私が育てたのは駄犬か、それとも忠犬か 〜結婚を断ったのに麗しの騎士様に捕まっています〜

日室千種・ちぐ

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心響き合う

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「ごめ、なさ」
「なんでジョゼが謝るの?」

 ちゅ、と残酷なほど優しいキスをされた。

「謝るなら、言って。いいよ、って。俺がジョゼを諦めないままでも、いいよって」
「ちが、あ、ひゃ」

 自分のどこに何が起こっているのか、ジョゼットはわからないまま、自分に触れるランドリックの腕に縋った。

「ふ、ふふ、まだ俺を頼りにしてくれるの? いいよ、って答え以外、聞く気がない俺を? 絶対に、してはいけないことで、ジョゼットが許すはずないのに、力ずくで全てを手に入れようとしてるのに? なのに、いざとなるとちゃんと受け入れてほしいなんて、はは、どうしようもない男だよ?」

 柔らかに首を傾げながら、手は緩めてくれない。冷たい指が、ジョゼットの中を甘く探っている。もう一つの手は産毛をくすぐるような密やかな触れ方で体中を撫で続けて、ジョゼットの違和感を甘やかに散らしている。
 これが力ずくだなんて、どうして言うのだろう。

「……いいって言ってくれるまで、いくらでも待つけど。でももう決めたから、今夜は越せないな。できればいつか、言ってほしいな。頷くだけでもいいんだ。いつか、許してくれるかな」

 ジョゼットだって、もっと、もっと繋がりたい。溶け合いたいくらいなのに。
 でもなによりも。
 閉められたと思った扉がまだ開いていたことに、ジョゼットは涙が止まらなくなった。
 ランドリックは、まだジョゼットを求めてくれている。
 失ったかと思った瞬間の恐ろしさがあまりに深かったために、安堵はジョゼットをくたくたに弛緩させた。
 ランドリックがその力を失った足を広げる。
 切なさは、限界だ。ゆっくりと足の間に入ってくるランドリックを、食い入るように引き寄せるように見つめてしまう。
 それでも。
 ここで流されては、絶対に駄目だ。

「ラ、ランドリック、あの」

 喋ろうとすると、ランドリックがジョゼットにぐっと固いものを押し当てた。握り拳のような固さ。でももっと熱くて、形が違う。戸惑ううちに、それがジョゼットの足の間を舐るように動いて、ジョゼットは小さく叫んでくにゃくにゃと言葉を失った。

「……ず、ずるいよ」
「事故だよ」
「ずるいの。ねえ聞いて、ランドリック」
「いいよ、しか聞かない」
「ん、もう、ランドリック! ――待て!!!」

 叫んだら、少しだけ、体が自由を取り戻せた気がした。
 もう、今しかない。

「ボーニーさんが落としたブローチを、侵入犯の証拠物件として提出できるようにしてあるの!!!」

 一瞬強張っていたランドリックは、再び足の間を何かで擦りながら、纏めて持っていたジョゼットの手を頭上に挙げさせると、無防備な胸元に口を寄せ。

「……は?」

 と白い膨らみの先を咥えてから、聞き返した。

「やん、だから、だからね。状況が全然分からなかったから。だって、二人の結婚式ってだけじゃないもの。ランドリックが公に侯爵家の後継者に指名される式でもあるから。そんな大切な式に、不安な要素を持ち込みたくはなくて。だから万が一、噂が酷くなったり騒ぎになっていたら、式を一度延期する必要があるかもって準備したんだけど。なるべく速やかに解決して、ちゃんとすぐに式をしたかったから。だから、いざとなったらボーニーさんには脅迫より敷地侵入の疑いありとしようと思って。私、私ね、小賢しいやり方だったかもしれないけど、でも結構必死に、準備したのよ……」

 家族のことが解決してなければ、いっそ子爵家から籍を抜くことまで想定した。
 それくらい、ジョゼットだって必死だったのに。

「予算の紙だけ見て、話聞かないのは、なしなんだから!」

 ぼろぼろと涙がまたこぼれ落ちた。
 ランドリックの口からは自分の色付いた胸がこぼれ落ちた。
 それを見て、さらに泣けた。

「ランドリックを不安にさせるようなことして、悪かったと思う。ちゃんと話せばよかった。ごめんなさい。すごく反省してる。でも、でも、私だって、ここに来るまでにいろいろ選択してきてるんだから」

 そうだ。誰しも、どんな時も。
 ランドリックの元を一度は去ろうと思ったことも、翻って共に人生を歩む伴侶になろうと決めたことも、今日この離れに二人でやって来たことも。

「私だって、ランドリックと結婚をしたいの。すごくしたいの」
「……ほんとに俺は、君を理解なんて、できない」

 すがりつくように、ランドリックが胸に顔を伏せた。
 固い額と髪が胸の膨らみを潰す。
 こんな時でも変わらず、ジョゼットにとって愛しい重みだった。

「でも、わかった。俺はジョゼを信じればいいんだ」
「うん、うん、信じられなかったら、話をしよう?」
「うん。ごめん、怖かった?」
「うん。うん、怖かった。ランドリックが、遠くに行きそうで。……私、ランドリックに私を諦めて欲しくない。私も、絶対諦めないから」

 ランドリックは顔を上げて、上目遣いに目を丸くした。

「あと、私、私も、ランドリックに全部もらって欲しい。ランドリックでもいいんじゃなくて、求められたからじゃなくて。ランドリックに、そうしてほしい」

 緑の目が、暗く瞳孔の開いたまま、とろりと蜜を帯びた。

 ジョゼットの両手を解放して、大きな手が優しく頬を撫でる。
 いっぱいいっぱいだったときには気が付かなかったが、ランドリックもまた上半身は素肌だ。そういえば、薄闇の中で動くたびに、しなやかに筋肉が動いていたな、と思い返す。
 今更真っ赤になったジョゼットに、はあ、と熱い息が落とされた。
 広い背をしなやかに丸めて、金の髪を垂らし、滴る色気を振りまきながら、薄く開いた唇がそっと近づいてくる。

 ジョゼットは、それを、両手で防いだ。

 いつも、できる限り、悔いのない選択をしたい。
 ならば。

「あの、今日って式の三日前で、私、今寝る時間も起きる時間も決まってて、じゃないと綺麗な花嫁に仕上がらないよって言われてて。ほら、一生に一回だし、できれば、私の一生の中で一番綺麗でいたい気がするから、だから……」
「だから?」
「だけど……」
「だけど?」

 二人の間に挟まった小さな手の平を、ランドリックは舌でくすぐった。
 ジョゼットの紫の瞳もまた、さっきから熱に浮かされたように色を濃くして潤んでいる。






 ランドリックは、自分の体が熱を取り戻していくのを感じていた。冷え切っていた指先が温まる。滑らかで触り心地のよい肌と触れ合うところから震えがおさまり、入れ替わりに、心臓は力強く脈を打って、全身から汗が滲んできた。
 強く、今までよりももっと強く、叫ぶように思う。
 ジョゼットに触れたい。その魂に、溶け合いたい。
 朝露の宿る花弁のような紫に濡れた目に、吸い込まれそうだ、と思った時。
 前触れもなく、ジョゼットの心が、耳に注ぎ込まれるように流れ込んでくるのを感じた。
 なんと甘美で、心地よい、妙なる音だろう。
 私も好き、大好きと、途切れることなく響いてくる。
 かつて一度として感じた覚えのない、共感というのは、これだろうか。
 優しく心を包んでくれる感情は、目の前の女性を愛しいと感じる自分の心を強く揺さぶって、さらに溢れさせる。溢れた心が、反対にジョゼへと返って、そのたおやかな身体と心に染み入るのまでわかった。
 頬が、自然と持ち上がる。彼女がさらにうっとりと微笑む。
 心と心が響き合って、世界は輝かしく満たされ、いまこのひととき、深い幸福感と、強い全能感に、二人、抱かれる。

 自分は彼女を愛している。彼女は自分を愛している。
 自分は世界を愛している。世界は、自分を愛している。
 
 深く激しい衝動に、ランドリックは数瞬、ぐっと目を瞑った。
 今後、他の誰かと共感できる気はしない。一切しない。
 だが、ジョゼットの心さえ見失わなければそれでいい。この数瞬だけでも、愛しいひととの一体感を味わえた奇跡は、これから何度だって自分を救うだろう。
 滲む涙を二度の瞬きで散らして。

「いいよ」

 にこりと綺麗に微笑んだ。

「じゃあ、ジョゼは頑張って抵抗していいよ。俺は、俺で頑張るから。だって、俺今、すごくすごく、ジョゼとひとつになりたいから」
「……え?」
「ジョゼも早くその気になってくれたら、早く休めるかも」
「え、え、えええ?」

 ジョゼットは叫ぶものの、二人の視線は至近距離で外されることなく。
 体は熱く、吐息は甘く。
 やがて、どちらも目を閉じた。






 三日後の結婚式はそれは壮麗で見事であった。
 花婿の麗しさはもとより、その隣に楚々と立つ花嫁の美しさも話題となった。
 匂い立つ色香と愛される幸せに満ちた表情の花嫁は、終始花婿に抱き抱えられていたそうで、その幸せな構図は、しばらく都でもちきりの話題となった。

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