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ファナティア 総受けファンタジー

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咄嗟に延ばした手は、誰にも取られる事なく、










暑い夏が、訪れる。
補習という怠い授業に毎日通う羽目になった自分をファーフは呪った。旧校舎を使っての授業はエアコン等なく、じりじりと湿った暑さが身を襲う。
伝う汗がベタベタしてどうしようないくらい不快だ。早く終わらせて帰りたいというのに、出されたプリントは一向に解けない。
いつもは教師が解説と共にやっていくのに、今日だけは用事があるとかで自習のような形だ。しかし、サボる生徒が出ないように別の教科の教師が見張りに付いている。
握るペンが汗でつるつるする。プリントも少し湿って来た。
ファーフは軽く息をついて考えるふりをしてこの時間をやり過ごそうとした。決められた時間の中で行われる補習。出来なかった分は宿題になる。持ち帰って幼なじみにやって貰おうとこ狡い事を考えるファーフは、コツコツとペン先を机に軽く叩きつけていた。

「よし、今日はここまで。出来なかった分は明日までやってくるように!」

教師の合図と共に、張り詰めていた空気にざわめきがやどる。次々と席を立ち、教室を出ていく生徒達の中、ファーフもそれに習いながら、ちらりとかったるそうに欠伸をする教師を見遣った。
名前を確かシュリクイスといったか。
このギリスーア地区では珍しい鮮やかなオレンジ色の髪と瞳。ファーフを含めギリスーア地区では青や黒、紫色等の色彩が主だ。ファーフは晴天を思わせるような蒼い髪と、菫のような淡い紫の瞳を持っていた。
あの教師は温かい地区の出身者だと誰かが言っていたとファーフはふと思い出した。
逞しい身体を僅かに延ばして、教師はパイプ椅子から立ち上がり、窓を閉めていっている。そこへ一人の少年が怖ず怖ずと教室に入って行くのが見えた。
きっと告白するのだろう。
シュリクイスは彫りの深い顔はまるでビジョンに映るスターのようで、生徒達に人気だった。出来すぎた容貌に関わらず、気取らずに性格は気さくな所が可愛い容姿の男の子にも男前な男の子にも人気だった。

一人で久しぶりにファーフはカフェに来ていた。暑い夏には冷たい飲み物が飲みたい。どうせ住んでいるマンションに帰っても一人ならば、ここで少し涼んでも誰にも怒られないだろう。何と言っても今は夏休みだ。
頼んだレモネィドがやってきて、早速喉を勢いよく潤す。
両親は共働きで、よくそのまま会社に止まったり出張してしまう事が多い。ファーフは一人で暮らしているようなものであったが、それを淋しく思ったり、疑問に思ったりした事はなかった。父も、パパも忙しいのだ。変に物分かりがいいと思われがちであったが、ファーフに裏等は皆無だ。
今年の夏休みもまた一人で旅をしようかと考える。
カフェの冷たい空気にも関わらずレモネィドの氷は溶け出してきて、コップに水滴が伝い、コースターに落ちた。
以前、クラスメイトが家族旅行を楽しそうに話したのを耳にして、ファーフはせめてもと、誰にも言わずに一人旅をした事があった。
タイミングが悪かったのか、良かったのか、ファーフが計画していた旅行は一泊二日という短いもので、それぐらいなら大丈夫だと考えていたファーフは、一日一人旅を満喫したのだが、マンションに帰ってきてみると大変な事になっていた。
両親が調度帰って来ていて、姿の見当たらないファーフにあちこちを捜し回り、ポリスに捜索願いを出す寸前であった。
忙しい両親であるが、普段構えない反動か、異常な程にファーフに対して過保護な二人は、二時間の説教ののちにきつくきつく抱きしめてきた。

「私のファーフが無事で良かった」
「俺のファーフが心配で仕方がなかった」

父もパパもそう言うと、交互にファーフの唇にキスを落とす。
ファーフ達に、生殖機能がないため、人工的に生命を生み出し、誰かに引き取られか、そのまま施設によって育てられるかの二択だ。本来ならば、施設に育てられるだけで十分なのだが、恋人同士が戯れで"家族"というものを作りたがり、施設から子供を引き取るケースが急増していた。
父もパパもそうなのだろうと、ファーフは思っていたのだが、最近はそれは少し違うのかもしれないと思うようになっていた。
理由としてみれば至極簡単な事。彼等は一切恋人同士がするはず営みが皆無なのだ。仲は良いようなのだが、どちらかと言えば親友に近い気がした。
今回はいらぬ心配をさせないよう、二人に伝えてから一人旅をしようとファーフは心踊らせた。前回は一泊二日だったが、今度は三泊四日の旅である。泊まる場所も、観光する所も、リサーチはばっちりだった。
補習が終わるまではまだいけないが、それでもファーフには待ち遠しくて仕方がなかった。

「やぁ、ファーフ」
「今日は、クリクト先生。今日は何か用事があったんじゃないですか?」
「リートと呼んでくれ。皆そう呼んでるだろう?」

クリクトは柔らかい笑みを浮かべてファーフの隣に腰掛けた。本来ならこの教師が補習担当であるが、急用で来れなくなったはずなのに、どうしてこんな所にいるのだろうかと、首を傾げた。
質問には答えず、クリクトは愛称を呼ぶ事を会うたびにファーフに言ってくる。
若いクリクトはシュリクイスと同様に調った要望を持ち、ギリスーア地区出身ではない。ギリスーアより寒い地区から来たとかで、髪は綺麗な銀色をしており、瞳は金色をしていた。
シュリクイスが動ならばクリクトは静という印象を受ける。しかし彼等は馬が合うようで、一緒にいる所をちょくちょく見受けられた。まるで父とパパを見ているようで、ファーフは不思議な感覚にいつも襲われていた。

「・・・・・・まだ、諦めてないのか」
「何がですか?」
「いや、こちらの話しだ。それより、また一人旅にでるのかい?」
「何で、先生がそれを・・・・・・」
「一応教師だからね。去年君の今の保護者は警察には連絡していなかったものの、スクールには連絡を入れていたんだよ?知らなかったんだね」

くすくすと笑いながらクリクトはその時の事を思い出して笑っているようだった。

「彼を勝手に僕達の元から連れ出して、結局彼の行動を感知出来ないなんて・・・・・・さすがは、出来損ないだよ。そう思うだろう?シュリクイス」
「まぁな。だが、奴らだって俺達から隠そうと必至なんだろうさ」
「こーんなに近くにいるのに気付かないなんて、本当駄目だね」
「当たり前だろ。俺達以外、誰が彼を護れるっていうんだよ」

和やかな口調であるのに、二人の眼は冷たいもので、ファーフはぞくりと身体を無意識に震わせた。
シュリクイスがクリクトと同じようにファーフの隣に座り、間に挟まれた形になったファーフは居心地がなお悪くなる。
もう少しでレモネィドを飲み終わる。一気に飲み干してさっさと帰ろうとするが、シュリクイスが唐突にファーフの首筋を撫でて来た。

「久しぶりだな。ファー」
「何するんですか?!」
「こら、シュリクイス。生徒にセクハラをするな」
「別に今だけ生徒なんだから、構わないだろ?」
「良くない。混乱するだろう」

ぞわりと、触られた所が寒気と共に、得体の知れない熱を運んで来た。
まるで父とパパに触られているようであるが、抱く感情はまったく違う。そして首筋には見られたくないものがファーフにはあった。
レモネィドを飲み切らないうちにファーフはガタンと席を立ち、カフェから急いで出ていった。その後ろ姿を二人の教師はじっと見つめていた。



□□□



「ファーフ!今日はいつもより帰りが遅かったようで、心配しました」
「リィ、ファーフが苦しそうだぜ?離してやれよ」
「ああ、すみません。ファーフ」

帰るなり父の熱い抱擁を受け、強い力にファーフは苦しそうに呻いた。
そこへパパが苦笑しながら二人を引き離して、助けてくれる。
自分の失態に気が付いた父は申し訳なさそうにファーフを見てくるが、気にしていないと首を横にふった。
マンションはギリスーア地区の中でも一二を争う程の高い物件で、広い部屋がいくつも連なっている。
父であるリーファンドは物越し柔らかく、菫色の髪の毛に同じ色の瞳、知的な印象を抱かせるノンフレームの眼鏡をしていた。
一方パパであるトリシェルは真っ青な髪の毛に灰色の瞳を持ち、逞しい身体つき、涼しい目元は冷たい印象を与えていた。

「今日はカフェによってレモネィドを飲んで来たんだ。すっごく暑かったから」
「ああそうか。でも寄り道するならば、Χ(カイ)に一言連絡してからにしてくれな。リィも俺も心配するから」
「うん、次からはそうするよ」
「約束ですよ?」

念を押すリーファンドに頷きながら、ファーフはΧの元に冷やし杏飴を貰いにキッチンに向かった。
Χとは、家庭用アンドロイドの一種で、主に護衛等をやらせるのだが、ファーフの家では家事を主にやらせていた。
髪も瞳も全て白で統一されているΧは、不気味な程静かだ。アンドロイドだから必要最低限の事しか反応しないのは仕方がないが、よそのアンドロイドだったら擬似人格を作り出し、個性を生み出す。それで喧嘩をしたり、楽しいといった感情を共有する振りをするのだ。

「Χ」
「ご用意してます」
「ありがとう」
「ご飯はどうしますか?」
「要らない。夕食は何?」
「ファーフの好きなビーフオムレツです」
「やった!」

冷やし飴に潰した杏を加えたファーフの最近のお気に入りを受け取ると、自分の部屋にかけていった。
与えられた部屋は全て白で統一されていて、ファーフは白いベッドに腰かけた。



ファーフは冷やし飴をゆっくりゆっくりと飲みながら、半分程してから、ベッド脇のチェストにグラスを置いた。そしてベッドから立ち上がり、着ている服を脱ぎ始める。白いシャツの釦をのろのろと下から外していき、上半身があらわになった。
陶磁器のように白い肌の首筋には赤と青の小さな石が埋まっていて、その周りには黒い文様が描かれていた。
異常なそれは、昔からあるもので、ファーフはそれを誰にも見られないように普段からシャツの1番目の釦までしめていた。
姿鏡に映るその石にそっと触ると、ファーフはいつも不思議な気分になる。
他人と違う証である忌むべき物であるはずなのに、どこか大切に思う自分がいるのだ。

「これは何なの?」

いつも問い掛ける言葉に誰も答えてはくれない。リーファンドもトリシェルも、このファーフの石について知っているが、会った時から受け入れていた。むしろそれを見て喜んでいたようにも思う。
彼等はこれについて何かを知ってはいるようだが、一切話題にしない。
そして石を見つめた後に、あちこちに散らばる紅い痕は父やパパにつけられたものを眺めた。
まるで壊れ物のように、宝物のように触れる二人に、ファーフは温かい感情に包まれる。
懐かしさと悲しさと愛しさが込み上げて、ファーフは二人をどうしようもなく大切に思っていた。

「ファーフ?いいかな」
「どうぞ」
「あのさ、聞きたい事があるんだけど、最近誰か変な人に会いませんでしたか?」
「変な人・・・・・・?」
「いや、私の杞憂な様です。すみませんでした。それより、早く着替えた方がいいですよ。風邪をひいてしまいます」

ノックと共にリーファンドが入って来て、部屋の中まで入り、ファーフのクローゼットから上下白の洋服を取り出して、丁寧にファーフに着せていった。
その扱いはまるで王子様のようで、ファーフはいたたまれない。
洋服を着せられて、優しく頭を撫でられた。
穏やかな笑みを浮かべた後、リーファンドはそのまま部屋を出ていった。
汚れを知らない白を身にまとい、ファーフは再びベッドに腰かけて、今度は横になり、瞳を閉じた。
蒼い髪が白シーツに散らばり、その色彩だけが浮き彫りになる。

誰かがいつも自分を呼んでいる気がした。
何かぽっかりとあいた埋まらない穴。
毎日見る夢は何かを追い掛けて、必死に掴もうとしている自分だった。
自分が誰かを呼ぶ。
呼ぶ名前はいつも思い出せない。
とても大切だった。
とても愛しいと思っていたことは覚えている。

「――――――」

無意識に呟いた名前は、信じられないものだった。




翌朝、リーファンドもトリシェルもすでにいなかった。会社を起こし、その社長に各々おさまっているため、大変時間に都合をつけるのが困難なのだ。
一人旅の事を言い忘れたとファーフは軽くため息をつけてから、日になっても二人が帰って来なければ、Χに伝えてそのまま行ってしまおうと考えた。
今日が補習最終日だ。三日後に旅に出ようとファーフは計画を立てる。
今回はモニターヴィジョンでも話題になっている遺跡に向かおうとしていた。
昔、その遺跡は栄えた文明の都だったらしく、一人の神と二人の神子が治めていたらしい。神話から古人が作り出したものだろうと、モニターヴィジョンの人間が話していた。いにしえの人間が作り出したその都は未だに解明されていない謎が多く、科学者や考古学者がこぞって訪れる。勿論観光旅行としても人は集まっている。
鞄に入れておいたパンフレットを歩きながら取り出して、旧校舎につくまで眺めていた。
石が、疼くような気がした。

クリクトは淡々と補習授業をしていった。出された宿題を忘れていたファーフは、教室についた途端にまずいと考えたが、宿題の解説から始まり、焦る事はなかった。
終わる授業に胸が踊る。早く時間が来ないかとファーフはちらちらと時計を見ていた。

「さて、補習は今日で終わりですが、新学期にテストがありますので必ず出された課題はやってくる事!」

にこりと微笑むクリクトの言葉に生徒達は頷きながら、席を立ち出ていく。ようやく夏休みを迎えられるためか、楽しそうにこれからの予定を話していた。

「あ、ファーフ君は少し待ってくれないかな」

自分もとファーフが席を立った時、クリクトに呼び止められた。
早く帰って、旅の支度をしたいのに何だろうと首を傾げながらクリクトの元に向かった。
ファーフとクリクト以外が教室から出ていき、残された二人はしばし無言であったが、最初に沈黙を破ったのはファーフだった。

「何か用ですか?クリクト先生」
「最近話題になってる遺跡を・・・・・・知ってますか?」
「え、ええ。だって今もっとも有名な場所じゃないですか」
「そう、遥か彼方に消えた神が今なお存在する都市、アトランティア。かつて、双子の神子を従えて彼はその都市に君臨したという」
「今は古代文明として存在するだけで、今なおという表現は変じゃないですか?」
「いいや、変じゃない。彼は今も存在し続けている。ただ、アトランティアとは別の場所で。彼は、忘れているだけだ。だからこそ、彼の加護は永遠に継続されている」
「彼って・・・・・・」
「行って見るといい。彼を観てくればいい。きっとあの子は君を待っている」

婉然と笑うクリクトが怖くなり、ファーフは一歩後ずさる。まるで、何かを知っているような言葉に変に思うよりも、恐怖が勝っていた。
そんなファーフを優しく見つめ、クリクトはそっと首筋を撫でた。
秘密を知っているのだと言わんばかりに。
気が付いてはいけない何か。だけど、それを逃れる術は"もう"ファーフにはなかった。
ゆっくりと、目の前の人物を見つめた。

「待っているよ、ファー」

そう言い残し、クリクトは教室から去っていった。
しばし放心したようにその場に固まっていたファーフであったが、数分もすると、ふらふらしながら、誰もいない教室を後にしたのだった。
まだ、夏の暑さは続き、大量の汗がシャツにつき、身体にはりついていたが、そんな事を気にする余裕は皆無であった。


「それじゃ、Χ、宜しくね」

そう一言つげ、Χが頷いたのを見ると、ファーフはトランク片手にアトランティアを目指した。まずはゆっくり走る電車に乗って、いくつかの駅を乗り継いで行かなければいけない。腕輪についている交通ナビゲーションシステムがあるから、まず問題なく目的地にはつけるだろう。
電車の発車ベルがなり、慌ててファーフは切符を買い、走り込んだ。
約5時間という時間をかけて、ファーフはアトランティアにつき、駅内で都市のパンフレットを手に取り、暫く滞在するホテルに向かった。そこは昔、階級の低い都市の人間が密集して住んでいた所らしく、リフォームされてから快適になったが、リフォームされる前はこの建物も研究対象として一般は立入禁止であった。所どころに古代に使われていたのだろう石をつまれた壁に軽く触れた。
昔の人間はよくこんな脆い建物ですごせたものだと、ファーフは感心する。今建物に使われている物質はナノユファという数年前に発見されたものだ。非常に丈夫で、耐久性もある。
案内された小さな部屋で、ここに最低三人で暮らしていたらしいと、ホテルの案内に書いてあったのを思い出していた。
固いベッドに横になり、ファーフは目をつぶった。
このアトランティアに入ってから、首筋が熱い。何かに反応するように、熱く感じ、頭は霧にかかったようにぼうっとする。

自分は、この都市を知っている。
その事実をファーフの頭で過ぎった。











「お帰り」

アトランティア二日目。小さな声で、そう誰かに言われたファーフは辺りを見渡した。
遺跡を今日は見て回ろうと、ポーチとパンフレットを持って、歩いていた時だった。
まず最初は宮殿だ。そこに神と言われる存在は生活していたらしい。歴代の統括システム、王様や大統領、今現在採用されている統括システムのアドミニスタとは少し扱いが違うようで巫女に近いのではないかとも言われている。
足を一歩踏み入れるだけで肌がぴりぴりと刺激する。
高揚する気持ちと反対に、頭ではその中に悲しさも感知していた。
迷いなく歩んでいき、たどり着いた場所は広い部屋。

「ここは・・・・・・確か神様が生活していた部屋」

家具等は置かれていないが、容易に当時の光景が目に浮かぶ。
自分はいつもテラスから外を眺め、都市を一望するのが大好きだった。
白いシーツに、白いカーテン。白いテーブルと椅子。白い絨毯と、白に囲まれた世界の中で、淋しい蒼い自分。
異質な自分はこの世界に長く君臨してはならないことを、理解していた。

「ファー、お帰り」

また聞こえて来た声はどこかで聞いた事のあるもの。それが誰なのかはまだ見当が付かない。
ずっとここにいたい思いにかられるファーフだったが、一度後にして神殿へと場所を移動する。

神殿にたどり着いたファーフは目を見開いた。
翼を持つ神の使徒、天使の像が二体。入口に置かれ、その顔は自分の知っている教師と同じものだった。
その奥に置かれた台座の回りには水が囲み、守るように何かを包み込んでいた。
紅い石と蒼い石が、
台座に浮かんでいた。演出かと思ったが、未だ解明されない謎としてパンフレットに書かれていた。
酷く静かな神殿の中を、ファーフは導かれるように台座の前へと歩いていく。
服が水に濡れるのも構わず、進み、その前に立ち、二つの石を見つめた。

これは自分のもの。

そう確信したのもつかの間、誰かに抱きしめられた。

「お帰り、ファー。もう一人の僕。待っていたよ、君が僕を置いていってからずっとずっと待っていたよ」

離された身体を後ろに振り向かせれば、もう一人の自分がいた。ただ、ファーフとは違い身体が透けており、服も見た事もないほどださい。テキストで乗っていた古典の登場人物が着ているものと酷似していた。

「ファー、あの二人はどうしたの?君の近くにいたはずだ」
「君は・・・・・・誰?」
「僕?僕は君だよ?君がこの都市を出る時に置いていった身代わりの君。加護された僕がいるからこの世界は支柱を無くしても崩れない」
「どうい・・・・・・」
「ねぇ、僕を忘れたの?思い出してよ。僕は君の一部。君はこの世界の支柱。ねぇ、ファナティア」
「ボクはファナティアなんて名前じゃない」
「忘れてるだけだよ。思い出して、ファナティア」
「ちが、・・・・・・」
「違わないよ、ファー」
「クリクト先生シュリクイス先生・・・・・・」
「まさか、お前からこの地に戻ってくるなんてな」
「シューイグ、あまりファナティアを刺激するなよ」
「分かってる。リートは口うるさいな」

自分と同じ顔の少年が悲しそうに詰め寄り、ファーフは戸惑う。いきなり知らない名前で呼ばれ、自分の一部だと言われてもさっぱり意味が分からない。否定しようとするファーフに、クリクトが遮った。その後ろにシュリクイスがゆっくりと歩きながらついてきていた。意外そうにファーフを見ながらシュリクイスはにやりと笑う。
それがさも当たり前だったと言わんばかりで、ファーフは少しだけむっとする。それを見越したのかクリクトが咎めて、シュリクイスは肩を竦めた。
二人のやりとりをよそに、ファーフと同じ顔の少年は、もう一人の自分に近付いてそっと首筋に触れて笑った。

「やっと、君の元へ帰れるんだね」

そう一言言い残し、ファーフの中へ吸い込まれるように消えていった。目の前の出来事が信じられないファーフはぱちぱちと瞳をしばたたかせて、自分の手を見つめた。

「僕達は君の帰りを待っていたんだ。この都市を去ってしまってから、アトランティアは衰退してしまったけれど、君の加護を受けた僕達は生き抜いた」
「生き・・・・・・?」
「死なない身体。ファー、お前が良しというまで俺達は半不老。そしてお前は死ぬ事はない存在」
「僕達人間とは違う崇高なる存在。それが君なんだ、ファナティア」
「お前が俺達を置いていって、ようやく戻ってきてくれた。ファー・・・・・・」

愛しいという表情で、シュリクイスはファーフをそっと抱きしめる。ただなすがままにファーフは普段は見ない穏やかな表情で見る教師達に戸惑っていた。 

「ファーフ!」
「お前達、懲りずにまたファーフを束縛するつもりか!」
「・・・・・・父さん、パパ」

険しい表情のリーファンドとトリシェルが神殿に乱入してきた。二人に怒られて来た事は今までもあったが、怒鳴られた事は一度もない。今だにシュリクイスに抱きしめられていたファーフは、リーファンドによって引き離された。そしてトリシェルの背中に隠されるようにしてファーフは後ろに追いやられた。

「貴方達、これ以上ファーフを拘束する事は許しません!」
「お前達のせいでファーフは堕ちたんだ!」
「お前らがファーをこの地に落としたんだろう!」
「それでもう人間の発達は十分だからと用済みで処分したのは貴方達だ。僕もシュリクイスもファナティアが大切だからこの地に留まってもらったんだ」

皆が何を言い合っているのか、ちりちりと首筋と共に頭が痛くなる。台座に浮かぶ二つの石が光り輝き始めた。
石に惹かれるように、ファーフは争う四人をよそに台座に近付いていき、二つの石に触れた。
辺り一体がいっそう強い光に包まれて、ファーフは自分の身体の中に大切な一部が戻ってくるのを感じた。台座の石は手の甲に埋めまれていた。
二つの石は首筋と合わせて四つ。
それは翼の数を表す。光りが弱まり、台座の近くには二枚の大きな羽と小さい二枚の羽、四枚の翼を広げたファーフが立っていた。

「ファナティア!またその姿が見られるなんて」
「ファー、再び俺達の側にいてくれ」
「ファーフ・・・・・・?」
「もう、ファナティアという名は捨てた。どうして、そっとしておいてくれなかったのだ」

アトランティア。ファナティアに貸せられた神としての役割は地上の生き物を発達させる事であった。成長こそがファナティアが守護するもの。
そんな彼が他の神々のすすめで地に降り立ち、人間と共に生活し、監視の元で成長を見守っていた。
その時代では神が地上に降りる事は稀であったが、全くない時代ではなかった。
だからこそ、アトランティアの人間達はファナティアのために宮殿を作り、神殿を建てたのだ。
人間が順調に発達するなかで、自分の手足となる神子を二人作りだした。それがクリクトとシュリクイスだったのだ。




あともう少しでファナティアの地上の役割も終わる頃であった。
神と人間は与える者と与えられる者の関係以外は成立しない。成立させてはならない。
それ以外の感情を交えてしまえば、その神はたちまち堕落者の烙印をはりれ、永久の時を地上で暮らさなければならないのだ。
そしてファナティアとクリクト、シュリクイスの間には越えてはならぬ感情の一線が存在していたが、ある日それが無くなってしまったのだ。
元もと、ファナティアは地上に降りたのがこれが初めてであり、能力は歴然の差があれど、外見がほぼ変わらない人間と自分の違い等ないと、親しい絆を作ってしまったのだ。
親しい絆に絶対的な存在への尊敬と畏怖に、蜜のような甘い感情が神子達に宿るのに時間はかからなかった。
一途にファナティアを想い、なによりも慕ってくる彼ら。
二人の気持ちに愛しさを感じたファナティアは応えてしまったのだった。
人間と交わるのは禁忌であり、その神は地上に永久に縛り付けられる事になる。翼は石となり、その機能をなくす。ファナティアは神としての地位を無くした。
そして、親しくしていた神が地上に降りてきて、ファナティアを人間ごときに取られた事に怒りを感じ、その神達はアトランティアを攻撃した。
無意味な殺生はファナティアの心に傷を作り、ファナティアと共にいるために自ら堕ちた神達の事を知り、さらに傷ついた。
四つある石の二つを自分の身体から取り出して台座に封印し、ファナティアは人間として永久に暮らす事にした。それには記憶が邪魔だろうと、ファナティアは自身の記憶をもう二つの石に閉じ込めて、仲間の堕ちた者達に助けられながら、過ごして来たのだ。
自分がいるからこんな事になったのだと悔いながら、慕ってくれた神子二人を置いて、旅を始めたのであった。

「ファナティアの気を感じとれないように上手く僕達から逃げていたようだけど、それも今日で終わりだ・・・・・・ファナティア、そっとして欲しいという気持ち、あの時深く傷付いた貴方の心。僕達だって分からないわけじゃない。だけど、それよりも何より貴方が大切だったんだ」
「・・・・・・リート、シューイグ・・・・・・」
「愛しい貴方がいなくなるという事が堪えられなかった。俺達の罪であるけれど、それでも貴方を失うよりは・・・・・・」

苦しそうに歪む表情のクリクトことリート、シュリクイスことシューイグは、本来の姿に戻ったファナティアを見つめた。
締め付けられる程の悲しさと、甘い歓喜。恋しいと感じた相手がここまで自分を求めてくれていたなんて。
嬉しさに涙が流れた。
そっと二人に近付いて、ファナティアはリートとシューイグの額に口づけた。

「愛しい神子。君達を置いて旅だってしまって・・・・・・私を許して欲しい」
「ファーフ・・・・・・」
「今までありがとう。ルーファンド、トリシェル。私は今まで逃げていたんだ。人間と交わった事で、悲劇が起こってしまうなど、夢にも思わなかった。でも、私は神だった者として、己が犯した罪を見つめなければならなかったんだ」
「ファナティア、貴方は悪くありません。何も知らない貴方をたぶらかした人間が悪いのです。そして貴方が堕ちたと知って怒りに忘れた私達が悪いのです。ファナティア、自分を責めるのはいけません」
「ルーファンド・・・・・・それでも、事の始まりは私が起因しているんだ。ならば、それを背負うのは当たり前なんだ。・・・・・・私が、リートとシューイグを好きな事は事実なのだから」
「ファナティア・・・・・・」

にこりと笑い、ファナティアはたった一つの真実を告げた。
今まで失われていた純粋なる笑顔を浮かべたファナティアに、ルーファンドとトリシェルは絶句する。彼を想っていたのは神子だけではないのだ。自分達も同じようにファナティアを慕い、求めていた。だからこそ、神子の行いが許せなかった。ファナティアを縛る都市を破壊した。
焦がれた存在は自分達を選ばない。しかし、それは当然なのかもしれない。ルーファンドも、トリシェルも自ら地上に墜ち、何の罪もない人間達を殺し、二重の意味で、ファナティアをこの地に縛り付けたのだから。

「私は再びこの都市に居座る事にする。神子と共に・・・・・・自分勝手な言い分かもしれないけれど、二人には本当に感謝しているんだよ?ボクの側にいて、ずっと淋しくないようにしてくれて、気を使って」
「ファナティア、それは」
「だから、私の一時とはいえ蘇った力で天へ返してあげる」
「そんな・・・・・・」

ありがとうと言うファナティアは、自分の四枚の力を使って堕ちた神を再び天へと返還させた。それは二度ファナティアが神に戻れない事を意味する。最後、ファナティアに残るのは不老のみ。死ねないことから地獄のような時間をこれから過ごす事になったとしても、ファナティアには神子の二人がきっと側にいてくれる。それだけで十分だった。

一度堕ちた身体を浄化するために消えいく己を呆然としながら、ルーファンドとトリシェルは、愛しい者を見た。そこには神子二人に挟まれて幸せそうに微笑む姿が映る。自分達には立ち入る隙などないと瞬時に悟りながら、ルーファンドは無意識に手を延ばした。
僅かにでも、少しでも愛しい者に触れていたくて。

しかし、咄嗟に延ばした手は誰にも取られる事なく、ルーファンドもトリシェルも、地上から消えていた。

残されたのは神であった存在と、愛でられた神子が二人。
リートもシューイグも、再び抱きしめる事が出来たファナティアの頬にキスをして、名前を呼んだ。

「ファー、俺の主」
「ファナティア、僕の絶対主」
「リート、シューイグ」

そして三人とも同じ言葉を紡いだのだった。

愛していると。












延ばされた手を見た時、ファナティアはそれを取ってしまいそうになった。
あまりにも悲痛な表情の彼に、胸が痛んだから。
しかし、それはリートがファナティアの手を繋いだことにより遮られた。

優しいファナティアをもうどこにもやりたくない。
そして、自分達から主を奪ったルーファンドへ、少し、しかし確実に残酷な方法で、リートは報復したのであった。










END




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 前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生した。  サポートキャラとして、攻略対象キャラたちと過ごしていたフィンレーだが・・・・・・。  どうも攻略対象キャラ達の様子がおかしい。  ヒロインが登場しても、興味を示されないのだ。  世界を救うためにも、僕としては皆さん仲良くされて欲しいのですが・・・。  どうして僕の周りにメインキャラ達が集まるんですかっ!!  主人公が老若男女問わず好かれる話です。  登場キャラは全員闇を抱えています。  精神的に重めの描写、残酷な描写などがあります。  BL作品ですが、舞台が乙女ゲームなので、女性キャラも登場します。  恋愛というよりも、執着や依存といった重めの感情を主人公が向けられる作品となっております。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

愛されることを諦めた途端に愛されるのは何のバグですか!

雨霧れいん
BL
期待をしていた”ボク”はもう壊れてしまっていたんだ。 共依存でだっていいじゃない、僕たちはいらないもの同士なんだから。愛されないどうしなんだから。 《キャラ紹介》 メウィル・ディアス ・アルトの婚約者であり、リィルの弟。公爵家の産まれで家族仲は最底辺。エルが好き リィル・ディアス ・ディアス公爵家の跡取り。メウィルの兄で、剣や魔法など運動が大好き。過去にメウィルを誘ったことも レイエル・ネジクト ・アルトの弟で第二王子。下にあと1人いて家族は嫌い、特に兄。メウィルが好き アルト・ネジクト ・メウィルの婚約者で第一王子。次期国王と名高い男で今一番期待されている。 ーーーーー 閲覧ありがとうございます! この物語には"性的なことをされた"という表現を含みますが、実際のシーンは書かないつもりです。ですが、そういう表現があることを把握しておいてください! 是非、コメント・ハート・お気に入り・エールなどをお願いします!

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

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