きおく

ヤクモ

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二生

探していた

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 あれから同じ時間帯にスーパーに通っているが、未だにあの男とは会わずにいた。
 記憶の姿よりもさらに人に嫌悪されそうな雰囲気になっていたが、あれは中学のときの美術教師だった。現役で教師かもしれないが、あんな雰囲気の教師は委員会から何か言われるだろうから、きっと、今は教師ではないはずだ。あの元教師を好きになったことはない。私が求めるものは何一つ持っていないだろうし、私には「男性」に見える。「男性」は彼以外は恐怖の対象だ。
 だから再び会ったところで恋が生まれるわけでもないし、恋人じゃなくても何かしらの関係性が生まれることもないだろうけれども、なぜか、私はもう一度あの姿を見たかった。


「あ、あのっ」
 街灯だけの暗い道に声が響いた。思った以上の声量に発声した私自身驚く。人の気配は二人分しかなく、男は渋々といった様子でゆったりと振り向いた。
「なにか」
 掠れた声は静寂の夜でないと聞こえなかっただろう。声をあげないことに慣れた声量だった。
「美術の教師をしていませんでしたか?」
 尋ねながらも私は確信していた。少し癖のある伸びた髪の隙間から覗き込むような視線は粘着性を感じる。女子生徒たちがこぞって嫌っていたあの視線だ。
「……人違いです」
 男はそう呟くと、逃げるように背を向けた。
「そうか」
 自分の声が酷く遠く感じた。

 過去に囚われているのは私だけなのだろうか。以前の肩書なんて簡単に捨てられるものなのだろうか。
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