溺愛三公爵と氷の騎士 異世界で目覚めたらマッパでした

あこや(亜胡夜カイ)

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 そして次の日の朝、というか昼前。

 私が目を覚ますと既にレオン様はいなかった。
 いなくてよかった。
 いたら私は朝からぷりぷり怒って何を言い出したかわかったものではないから。

 眠る、というか快感で気絶するまでのことを思い出すにつけ、気持ちよかったのに恥ずかしくて腹立たしい。なんとも複雑な心境である。



 ──胸を使ってアレコレするという破廉恥な行為のあと。丁寧に顔もからだも洗ってくれたレオン様と共に寝台に入り、あとはひたすら甘々……な展開になることを期待していたのだけれど、そうは問屋が卸さなかった。

 いや、甘いは甘かったのだけれど。
 私のご奉仕へのお礼、と称して徹底的にからだじゅうを愛撫されて、ヘロヘロにされたのち、レオン様は怒涛の言葉責めを開始したのだ。
 今までにも、たびたびおねだりをさせられることはあったし、多少の淫語は情事のスパイスとして私も受け入れていたのだが、今回は酷かった。

 どこがどのように気持ちがいいのか、なにをどうしてほしいのか、今自分のからだがどんなふうになっているのか、等々、「あれ」だの「それ」だの指示語というか核心を突く言葉の代用は一切許されず、とんでもなく卑猥な直接的な言葉をさんざん言わされたのだ。それも、レオン様が納得のゆく大きさの声を出さないと「聞こえない、もう一度」と言われ、大きな声で何度も言わされて。

 情けないことにそのせいで私はいつもよりもさらに酷く乱れ、およばれした先の寝台だというのに敷布はぐっしょり、潮吹きまでして何度も絶頂し、レオン様を大いに悦ばせた。

 最後の高まりに向かってレオン様が激しく律動を繰り返しながら、喘ぎっぱなしの私にとんでもないことを囁いたのだ。

 この客間には伝声管がある、と。

 桃色の靄ですっかり思考をやられていた私は、すぐには反応しなかったのだけれど、レオン様は含み笑いをしながら続けた。

 暗殺、密談、情事。客人の内密な情報を把握するため複数の伝声管が通してある。今日はあいつの意向で使用人は遠ざけているかもしれないが、他ならないあいつ自身が聞いているかもな、と。

 

 ──レオン様はやっぱり鬼畜だった。
 言葉責めというお仕置きを私に施し、もしも本当に悪趣味なことにユリアスが伝声管の向こうにいたのだとしたら、彼にあんな恥ずかしいアレコレだけを聞かせて生殺しを強いたことになる。
 
 レオン様、どうしてくれよう。
 ……って言ったって、何一つ敵わないし、下手な反撃をしたら倍返しされるのがオチなのだけれど。

 怒りと羞恥で広い寝台の上でぷるぷるしていたら、控えめなノックとともにケイティの声が聞こえた。

 「姫様、お目覚めでしょうか」

 なんでわかるんだ、と素朴な疑問が頭に浮かんだが、まあ有能な侍女と言うのは客間の気配を始終窺っているのだろうな、と適当に結論づけ、起きています、と返事をする。

 「入室を、お許しいただけますか」
 「どうぞ」

 程なくしてケイティが入ってきたが、丁重に頭を下げ、温和で人懐こい笑みを浮かべて私を(それも乱れた寝台でマッパの私を)見るケイティは、本当にプロである。

 このひとが、嘘泣き。

 本当に人は見かけによらない。
 私はあきらめの心境で、お世話をしたくてたまらないらしいケイティに促され、湯を使い着替えをし、薄化粧まで施されて身支度を整えたのだった。



 昨晩とは異なる部屋に通されると、そこはとても日当たりのよい、明るい部屋で、どうやら窓を開ければ広い露台(バルコニー)へ出られるようだ。窓ごしに、バルコニーには緑のこんもりした植え込みが見える。いわば、空中庭園、みたいになっているのだろうか
 あとで露台にも出てみたいな、と思っていると、よく眠れたか、姫、と傍らから声がかかった。

 「……ユリアス」

 ゆったりとした白の開襟シャツ、黒のズボン。黒の長靴。あっさりとした普段着をお召しのユリアスは新鮮だ。
 ひとりで円卓に座していて、お茶と書類が幾束か置かれている。

 「おかげ様にて、ゆっくりさせて頂きました。ありがとう、ユリアス」

 私は丁重に礼をとった。

 「‘ゆっくり’か。明け方まで寝てないくせに。……ものは言いようだな」

 私の丁寧なあいさつはお気に召さなかったらしい。
 ユリアスは眉を顰めてぶつぶつ言っている。
 何と言っていいやらわからないので首を傾げて黙っていると、気を取り直したらしいユリアスは顔を上げた。

 「昼を一緒にどうか、姫」
 「お昼?」
 「もう昼だ」 
 「そういえば」

 確かに、日が高い。朝ではないと思っていたけれど、もう昼でしたか。

  否やはないけれど、でも。

 「ユリアス、お仕事は?」
 「ああ。心配ない」
 
 そんなはずはないでしょう。
 ユリアスは公爵様なのだから。レオン様がいつも物凄く忙しそうにしているけれど、ユリアスだって忙しいはずだ、

 「今日は空けておいたから」

 心配ないはずないでしょう、と言う私の視線に促されたように、ユリアスはぼそりと呟いた。
 目を逸らしている。心なしか、耳が薄赤いような。

 「客人を、招いたわけだしな」
 「あら、私のために?」

 律儀なひとだ。
 客(わたし)をよんだから、招いた側として私が帰るまで応対しなくては、ってこと?
 食事をご一緒させて頂いてよかった。昨日の晩も思ったけれど、このひと目つきで損してるだけで(私が勝手にそう思っているのか?)とてもいいひとだ。
 お友達からスタート、で、だんだんお付き合いを深めてゆくのは思ったより嫌じゃない。むしろ、このましいかもしれない。

 「お忙しいのに、丁寧なもてなしをありがとう、ユリアス。こどもじゃないのだから放っといてくれてもよかったのに」
 「もてなしなどしていない。……レオンに掻っ攫われたしな」
 「はあ?」
 「まあいい。あんたが鈍いのは聞いていたから」

 会話がかみ合わない。
 ため息交じりに微妙に貶されたけれど、わけがわからないので怒ることもできない。

 そうこうするうちに、ユリアスがどんな合図をしたのか、扉の向こうから丁重な伺いの声とともに昼食が運ばれてきて、その話はおしまいになった。



 「──シグルドが帰ってくるぞ」

 食後に、露台の空中庭園を案内してもらっていると、ユリアスは唐突に言った。

 「シグルド様が?」
 「ああ。ウルブスフェルと陥落させたシェルデンへ、アルバから執政官を何名か向かわせた。合流し、まもなく引き継ぎも終わるらしい。……というより」

 ユリアスは私の手を引いて、見事な花の咲き乱れる一角に据えられた長椅子に私を座らせた。
 当然のように隣に腰を下ろしながら、尚も言う。

 「引継ぎは膨大だ。終わるまでと言ったらいつになるかわからない。だから、とりあえずシグルドは戻ることになる」
 「いつ?」
 「十日ほどは後になると思うが」

 あと、十日。
 
 紅い長い髪。空色の瞳。繊細なほどに整った顔と、誰よりもがっしりとした体格。
 素敵な火竜の君。
 そういえば、お土産。アルバで渡す、と言ったのだった。すごく、ものすごく嬉しそうだった。兵士達がざわめくくらいに。
 期待外れだと悲しい。たかが、ちょっとした腕飾りだし。喜んで下さるだろうか。

 ……いや、そもそもあれどこにしまったんだっけ。
 レオン様に一番先に差し上げようと思ったのに、天幕ではオルギールとレオン様、二人がかりで信じられない行為を強要され、そのまま先送りになっていたのだった。

 行軍の際の私の持ち物は全部オルギールが管理してくれていて、もともと散らかし屋の私はあっさりとそれを受け容れてしまっていたから、お土産の行方がわからない。

 オルギール、会いたいな。

 レオン様に抱かれた次の日、いま現在はユリアスが隣に座っていて、シグルド様の話をしているのにオルギールのことを思い出すなんて。とんでもなく節操がないけれど、もうどうでもいい。理屈を捏ねるのは止めにする。
 
 しばらく、とは聞かされていたとはいえ、あれからそれなりの日にちがたっている。
 ずっと傍にいる、と言ってくれていて、嘘じゃないと信じているけれど、夢だったんだろうか。

 「──会いたいか、シグルドに?」

 ぐるぐると思考の渦に巻き込まれて黙ってしまった私を気遣うように、ユリアスは静かに、そして優しく問いかけた。

 思わずユリアスの顔を振り仰ぐと、暗緑色の目を穏やかに細めて、私を見つめている。
 明るい空中庭園の光の下では、もっと暗いと思っていた彼の瞳は鮮やかな緑柱石(エメラルド)みたいだ。

 綺麗だな、と思いつつ、でも、このとき私の頭の中にあったのは、真昼の空のような藍玉(アクアマリン)ではなく、妖しく煌めく紫水晶(アメジスト)のことだった。

 頷きもせず言葉も発せずぼんやりとユリアスと目を合わせていると、やがてユリアスの手が伸ばされ、私の肩に置かれた。

 ただ「置いた」というだけの感触だったから、私は特段の反応も返さないまま置かれた手に視線を移す。

 「同じころ、オルギールも戻ってくる」

 私の頭の中を読んだように、ユリアスは言った。 
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