【完結】今宵、愛を飲み干すまで

夜見星来

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22.ヴァンパイアの探し物

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 ウェルズから少し離れたところに、大きな街がある。休日になると、ウェルズの生徒たちがよく遊びに出掛ける場所で、リックも何度かノエルを連れて遊びに出たことがあった。
 街まではウェルズの敷地を出る時間を加味しても、片道二十分も掛からずに着く。比較的近いところにあるのだが、レイはリックを抱えると窓枠から飛び立とうとした。

「いやいやいや! 目立つから!!」
「姿くらましの術ならかけられる」
「だとしても嫌だっつの!!」

 出掛ける前からこれだ。当たり前だが、レイは人間じゃないため人間世界の作法を知らない。
 しかもレイはほとんど服を持っておらず、リックが私服を貸す羽目になった。リックの服を着たら着たで、丈が短いと文句を言っていたが。レイにその気はないだろうが、身長が高いアピールは地味にリックの心をえぐった。

「ほら、バスに乗って行くぞ」
「あのちんたらと走る乗り物か」
「歩くよりは速いわ!!」

 リックはいまだ文句を言うレイを連れ立って歩き、ウェルズの敷地を出る。
 学校前のバス停からは五分間隔でバスが出ており、今日は運良くほぼ待たずに乗り込めた。レイは物珍しいのか、バスに乗り込んでからずっと窓の外を見ている。案外、ウェルズの周りのことは何も知らないらしい。

「つか、お前って普段は何処に住んでんの?」
「なに分かりきったことを……。普通に空間の歪みだが?」
「は?」
「だから、人間界と下界の狭間にある空間だ。ここで言う下界は、人間どもが住む世界ではなく、もっと下等な生き物が住まう場所だ。呪に転じた死者の魂や悪魔などがうろついてる場所だな」
「ごめん。言ってる意味が分かんねぇんだけど、つまり人間界と地獄みたいなところの間ってこと……?」
「そうだ」

 ――うん、全然分かんねぇ。

 そもそも空間に歪みがあること自体、知らないのだから想像もできない。レイは造形だけ見ると人間とそっくりだが、こうして話していると噛み合わないところがいくつもあった。

「つか、今さらなこと聞くけどよ。なんで人間界に降りてきたわけ? だって、編入してくる前はそこにいたんだろ?」

 そう尋ねれば、明らかにレイの纏う空気が重くなる。レイはじっとリックの目を見つめたあと、ふいっと目をそらし、窓の外に視線を向けた。

「お前には関係ない」
「そうかもしんねぇけど、一応お前に巻き込まれてる人間なんだよ、こっちは。聞く権利ぐらいあんだろ」

 レイの襟ぐりを掴み、無理やり視線を合わせれば、男が苦々しくため息をつく。レイはリックの手を払うと、乱れた襟を正した。

「詳しいことは言えん。……が、探し物をしている」
「探し物?」
「あぁ、そうだ」
「ふーん、探し物ねぇ……。それって見つけやすいもの?」
「……どうだろうな」
「んだよ、教えろよ! なんだったら、協力するし」

 レイが困っているのなら力になりたい。それに探し物さえ見つければ、レイも自分のことを餌として傍には置かなくなるだろう。吸血鬼の世界に戻ってしまうのは少し……本当に少しだけ寂しくなるだろうが、でももし何のわだかまりもなくレイと向き合えたら。そのときは、レイと対等な関係でいられる気がするのだ。種族は違えど、友人に近い関係にはなれるかもしれない。

「…………」
「えーっと、なに?」

 無言でレイに見つめられて、リックは首を傾げる。
 美しくも、凪いだ海のような瞳に見つめられると吸い込まれそうだ。自然と、もっとよく見たいと顔を近付けてしまう。
 そのとき、バスが大きく揺れた。

「うわあ!」

 ぼふん、とレイの胸に顔ごと突っ込み悲鳴を上げる。レイは「危なっかしい奴め」と言いながらも、無理やり引き剥がすようなことはしなかった。

「わ、悪い……」
「ちゃんと前を向いておけ。怪我をする」

 レイから気遣うような言葉をもらえるとは思わず、リックはぽかんと口を開く。この男にもそれぐらいの優しさはあるのかと、リックは肩を揺らして笑った。

「なんだ?」
「いや、なんでもねーよ。それよりお前の探し物、見つかるといいな」

 リックがニッコリと笑えば、レイが何か言いたそうに口をもごつかせる。

 そうこうしているうちに、バスが街の入り口に止まった。リックはレイと共にバスを降りると、早速通りの入り口付近にあった雑貨屋へ直行した。

「おー、かなりいろいろ揃ってんな」

 店内は家族連れや若者で賑わっている。
 リックは天井から吊り下げられた案内板を見ながら、カラーテープや画用紙が売っているコーナーに向かった。

「えーっと、花を作るための紙とテープと……」

 レイにカゴを持たせ、その中に必要な物をどんどん入れていく。レイとリック、それぞれに割り当てられた買い物メモを合算し、リスト内にあるアイテムを一通りカゴの中へ突っ込んだ。

「そんなに重くはねぇけど、結構量あるな……」

 これから仮装用のアイテムも別で買わねばならない。かなり重くなりそうだと辟易しながらレジを通していると、レイが問題ないと購入品を入れた袋をすべて抱えて店の外へ出た。

「お前、重くねぇ?」
「重い。から、部屋に転送する」
「は?」

 レイはリックに着いてくるよう促すと、人っ子ひとりいない路地裏に身を滑らせた。
 レイがパチンと指を鳴らすと、人型をした炎……ではなく、鳥のような姿をしたものが出てくる。輪郭だけは朧気に見えるものの、色を持たないのか、リックからは半透明の鳥に見えた。

「コイツに全部持っていかせる」
「そんなことできんの?」
「あぁ。俺の力をあまく見るな」

 レイが鳥のくちばしに袋の取っ手を引っ掛ける。すると、鳥と同じように半透明になった。

「物の間を自由にすり抜けたり、姿をくらませたりする俺の力を、風の眷属に与えたんだ」
「すげぇな……。吸血鬼って誰でもこんなことできんの?」
「ここまでの力を使えるのは、一部のヴァンパイアだけだ。元々の魔力量と技術の研鑽が必要になる」
「へぇ。ってことは、お前ってもしかして吸血鬼の中でも割とすげぇ奴だったりする?」
「割とどころではない。……が、人間界では俺の地位や権力など無意味だ」

 レイがぱちんと指を鳴らすと、完全に鳥が透明になる。きっと、飛び立って行ったのだろうが、リックには見えなかった。

「さて、行くか」
「だな」

 二人とも路地を出て、今度は手芸屋へと向かう。
 手芸屋といっても、ありものの仮装グッズなども数多く取り揃えており、自分で作らずとも仮装に必要なものがセットになって売っていた。

「おい、これ見ろよ! 吸血鬼の衣装も売ってる!」

 足首まで隠れるマントにブラウス、ベストまでがセットになっている。ここに牙さえあれば完璧だ。
 リックはご自由にどうぞと書かれた試着用のマントを羽織り、レイの前でくるりと身を翻す。リックは、どうだ! と男の前で誇らしげに仁王立ちした。

「割とよくねぇ?」
「…………」
「おーい、レイ?」

 ぼんやりとこちらを見つめるレイの目の前で手を振る。レイはハッとしてリックに焦点を合わせると、フンと鼻を鳴らした。

「似合ってない」
「ハァ!? どっからどう見ても似合ってんだろ」
「いいや、似合っていない。というより、似合っては困る」

 レイが口元に左手をやりながら、ふいっと顔をそらす。見たこともないようなレイの顔に、リックの方が面食らった。

「つーか、なんでお前が照れてんの……?」
「照れてなどいない。それより、お前はこっちのほうがお似合いだ」

 キュッと頭に何かをハメられる。よく見たら犬耳のカチュウシャだった。

「は? 俺は犬だってか?」
「俺の犬みたいなものだろう」
「クソ野郎! 犬じゃねぇわ!!」

 危ない。試着用のカチュウシャを危うく床に叩きつけるところだった。

「あーでもこの耳、もふもふしてんな。触り心地いい」
「尻尾もあるみたいだぞ」
「案外、悪くねぇかも。犬耳と尻尾だけなら安いし」

 仮装のジャンルも問われない。それらしければなんでもよいのだ。
 リックは暫くグッズコーナーをうろちょろ歩き、何にするか吟味する。結局、セット売りのグッズはやめて、必要なものだけをいくつか買い込んだ。

「あ~、いっぱい買ったなぁ」

 リックとレイは雑貨屋を出ると、途中コーヒースタンドで飲み物や軽食を買ってから帰路に着いた。寮部屋にはちゃんと街から飛ばしておいた荷物も届いている。
 リックは机の上に買ったものを置くと、疲れた~! と言いながらベッドに倒れ込んだ。

「つーか、お前。結局、仮装グッズ買った?」
「いや、買ってないが?」
「マジかよ! あーもう、このままだとシーツオバケになるぞ……」

 自分の買い物に夢中になってしまい、レイのことをすっかり忘れていた。いま、部屋にあるものでできる仮装といえば、ゴーストの仮装だけだ。きっと女生徒たちはがっかりするだろうが、顔はいいのだから何を着ていても許されるだろう。

「ま、シーツ貸してやるよ。さすがに吸血鬼の格好では行けねぇだろ」
「別に、バレないと思うが?」
「だとしても! 俺が見ててゾワゾワするわ!!」
「ほう……?」

 レイの目が一瞬で青から紅に染まる。次に瞬きしたときには、雑貨屋で見たような安っぽいマントではなく、シルクの美しいマントが靡いていた。

「これではダメか?」

 赤い裏地の黒マントに、白いブラウス。口元から覗く鋭い牙と、尖った爪。折り畳まれていた翼は、広げるとコウモリの羽のように骨張った形をしている。顔はより青白く、生き物としての温かみを感じなかった。

「絶対、ダメだ!!」
「なぜ?」

 レイの長い指が、リックの顎先を掴んで顔を上向ける。
 あまりの美しさに、リックは息を呑んだ。完全体の姿を見るのはこれで二度目だが、間近で見ると迫力がある。何より、レイの容姿をより引き立てた。

「こ、これ以上、俺に近付くな!!」
「それは無理な話だ」

 レイがリックのベッドに膝をつく。大して力を込めて肩を押されたわけでもないのに、だらりと体が弛緩してシーツに落ちた。

「レ、レイ……?」
「この姿は魔力の消費量が激しいんだ」
「だったら、いますぐやめろよ……」
「失った力はお前の血で補わねば。それに今日はお前の買い物に付き合ってやっただろう?」
「お前の買い物も手伝ってやっただろうが!」

 脈絡もなく両腕をシーツに縫い止められ、レイの硬質な髪が首元を擽る。こちらの反応を伺うように細められた紅い目に、ゾクリとしたものが背中を駆け抜けた。

「だ、め、だからッ……!」

 その姿で迫られると、いつも以上に心臓がドキドキと五月蝿くなる。レイの体を押し返そうとするも、男の腕から逃れることはできなかった。

「やっと大人しくなったな、リック」

 男の唇が首筋に這う。そのままゆっくりと牙を突き立てられ、リックは底なしの快楽に引き摺り込まれた。


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