ろを走ってきた侍医を勤める男は、悶え苦しみチアノーゼが出かかったエイベル様を見て血相を変えると、医療カバンを持って駆け寄った。
「毒ですか!」
解毒薬とおもしき数種類の小瓶をお手玉のように慌てふためいて出しかけた侍医を制して、言い切る。
「気管支挿管をしてください!」
毒だと思い込んでいる侍医はおかしなものを見たように反対を述べようとするが、断固としてお願いした。
彼には侍医が持ってきた解毒薬で効くような諸症状が出ていなかったのだ。
だとするならば、あとはエイベル様がアレルギーで器官が狭くなり、呼吸が一時的にしにくくなっているのだとすると、一刻も早く挿管して呼吸を楽にさせてあげる必要がある。
「お願いします!」
私の勢いに押されたのか、時間が惜しかったのか、その両方か。侍医が気管支挿管を行って暫くすると、エイベル様の呼吸が幾分か和らいだようであった。
その後、解毒薬を数種類注射するもエイベル様の容態は劇的な快方には向かわず、顔や手足がむくむくに腫れ上がった。
喉が完全に塞がる前に対処出来て胸をなでおろした私であったが、その日のおやつは私が作っており、紅茶も私が淹れていたことから私に疑惑の目が少なからず向くことになり、週に一度の面会日はこの日を最後に無くなることになったが、回復したエイベル様の意向もあり婚約破棄には至らなかった。
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