溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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お祭り騒ぎのその果てに 3.

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 とっさに、防御に十分な距離を取ろうとしてリヴェアは瞬時に思いとどまった。
 そうしてよかった。傍らの金髪の男が、ごく自然に半身を闖入者と彼女の間に半身を入れたのだ。
 かばうように。

 紳士だな、と思わなくもないが、妙に世慣れすぎているのが気にならないでもない。
 それに「お嬢さん」。……わたしけっこうトシいってるんだけれどなと内心苦笑を禁じ得ない。
 とりあえず諸々の感想を押し隠し、ちょっと世事に疎い町娘のふりを続けることにして、リヴェアは「お嬢さん、ちょっとお話が」と言って肩で息をする初老の男を金髪の陰から一瞥した。

 茶色のズボン、白いシャツ。同色のベストは腹周りがぱんぱんだ。むくむくした体形の男は健康的な赤ら顔を、興奮なのか焦りなのかさらに赤くしている。

 「お嬢さん、いきなり、呼び止めて、すまない」

 はあはあと息を切らしながら男は言った。
 思わず、金髪の男とリヴェアは顔を見合わせる。

 「あなたの連れ?じゃないだろう?」
 「ええもちろん」
 「お嬢さん。……わたしは、ローデという町で、町長を、務めて、おります」

 まだ呼吸が荒い。
 もう少し落ち着いてから話したらと言うリヴェアに、彼は「時間がないのです」と早口に答えた。
 金髪は「ああ、あの町?」と言っているが、呼びかけられた「お嬢さん」、つまりリヴェアは首を傾げたままである。
 ローデ、に無反応であったことにいくぶん悔しそうな表情を見せつつも、解説が必要と判断したらしい。
 おもむろに咳払いをして姿勢を正した。
 
 「ラムズフェルド公領の、三番目に人口の多い町です!」
 「へえ、三番目」
 「あら、ラムズフェルド公領?」

 リヴェアは心持ち身を乗り出す。
 ユリアスの治める町かと思えば興味がわく。
 表情を和ませるリヴェアを金髪の男は黙って眺め、町長は心持ち胸を張ってうなずいた。

 「はい。アルバの方からすれば田舎ではございましょうが」
 「で、こちらのお嬢さんに何の用だ?」

 金髪は話を急かした。

 ひとりで祭りを楽しんでいたら思わぬ美女と言葉を交わした。そしてこれからもっと深く知り合うつもりであったのに、とんだ邪魔が入ったものだと思わぬでもない。
 とはいえ、この女性は「ローデ」の町に好奇心丸出しだから無碍にもできない、というわけである。

 ああ、あなたの言う通りと、町長は同意を示し、「お嬢さん」とあらためて真剣な面持ちで言った。

 「ここで‘月の女神’を選ぶことになっているのはご存知でしょうな」
 「……」

 勿論リヴェアはご存知ではなかったが、曖昧にうなずいてみせた。
 「アルバの方」と言われたメンツに関わるし、自分がそれを知っているかどうかより、話の続きを聞きたいという気持ちが勝ったから、黙って耳を傾ける。

 「あなたに今から出て頂きたいのです!」
 「はあ?」
 「なんだよ、それ。わけわからん」

 リヴェアは素っ頓狂な声を上げ、金髪も真面目に突っ込みを入れた。
 わたしはもっとわけがわからないわ、と言いたいのをこらえて、黙って二人に喋らせてみようと冷静にリヴェアは思い直す。

 「ローデの町長さんとやら。あんたの町が推薦する美女を連れてきてるんだろう?」
 「は、むろんおりますが」

 町長は人のよさそうな顔をしかめた。

 「アルバ入りしてから他の出場者たちを見て闘志を燃やしたらしく、どこぞで買い込んだ飲み物や美容液とやらを飲んだり塗ったりしているうちに発熱し、全身に発疹が出て」
 「……」
 「アルバ入りしたのはわたしと町の者数名のほか、彼女だけが女性で。怪しげな化粧品に手を出したなど今日になるまで知らず、ちょっと顔が赤いなと昨日、気づいて声をかけたのですが、大丈夫だと言い張るものですから」
 「で、今日はもっとひどくなったわけか」
 「真っ赤になって顔にも全身にも発疹ができて」
 「……そりゃ酷いな」

 金髪は目を閉じて首を振った。
 リヴェアも自分の顔を思わず撫でる。聞いているだけで痒くなってきそうだ。

 ……化粧かぶれの酷いやつだ。気の毒に。わかるわかる。気合が入りすぎて、パッチテストもせずに買い込んだ化粧品に食いついたわけね。

 本当にご愁傷様、とリヴェアが心から同情しているその隣で、ですからお願いをしておるのですと町長は真剣な面持ちで言い募る。

 話は終わっていなかった。

 「わが町の代表の美女として出て頂きたいのです!どうかお願いいたします!!」
 「ローデの代表なんでしょう?替え玉なんてまずくない?戸籍とか調べられるんじゃ?」
 「……あなた、真面目なんだな、お嬢さん」

 金髪は思わず吹き出す、といった感じで口をはさんだ。
 
 「まさか毎年、本当にその町出身の美女が選ばれてると思ってたの?」
 「……」
 
 毎年、なんて知るわけがない。

 「そりゃ、そうしてる町が殆どだ。でも美女を探し出してきて町の住人の養女にしてるところも珍しくないって聞いてるよ」 
 
 なぜそこまでミスコンに気合が入るのかわからない。
 下手に口を開くと世事に疎いどころかあまりに何も知らないことがばれてしまうから、眉間にしわを寄せたま黙り込んでいると、

 「あなたはいいところのお嬢さんみたいだからわからないかもしれないけれどさ。地方の町にとっては重要な話だよ。なんせ一年間、租税が免除されるんだから」
 「免税!?」
 
 おうむ返しに言ってしまった。
 ……それはまた豪儀な話だ。
 そしてリヴェアが何も知らないことはやっぱりばれてしまった。

 「どこの箱入り娘だよ、お嬢さん。……まあ、月照祭は初めて、って言っていたっけ。だったら知らないか」
 「……お祭りとか、そういう話はあまり聞いてなくて……」

 リヴェアは慎重に言葉を選びつつ白状した。
 当たり前だ。オルギールから教えられたのは一族の歴史、各国各地方の特産、収益、力関係、軍事、経済などが全てで、祭りの解説などは受けていない。

 「とにかく、お嬢さんのお力を借りたいのです、今すぐに!」

 はたからみればちょっと項垂れているかに見えるリヴェアの気を引き立てるように、町長は言った。
 
 「もう始まっております。グラディウスの版図、約百か所から出場しておりますが、あといくらもしないうちにローデの番なのです!どうか、どうかお嬢さんこのとおり!!」

 町長はいきなり地面に額づいた。
 ひええ、とリヴェアは全身でドン引きする。
 
 「やめてよ、町長さん。……出て、何するの?」

 しょうことなしに聞いただけだが、脈ありと踏んだらしく、町長は目を輝かせてリヴェアを振り仰いだ。

 「全員、同じ衣装を着けて、演台に出て行って一周して戻ってきて。それで終わりです!」
 「それだけでいいのね?」
 「よくないよ。最終選考に残ったら、まだ先がある」

 思わず食いつくリヴェアを、金髪は冷静に押しとどめた。
 町長は焦れて地団駄を踏み、リヴェアは言われてみればと軽く頷く。

 「先ってなに?」
 「十人前後、最終選考に残るんだ。そうするとそれぞれ自由な仮装をして芸を披露するんだよ」
 「……それはたいへんそうね」

 そんなことはごめんこうむるな。

 そうは思ったものの、とうとう町長は単純なお願いモードから泣き落としに戦法を転換したらしく、白い手巾を引っ張り出して涙を拭いながら鼻を拭いた。

 「お嬢さん、このとおり。……町は総力を挙げているのです。最終選考に残らなかったらそれならそれでかまわない。しかし、ここまできて出ないなどとなればわたしは町の皆に顔向けが」
 「町長さん、失礼だがそれはやむを得ないんじゃないか?」
 
 そもそもあなたの監督責任だろう、と金髪は穏やかながら容赦なくとどめを刺し、リヴェアを振り返った。

 「お嬢さんどうする?やめておくか?」
 
 町長は黙ってはらはらと涙を流している。
 
 リヴェアは困惑したように金髪と町長と演台とを代わる代わる眺めていたが、ややあって、

 「出ます」

 と短く言った。

 出るの!?いいのか!?と金髪は言い、町長はたちまち現金にも泣き顔を輝かせて「有難うございます!!」と叫んでいる。

 ウソ泣きかどうかは別として、話はわかったし。困っているのは本当だろう。
 それに、化粧かぶれの話は胸が痛んだ。彼女だって気合をいれてアルバ入りしたはず。自分のせいで町が失格となったらどんなにつらいことだろう。
 それに百あまりも女性が出るなら、最終選考に残ることなどめったになかろう。いつも思っていたけれどグラディウスには美男美女が多いから自分が目立つこともない。
  今はまだ日中。城には日没までに帰ればいい。公爵様方もオルギールも夕食にも戻れなくて済まないと言っていたし。

 ……ベニート、‘影’の人たち。ちょっと人助けするから適当にそっちで私を見つけてね。これから演台に乗るからね。とりあえず面白そうだ。出るだけでいいならちらっと出て、演台から広場を見渡してみよう。

 リヴェアはあっという間に思考を切り替え、「どこへ行けばいいの、町長」と言った。
 妙なことになったなあ、と金髪の男はぼやいている。


 **********


 急ぎ足で演台の裏手にある各町に与えられた簡易な「控室」に入り、手渡された衣装に着替える。
 女性の手伝いがあったほうがいいかと尋ねられたが、リヴェアは断った。
 当然だ。からだのあちこちに暗器が仕込んである。さっき‘三十五番’に突きつけた匕首もそのひとつ。こんなものを見られたら怪しまれるに決まっている。

 月の女神、を意識してか、銀色の衣装。オフショルダーで肩はむき出しだが、薄く軽く仕立てられた白銀のストールを羽織ることになっている。なかなか素敵な意匠だなとリヴェアは感心したが、それもそのはず、一次選考の衣装は選考会の資金提供をしている企業のひとつが売れっ子デザイナーを使って提供しているらしい。参加者は持って帰ってよいことになっていて、その衣装欲しさに選考会に出たがる女性は引きも切らないそうだ。
 支給される前に出場者のサイズを申告するとのこと。ここへ来るまでに泣きはらした目をした(ついでに言えば薬疹で目も当てられない様子の)本来の出場者と会ったが、リヴェアより少々小柄なようだった。長身のリヴェアは衣装がつんつるてんではないかと心配したが、問題はなかった。長めの丈で支給され、細かい調整は自分たちで、ということらしい。

 それよりも。

 「……お嬢さん、いや、エイミー。……」
 
 着替えて控室を出ると、さっき互いに名乗りあって、こうなったら付き合うよ、とあたかも「保護者」のようにリヴェアにくっついてきた金髪、もといロシュが鼻を抑えて上を向いた。

 「ロシュ、どう?おかしい?」
 「おかしいも何も」

 ロシュは目線だけをずらしてリヴェアを眺め、もう一度あわてて上を向いた。
 町長らオッサンご一行がいなくてよかったと思う。地方の町の出身者は客席から歓声を上げて出演者を鼓舞し、観覧席や審査員たちを扇動するのが役目なので今頃はどきどきしながら替え玉の登場を待っているはず。
 至近距離でコレはもはや犯罪レベルだ。
 
 「エイミー、胸、きついだろ」
 「胸?」

 リヴェアは自分の胸を眺めた。
 確かに衣装を着るとき猛烈に苦労したのが胸周りではあった。リヴェア自身が開発して作らせた「胸当てつき前開きコルセット」の紐を自分で調節し、なんとか支給の衣装に胸を押し込めたのだ。
 胸ポチになってるわけではないし、ここらのひとはメリハリボディが多いから問題ないと思っている。 

 「ちょっと苦しいけれど今だけだし、ご飯を頂くわけじゃないから大丈夫よ」
 「いや、ご飯とかじゃなくてさ……」

 そっちの心配かよとロシュは嘆息した。
 どうもこの女性はズレている。
 世間知らずかと思えば度胸もあるようだし、反応がいちいちすっとんでいて目が離せない。

 「ちゃんとそれ羽織っておけよ。前で結んでもいいくらいだ」

 目の保養、というべき素晴らしい胸の谷間だが、衣装がそこだけはちきれそうになっていてものすごくいやらしい。
 いやらしすぎてかえって心配になって、心にもない説教をしてしまった。

 「エイミー、うちへ帰ればお嬢さんなんだろう?連れの男って彼氏?それともお供?どっちにしてもそのカッコみたらヤバイよ」
 「だったらちょうどいいわ、はぐれてるんだもの。目立つほうが見つけやすいわよね?」
 
 だめだ。ズレすぎていて話が通じない。
 流血防止のため鼻を抑えたまま、本人が気にしていないならいいかとやけくそで考えつつ、今度は遠慮のない視線をリヴェアの全身に這わせる。

 長身だが均整の取れた肢体。長い手足。真珠色の肌は輝くようだ。さきほどまでゆるい三つ編みにしていた髪は解かれ、クセを保ったまま香油がつけられている。つややかでゆたかな黒髪。整った顔立ち。

 これは最終選考に残るだろう。いや、残るどころか、とロシュは考えた。
 最終選考前は賭けもあったよな。でも、一番人気になったら大した金にはならないか。

 かなり不埒なことを考えつつみごとな谷間を凝視していると、「ロシュったらやらしいのね、変な目で見ないで」とリヴェアのとげとげしい声がした。

 ……気づくのが遅すぎるだろう。
 
 我に返って苦笑すると、「ローデの方、そろそろですのでこちらへ!」と係りの者が呼びに来た。
 
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