僕が死にたい百個の理由と生きる一個の訳

koma

文字の大きさ
1 / 6
第一章 屋上で君は待つ

第一話 ヘーゼルアイ

しおりを挟む
「盗撮とは感心しないね」

 期末テストが終わり、夏休みまでの残り僅かな時間をゆったりとした気分で過ごしていた昼休み。
 中庭を眺めている僕の前に彼女は現れた。
 
 夏の日差しを受けて白く光る髪を、やわらかい南風に靡かせる彼女は爽やかで優しい笑顔を湛えていた。淡い褐色の瞳に、昨日見た動画を思い出す。
 
 ヘーゼルアイ、色素が……薄いんだっけ。



 初夏、夏を感じる季節になりました。近年は地球温暖化か何かの影響なのか随分と暑くなるのが速くなってきた気がする。
 とは言っても、たかだか16年しか生きてない俺の近年なんて地球にとっては誤差みたいなもんだろう。
 
 屋上のフェンスに寄りかかりながらそんなことを考えた。

「暑い......」
 ここ最近、お昼は屋上で過ごしていたが、それも今日で終わりかもしれない。
 明日からは放課後だけかな。

 屋上は解放されていることを知らない生徒も多い。
 中庭がリア充の溜まり場になってるのに対し、ここは俺の独占状態だ。

 最近のお昼は購買で買ったパンを食べてオレンジジュースを飲んでいる。
 それが終わったので適当に中庭を眺めているというわけである。

「こっから落ちたら下のリア充共は騒然とするだろうなぁ」
 ノリでリア充共と言ったがリア充に特に恨みはない。
 しいていうなら、自販機の前でたむろしないで欲しいぐらいだろうか。
 陰キャな俺はあたふたしてしまう。大体は1分ぐらいしたら気づいてスッと退いてくれるのだが、もう少し早く気づいてもらいたい。

 屋上は、こんなにも日が照っているというのに日陰者の居場所だ。
「中庭はどんな匂いがするんだろう」
 草の匂いだろうか、花の匂いだろうか。もしくは青春の匂いでもするのだろうか。

 そんなことを思いながら、目に見える景色を切り抜くように親指と人差し指でフレームを作る。それを僕は片目を瞑って覗いた。所謂、手カメラだ。
「もっと指が綺麗じゃないと微妙だな」
 アニメのキャラの指は細すぎる。あんな風にはいかないか。


「盗撮とは感心しないね」
 耳元で、女の声がした。透き通るような綺麗な声。
 それと同時に、目の前に僕が作ったのと同じ手カメラが作られる。白い、アニメみたいな綺麗な指の先に校則に違反しない程度の……ネイルだろうか。薄いピンク色の爪に少しだけビーズのようなものが付いていた。
 
 驚いて後ろを向くとすぐ近くに顔がある。
 僕は咄嗟にしゃがんで距離をとっていた。

 ギャルだ、ギャルがいる。
 
 いたずらが成功したことを喜んでいるのか子どものように笑うギャル。

 そんな楽しそうにされても僕は心臓が止まりかけたのだが......。


「盗撮じゃないですよ、スマホも何も持ってないじゃないですか」
 混乱する思考を整えながら僕は取り敢えず反論はしておいた。

「そっか、じゃあ覗き?」
 
「僕は中庭を眺めることすら許されないのか......」
 おかしいな、日本の憲法では基本的人権が尊重されているはずなのだが。中庭をみることは基本的人権に入ってないのかもしれない。

「あはは、冗談だよ」
 そう言って笑う彼女。
 何が面白いのか分からない。

「ここは、僕みたいな日陰者が来る場所ですよ」
 ネクタイの色からして、二年生だろうか。先輩だ。
 同じ学年ならこれだけの美人が記憶に残ってない訳ないだろう。
 別に、美人じゃなくても何度かすれ違えば見たことあるかぐらいわかるだろうけど。

「あはは、こんなに日が照ってるのに?」
 ......それは僕も思った。
 そもそもこの人ホントに面白いと思っているのだろうか。
 自分が言ったことで相手が笑うと自分が面白いんだと錯覚して調子に乗ってしまうから、癖の愛想笑いとかならやめて欲しい。
 兎も角、ここは僕の安寧の地を守るためにも丁重にお帰り頂こう。

「ほら、ベンチとか無いし、暑いじゃないですか」
「座れる場所ならあるし、時折吹く風は気持ちいよ?」
 僕の主張に対して間髪あけずに反論してくる。
 僕よりも、ここに肯定的じゃないか。

 それに、少し色素が薄くて端正で爽やかな顔立ちをしているこの人の方がこの場所に似合ってる。
 僕の方こそ雑に退場させられてしまうかもしれない。

 少し気まずい空気が流れる。
 仲良くなろうというわけでもないから仕方ない。
 そんな中でも彼女は爽やかな笑みを湛えていて、それがなんとなく嫌で僕は顔を背ける。
 
 もし彼女が先行隊だった場合、屋上はこれからリア充に占拠されてしまうだろう。
 二年生に歯向かうなんてこんな陰キャ男子に出来るわけもないのでその場合僕は安寧の場所を失うことになる。
 まぁ、それでも良いのかもしれない。本来の目的はもう無くて、ここに居るのは惰性みたいなところがある。慣性の法則というやつだ。

 丁度いいタイミングでチャイムが鳴った。
 いや、出来ればあと少しだけ早くなって欲しかったけど。

「昼休み終わりましたね。じゃあ、帰りますか?」

「あ、そうだね。少ししたら」
 帰りますかとか誘うようになってしまったのは失敗だったろうか。
 彼女は時計なんてないのに一瞬後ろを向くと少ししたらと返事した。

「......」
 授業をサボるつもりだろうか。
 あんまり屋上で変なことをしないで欲しい、封鎖されたら嫌だから。

 やっぱりチャイムは全然丁度良くなかった。
 もう一回鳴ってくれないだろうか、気まずいから。

 この場合の正解の行動はなんだろう。誰か教えてくれないだろうか。
 所在なさげにしている僕を見て先輩はクスッと笑った。

「戻ろっか」
 チャイムは鳴らなかったが彼女の鈴のような声がした。
 苦笑して、そう言う彼女の声は今日で一番自然な気がした。
 鈴というよりは硝子だったかもしれない、もし声が落ちることがあるのなら。
 
 落としたら割れてしまいそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

聞き分けよくしていたら婚約者が妹にばかり構うので、困らせてみることにした

今川幸乃
恋愛
カレン・ブライスとクライン・ガスターはどちらも公爵家の生まれで政略結婚のために婚約したが、お互い愛し合っていた……はずだった。 二人は貴族が通う学園の同級生で、クラスメイトたちにもその仲の良さは知られていた。 しかし、昨年クラインの妹、レイラが貴族が学園に入学してから状況が変わった。 元々人のいいところがあるクラインは、甘えがちな妹にばかり構う。 そのたびにカレンは聞き分けよく我慢せざるをえなかった。 が、ある日クラインがレイラのためにデートをすっぽかしてからカレンは決心する。 このまま聞き分けのいい婚約者をしていたところで状況は悪くなるだけだ、と。 ※ざまぁというよりは改心系です。 ※4/5【レイラ視点】【リーアム視点】の間に、入れ忘れていた【女友達視点】の話を追加しました。申し訳ありません。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり

鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。 でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

友達婚~5年もあいつに片想い~

日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は 同僚の大樹に5年も片想いしている 5年前にした 「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」 梨衣は今30歳 その約束を大樹は覚えているのか

処理中です...