きおく

ヤクモ

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三生

であい

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 人と出会うことは案外簡単なのだな。


「美人だね」

 薄暗いバーに深夜に行くと、あちらから勝手に寄ってくる。軽く微笑んで隣の空席に視線を向けると、相手は都合よく解釈したのか迷わず座る。この男はここの常連のようで、「この前飲んだやつ美味しかったよ」とバーテンダーに声をかけた。

「ここは初めて?」

 そう言いながら男は氷を遊ばせている私のグラスをちらりと見る。

「そうですね。このような場所自体あまり来ないので」

「へぇ」

 バーテンダーが男の前にグラスを置いた。逆三角形の中身は透き通っており、不純物を感じさせない。
 男はそれを一口飲むと、「うん。いいね」と呟いた。

「柴咲だ。よければ一晩つきあってくれる?」

「一晩だけでよければ」

「これ、飲みやすいんだ。奢るよ」

 柴咲はバーテンダーに「同じものを」と言った。

 こいつもか。

 酒をすすめる男はどれも同じに見える。欲を隠すこともないその姿はいっそ清々しくも感じる。

「どうも」

 最初の頃は慣れない酒ばかりで悪酔いしたこともあったが、もともと酒に浸かっていた身体はすぐに適応した。

 ゆっくりと一口飲む。確かに飲みやすいが、度数も低くはないだろう。

「一人でずっと飲んでたの?」

「そう」

 品定めをする視線がうるさいほどに纏わりつく。この男もしょせん欲のために私の元に来たのだろう。

「ワンナイトならいいよ」

「いいねぇ」

 男の歯は白かった。
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