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第一章
02.終わる恋と始まる夜
「うん……うん。わかった。一時間後に、またね」
ぱたんとロッカーの扉を閉じ、電話を切る。
私の彼には相手の都合を考えるという思考が存在しない。いや、正しくは私の都合を考える優しさが欠落しているのか。
仕事を終えて更衣室に戻ったら、未読のメッセージが二十件も溜まっていた。
もちろん、店内にスマホの持ち込みは禁止だ。それぞれに割り当てられたロッカーの中にスマホを置いていくのがルールになっている。唯一スマホを確認できるのは休憩時間中のみだ。
あいにく今日は休憩時間もほとんど取れなかったため、アプリに届いたメッセージに目を通す暇もなかった。
だからなのか、既読をつけた瞬間にスマホが鳴った。
『今日、話したいことがあるから一時間後に駅前のカフェに来て』
要件と共に「早くメッセージを見ろよな」というお咎めの言葉を残して一方的に電話を切られる。
ほとんど話半分で着替えをしながら小言を聞いていたから大きなダメージはない。だけど、蓄積はされていく。
私はロッカールームの真ん中に置かれているベンチに座ると、ストッキングを太ももの上まで一気に伸ばした。
その瞬間、プチッと嫌な音がして視線を下げる。案の定、繊維が引き攣れて、足首にまで歪な線走っていた。
「……さいあく」
ハァ、とため息をつき、これ以上伝染が広がらないよう慎重にパンプスを履く。
どうせ、彼にしか会わないのだ。足元をまじまじと見られることもないだろうし、わざわざ新しいものを買って履き替える必要もないだろう。
私は身支度を済ませると、更衣室を出た。
「あ、花守さん。お疲れー」
「お疲れ、石原さん。ラストまで頑張ってね!」
「はい。……ていうか、顔色大丈夫? なんか、ひどいことになってるけど」
「あぁ、全然! 大丈夫、大丈夫!! ちょっと疲れが出ただけだから!」
「そ。それならいいけど。気をつけてね」
「うん、ありがとう」
無理やり笑顔を作り、石原さんに手を振る。
いつも私のことを心配してくれている彼女に、これから浮気しているかもしれない彼氏に会いに行くとは口が裂けても言えなかった。
会話のテンションからして別れ話だろうなぁ、と思うけれど、さすがに今回は逃げ出すわけにもいかない。
彼から逃げ続けて先延ばしにした結果がこれなのだ。今日まで相手をなじることも、関係を修復することも、しようとは思わなかった。そうしてずるずると伸ばした糸がぷちんと切れるのを待った結果が今なのだから仕方がない。
私は待ち合わせ場所になっているカフェへ向かうと、そこに彼と、もうひとり隣に座る女性を見てヒュッと息を呑んだ。
「えーっと……どういうこと……?」
「どうもなにも。いま付き合っている彼女。紹介しようと思って」
……なるほど、そう来たか。
もう私とは、とっくの昔に別れたことになっているらしい。
もしくは、こちらから別れを切り出すように仕向けられているのか。
私はソファー席に座るまでの数十秒間、必死に頭をフル回転させた。
「はじめまして、成瀬愛美と申します。えーっと、あなたが彼氏に付きまとってる元カノさん……? はっきり言って迷惑なので、いますぐ連絡先を消してもらえませんか? あと、彼の部屋に置いてある私物もこちらで処分していいですか?」
「……は?」
「彼の家に行くと、あなたの私物が残っていて困るんです。なかなか荷物を引き上げに来ないから。あと、彼への連絡もやめてください」
「いやいやいや、ちょっと待って!! 私はそんなこと、ッ……!?」
左足に衝撃が走る。テーブルの下で足を蹴られた。
彼の顔を見たら、親の仇だと言わんばかりに私を睨みつけていた。
「…………わかりました。私の物は処分してください。連絡先も、今ここで消します」
今ここですぐに操作しろと言うので、目の前でスマホを操作し、彼の連絡先を消す。
消すことに微塵も後悔はない。ただ、どうしてここまでの仕打ちを受けなければならないのかわからない。元はといえば、私と付き合っていながら浮気をしていた彼が悪いのに。
それなのに、いつの間にか別れたことにされ、元彼に付き纏う厄介な元カノという悪役ポジションにされている。そのことが何よりも悔しかった。
「SNSのフォローもぜんぶ外してくださいね。…………あっ、ゆーくん。私お手洗いに行ってくるから、この人がちゃんと消したか見ててね」
「うん、わかった」
元彼――優也が彼女に笑顔で手を振る。
私はそんな彼をじろりと睨んでから、淡々とSNSのフォローを外した。といっても、ほとんどフォローはしていないので作業もすぐに終わる。
これはどういうことかと優也を問い詰めれば、チッと舌打ちして苛立たしげに「うぜぇ」と吐き出された。
「普通、女連れて職場に行ったら勘づくだろ」
「……わかってたわよ。優也が浮気してたこと。でも何も言わないから泳がせてたの」
「ハァ……。だったら、さっさと別れてくれよなぁ~。俺から別れ話したら、俺が悪者みたいになるじゃん。だから待ってたのに」
「待ってたって……。そもそも浮気してる時点で、優也がぜんぶ悪いんじゃない!」
「はいはい、そういうのいーから。てか、お前、ぜんっぜん本気じゃなさそうなんだもん。何しても、あっそ、って感じでスルーするし。そういうの、面白くないから」
「面白くないって……そんなこと言われても…………」
「あとさ、前から思ってたけど、その何でも流される感じ、やめたら? ムカツク」
言うだけ言ってスッキリしたのか、優也が席を立ち上がる。
すると、ちょうど彼女もトイレから戻ってきたのか、優也は彼女の腰に腕を回すと「行こう」と言って、私を一瞥した。
「それ、迷惑料ってことで払っといて♡」
「ちょ、なにそれ……!」
「そうそう! 本当に迷惑してたんで! さ、行こ! ゆーくん♡」
飲み終わった二杯分のコーヒーカップと伝票だけを残して二人が去っていく。
――いますぐ追いかけて、この伝票を突き返してやりたい。
だけど、それすらも馬鹿らしく思えてやめた。これ以上心ない言葉を浴びせられるのも、二人に関わるのも面倒だからだ。
私は伝票を持って席を立つと、渋々二人分のコーヒー代を払って店を出た。
ずるずると足を引きずるように、踵が浮いたパンプスで歩く。その足で向かう先は友人のところだ。
此処からそう遠くない場所に、友人が勤めているバーがある。
会員制のバーで、本来なら私のような庶民が入れるような場所ではないのだけれど、特別に友人から会員カードを渡されていた。
お酒を飲むことも食べることも大好きな私は、そのバーを気に入っている。なにより、ふらっと一人で入っても必ず友人がカウンターに立っていてくれるから安心できた。
「いらっしゃいませ」
繁華街を抜け、ひっそりと佇む黒鉄の扉を開けば、バーの店員が丁寧に挨拶をしてくれる。
会員カードを差し出すと、すぐにカウンターの奥に案内してくれた。だけど、友人の姿は見当たらない。
「すみません。今日、園崎さんって……」
「ああ、園崎のご友人の……。申し訳ございません。本日、園崎は休みでして」
「そう……ですか」
……ツイてない。
仕方なく店員から広げられたおしぼりを受け取り、お任せでカクテルを作ってもらう。
店内には私を除いて数名の客がいるものの、ぽつぽつと空席が目立っている。
金曜の夜とはいえ、まだバーでお酒を飲むには少し早い時間だからだろう。ほとんどが私のようなおひとり様ばかりだ。
そうでなくてもこの店は誰でも入れるわけではないから、普段もそこまで混んでいない。
その分、お酒の単価も他店より高く、サービスや調度品は一級品だ。バカラのグラスを使っていたり、カウンターには大理石を使っていたりするのだと友人から聞かされている。
最初の頃は店の雰囲気に馴染むまでソワソワしていたけれど、いまでは居心地がよかった。
だけど今日の私は、大理石の冷たさが自分のことを拒んでいるようで物悲しくなってくる。
彼にもう未練はない。
浮気されていたことに怒りだってない。
ただ、自分は選ばれなかったのだという事実が辛い……。
運ばれてきたグラスに口をつけたら、アルコールのせいかじわりと目尻に涙が溜まった。
「……ぅ、……うっ……」
――いますぐ泣き止まなくちゃ、周りに迷惑がかかるのに。
そう思えば思うほど涙が溢れてくる。
乱暴に手の甲で目尻を擦ったら、隣から何かをスッと差し出された。
「どうぞ」
「あっ……」
差し出されたのは黒いハンカチだ。驚いて顔を上げ、差出人の顔を見る。
よく見知った顔に、思わず「えっ」と間抜けな声が出た。
「御堂……さん?」
「こんばんは。こちらで会うとは驚きました」
相変わらず美しい顔で微笑む彼は、数時間前まで私の店に客として来ていた御堂さんだ。何度もこのバーに通っているけれど、彼を此処で見たのは初めてである。
バーの常連さんなんですか? と尋ねたら、こくりと頷かれた。
「まさか、花守さんもここのお客さんだとは思いませんでした」
「私もです……! 実はこのお店、友人が働いていて……そのよしみで来ているんですけど」
「そうだったんですね。いつも通っているのに気づきませんでした」
此処で初めて知り合いに会えて嬉しい、と御堂さんが笑う。
御堂さんはこちらに体を向けると、私の手を取り、ハンカチを握らせてくれた。
「どうぞ、ハンカチ使ってください」
「でも……」
「濡らすためにあるんですから」
「そう、かもしれませんが……」
握らされたハンカチにぽたぽたと涙が落ちる。
「よかったら泣いている理由を話してもらえませんか」と優しい声音で囁かれて、私はみっともなくしゃくり上げながら彼氏と別れてきたことを話した。
ぱたんとロッカーの扉を閉じ、電話を切る。
私の彼には相手の都合を考えるという思考が存在しない。いや、正しくは私の都合を考える優しさが欠落しているのか。
仕事を終えて更衣室に戻ったら、未読のメッセージが二十件も溜まっていた。
もちろん、店内にスマホの持ち込みは禁止だ。それぞれに割り当てられたロッカーの中にスマホを置いていくのがルールになっている。唯一スマホを確認できるのは休憩時間中のみだ。
あいにく今日は休憩時間もほとんど取れなかったため、アプリに届いたメッセージに目を通す暇もなかった。
だからなのか、既読をつけた瞬間にスマホが鳴った。
『今日、話したいことがあるから一時間後に駅前のカフェに来て』
要件と共に「早くメッセージを見ろよな」というお咎めの言葉を残して一方的に電話を切られる。
ほとんど話半分で着替えをしながら小言を聞いていたから大きなダメージはない。だけど、蓄積はされていく。
私はロッカールームの真ん中に置かれているベンチに座ると、ストッキングを太ももの上まで一気に伸ばした。
その瞬間、プチッと嫌な音がして視線を下げる。案の定、繊維が引き攣れて、足首にまで歪な線走っていた。
「……さいあく」
ハァ、とため息をつき、これ以上伝染が広がらないよう慎重にパンプスを履く。
どうせ、彼にしか会わないのだ。足元をまじまじと見られることもないだろうし、わざわざ新しいものを買って履き替える必要もないだろう。
私は身支度を済ませると、更衣室を出た。
「あ、花守さん。お疲れー」
「お疲れ、石原さん。ラストまで頑張ってね!」
「はい。……ていうか、顔色大丈夫? なんか、ひどいことになってるけど」
「あぁ、全然! 大丈夫、大丈夫!! ちょっと疲れが出ただけだから!」
「そ。それならいいけど。気をつけてね」
「うん、ありがとう」
無理やり笑顔を作り、石原さんに手を振る。
いつも私のことを心配してくれている彼女に、これから浮気しているかもしれない彼氏に会いに行くとは口が裂けても言えなかった。
会話のテンションからして別れ話だろうなぁ、と思うけれど、さすがに今回は逃げ出すわけにもいかない。
彼から逃げ続けて先延ばしにした結果がこれなのだ。今日まで相手をなじることも、関係を修復することも、しようとは思わなかった。そうしてずるずると伸ばした糸がぷちんと切れるのを待った結果が今なのだから仕方がない。
私は待ち合わせ場所になっているカフェへ向かうと、そこに彼と、もうひとり隣に座る女性を見てヒュッと息を呑んだ。
「えーっと……どういうこと……?」
「どうもなにも。いま付き合っている彼女。紹介しようと思って」
……なるほど、そう来たか。
もう私とは、とっくの昔に別れたことになっているらしい。
もしくは、こちらから別れを切り出すように仕向けられているのか。
私はソファー席に座るまでの数十秒間、必死に頭をフル回転させた。
「はじめまして、成瀬愛美と申します。えーっと、あなたが彼氏に付きまとってる元カノさん……? はっきり言って迷惑なので、いますぐ連絡先を消してもらえませんか? あと、彼の部屋に置いてある私物もこちらで処分していいですか?」
「……は?」
「彼の家に行くと、あなたの私物が残っていて困るんです。なかなか荷物を引き上げに来ないから。あと、彼への連絡もやめてください」
「いやいやいや、ちょっと待って!! 私はそんなこと、ッ……!?」
左足に衝撃が走る。テーブルの下で足を蹴られた。
彼の顔を見たら、親の仇だと言わんばかりに私を睨みつけていた。
「…………わかりました。私の物は処分してください。連絡先も、今ここで消します」
今ここですぐに操作しろと言うので、目の前でスマホを操作し、彼の連絡先を消す。
消すことに微塵も後悔はない。ただ、どうしてここまでの仕打ちを受けなければならないのかわからない。元はといえば、私と付き合っていながら浮気をしていた彼が悪いのに。
それなのに、いつの間にか別れたことにされ、元彼に付き纏う厄介な元カノという悪役ポジションにされている。そのことが何よりも悔しかった。
「SNSのフォローもぜんぶ外してくださいね。…………あっ、ゆーくん。私お手洗いに行ってくるから、この人がちゃんと消したか見ててね」
「うん、わかった」
元彼――優也が彼女に笑顔で手を振る。
私はそんな彼をじろりと睨んでから、淡々とSNSのフォローを外した。といっても、ほとんどフォローはしていないので作業もすぐに終わる。
これはどういうことかと優也を問い詰めれば、チッと舌打ちして苛立たしげに「うぜぇ」と吐き出された。
「普通、女連れて職場に行ったら勘づくだろ」
「……わかってたわよ。優也が浮気してたこと。でも何も言わないから泳がせてたの」
「ハァ……。だったら、さっさと別れてくれよなぁ~。俺から別れ話したら、俺が悪者みたいになるじゃん。だから待ってたのに」
「待ってたって……。そもそも浮気してる時点で、優也がぜんぶ悪いんじゃない!」
「はいはい、そういうのいーから。てか、お前、ぜんっぜん本気じゃなさそうなんだもん。何しても、あっそ、って感じでスルーするし。そういうの、面白くないから」
「面白くないって……そんなこと言われても…………」
「あとさ、前から思ってたけど、その何でも流される感じ、やめたら? ムカツク」
言うだけ言ってスッキリしたのか、優也が席を立ち上がる。
すると、ちょうど彼女もトイレから戻ってきたのか、優也は彼女の腰に腕を回すと「行こう」と言って、私を一瞥した。
「それ、迷惑料ってことで払っといて♡」
「ちょ、なにそれ……!」
「そうそう! 本当に迷惑してたんで! さ、行こ! ゆーくん♡」
飲み終わった二杯分のコーヒーカップと伝票だけを残して二人が去っていく。
――いますぐ追いかけて、この伝票を突き返してやりたい。
だけど、それすらも馬鹿らしく思えてやめた。これ以上心ない言葉を浴びせられるのも、二人に関わるのも面倒だからだ。
私は伝票を持って席を立つと、渋々二人分のコーヒー代を払って店を出た。
ずるずると足を引きずるように、踵が浮いたパンプスで歩く。その足で向かう先は友人のところだ。
此処からそう遠くない場所に、友人が勤めているバーがある。
会員制のバーで、本来なら私のような庶民が入れるような場所ではないのだけれど、特別に友人から会員カードを渡されていた。
お酒を飲むことも食べることも大好きな私は、そのバーを気に入っている。なにより、ふらっと一人で入っても必ず友人がカウンターに立っていてくれるから安心できた。
「いらっしゃいませ」
繁華街を抜け、ひっそりと佇む黒鉄の扉を開けば、バーの店員が丁寧に挨拶をしてくれる。
会員カードを差し出すと、すぐにカウンターの奥に案内してくれた。だけど、友人の姿は見当たらない。
「すみません。今日、園崎さんって……」
「ああ、園崎のご友人の……。申し訳ございません。本日、園崎は休みでして」
「そう……ですか」
……ツイてない。
仕方なく店員から広げられたおしぼりを受け取り、お任せでカクテルを作ってもらう。
店内には私を除いて数名の客がいるものの、ぽつぽつと空席が目立っている。
金曜の夜とはいえ、まだバーでお酒を飲むには少し早い時間だからだろう。ほとんどが私のようなおひとり様ばかりだ。
そうでなくてもこの店は誰でも入れるわけではないから、普段もそこまで混んでいない。
その分、お酒の単価も他店より高く、サービスや調度品は一級品だ。バカラのグラスを使っていたり、カウンターには大理石を使っていたりするのだと友人から聞かされている。
最初の頃は店の雰囲気に馴染むまでソワソワしていたけれど、いまでは居心地がよかった。
だけど今日の私は、大理石の冷たさが自分のことを拒んでいるようで物悲しくなってくる。
彼にもう未練はない。
浮気されていたことに怒りだってない。
ただ、自分は選ばれなかったのだという事実が辛い……。
運ばれてきたグラスに口をつけたら、アルコールのせいかじわりと目尻に涙が溜まった。
「……ぅ、……うっ……」
――いますぐ泣き止まなくちゃ、周りに迷惑がかかるのに。
そう思えば思うほど涙が溢れてくる。
乱暴に手の甲で目尻を擦ったら、隣から何かをスッと差し出された。
「どうぞ」
「あっ……」
差し出されたのは黒いハンカチだ。驚いて顔を上げ、差出人の顔を見る。
よく見知った顔に、思わず「えっ」と間抜けな声が出た。
「御堂……さん?」
「こんばんは。こちらで会うとは驚きました」
相変わらず美しい顔で微笑む彼は、数時間前まで私の店に客として来ていた御堂さんだ。何度もこのバーに通っているけれど、彼を此処で見たのは初めてである。
バーの常連さんなんですか? と尋ねたら、こくりと頷かれた。
「まさか、花守さんもここのお客さんだとは思いませんでした」
「私もです……! 実はこのお店、友人が働いていて……そのよしみで来ているんですけど」
「そうだったんですね。いつも通っているのに気づきませんでした」
此処で初めて知り合いに会えて嬉しい、と御堂さんが笑う。
御堂さんはこちらに体を向けると、私の手を取り、ハンカチを握らせてくれた。
「どうぞ、ハンカチ使ってください」
「でも……」
「濡らすためにあるんですから」
「そう、かもしれませんが……」
握らされたハンカチにぽたぽたと涙が落ちる。
「よかったら泣いている理由を話してもらえませんか」と優しい声音で囁かれて、私はみっともなくしゃくり上げながら彼氏と別れてきたことを話した。
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