【完結】今宵、愛を飲み干すまで

夜見星来

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42.無価値な永久

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 ※※※

 すごすごと城へと帰ってきたレイに、レイの父はご立腹だった。それもそのはずで、レイはあと数時間で十八歳の誕生日を迎えることになる。
 人間界ではクリスマス・イブにあたる日で、本来であればレイにとってなんの意味も持たない日であったが、ヴァンパイアの――特に王族のヴァンパイアにとって十八歳の誕生日は節目の日となるため大切な日だった。
 だというのに、花嫁候補を連れて来ることなく一人で帰ってきた息子を見て、父はレイを手酷く折檻した。
 今は王宮から離れた塔の上、魔力すらも遮断する鉄の牢屋にレイは閉じ込められている。
 レイはボロボロになった体を自身で治す力すらも枯渇し、何もない石畳の床に転がっていた。
 ヴァンパイアは大きな怪我を負っても死ぬことはない。背中に付けられた深い傷も、数時間と経たずに治るだろう。とはいえ痛みは伴うため、レイは切れた唇や擦り切れた腕を動かすたびに顔を歪めた。

「……まさか、お前も此処に入ることになるとはな」

 ふいに声がして、鉄格子の外に音もなく人影が現れる。
 レイに声を掛けてきたのは兄であるルイだった。兄も一度、花嫁候補を失った際、この鉄の牢屋に閉じ込められている。兄のせいで花嫁を失ったわけではないのに牢屋へ入れるのは筋違いではないかと当時のレイは思ったが、今ならここに閉じ込めた理由が分かる。
 相手を失った悲しみで、むやみやたらとを自身を傷つけないためにも兄を此処へ入れたのだろう。レイの場合は完全に折檻目的だろうが、兄の場合は兄自身を守るためだろうだと納得できた。
 自分で撒いた種だとはいえ、唯一の花嫁候補を失ってしまったいま、レイもまた兄と同じように自暴自棄になりそうだったため、父が兄に対してくだした処遇は正しい。

「それで? 花嫁候補とはお別れしてきたのかい?」

 鉄格子に背を預けて座り、ルイが優しい口調で尋ねてくる。レイは切れた口元をぺろりと舐めてから、ルイの問いかけに答えた。

「そのつもりだ」
「それ、相手は納得したの?」
「納得も何も、アイツの中から俺の記憶を消した。リックは獣人だったんだ。俺がアイツの血を吸いすぎたから、リックを狼男に変えてしまった。だから、俺はリックの時間を……」

 巻き戻した。リックの身に流れた時間を戻し、人間に戻した。その弊害として、レイと共に過ごした時間がすべてリックの中から消えてしまった。

「このままでいいの?」
「いいも何も、俺がリックの血を吸えば、またアイツは狼男になるかもしれない。アイツが苦しむ姿を見たくはないんだ。それに、人間以外の花嫁は迎え入れることができないんだろう? だったらもう、打つ手がない」

 婚儀を行う場合、互いに噛み合い、血を吸う必要がある。血を吸えばリックはたちまち狼男となるだろう。そしたら、また元の状態に逆戻りだ。

「……なぁ、レイ。どうして人間以外の花嫁を迎え入れることがタブーになっているか、知ってる?」

 そう聞かれ、レイは何も答えられず押し黙る。
 暗黙のルールとして、花嫁候補は人間でなければならない、と幼い頃に教えられるのみで、理由については深く考えたことがなかった。

「それはね、ヴァンパイアの寿命が減るからさ」
「寿命が……?」
「悠久のときを生きるとは言われているけれど、俺たちだっていつかは死ぬものさ。特別なことでもない限り何千年と生き続けられるけど、人間以外を花嫁にして血を吸い続けた場合、その寿命が半分……いやもっと減ってしまう可能性がある。婚礼の儀では人間しか、ヴァンパイアには変えられないからね。つまり、それだけヴァンパイアは完全な生き物なのさ。一方で、ダンピールは他の種族の血を吸う。それは彼らが不完全だからだ。だから逆に魔力を補うために、他の種族の血も吸う」
「……ハッ、なんだ。それだけのこと……」

 生まれたときからタブーだと言われてきた、他種族との婚礼と吸血。
 今までずっと他種族から吸血した場合、死に至るのだと思っていた。だけど、実際は違った。
 他種族に惚れ込み、その相手からしか血を吸えない状況を作らないためにタブーとしていたのだ。
 寿命を減らさないために。悠久のときを生きるために。種として長く繁栄し続けるために。
 でもそんなのは、レイにとって一ミリも価値がない。
 長生きなど望まない。寿命など、いくらでもくれてやる。愛した相手がいない人生など、いくら長くても意味がない。
 そうは思うが、これは自分の中だけの話だ。依然として、自分がリックの血を吸い続ければ、彼はまた狼男になる。絶対とは言い切れないが、その可能性が残っている以上、やはりどうすることもできない。
 レイはリックの机から勝手に持ってきた薔薇を手にすると、そっと折れた花弁に口付けた。

「まぁ、伝えなければならないことは全部お前に伝えた。レイの気持ちもよく分かるからね。愛する人の人生をより良いものにしたい気持ちは誰しもある感情だ。だけど、ひとつ忘れるなよ。相手の思い描く幸せが、必ずしもお前の想像の範疇にあるわけではないことを」

 ルイは立ち上がり、鉄格子の外からレイの頭を撫でる。もう十八になるというのに、兄に頭を撫でられるとは思ってもみなかった。気恥ずかしさすら感じるが、彼なりの励ましなのだろう。幾分か、気持ちが落ち着いた。

「さて、私はもう行くよ。何やら、入り口の方が騒がしい」
「入り口?」
「きっと、案内人が必要だろうからね」

 そう言って、ルイが朗らかに笑う。
 ルイがいなくなり、静かになった部屋でレイは目を閉じた。呼吸に集中し、腹の底に力を込める。
 もし、リックの力を抑えたまま花嫁として迎え入れる術があるのなら。一度は諦めたが、その術を探してみたい。それに、このまま此処で大人しくしているのも性に合わない。できることならもう一度、リックに会って、この手で抱き締めたい。
 レイは深く息を吐き出すと、体の中に力を貯めることに集中した。


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