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ナラカ王は力の入りにくい体で起き上がり、記憶をたどり、本棚の一部の細工を動かしました。秘密の通路があるのです。ここを知る者は、本当に限られた人間だけ。
一の大臣も二の大臣も知らないはずです。三の大臣と近衛隊長が知っていて、ナラカ王も知っていることを知っているのは、三の大臣のみ。
ぬいぐるみはそれなりに大きく、潰しても嵩張ります。どこを探してもカケラも姿がないので、誰かが外へ持ち去ったと思っていました。隠して運んだ形跡ばかりを探していました。けれど、すぐ近くの誰かが、ただ見つからないように隠したのだとしたら。
通路を開けるのは、初めてでした。本当に開くのか半信半疑でしたが、案の定、指四本分ほどの隙間が空いたところで、カラクリは止まってしまいました。
ナラカ王が隙間に手をかけて力一杯にぐいっと引き開けると、どこかで何かが壊れた音がしました。きっと仕組みの部品か何かが限界だったのでしょう。通路は開いたまま、カラクリはうんともすんとも反応しなくなりました。
その暗い通路に、ころりと落ちていたもの。
それは、ナラカ王のぬいぐるみでした。
だれかが、狭くしか開かない出入り口からここに押し込んだのです。
翌日の、よく晴れた日。
城の前の広場に連れてこられた大臣たちが、ナラカ王の前に跪きます。
ナラカ王は、静かに玉座に座っていました。近衛隊長は、その側に大きな剣を腰に佩いて立ちました。
「いかがです、王様!」
近衛隊長が、老いた体から出たとは信じられないほどの声で叫びました。
「この巫女の占いは正確無比! さあ、悪しき大臣どもを死罪になされい! さすれば、貴方の大切なものが戻ってくるでしょう!」
興奮した様子で、今日も布をすっぽりと被った巫女の肩を掴んで揺さぶります。子供のように小柄な巫女は言葉もなく、ぐらぐらと揺れておりました。
「私の大切なものとは、何だ」
ナラカ王の声は、叫んでもいないのに、よく響きました。
「もちろん、王様のぬいぐるみでございますとも!」
「それは、昨夜見つかった。犯人の目星もついている」
近衛隊長が言葉に詰まり、巫女がびくりと反応しました。
ナラカ王はそれをじっと見つめます。
「犯人のことは心配せずともいいが、それより、私の大切なものの話だ。ぬいぐるみだけとは、情けない」
近衛隊長はしばらく白い髭をビクビクとさせていましたが、ナラカ王が静かに座ったままだったので、ふたたび両腕を広げて、大きな声を出しました。
「おお、それはそれは。大切なものの一つが戻ってきたのはめでたいことですが、より大切なのは、王様のご出生の秘密についてでございますとも!」
広場にいる多くの人が、息を呑みました。
「偉大なる王様が、そのご出生もまた数奇な運命に翻弄された、高貴なものだったとしたら、今後のご治世がなお一層盤石になり、輝きを増すというもの! 失われていたご出生の秘密を、この巫女がしっかりと占いましょう。巫女の失せ物占いは、百発百中ですぞ」
御子が消えたあの時も占いなどと馬鹿にせず使ってみれば、という呟きは近衛隊長の口の中に消えました。
ナラカ王は、立ち上がって玉座を離れ、大臣たちの前をゆっくりと歩きました。
「私にとって血筋など意味がない。私はみなしごだ。この国の、誰もが知っている」
ただし、そのナラカ王こそ前王の遺児ではないかと、国の誰もが、一度は思ったことがあるでしょう。
ナラカ王も、そんな囁きを知っていました。けれど本当にそんなことは、ナラカ王にとっては大切なことではないのです。
「私にとって大切なものは、これまで共に国のために働いてきた者達だ。ここにいる一の大臣も二の大臣もだ。裏切りの証拠だと? ではその証拠、存分に精査しようではないか。精査なく死罪にすべしというのが法であれば、法を変えよう。皆は私が心の冷たい王であると思っているかもしれないが、――私は疑心に呑まれて死罪を言い渡したりはしない。裏切られても、裏切りはしない。私はこの国を愛してはいない。だが、この国に住む者たちは幸せであれと思う。その気持ちが、かつて私を立ち上がらせ、王にまでしたのだ」
大臣達が、そして物見高く広場を囲んでいた者達が、皆、ナラカ王に平伏しました。
一の大臣も二の大臣も知らないはずです。三の大臣と近衛隊長が知っていて、ナラカ王も知っていることを知っているのは、三の大臣のみ。
ぬいぐるみはそれなりに大きく、潰しても嵩張ります。どこを探してもカケラも姿がないので、誰かが外へ持ち去ったと思っていました。隠して運んだ形跡ばかりを探していました。けれど、すぐ近くの誰かが、ただ見つからないように隠したのだとしたら。
通路を開けるのは、初めてでした。本当に開くのか半信半疑でしたが、案の定、指四本分ほどの隙間が空いたところで、カラクリは止まってしまいました。
ナラカ王が隙間に手をかけて力一杯にぐいっと引き開けると、どこかで何かが壊れた音がしました。きっと仕組みの部品か何かが限界だったのでしょう。通路は開いたまま、カラクリはうんともすんとも反応しなくなりました。
その暗い通路に、ころりと落ちていたもの。
それは、ナラカ王のぬいぐるみでした。
だれかが、狭くしか開かない出入り口からここに押し込んだのです。
翌日の、よく晴れた日。
城の前の広場に連れてこられた大臣たちが、ナラカ王の前に跪きます。
ナラカ王は、静かに玉座に座っていました。近衛隊長は、その側に大きな剣を腰に佩いて立ちました。
「いかがです、王様!」
近衛隊長が、老いた体から出たとは信じられないほどの声で叫びました。
「この巫女の占いは正確無比! さあ、悪しき大臣どもを死罪になされい! さすれば、貴方の大切なものが戻ってくるでしょう!」
興奮した様子で、今日も布をすっぽりと被った巫女の肩を掴んで揺さぶります。子供のように小柄な巫女は言葉もなく、ぐらぐらと揺れておりました。
「私の大切なものとは、何だ」
ナラカ王の声は、叫んでもいないのに、よく響きました。
「もちろん、王様のぬいぐるみでございますとも!」
「それは、昨夜見つかった。犯人の目星もついている」
近衛隊長が言葉に詰まり、巫女がびくりと反応しました。
ナラカ王はそれをじっと見つめます。
「犯人のことは心配せずともいいが、それより、私の大切なものの話だ。ぬいぐるみだけとは、情けない」
近衛隊長はしばらく白い髭をビクビクとさせていましたが、ナラカ王が静かに座ったままだったので、ふたたび両腕を広げて、大きな声を出しました。
「おお、それはそれは。大切なものの一つが戻ってきたのはめでたいことですが、より大切なのは、王様のご出生の秘密についてでございますとも!」
広場にいる多くの人が、息を呑みました。
「偉大なる王様が、そのご出生もまた数奇な運命に翻弄された、高貴なものだったとしたら、今後のご治世がなお一層盤石になり、輝きを増すというもの! 失われていたご出生の秘密を、この巫女がしっかりと占いましょう。巫女の失せ物占いは、百発百中ですぞ」
御子が消えたあの時も占いなどと馬鹿にせず使ってみれば、という呟きは近衛隊長の口の中に消えました。
ナラカ王は、立ち上がって玉座を離れ、大臣たちの前をゆっくりと歩きました。
「私にとって血筋など意味がない。私はみなしごだ。この国の、誰もが知っている」
ただし、そのナラカ王こそ前王の遺児ではないかと、国の誰もが、一度は思ったことがあるでしょう。
ナラカ王も、そんな囁きを知っていました。けれど本当にそんなことは、ナラカ王にとっては大切なことではないのです。
「私にとって大切なものは、これまで共に国のために働いてきた者達だ。ここにいる一の大臣も二の大臣もだ。裏切りの証拠だと? ではその証拠、存分に精査しようではないか。精査なく死罪にすべしというのが法であれば、法を変えよう。皆は私が心の冷たい王であると思っているかもしれないが、――私は疑心に呑まれて死罪を言い渡したりはしない。裏切られても、裏切りはしない。私はこの国を愛してはいない。だが、この国に住む者たちは幸せであれと思う。その気持ちが、かつて私を立ち上がらせ、王にまでしたのだ」
大臣達が、そして物見高く広場を囲んでいた者達が、皆、ナラカ王に平伏しました。
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