僕のみる世界

雪原 秋冬

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一章

15.朝

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 翌朝、すっきりとしない目覚めではあったが、一応は眠れたのだと、心のどこかで安堵する。
 部屋を見渡してみるが、須納の姿はどこにもなかった。それどころか、須納のために敷かれていたはずの布団に、横になったような形跡がまるでない。結局眠らなかった……いや、眠れなかったのかもしれないな。

 それにしても、どこへ行ったのだろう。昨日、浴場を案内されるときに、トイレの場所も教えてもらったから、そこにでも行っているのだろうか。
 そのうち帰ってくるか……と思いながら、スマートフォンで時間を確認する。朝の八時すぎ……まだ早いと言える時間だ。

「お目覚めのようですね。おはようございます」

 悲鳴を上げなかった自分をほめたい。急に現れた声は、案の定、あの女中だった。生きた人間なら、もう少し気配というものを出してほしいのだが、すっかり明るくなった今でも、やはり存在感は希薄……というよりも、ない。伊織に負けず劣らず無表情な振る舞いを見ていると、実はアンドロイドか何かなんじゃないかと、くだらない考えが浮かんでしまう。

 というか、無表情という点では、正直伊織よりも読めない。あっちは幼馴染だから分かるけれど、こっちは完全に初対面……ではないんだっけ。まあ、覚えていないから初対面のようなものだ。
 朝食をどうするか聞かれたが、食欲はないので飲み物だけを頼む。身支度を整えると、手持ち無沙汰になってしまった。

「そういえば、須納は?」

 しぼりたてのようなフレッシュさのある、濃厚なオレンジジュースを持ってきた女中に、疑問をぶつけてみた。俺が起きたときに絶妙なタイミングで話しかけてきた彼女なら、須納がどこにいるのかも知っているはずだ。

「須納さまは、お帰りになられました」
「は!?」

 先ほど時間を確認するためにスマートフォンを見たとき、特に連絡は入っていなかった。ということは、俺にも黙って帰ってしまったのだ。

「薄暗さも消えるほど日が昇ってから、すぐに。……せっかちな殿方でございますね」

 車での送迎も断ってしまったらしい。ここから門まで、徒歩だと結構な距離がありそうだけれども……。道は整備されているから見失うことはないとはいえ、万が一にでも迷子になっては大変だから、と彼女が付き添おうとしたのだが、それも拒否されてしまったそうだ。

「……ご安心ください。もし彼が道を逸れてしまっても、どなたかが気付いて、誘導して頂けるはずですから」

 この女中が言うと、なんだか怪しく感じてしまう。たぶん、平気なんだろうけれど……念のため、あとで連絡して生存確認でもしておきたいところだが、最後の会話や須納の様子を思うと、すぐに接触してしまってもいいのかと、踏みとどまってしまう。

「……じゃあ、東雲は?」
「東雲さまは、現在も都織さまとご一緒です。……ですが、ご家族に対して事情を仔細に説明できない以上、長くても夕方までにはご帰宅願う運びになるかと思われます」

 まあ、そうだよな。学校へ肝試ししに行ったら、なんか変なものが出てきたあげく、彼氏が殺されました、なんて説明できるわけがない。遺体も見つかっていないし。

「和樹さまは、どうなさいますか? ご不安であれば、宿泊を継続しても構わないとのことです」
「……俺は……」

 なぜかくつろいでしまっていたが、このままここで過ごすわけにはいかない。まあ、俺の両親は伊織のことを知っているから、泊まると言えば、何も不審がられることなく許可はもらえるだろうけれど、明日から学校だ。

「というか、俺が泊まってもいいのなら、東雲もいいんじゃないか? 連絡は都織さんが代わりにすればいいし」
「和樹さまと違って、東雲さまとは面識がありませんでした。先方が当家をどう思っているか分からない以上、むやみに踏み込むことはできません。どうしようもない状況であれば、強引に事を運ぶことも可能ですが……なるべく日常からの変化はなく、穏便に済ませたいのです」

 そういえば、宮原の人間が持つ赤い瞳が、この辺りではあまり見かけないものだからと、忌避する者たちもいるんだっけか。まあ、様々な事業を成功させているらしい、宮原グループに対する嫉妬も混じっているのかもしれないが……表立って言わないだけで、よく思われていなかったら、お互い接触するのはマイナスでしかないもんな。

「……それなら、東雲がよければだけど……帰りは彼女とタイミングを合わせるよ。心配だし」
「……そうですね。おそらく、ご自宅前までの送迎はできませんので、しっかりと送り届けていただける方がいらっしゃると、わたくしとしても心強いです」

 確かに、あんな車が家の前に停まったら、何事かと思われるよな。都織さんも、東雲を家まで送りたくても行けないのかもしれないし。
 周囲が明るいだけで、安心感というものはある程度生まれるものだが、そんなものは精神状態でいくらでも左右される。

「……あれ、そういえば……宮原の者だと知られるのがまずいなら、えーと、あなたとか……そのとき手の空いている女中とかが付き添えばいいんじゃないか?」

 しづという名前を俺が呼んでもいいのか分からず、曖昧に濁した。
 黒髪に赤い瞳という特徴を持つのは宮原家の血縁のみで、その周辺にいる女中などは該当しないらしい。ならば家の近くまで車で行って、そこから付き添えば問題ない気がする。

「……ご家族の方が、いきなり見知らぬ年上の者と帰宅したら、どう思われますか?」

 言葉に詰まる。怪しさ満点だ。家族の誰かと対面せずとも、もしかしたら窓から様子が見えるかもしれないし、近所の人に見られてしまう可能性だって、十二分にある。

「ごまかそうと思えば、色々と理由は挙げられると思いますが……和樹さまが付き添われるのでしたら、わたくしどもはお任せしたく思いますよ」

 あの夜のことを知っているのは一部の者だけということを考えると、俺が同行することだってわりとまずいと思うのだが、そこはいいのだろうか……。
 まあ結局のところ東雲次第なのだから、俺たちがあれこれ考えたりしても、意味はないか。

「伊織はどうしてるんだ?」
「……ご用でしたら、お取り次ぎいたします」

 今まではよどみなくすらすらと事情を述べていたのに、途端に壁を感じる簡素な返答へ変化した。

「できれば、直接話がしたいんだけど……」
「……わかりました。それでは、確認して参ります。少々お待ちください」

 最低限のことだけを述べて、女中は去っていく。しばらくかかるかと思っていたが、戻ってくるのは案外早かった。直接ではなく、内線などを使って連絡したのかもしれない。

「伊織さまの元へご案内いたします。ただし……、他言無用ですよ」

 それは場所なのか、会話内容のことなのか……。それともこれからのこと、すべてを指しているのか。いずれにせよ、もとより誰かに話すつもりは毛頭ないので、即座に了承する。
 部屋を出て、廊下を渡り……入り組んだ先にでも目的地があると思っていたけれど、うっすらと見覚えのある道筋をたどっていることに気がついた。これは、夜のうちに通っていたルートと全く同じだ。ということは、玄関のほうへ向かっている……?

 想定していた通り、玄関へたどり着いた。一度外に出てしまうようだ。それによって、どこへ向かっているのか、ますます訳が分からなくなった。
 庭に通る道はきちんと整備されているが、見る限りだと人通りは多くなさそうだ。まさか、こうして大人しくついて行くのが間違いだった、なんてことはないよな、と急に不安が襲ってくる。

 失礼なことを考えながらも女中の後ろをついて行くと、次第に一軒家が姿を現した。先ほどまでいた家屋よりも小規模……というより、あの家が大きすぎるのだが、それに比べてこちらは、ごく一般的な和風の佇まいだ。離れというやつだろうか。
 そして、その縁側に伊織は腰かけていた。……隔離されている? 直感で思ったことは、伊織の立ち位置を考えると、ありえないと言ってもいい状況だった。

「伊織さま、和樹さまをお連れいたしました」
「ありがとう。もう休んでもいいよ」
「……お気持ち感謝いたします。ですが、伊織さまを放っておくわけにも参りません。せめて、こちらで待機させていただけませんか」
「一人でいい。そういう取り決め。でも、ここにいるのはいいよ」

 伊織の言葉に、女中は礼を述べてから家の中へ消えていく。縁側には姿を現さなかったところを見る限り、玄関から入ってすぐの、縁側とは逆方向にある部屋にでも向かったのだろうか。
 一人でいるのが取り決め、と言いながらも、ここにいることを許可したのは、どういうことだろう。単にここで休めばいい、ということなのか?

「和樹も上がっていいよ」
「ああ、うん。お邪魔します」

 一度母屋のほうに入っているし、そこから直接来たのにこう言うのも変な気分ではあるが、なんとなく口にしてしまった。
 内装は高級感あふれる造りになっているのかと思っていたが、思っていたよりも素朴なものらしい。母屋よりも身近に感じられて、少し落ち着く。玄関を上がってからすぐに縁側へ向かい、伊織の近くに腰かける。
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