溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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お祭り騒ぎのその果てに 9.

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 扉を閉めるなり、めったにないことだが男はちいさく身震いした。
 恐怖ではない。ありえない、驚くべきことを目の当たりにした興奮。
 全く、無様に狼狽えなかった自分をほめたいと思う。

 物柔らかで世慣れた、穏やかなアンブローシュはもういない。
 ごったがえした選考会場の舞台裏を、足早に出口へを目指す。
 走り出したくなるのを必死にこらえる。
 
 (……なんてこった。あのエイミーが)

 トゥーラ姫だったとは。公爵夫人そのひとだったとは。

 そしてなんとなんと、四人の夫の一人、ラムズフェルド公・ユリアス自身が彼女を連れ戻しに来た。
 知らぬこととはいえ本気で公爵夫人を口説いている真っ最中に。
 驚きすぎてさっきから思考停止状態である。
 調子のいいことをいってなんとか退去できたのは、ひとえにアンブローシュの動物的、天才的勘の良さというか、危機回避能力の高さというべきであろう。
 さっきの「虫」云々のいいわけを公爵は信用したわけではなかろうが、眼前の妻のことが第一で男のことは「まあいい」と考えたのだろう。「どうでもいい」と同義かもしれないが。

 (とりあえずここを離れよう)

 要注意人物として捕らえられ、尋問でもされようものなら。身元を洗われたらどうなることやら。


 選考会の舞台裏一帯は賑やかなだけではない。明らかに慌ただしさを増している。
 結果発表を待つばかりなのだろうが、会の関係者の顔は心なしか引きつっているようだ。
 そして、あちこちにグラディウスの正規兵の姿が見える。公爵に付き従う者たちだろう。
 彼らは油断なく周囲に目を光らせているが、幸いアンブローシュを気にとめるものはいない。

 (あぶないあぶない)

 もうちょっとエイミーことリヴェアのことを思い出して感慨に耽りたいものだが、とりあえずあとにしよう。

 が、あと少しで関係者出入口というところで。

 「……おい、お前」

 背後から声がかかった。

 (ち、あと少しなのに)

 街の雑踏に紛れ込めば一安心。
 そう思っていたのにその直前で呼び止められ、アンブローシュは内心舌打ちをしつつ先ほど同様、柔らかい笑みを浮かべてゆっくりと振り向いた。

 略装だがグラディウスの武官姿。襟に、肩に、袖に、小さいが効果的な金銀の縫い取りがある。身分ある武官の証だ。
 背の中ほどまである黒髪、褐色の肌、鋭く整った顔。
 紅玉のような鮮やかに光る瞳。

 (これは……)

 「どうかなさいましたか、騎士様」

 全身に走る緊張を押し殺して、あくまでも穏やかに問いかけた。

 「私を、お呼びで?」
 「ああ。……お前、‘ローデのエイミー’と一緒にいた男だろう?」
 「よくご存じですな」 
 「ちょっと一緒に来てくれないか」
 「それはまたなぜ」

 アンブローシュは困ったように笑んでみせた。
 そうする間にもちょっとでも出入口に近づこうとしたが、黒髪の男、アルフ・ド・リリーにさりげなく阻まれる。

 「騎士様に呼ばれるとは緊張してしまいますよ」
 「緊張しなくてもいいさ。一般人なら、だが」
 
 アルフはニヤリと笑った。 
 漆黒の猛獣のような笑み。
 冷や汗が一筋、背中を伝った。

 「一般人だから、ですよ。騎士様にものものしく呼ばれるなど……」
 「悪く思うな」

 アルフはアンブローシュがせっかく遠ざかろうとしていた舞台裏の奥を顎で示して、彼を促した。

 抗える状況ではない、とアンブローシュは判断した。
 焦燥を気取られぬよう、そしてわずかな隙も見逃さぬよう全神経を張り詰めらせながらアルフに続く。

 「なぜ私を?」

 どこまで知っているのだろう。
 隙を伺いつつも、何気ない調子で彼は探りを入れた。

 「ありふれた顔だと我ながら思いますが」
 「あのかたに接近した者は全て調べさせてもらってる」
 「お役目、ご苦労なことですな」
 「好きでやってるだけだ」

 微妙に揶揄するようなアンブローシュの言葉だったが、アルフは意に介さず素っ気なく言った。
 
 「杞憂ならそれでいい」
 「杞憂とは?」

 アンブローシュの薄水色の瞳がきらりと光る。

 「いろいろ、ご心配が尽きないのですね」
 「まあな」

 あの方もさんざん狙われたしな、とアルフは声には出さず続けた。
 
 一時期よりぐんと減ったみたいだが、油断できない。あのまま黙ってるとは思えないし……

 あのまま?

 アルフは立ち止まった。
 自分の頭の中での問いに、ひっかかるものを感じたのだ。

 どうかなさいましたか、と、傍らの男が怪訝そうに首を傾げる。
 べつに、と生返事をしながら、アルフはあらためてアンブローシュの顔をつくづくと見直した。

 薄い金色の髪。薄水色の瞳。
 珍しいわけではない。けれども。

 の民に多い特徴だ。

 「お前」
  
 ぎらり、と紅い瞳が獰猛に光った。
 疚しい者なら目力だけで身が竦むことだろう。 
 アンブローシュの顔から表情が消えた。

 これ以上はまずい。
 素知らぬふりを決め込むのもこれまでかと、限界を悟る。

 「善良な民間人、の反応じゃないよな、お前。……わかるんだよ」

 アルフは獲物を追い詰めるような残忍な笑みを浮かべた。
 
 「名前と出身国を」

 聞こうか、と。
 最後まで言い終えることはできなかった。

 白銀の一閃とともに咄嗟によけたアルフの髪が数本、ぱらぱらと宙を舞う。
 アンブローシュの手には、いつの間に抜かれたのか、銀色に光る針のような細身の、短い刃物が握られている。

 「貴様!!」
 
 切り結ぶつもりはもとよりない。
 アンブローシュは脱兎のごとく駆けだした。

 「くそっ……!曲者!!」

 アルフもすぐにあとを追う。
 大声を出して味方に追わせことも考えたが、すぐにその考えは却下した。多数の民間人がいる。人質にでもとられたりすれば厄介だ。恐慌パニック状態に陥る民衆の鎮静化も一苦労だろう。それに、こいつが囮なら?まだ奥にいるリヴェアの身に何かあったら。

 走りながらそこまで想像して、アルフはひとりで男を追った。
 お味方を、と事態に気づいた正規兵たちが気色ばんだが、持ち場を離れるなと言い捨て、アルフは男の背中に目を凝らす。

 声もなく逃げるアンブローシュは猛烈にすばしこい。
 アルフも足は速いが、追いつけそうで追いつけない。両者の速度が互角であるからか。
 アンブローシュは武器を手にしたままだ。すれ違う者たちはわけもわからず吃驚して、すごい勢いで走る男たちに道を譲るようにして空間を作ってしまう。

 出入口の木戸はすぐ目の前。

 アンブローシュの形相に恐れをなして人垣が割れた。
 
 木戸が開く。
 その向こうに、会場の裏方とは比べもつかない雑踏が見える。

 「くそっ!!」
 
 逃げ込まれたら発見は困難だ。

 アルフはやにわに短剣を抜くなり、男の背に向けて力いっぱい投げつけた。

 「!?く、うぅっ……!」

 男は悲鳴をこらえたらしい。
 それどころかわずかに身をかわし、狙い通りであれば背中を深々と貫いていたの短剣は脇腹を浅く切り裂いて、がらんと音を立てて地に落ちた。
 
 しかし、会場を出てもアンブローシュの速度は落ちなかった。

 雑踏に紛れ込むその姿を必死に視界の隅にとらえつつ、アルフも執拗にあとを追う。
 浅手らしいが、着実に出血している。白い石畳に鮮血が零れる。しかしそれも雑踏の足に踏みにじられ、瞬く間に痕跡を消し去ってゆく。
  
 まずい。後を追えなくなる。

 「誰かそいつを捕まえてくれ!」

 刃物を持っている男だ。
 何も知らない民衆に捕らえさせてもなんとでも言い訳はできる。
 そう考えて、アルフはようやく声を上げたのだが。

 「ぎゃあ!」
 「うわっ、なんだ!?」
 「痛い、痛い!!」

 突如始まったどよめき。そして悲鳴。
 血を流す男。それを目にして、悲鳴を上げる女。あちらでも、こちらでも。
 夜が更けつつあるからか、「月の女神選考会」だからか。子供たちが少ないのが不幸中の幸いだ。
 騒然としてきたが、子供の泣き声は聞こえてこない。

 切りつけられるのは男ばかり。
 それも脇腹を。

 嫌な知恵の回る奴だ、と後を追いながらアルフは認めざるを得なかった。

 逃げおおせた後を考えているのだ。
 脇腹に傷を負った男を探させても、該当する者がたくさんいれば探し当てるのに時間がかかる。
 前方で突如として苦痛の声を上げる男はまだ増え続けている。

 くそ、このまま追ってもケガ人を増やすだけか。
 
 諦めきれず舌打ちをしたアルフだったが。

 「つっかまっえた!」
 「!?」
 
 いきなり左右から腕を取られ、彼の必死の追跡は強制終了させられた。
 女だ。力任せに蹴り飛ばすこともできない。

 「おい!放せ!!!」
 「イヤだね」
 「絶対放すもんか」

 左右からからめとられた腕。柔らかく押し付けられる豊満な胸。
 どうした痴話げんかかと陽気な声が上がる。
 傷を負った男たちもあちこちで呻いているが、ひとはなかなかに残酷な生き物だ。浅手であり、命に別状がないと見てとるや、連れの者以外はあっという間に関心を失い、より刺激的で面白そうなものへと興味を移す。

 「くそ!放せと言ってるだろ!」
 「不義理しちゃってさ。逃がすもんか、この色男。イルージャ、絶対放すんじゃないよ」
 「わかってるって!」

 口笛が吹かれる。
 羨ましいぜとかねえちゃん放すんじゃねえぞとか無責任なヤジが飛ぶ。

 二人はアルフのかつての馴染みの酒場女だった。娼婦ではない。
 アイーシャとイルージャ。姉妹という触れ込みだが風貌はそんなに似ていない。
 婀娜っぽい美人だが二人とも気が強く、口が悪いところはそっくりだが。 
 けれど、竹を割ったような性格と、気の強さに似合わぬ情の深いところが男たちに人気で、もっと言うならリヴェアと出会う前のアルフも二人のことはお気に入りで、けっこうな頻度で彼女たちのいる店には足を運んだものだ。

 「お偉いさんになったらまったく近寄りもしないんだから」
 「ほんっと最低だよねあんたって」
 
 ひさびさに、過去の悪行によって足元をすくわれた形である。

 畜生、くそったれ、とアルフは口汚く罵り続けたが、逃げた男に対してか、女たちに対してか、それとも自分に対してなのか。彼自身にもわからなかった。


 ******


 馬車が走る。その周りを親衛隊が取り囲んで、城へとひた走る。

 深緑に金色の彩色。豪華で大型のそれは、言わずと知れたラムズフェルド公の馬車である。
 祭りで賑わう大通りを避け、あえて人通りの少ない道を選んで走らせているのは、「話のわかる公爵様」が、民の楽しみに水を差さないようにと気を遣って下さったからだろう、と目にした者たち全てがそう信じていたが。

 それも真実の一端ではあったが、それだけではなかった。
 公爵の命により、遠回りをしていたのだ。

 「んん!……う、くぅ!」

 くぐもった呻き声。
 馬車のガラガラという音、従う衛兵の馬の蹄の音にかき消され、実際に耳にすることができるのは、本人の他には一人だけである。

 くく、と面白くもなさそうな含み笑いとともに、ユリアスは細腰を高く抱え上げ、わざと落とした。
 のけぞって呻き、弓なりに背を逸らすリヴェアを視線で犯しながらそれを繰り返したあと、今度はからだを固定させて自らが激しく突き上げ、温かな胎内をめちゃくちゃに抉りたてる。

 「ふぐぅ!うぐぅぅん!!」
 
 下履きを詰め込まれ、声を封じられたままリヴェアは涙を流した。

 ユリアスに向かい合って跨らせられ、着衣を捲られて貫かれている。
 胸もはだけられ、白い双丘が突き上げの度にゆさゆさと揺れる様は、愛撫を誘うかのように卑猥だ。

 実際、ユリアスは目の前の捧げ物に遠慮なく食らいつき、先端を吸い上げては軽く歯で扱いてやり、敏感に反応して彼自身を締め上げる柔襞の感触を楽しんだ。

 「大洪水だ。仕置きなんだがな」

 じゅぶじゅぶとわざと水音をたてて、隘路をかき混ぜてやる。
 胸の尖りをしゃぶりながら言われて、リヴェアは眉を寄せて身を捩った。
 悔しいのか辛いのか快感なのか。流れる涙がはらはらと顎からさらけ出された胸元に落ちて、ユリアスの唇をも濡らしてゆく。
 
 甘いな、と言いながらようやくユリアスは一度は顔を上げたが、またすぐにもう片方の胸を責め始め、リヴェアは切なげに呻いた。



 アンブローシュを見送ったあとは彼の言葉どおり、本当に胸だけの愛撫で終息した。
 とはいえ、結構な時間、そこだけを責め立てられるというのもそれはそれでたいへんだったのだが。
 
 控室でのあれこれの間に、緑を基調とした華麗な衣装が運び込まれた。
 ユリアスの指示で、城にとりにゆかせたらしい。
 選考会をそれなりの恰好で収拾をつけるべく、表彰式兼閉会式は「ラムズフェルド公爵夫人」の色を纏ったリヴェアと、煌びやかな長衣を再び身に着けたユリアスまでもが演台に上がって愛想を振りまいたのだ。

 公爵夫人がお忍び中にローデの町役の目に留まり、夫の領国でもあったことから代役を引き受けたとまず進行役によっていきさつが語られ、大変もっともらしい理由であったため観客は深く頷いた。

 ローデは失格。町役始め応援団は項垂れたが、悪いことばかりではない。ラムズフェルド領ローデ、が広く知られることとなり、宣伝効果は絶大なものであったからだ。

 次点の女性が繰り上げで月の女神となり、‘ローデのエイミー’で決定だろうとしょんぼりしていた本人と応援団一行は喜びに沸いた。

 握手会を楽しみにしていた、‘エイミー’に投票した男たちには、後日席料の半額が払い戻されることになった。会を混乱させた責任を取るため公爵夫人の私財から払う、と進行役は語り、男たちは複雑な表情をそれぞれに浮かべたものである。懐の温かい男でなければ、このようなお祭り騒ぎの席料に大枚をはたかない。払い戻しはまあないよりはあったほうがよかったのだろうが、そんなことより、素晴らしいおっぱいと美貌のエイミーこと公爵夫人が、贈り物は渡せないまでもせめて握手でもしてくれたらどんなに幸せだったろうと思わずにいられなかったのだ。
 
 まあ、そんなこと無理だとはわかってたけどさ、と男たちは囁きあいながら会場を後にしたものだ。

 公爵夫人へ向けられる、四人の夫たちからの執着と呼べるほどの溺愛。
 しばしば恋愛小説や芝居の材料になるほど有名な話だったが、閉会式の時のユリアスの姿を見れば、噂は何の誇張でもないことは明らかだった。

 演台に上がってからというもの、一瞬だって彼女を手放さない。
 腰に手を回しぴったりと体を密着させ、引き寄せたまま。何か話しかけるときも、彼女の形のよい耳に唇を押し付けるようにしている。リヴェアが恥ずかしがって頬を染めようが、愛撫のような色めいた振る舞いに会場からきわどいヤジが飛ぼうがお構いなしだった。

 こうしてなんとか選考会も終わり、胸を撫で下ろした主催者たち、失格にはなっても大いに街の名を上げたローデの応援団、そして陽気に酒の入った観客たちに見送られながら城から呼び寄せた馬車に乗って帰路についたのだが。

 馬車の扉が閉められ、窓の視界を遮る薄布が下ろされるや否や、ものも言わずにユリアスはリヴェアを抱き寄せた。
 

 ------そして、現在に至る。
 半裸にされ、声が聞こえないようにと剥ぎとられた下履きを口に詰められたまま、リヴェアはユリアスにからだを繋げられ、揺さぶられている。

 謝ろうとは思っていた。自分が悪いと反省もしている。
 だから「仕置きだ、覚悟しろ」と言われてしまえばあまり抵抗もできなかった。
 馬車の中での行為など、軋みも音も気配も気になって恥ずかしくてイヤなのに。

 からだにあわない小さめの鎧の痕がうっすらと残る胸を揉まれ、舐め回され、たくさんの所有印が刻まれた。
 はしたない、男の目を考えなかったのかと胸を舐めながらユリアスが熱い息を吐く。
 乱暴な愛撫にも、感じやすいからだはすぐに反応して潤みを帯びる。
 馬車が走り出していくらも立たないうちに、「何事もなかったんだろうな」と奥の奥まで徹底的に暴かれた。

 ユリアスは、座席に座らせたリヴェアの前に跪くと、思い切り開脚させ、目と舌と指で柔肉を弄んだ。
 繰り返しイかせたあと、まだひくつくナカに勢いよく剛直を突き立てて、その熱さと狭さ、うねうねと動く襞をたっぷりと堪能する。馬車の揺れが不規則な刺激をもたらすのだろう。路面の起伏を馬車が越えるたびにリヴェアは細く呻き、蜜を溢れさせる。
 座らせたまま前から犯し、後ろ向きに座らせて尻を突き出させて責め立て、今は対面座位で繋がって、激しく突き上げたりリヴェア自身を上下にゆすったりこね回しながら、いっこうに力を失う気配のない分身でもって彼の激情を注ぎ込む。
 
 行為の初めから、リヴェアは殆ど抵抗らしい抵抗をしなかった。
 あまりに激しく突き上げられ、力任せに胸を蹂躙されて、たまに弱々しくユリアスの肩を押しやろうとはしていたが、基本的にはユリアスの求めるままにからだを任せていた。ユリアスがめったにしないはずの猛々しい行為にも涙を流しながら応えてくる。

 
 遠回りまでさせたが、もともとさほどの距離ではない。

 馬車が止まってもユリアスはリヴェアの中から出ようとはせず、とうとう気絶してしまった妻をしっかりと抱きしめていた。
 閣下、到着致しました、と外から声がかけられたが、ああとぞんざいに返しただけだ。
 彼はぼんやりと馬車の天井を見上げて、長い熱いため息を一つ吐いた。

 前をはだけさせた妻のからだに、あらためて検分の目を走らせる。
  
 ひどい痕をたくさんつけてしまった。
 こんなにも美しいのに。神々しいほど綺麗で愛おしくて、いつも誰よりも大切にするつもりで愛撫していた双丘は、噛み痕と鬱血痕で悲惨な状況だ。

 感情に支配された時間が過ぎて理性が戻ってくると、じわじわと自責の念に苛まれ始め、ユリアスは顔をしかめた。

 閣下、とまた外から遠慮がちに声がかかる。
 わかってると言いながら、まだ離れがたくてからだを抜くことができない。

 力なく目を閉じる愛しい妻を抱いて、涙にぬれた頬を舐めながら、すまなかったと口に出さずに詫びる。

 と、馬車の外がにわかに騒がしくなった。
 閣下、お待ちを、と狼狽えた従者の声が聞こえるが、自分ではない「閣下」へ話しかけているようだ。

 温かいぬかるみから下肢を放し、慌ただしくみずからとリヴェアの着衣を整えていると、「入るぞ」との声と同時に扉が開けられて、シグルドが乗り込んできた。

 
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