溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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7.-19

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 私の武具を剥ぎ取って担ぎ上げてからというもの、ずいぶん威勢がよくなった奴らは、ひとしきり猥褻なことを口にして囃し立てたり、からだを触り倒したりやりたい放題だったけれど、ほどなくしてそれも止んだ。壁穴へ入ってからの足場は悪く、狭く、「かろうじて道」と呼べる程度のものだったため、奴らは歩くのに必死でそうせざるを得なかったのだ。ついには、私を担いで歩くことも覚束なくなってきて、よろめき、けつまづき、互いにののしり始めるありさまで、私は取り落とされるのではないかとそちらが心配になるほどだった。というわけで、こんな足場の悪い洞窟のような一本道では逃げようがないのだから歩かせてほしいと頼んでみると、すぐさま認められ、今は前後を柄の悪い兵士共に囲まれて歩き続けている。

 ゆるい下り坂だった。半刻以上、歩き続けただろうか。気のせいか、と思っていたものが、一気に現実味を帯びてきた。

 潮の香り。波の音。
 海が近い。というより、海に向かっているのか。

 「海へ行くの?」

 思わず、私が疑問を口にすると、前を歩く兵士は一丁前に「さあどうだかな!」と言ったけれど、私の後ろを歩いていて、何かにつけからだに触れながら、美人だな、とか、おとなしくしてりゃ乱暴にしねえよ、とか、なれなれしく話しかけてくる野郎は、

 「船が待ってる」

 と、あっさりと答えた。
 すかさず、おい!と前を歩く男が咎めるように振り返ったけれど、もうすぐ着くんだから隠すことでもねえだろう、と後ろの男は平然と答える。
 その通りだと思ったのか、特段、それ以上誰もとやかく言うこともなく、またしばらくそれぞれが足元に集中して歩を進めた。
 ただでさえごつい男共が、狭い道を鎧を着けて間隔を詰めて歩いているのだから、窮屈で仕方がない。
 
 けれど。でも。

 武具をとられてかえって身軽にひたすら歩く私に、もはや冷たい汗は流れないし、悲壮感の欠片もない。私の脳内は高速回転中だ。潮の香りがさらに強くなってきた。

 海。船。読み通りだ。手は打ってある。

 ------私の、勝ちだ。


 細かったはずの道が、最後に一回、左へ曲がったとたん、いきなり広がった。
 というより、視界が広がったとたん、洞窟内は碧い水に満たされている。こんな状況でなければ、幻想的とさえ言える美しい光景だ。
 道が急になくなって、水辺には十人程度乗れる船が四艘、浮かんでいる。三艘にはそれぞれ長櫃が置いてあって、ずしりと重そうだ。

 だから、この人数でも四艘必要なのか。

 兵の数と船の規模を見ながら、私は考えた。でも、四艘目も、よく見ると空ではない。
 袋?・・・と首を捻りながら尚も見ると、もぞもぞと動いている。・・・袋ではなかった。
 
 縛り上げられ、自由のきかないからだ。生気のない顔。艶の落ちた、薄茶色のくせ毛。虚ろな青い瞳。

 「総督。・・・」

 私の呟きが聞こえたわけではないのだろうが、虚ろな瞳がこちらに向けられた。なんの感情も映らない、人形のような目。

 「こいつを、探しに来たんだろう?准将閣下」

 ギルド長はさっさと四艘目に乗り込み、ぞんざいに足元のものを──総督を、つま先で蹴飛ばしながら言った。続いて、キアーラが乗り込み、私もそれに続いて乗るよう促される。早くしなよ、ぐずね、と、女にここぞとばかりに意地悪を言われ、小突かれる。今だけ、おとなしくしておいた。絶対に仕返しをしてやろうと心に誓いつつ、女の横に座り込む。
 
 こざかしいことに、「この女何するかわからないから縛っちまおうよ」とキアーラが鼻声でギルド長に話しかけ、それもそうだな、ということになり、私は船に乗り込むと同時に後ろ手に縛られてしまった。

 縛り方にもコツがある。「心得た」奴が縛ると厄介だな、と思ったけれど、私を縛ったのは心得てないただの男だった。ついでに胸やお尻を触られたのが不本意だっただけで、結び目たるや力任せに堅結びにした!という程度のお粗末さ。
 いうまでもなく、私は縄抜けができる。あとは、どのタイミングで縄から逃れて反撃に出るか。そこを見誤らなければいい。それに。

 オルギールはきっと来てくれる。

 私にはさっきからその確信があった。
 居住域にいるときには、レオン様にべったりの私だけれど、考えてみれば日中のほとんどはオルギールと一緒にいるのだ。時間にしたら、レオン様よりも長く一緒にいるかもしれない。その彼と、先ほどからの二刻弱、離れ離れになっているのが奇妙な気持ちがしてならなかったのだけれど、海に向かっていることがわかり、実際に船に乗り込んでからというもの、不思議なほど気持ちが落ち着いてくるのがわかる。予感ではなく、確信。オルギールが、必ず助けに来てくれる。もう、きっとそこまで来ている。

 だから。

 全員、船に分散して乗り込み、「出せ」とギルド長が命じて、二艘ずつ並んで碧い洞窟をあとにした途端、沖合を埋め尽くすグラディウスの軍船を目にしても、私は全く驚かなかった。

 ギルド長もキアーラも、傭兵共も大恐慌に陥っている。どこからバレた、そんな馬鹿なと無駄に慌てふためくばかりだ。

 合図があったのか。

 いっせいに、軍船に篝火が灯された。灯りは水面に照り映え、月光と相まって、このあたりだけ真昼のように明るい。
 洞窟を背に立ち往生する四隻を、十重二十重に半円で囲む大小の軍船。一目で旗艦とわかる軍船の舳先(へさき)に、満月の光を浴びて、髪だけでなく、全身を銀色に染めるオルギールと、赤い髪を海風になびかせて堂々と立つ火竜の君が見える。・・・そして、爛々と光る赤い瞳をこちらに向ける、剣を支えにして立つアルフの姿も。思わず、安堵で顔がほころぶのを止められない。・・・総督府の入り口で別れたままだったけれど、よかった。頑張ってくれた。無事だ。

 もう、縄は解いた。あとは、脱出するだけ。・・・いや、戦ってから脱出しても遅すぎないはずだ。
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