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盲目愛 2
しおりを挟む「でも、そんな逃げ出すなんて……」
「ここの人間は人の話を聞こうなんてしない。だからまずは贄になる人間をいったん逃がす方がいいと思ったんだ」
今、絶好のチャンスが訪れている。自分一人の力じゃ、きっと逃げ出せない。
けれど、彼ならば……目の前にいるファンエイならなんとかしてくれそうな気がした。
けれど、やはりユエの顔がちらついて、俺はすぐには頷く事は出来なかった。
「祭まであと二日だ。明後日ここで待ってるから、それまでに覚悟を決めておいてくれ」
どうして、俺はすぐに逃げ出すことが出来なかったのだろう。
ファンエイの後ろ姿を見送った後で、社の前で俺はじっと建物を眺めていた。
「やあ、シンファ。こんな時間にどうしたんだい?」
「ユエ……うん、ちょっとユエの顔が見たくなって」
ちょうどそこへ、祭の会場から帰ったらしいユエが驚きながらも声をかけてきた。
俺はユエの真意やなにもかもを一時忘れることにして、素直な言葉を述べていた。
「それは嬉しいな。久々に寄って行かないかい?話がしたいし……」
「そうしたいのは山々なんだけどさ、明日も早いし帰るよ」
「そうか残念だな……」
「ねぇ、ユエ」
「なに?」
「俺のこと好き?」
「……ああ、好きだよ」
「ありがと、それじゃな」
「変な子だ。それじゃあまた、シンファ」
本心ではないのだろうけど、会ったら唐突に聞きたくなって、つい馬鹿な事を聞いてしまった。
だけど、俺の心は喜びに溢れていた。
ユエに好きといってもらえて、俺は幸せを感じてしまっていた。
彼の本心がどうであれ、俺はユエの望みを叶えてあげたい。俺の命で叶うならば、彼に殺されてしまうのもいいかもしれない。
俺は、ファンエイが言っていたように、覚悟を決めることにした。
約束の日。ファンエイがいっていた場所には向かわずに、俺はユエの側にいて、いつもの通りに会話を楽しんでいた。
最後の日なんだからと、今まで以上にユエに甘えて、元気に振る舞った。
「いよいよ明日だね。屋台は何があるのかな」
「いろいろあるよ」
くすくすと笑うユエに笑いかけ、俺はもうすぐで暗くなると言い家に帰ることにした。
「また明日ね」
ユエの挨拶に俺は手をふるだけで、そのまま走り去った。
また気持ち悪いほどに優しい親が出迎えて、俺は食事もそこそこに、部屋へと篭った。
酷く身体が重く眠たい。
俺は深い眠りへとすぐに落ちていったのだった。
***
予見していた。俺を眠らせて儀式を何の障害なく行おうとしていたことを。
だから、俺は予め予防策を練っていて、まさに今ユエが神台に横たわる俺に剣を突き刺さしているところで目が覚めた。
予定ではもう少し早く起きるつもりだったが、結果的には言うことは変わらないわけだからよしとすることにした。
ユエはまさか俺が起きるとは思っていなかったようで、その美しい容貌を驚愕に染めていた。
そんなユエに俺は微笑をうかべた。
これから、最後に俺は思い残すことをしようとしている。
「俺ね、ユエが好きだよ。ずっとユエが支えだったんだ。だから、ユエの望みを叶えてあげたい。ユエの役に立ちたいって思ったんだ」
だからね、ユエのために殺されるのだって構わないんだ。
自分の気持ちを打ち明けて、そっと目を閉じた。
好きな人のためにと思いながらも、これでユエとお別れしなければならないのかと思うと涙がこぼれた。
胸に痛みが伴い、だんだんと自分の意識が浮き上がるのが分かる。
覚悟はしていたけれど、やはり痛いものは痛いのだと、動けない身体を持ちながら考えていた。
「さよなら、ユエ……」
そのことばと共に、俺はこの世を去った。
だからこそ、俺は知らなかった。
この後に起こる悲劇に。
***
「遅かったようだな……」
「お前は……!」
低くつぶやかれ、ユエはその悲しげに呟いた人物へと視線を向け、息を呑んだ。
「久しいな、ユエよ。お前と誓約を交わしたのがいつだったのか、私はまだ覚えているが、お前は忘れてしまったようだ……」
「まさか、私が忘れるはずもない。50年に一度贄を差し出せば、村に益をもたらし、いつか私にあの子を返してくれると約束した!だからこそ私は神子として長い年月を半不老として生きながらえてきたのだ」
「かつて、愛した少年を私が横取りしたと思っているようだが、彼は自分から私の元へ来る事を選んだのだ。そして今回も…………」
「今回も……?」
「この誓魂の儀は贄を殺すことで私の元へその贄を送り込み、魂の契りを交わさせる。そして今回シンファが選ばれた――――お前は自分の愛した者すら忘れ果てていたようだな」
「まさか、そんな」
黒髪に、深い青の瞳を持った人の姿をした龍神は、じっとユエを見つめていた。
ユエは彼の言葉に青ざめ、シンファに視線をやった。
「そろそろお前に返してやろうとそっくりそのまま転生させてやったのに、残念だ。しかもシンファは逃げ道を作ってやったにも関わらず、私との魂の婚姻を再び望んだのだ」
そっと龍神はユエの目に手の平をあて、彼に古い記憶を呼び覚まさせた。
そこで思い出したのは、かつて愛し合った少年との、大切な時間であった。
「シンファが再び私と契りを交わした以上、またシンファはわたしのものというわけだ」
「シンファは、シンファは私を好きだと言った!貴方を好きなわけではない!ましてや……」
「だが、彼はわたしと契りを交わすことを選んだのは事実。お前は結果的に選ばれたようで選ばれなかったのだ」
愛おしそうにシンファを見る龍神を睨み付け、ユエは悔しそうに唇を噛んだ。
「わたしはこの子が愛おしい。ずっと貰い受ける変わりにこの村に益をもたらすと約束したのに、お前が邪魔したのだ。……それにこの子の意志も尊重して。しかしお前は村の者たちを優先した」
一度はチャンスを与えてやったのだから、今度こそ、シンファは私のものだ。
龍神が呟くと、ユエはその場で自分の過ちを悔いた。
二度も自分の愛しい者を犠牲にし、愛しているはずの人間が再び生を受けていることに気がつかず、その面影すら忘れている自身を呪った。
「シンファ……嗚呼、シンファ!」
またこの手にかけてしまったと、両手を見つめた。
「後悔等しても遅い。それでは50年後もまた、贄を用意しておくのだな」
龍神はそういって消え去った。
「シンファ……すまない」
何度も謝り続けるユエだったが、その謝罪はシンファの元に届くことはなかった。
「ファンエイ……」
「シンファ、また辛い目に合わせて済まなかった。ただ、わたしは」
「いいんだ、俺のためにまたユエに会わせてくれたんだろう?……ありがとう」
悲しそうな笑顔を浮かべたシンファに、ファンエイは胸を痛めた。確かに自分はこの少年愛しく思っているが、彼の心が自分に向くことはない。無理矢理交わした契りは枷になってはいるが、シンファの行動を制限しているだけであった。
「………………シンファ、わたしはもうこの村から去ろうと思う」
「え?」
「時代は変わった。わたしは神話となり、いつしか消え去る。その前にここから立ち去ろうとおもうのだ。だから、お前を返そうと思うのだ」
ファンエイの言葉にシンファは戸惑いを見せ、龍神は笑った。
「最初からそのつもりだったのだが、あまりにもお前が可哀相で、あのような事をしてしまったのだ」
申し訳ないと言うファンエイに、首をふりシンファはそっと頬に唇を近づけた。
「ありがとう、ファンエイ。俺、ファンエイも好きだよ」
「その言葉だけで十分だ。…………お別れだシンファ。今度こそ幸せに」
「うん」
シンファの額に手をかざすと、光が溢れ、シンファの魂はあるべき所に戻した。
「本当に愛していたのだ」
孤独な龍神の告白は、誰の元にも届くことはなかった。
「シンファ……」
「なに、ユエ」
ずっと呼びかけるユエに、俺は目を開き答えた。
今、前世の記憶が流れ込んで、さらに俺はユエを好きだったんだと実感した。
確かに前は愛し合っていたんだ。
返事をすると、ユエは目を見開き、歓喜の涙を流して俺を抱きしめて来た。
すでにあれから何十年とたち、村は無くなっていた。
それでもなお、ユエは一人俺を失った事を悔やみ続け、腐敗しない俺の死体の前で佇んでいたのだと言う。
「シンファ、すまない」
「いいんだ、ユエのためなら……ねぇ、それよりも。俺を好きだといって」
「いくらでも言うよ。愛してるよシンファ。もう君を犠牲に等しない」
俺達は、抱きしめあいながら、距離を縮めて口付けを交わしたのだった。
終
突発。
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