溺愛三公爵と氷の騎士、と私。

あこや(亜胡夜カイ)

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生涯の推しに出会った侍女の話。~ミリヤムの一人語り~後編

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 ただの伝言、お呼び出しならわざわざ親衛隊の方を使う必要はありませんのに。

 被っていたストールからうっかり手を離してしまい、赤い額があらわになってしまいましたが、もともと表情を動かさない訓練までも受けておられると聞く親衛隊の方は、見事な無表情を崩さぬまま、
 
 「ミリヤム殿。ヘンリエッタ殿とともにすぐに閣下の居室へ」

 と言いました。

 ヘンリエッタがこちらへ遊びに来ていることを、どうして知っているのでしょう。 
 訳を知りたくても、また、どんなご用かお聞きしても彼が答えるわけがありませんから、私はすぐにヘンリエッタとともに身支度を済ませてエヴァンジェリスタ公爵様のお部屋へ参上しますと、

 「早かったですね」

 なんと、その場にはカルナック大佐様もいらっしゃいました。
 エヴァンジェリスタ公爵様の副官であるカルナック大佐様にはよくお会いしますが、黒づくめとはいえ私服の大佐様にお会いすることはほとんどなくて、お顔そのものは見慣れているはずの私どもでも落ち着かなくなるほどの麗しさです。

 「二人とも、公休日にすまないな」

 気さくに、傍らの公爵様は声をかけて下さいました。
 めっそうもございません、と深く頭を下げる私どもに、「楽にしろ、お前たちに頼みがある」
 と公爵様は仰いました。

 頼みとはなんでしょう。
 仕事ならばお命じになればよいですのに。

 私も、おそらくはヘンリエッタも奇妙に感じたのが顔に出たのでしょうか。

 「仕事は仕事だが、お前たちの心根、誠実を見込んでの頼みだ」

 威厳溢れる鋭い金色の瞳を向けて、公爵様は重ねて仰いました。
 
 恐れ多くも、有難いお言葉です。
 私は緊張しつつも、胸を高鳴らせて公爵様のお言葉を噛みしめました。

 「……夜半に、客人が到着した。女性だ」

 女性のお客様。
 公爵様が、直々にもてなされるほどの。
 これは、もしや。
 ……早くも、ヘンリエッタの言っていた……?
 興奮のあまり、不覚にも震えが来そうになるのを、ぎゅっと拳を握りしめて堪えながらそっと隣を見ると、ヘンリエッタも同様のようです。
 ‘降りてきた’彼女は、止めようにも止まらないくらい喋ってしまうだけで、その時の記憶をなくすわけではないとのことですから、「お仕えする素敵な方」についてはっきり覚えているのでしょう。
 
 二人して静かな緊張を押し殺しつつ、引き続き公爵様のお言葉を拝聴します。

 「客間に通している。今は眠っているが、彼女が起きたら身の回りの世話をしてやってほしい。その……なんだ、かなり地方から出てきているからな。右も左も、お前たちがアルバでは常識と思っているようなことすらわからないかもしれないから、懇切丁寧に、丁重に、彼女が不自由をしないよう気を配って欲しい」
 「かしこまりましてございます」
 「承知仕りました」
 
 ‘懇切丁寧’、‘丁重’。

 特定の女性に対して、公爵様の口からこのようなお言葉を聞いたことがありません。
 それも、命令ではなく、‘頼み’とまで仰って。
 少なからず衝撃を覚えて、それでも私どもはそれをあからさまにすることはなく礼を執っていると、

 「二人とも、私からも頼みます」

 なんとなんと!
 オルギール・ド・カルナック大佐様までが。
 鉄壁の無表情で、‘氷の騎士’、とまで呼ばれる方が。
 「頼みます」とお言葉を添えられたのです。
 女性のことで。
 「頼みます」と!!

 驚愕のあまり、思わず大きく息を吸ってしまったのは、貴人にお仕えする侍女としては失態でしたが、カルナック大佐様は当然お気づきではあったでしょうけれども、意に介さないご様子で、

 「彼女は大切な客人。くれぐれも不自由のないように。たったお一人で遠方から来られたのです。心細く、ご不安になられることもあるかもしれない。お心を閉ざされたり、要らぬ気遣いをさせることなどけっしてないように。気遣われる前にお前たちが気遣うように。頼みます」
 「かしこまりました」
 「仰せの通りに」
 「オルギール、饒舌だな」

 公爵様は苦笑交じりに仰いました。

 カルナック大佐様が、ここまで私どもにお話をされるのを聞いたことはありません。
 もちろん、私どもがお仕えするのは公爵様、エヴァンジェリスタ城であって、副官であるカルナック大佐様ではないとはいえ、「女性のことで」このような発言をされることなど、想像を絶すると言ってよいほどです。
 公爵様までもが「饒舌だな」と仰せですから、やはり珍しい事なのでしょう。

 「閣下が仰ったのですよ。懇切丁寧に、丁重に、と。私はそれに念押しをしたのです」
 「そういうことにしておくか」
 「それ以外に何がありますか」
 「言っていいのか?」

 お二人が軽口をたたきあうのを、私どもはとうとう非礼も忘れて口を開けて見つめるばかりでした。

 「──ミリヤム、ヘンリエッタ」

 口元を笑いの形にしたまま、しかし支配者の威厳を帯びたあの有名な美声で、公爵様は私どもの名を口にされました。

 ただその一言だけで、私どもは正気に戻った、と申しますか、姿勢を正さざるを得ないほどの、それは迫力に満ちたものでした。

 「俺がどれほどに心を尽くしても、同じ女性にしか気づかぬこともあろう。頼んだぞ」
 「しかと、承りました」
 「身命を賭して、お世話申し上げます」 

 お会いしたこともないその女性に、「身命を賭して」などとは。
 けれど、まるでそうあることが当然のように口をついて出てきた言葉に、私自身、一瞬驚かされたのですが。

 公爵様もカルナック大佐様も当然といった調子で頷かれ、

 「そのくらいの心意気でな」
 「では、そのように。客間は追って伝えます」
 
 と仰り、私どもは退出を許されたのでした。

 驚愕と興奮を道連れにして居室を後にする私どもに、お二人のお言葉がぽんぽんと飛んできます。

 「……彼女が目を覚ましたら一番に俺に知らせろ」
 「私にも知らせるように」
 「俺にまず知らせろ」
 「先もあともどうでもよいでしょう。どのみち知れるのですから」
 「どうでもよくない。最初が肝心なんだ」
 
 ──もう、なんと申し上げたものやら。
 公爵様の広い居室をようやく出て、失礼のない程度にじゅうぶんに距離をとったあたりで。

 私とヘンリエッタはどちらからともなく顔を見合わせ、笑いだしてしまいました。
 くすくす、ではなく、あははは!と。
 
 気さくな方ではあるけれど、威厳に溢れた、私どもにとっては神のごときエヴァンジェリスタ公爵様。
 ‘氷の騎士’‘万能の人’、お姿を目にしてはいても、遠い存在でしかなかったカルナック大佐様。

 そのお二方が、お一人の女性についてあのような言葉を口にされて。
 あのように、お二人で言い合いをされて。

 楽しくて、面白くて。
 どんな方なんだろうと心が沸き立つ。
 わくわくする。
 
 ──そう、わくわく。
 ヘンリエッタが言っていた通りなのです。
 
 「ね、ヘンリエッタ」
 「なあに、ミリヤム」

 彼女の声も弾んでいます。
 
 「あのお二人が、あんなふうにおっしゃるなんてね」
 「きっと素敵な方よね」
 「この世の方とも思われないほどの」
 
 もちろん、私は真実など知らなかったわけですが。
 少なくともこの先、どきどきわくわくするようなことが必ず起こる。
 そして、今日のところはまだ「お世話をするように」とのお話だったけれど、きっとその方は、私どもがこの先お仕えすることにある主に違いない。推測ではなく、確信できます。
 それを思うだけでわくわくどきどきします。

 「……すぐ移動できるようにしないとね」
 「そうね、ミリヤム」

 お世話をさせて頂くのですから、客間の近くに私どもの控室も整えておかなければ。
 お目覚めになる頃には日没近くだろう、ともお二人は仰せでしたから、食事の支度も厨房へ伝えておかなくては。
 お好みもあるだろうけれど、長旅のあとなら消化のよいものがいいでしょう。
 どんなお召し物を着て頂こうか。
 
 私とヘンリエッタは、期待に胸を膨らませながら、膨らませすぎて爆発しそうなくらい妄想しながら、まずは急ぎ足で自室へと引き上げたのでした。

 ***

 姫様がお目覚めになってからのこと。
 十日足らず後に、公爵様の居住域、同じ寝室へと居を移されたこと。
 目がつぶれるほど素晴らしい、姫様の軍服姿。
 公爵様の溺愛と、カルナック大佐様の執着。
 やがて、オーディアル公、ラムズフェルド公までもが姫様の虜になり、姫様は最終的には四人のご夫君をもたれて。

 ……後年振り返れば、姫様にお仕えするようになってからの私の生活は、それはそれは鮮烈で濃密な、極彩色に満ちた毎日でした。

 男性とのお付き合いは──まあ一応、御縁があったらしい、とでも申しましょうか。
 このお話は、機会がございましたら、また。

 私はずっとずっと、姫様のお側におります。
 一生をかけてお仕えすると決めた──私の、生涯の‘推し’なのですから。
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