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05話
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「アルフィアス・グリューネヴァルト、拝謁の……」
「よい、ここは余の執務室だ。口上など要らぬわ。」
王は煩わしそうに手を上げ追い払う仕草をする。
室内に居た者達が、王へ一礼すると執務室の外へと出ていった。
―――人払いをしたという事は、内密な話か。
最近そんなデリケートな案件はあったか? と思案するも、アルフィアスが知り得る中ではなかったように思った。
「では…お言葉に甘えまして…
父上、何用でしょう。」
「そう睨むな。お前が目が回る程忙しいのは知っている。…が、急ぎお前に確認と報告をせねばならない用件があってな。」
最近のアルフィアスは言われる通り、目が回る程に忙し過ぎる。
今年、アルフィアスは成人の儀を執り行う年齢になる為、平時よりは忙しくなるのは想定内であったし、捌けない程ではない仕事量だと認識しつつ精力的に政務に勤しむ日々だった。
ただ、それだけであったならここまで忙殺はされなかったであろう。
成人の儀に加え、アルフィアスの父である陛下が、
「大きな儀式に合わせて立太子の儀も行う事とする。無論、2つの大きな儀を同時に行う今までにない試みだ。後世に続くよう、常よりも盛大に祝おうぞ。」
などと宣言してから、おかしな程に忙しくなったのだ。
もはやアルフィアスは、寝て起きて仕事して寝ての繰り返しの日々だ。
食事すら政務の片手間につまめる軽食で全て済ませている。
そこまでしないとこなせないのは、
「成人するのだから予行練習だと思えば良い。」と全ての準備の権限をアルフィアスに託した王の所為である。
勿論、途中経過の確認はしてくれるようだが、確認だけだ。
問題なければ一切口を出さないと言われている。
第一王子の政務付き補佐に加え、王付きの補佐が2名助っ人に寄越して貰えたが、どのような形で執り行うか、例年の儀式をベースとして、新たに考案するのはアルフィアスだ。
通常の政務もこなしながらでも大変だというのに、
そこに「今年、王太子になる訳であるし、少しずつ余の仕事も任せてやろう。実績は大事だぞ。」と自分の仕事を回してきた。
アルフィアスは確信している。王は実績を付けさせようとの親心ではなく、ただ自分が楽したいだけだと推察する。
そして、間違いなく絶対面倒な案件を回している。
最近キリキリと痛むようになった胃の真上を押さえながら、用件をサッサと聞き出して溜まった政務に戻ろうと思った。
アルフィアスは母譲りの華やかな美貌を持つ王子だ。
プラチナブロンドの髪と鮮やかな紫色の瞳は王妃の色だ。
プラチナブロンドだというのに、少し金色が混じった不思議な色だった。
角度次第では銀にも金にも見える髪色が、アルフィアスの顔立ちを清廉にも妖艶にも見せた。
この不思議な髪色は王妃の祖国では王族だけの色らしいが。
弟、妹と立て続けに産まれたが、1番母親に似ているのは第一子のアルフィアスだった。
この顔立ちのせいで、幼い頃は随分とからかわれて不快な思いをした為、自分の容姿は好きではない。
第一王子の身分にこの面倒くさい容姿が合わさると、甘味に集る蟻のように未婚既婚問わず枚挙に暇がなく押し寄せた。
それは国内だけには収まらず、最近では他国の王女達からも秋波を送られ、流石に表情には出さないが内心ではウンザリしている。
どの国出身の女であろうが、女達が口にする言葉はいつも同じ。
アルフィアスの華やかな美貌に目が眩み、無言で真っ赤な顔してずっと見つめてくるか、
閨を想起させるような媚態を作り、下品としか思えない仕草でアルフィアスの腕や胸にしなだれかかってくるかの二択の女しかいなかった。
見つめられ続けられるのも不気味だし、体を密着させてくるのも気持ちが悪い。
どっちの女も苦手だ。
アルフィアスはそういう女を相手にする時をパターン化していた。
見つめ続ける相手はダンスに誘って礼儀正しく一曲踊り、微笑んでお礼を伝えて素早く傍を離れる。
しなだれかかられる時は、取られた腕をそっと外して距離を取り、幼い頃から練習させられたアルカイックスマイルの仮面をつけ「もっと自分を大切になさるよう」と牽制する。
アルフィアス目当てに擦り寄るどの女達も、この国をやがて動かす次代の王で、次期王太子としての私の実力には全く興味が無いらしい。
アルフィアスにとって女とは「権力と金と身分」にしか興味がなく、そこに見目麗しい容姿が加われば、手に入れる為なら淑女の仮面を外して獰猛な肉食獣となって形振り構わない方法を取ってくる。
媚薬の類は耐性があるとはいえ、常に飲み物や香に神経を使わなければならなくなっている。
王子に薬を盛るのだから、反逆罪として断罪されかねない心配はないのか疑問である。
――――とまぁ、アルフィアスは女という生き物が1人の例外を除き、嫌いだった。
「陛下、それで用件とは…」
「それを話す前に訊きたい事が少しばかりある。」
「手短にお願いします。最近は陛下の仕事も多々引き受けておりますので、政務が溜まっているのですから。」
「簡単なのしか回してないぞ。アレが大変だとしたら経験が足りないか…お前の実力不足ということだな。
まあ良い、人は誰しも最初から上手くはいかぬよ。大量の政務をこなし慣れてしまえば簡単なものだ。」
簡単と随分と軽い扱いの発言をするが、王から回されてた案件は今期の重要な予算のいくつかが申請した予算額に見合うかどうかの調査項目が記してある書類だった。
同封されている報告書を鵜呑みにして予算を通せば、通常の額より増額した分の上前を跳ね私腹を肥やす温床になってしまう為、本当に必要な額かどうか最終段階の判断を王に仰いでいる。
実績を強調している辺り、詳細な下調べをせず同封した報告書のみで予算を通せば、後に綻びが見つかった時に王はそこを叩いてくるだろう。
私が徹底的に調査しても王は己の子飼いを使って裏から調査するだろう。
試すためだけに難しい案件をよこして来た癖に、簡単で片付ける王に、アルフィアスはムッとした。
――絶対ウソだ。
「アルフィアス、お前は婚約中だという事を知っているか?」
「知っていますよ。もう3年経ちますね。」
婚約しているかなど、おかしな質問をするな。と、少し拍子抜けする。
「そうか、それは驚いた。婚約者との週に一度の約束を反故し続けているお前からそう答えられるとはな。」
「嫌味や小言でしたら、後日に訊きますが。」
「昨日、100回目だったそうだ。婚約者として共に過ごし、政略とはいえ人となりを知る為、そして距離を縮める為に設けられた約束の日を、お前が反故にした回数が。」
「――――は?」
この話の先が読めない。
が、今まで数えた事も、数えようとも思っていなかった為、100回という数字にただ驚いた。
「お前のその顔から推察するに、何ら罪悪感を感じる事なく反故にしていた事が分かろうというもの。
そうか、それならば了承せねばなるまい。
何らかの理由があっての事であれば、どうにかしてやらなければと思っていたが……
双方、望んでの結果だという事が分かっただけで、お前と話せた事は重畳であったな。」
含みのある言い方に、アルフィアスの眉間が寄る。
「どういう事です?周り口説い言い方ばかりなさるとは。」
「お前とアリア・ヴァレンタイン公爵令嬢の婚約を本日を持って解消とする。」
――――!?
ドクンと重く鼓動を打つ。
「なんと……?なんと仰ったのですか?」
聞き間違いであろうか、婚約解消などと。
いつものように、私をただからかうつもりでの嘘の話であるならば、性質の悪い冗談だ。
「訊いておったろうに。面倒なヤツだなお前は。」
口角をニヤリと持ち上げ、王は加虐性を感じさせる嫌な笑みを我が子に向ける。
「アリア・ヴァレンタイン嬢との3年に渡る婚約を解消すると言ったのだよ。アルフィアス。」
――――愕然とした。
「よい、ここは余の執務室だ。口上など要らぬわ。」
王は煩わしそうに手を上げ追い払う仕草をする。
室内に居た者達が、王へ一礼すると執務室の外へと出ていった。
―――人払いをしたという事は、内密な話か。
最近そんなデリケートな案件はあったか? と思案するも、アルフィアスが知り得る中ではなかったように思った。
「では…お言葉に甘えまして…
父上、何用でしょう。」
「そう睨むな。お前が目が回る程忙しいのは知っている。…が、急ぎお前に確認と報告をせねばならない用件があってな。」
最近のアルフィアスは言われる通り、目が回る程に忙し過ぎる。
今年、アルフィアスは成人の儀を執り行う年齢になる為、平時よりは忙しくなるのは想定内であったし、捌けない程ではない仕事量だと認識しつつ精力的に政務に勤しむ日々だった。
ただ、それだけであったならここまで忙殺はされなかったであろう。
成人の儀に加え、アルフィアスの父である陛下が、
「大きな儀式に合わせて立太子の儀も行う事とする。無論、2つの大きな儀を同時に行う今までにない試みだ。後世に続くよう、常よりも盛大に祝おうぞ。」
などと宣言してから、おかしな程に忙しくなったのだ。
もはやアルフィアスは、寝て起きて仕事して寝ての繰り返しの日々だ。
食事すら政務の片手間につまめる軽食で全て済ませている。
そこまでしないとこなせないのは、
「成人するのだから予行練習だと思えば良い。」と全ての準備の権限をアルフィアスに託した王の所為である。
勿論、途中経過の確認はしてくれるようだが、確認だけだ。
問題なければ一切口を出さないと言われている。
第一王子の政務付き補佐に加え、王付きの補佐が2名助っ人に寄越して貰えたが、どのような形で執り行うか、例年の儀式をベースとして、新たに考案するのはアルフィアスだ。
通常の政務もこなしながらでも大変だというのに、
そこに「今年、王太子になる訳であるし、少しずつ余の仕事も任せてやろう。実績は大事だぞ。」と自分の仕事を回してきた。
アルフィアスは確信している。王は実績を付けさせようとの親心ではなく、ただ自分が楽したいだけだと推察する。
そして、間違いなく絶対面倒な案件を回している。
最近キリキリと痛むようになった胃の真上を押さえながら、用件をサッサと聞き出して溜まった政務に戻ろうと思った。
アルフィアスは母譲りの華やかな美貌を持つ王子だ。
プラチナブロンドの髪と鮮やかな紫色の瞳は王妃の色だ。
プラチナブロンドだというのに、少し金色が混じった不思議な色だった。
角度次第では銀にも金にも見える髪色が、アルフィアスの顔立ちを清廉にも妖艶にも見せた。
この不思議な髪色は王妃の祖国では王族だけの色らしいが。
弟、妹と立て続けに産まれたが、1番母親に似ているのは第一子のアルフィアスだった。
この顔立ちのせいで、幼い頃は随分とからかわれて不快な思いをした為、自分の容姿は好きではない。
第一王子の身分にこの面倒くさい容姿が合わさると、甘味に集る蟻のように未婚既婚問わず枚挙に暇がなく押し寄せた。
それは国内だけには収まらず、最近では他国の王女達からも秋波を送られ、流石に表情には出さないが内心ではウンザリしている。
どの国出身の女であろうが、女達が口にする言葉はいつも同じ。
アルフィアスの華やかな美貌に目が眩み、無言で真っ赤な顔してずっと見つめてくるか、
閨を想起させるような媚態を作り、下品としか思えない仕草でアルフィアスの腕や胸にしなだれかかってくるかの二択の女しかいなかった。
見つめられ続けられるのも不気味だし、体を密着させてくるのも気持ちが悪い。
どっちの女も苦手だ。
アルフィアスはそういう女を相手にする時をパターン化していた。
見つめ続ける相手はダンスに誘って礼儀正しく一曲踊り、微笑んでお礼を伝えて素早く傍を離れる。
しなだれかかられる時は、取られた腕をそっと外して距離を取り、幼い頃から練習させられたアルカイックスマイルの仮面をつけ「もっと自分を大切になさるよう」と牽制する。
アルフィアス目当てに擦り寄るどの女達も、この国をやがて動かす次代の王で、次期王太子としての私の実力には全く興味が無いらしい。
アルフィアスにとって女とは「権力と金と身分」にしか興味がなく、そこに見目麗しい容姿が加われば、手に入れる為なら淑女の仮面を外して獰猛な肉食獣となって形振り構わない方法を取ってくる。
媚薬の類は耐性があるとはいえ、常に飲み物や香に神経を使わなければならなくなっている。
王子に薬を盛るのだから、反逆罪として断罪されかねない心配はないのか疑問である。
――――とまぁ、アルフィアスは女という生き物が1人の例外を除き、嫌いだった。
「陛下、それで用件とは…」
「それを話す前に訊きたい事が少しばかりある。」
「手短にお願いします。最近は陛下の仕事も多々引き受けておりますので、政務が溜まっているのですから。」
「簡単なのしか回してないぞ。アレが大変だとしたら経験が足りないか…お前の実力不足ということだな。
まあ良い、人は誰しも最初から上手くはいかぬよ。大量の政務をこなし慣れてしまえば簡単なものだ。」
簡単と随分と軽い扱いの発言をするが、王から回されてた案件は今期の重要な予算のいくつかが申請した予算額に見合うかどうかの調査項目が記してある書類だった。
同封されている報告書を鵜呑みにして予算を通せば、通常の額より増額した分の上前を跳ね私腹を肥やす温床になってしまう為、本当に必要な額かどうか最終段階の判断を王に仰いでいる。
実績を強調している辺り、詳細な下調べをせず同封した報告書のみで予算を通せば、後に綻びが見つかった時に王はそこを叩いてくるだろう。
私が徹底的に調査しても王は己の子飼いを使って裏から調査するだろう。
試すためだけに難しい案件をよこして来た癖に、簡単で片付ける王に、アルフィアスはムッとした。
――絶対ウソだ。
「アルフィアス、お前は婚約中だという事を知っているか?」
「知っていますよ。もう3年経ちますね。」
婚約しているかなど、おかしな質問をするな。と、少し拍子抜けする。
「そうか、それは驚いた。婚約者との週に一度の約束を反故し続けているお前からそう答えられるとはな。」
「嫌味や小言でしたら、後日に訊きますが。」
「昨日、100回目だったそうだ。婚約者として共に過ごし、政略とはいえ人となりを知る為、そして距離を縮める為に設けられた約束の日を、お前が反故にした回数が。」
「――――は?」
この話の先が読めない。
が、今まで数えた事も、数えようとも思っていなかった為、100回という数字にただ驚いた。
「お前のその顔から推察するに、何ら罪悪感を感じる事なく反故にしていた事が分かろうというもの。
そうか、それならば了承せねばなるまい。
何らかの理由があっての事であれば、どうにかしてやらなければと思っていたが……
双方、望んでの結果だという事が分かっただけで、お前と話せた事は重畳であったな。」
含みのある言い方に、アルフィアスの眉間が寄る。
「どういう事です?周り口説い言い方ばかりなさるとは。」
「お前とアリア・ヴァレンタイン公爵令嬢の婚約を本日を持って解消とする。」
――――!?
ドクンと重く鼓動を打つ。
「なんと……?なんと仰ったのですか?」
聞き間違いであろうか、婚約解消などと。
いつものように、私をただからかうつもりでの嘘の話であるならば、性質の悪い冗談だ。
「訊いておったろうに。面倒なヤツだなお前は。」
口角をニヤリと持ち上げ、王は加虐性を感じさせる嫌な笑みを我が子に向ける。
「アリア・ヴァレンタイン嬢との3年に渡る婚約を解消すると言ったのだよ。アルフィアス。」
――――愕然とした。
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