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第七十話 何故変装?
しおりを挟む「強烈だったな……」
ユキが身震いするように身体を両腕で抱きしめている。
「ティナ様もいい趣味してるよ、アレはリティの傍に近づけさせちゃダメなものだ。僕らを護衛に置いてくれたのは有難いけど、アレと同じ空気を吸わせたくないし吸いたくない。」
二人が去っていった方を見つめながらスノウの声は酷く冷たい。
「私も関わり合いにはなりたくないけど、それがお勤めだと思ってるのよ。ユキとスノウには嫌な思いさせてしまうかもしれないけど……ゴメンね。」
自由に過ごしていいだけらしいし。
ティナ様がこの世界に私を転生させた理由のひとつに、あの彼女に挫折を味合わせるのを観たいとかいう、女神としてどうなの……? っていう理由もひとつにあるのだから。この学園に通わないという選択肢はないのだ。
「「……」」
黙って見つめてくる二人の視線が「本当にお人好しだね」」と語っている。
この二人の私のイメージはどうなってるんだ。
違います。という視線を送っておく。
二人がハァーと呆れたように首を左右に振って大げさに溜息を吐いた。
二人のそんな態度に少しイラッとしていると「リティ、一緒のクラスだね」と喜色に溢れた声が背後から突然聞こえた。
余り社交をしていないリティシアの名を知られていて、おまけに愛称で呼ばれた事に驚いて警戒しつつ振り返る。
同じ紺色の髪に同じ髪型、一人は温厚で優しそうな垂れ目で、もう一人は猫のように少し目尻が釣りあがって生意気そうな雰囲気の釣り目。
目元が少し違うだけで、顔立ちがそっくりの双子だった。
双子……? どちらにしろ、知らない二人組である。
「どちらさまでしょうか……?」
表情が取り繕えず、少し引き攣ってしまうのは仕方ない。
向こうが知っているというのに、私が覚えていないという発言は大変失礼になるだろうが、向こうは許可無しに愛称で呼んできているのだ相殺されるだろう。
「酷いなぁ、セシー、リティが僕らの事どちらさまだって……」
「シャール、今の俺達は別人に見えるから仕方ないな。」
垂れ目の彼が悲し気に嘆けば、釣り目の彼が宥める。
セシー、シャール……?
聞いた事の無い名だな……いや、どこかで……?
「あ、そっか。ねぇリティ、僕のこの指輪に触って魔力を流してみて。リティには許可を与えているから指輪から反撃されない筈」
シャールと呼ばれている垂れ目の彼が、片手を差し出しその指に嵌めている指輪を見せて来る。
ユキとスノウは初めから何かを知っているのか止めてこない。
振り返ってユキとスノウに問いかける私の視線を、ニマニマとした笑みを向けてくるだけだった。
二人が何も言わない、してこない、という事は害はない。
(時折こういう意地悪な顔するのよね二人とも。聖獣ってもっと慈愛に満ちた清らかな存在だと思ってたけど。)
そういう存在だったらここまで仲良くなっていない筈であるが、それを棚にあげて内心ブチブチ嫌味を言うリティシア。
リティシアが中々触ってこなくとも、期待する瞳を向けてずっと待っているシャールという彼。
よく分からないが、それをするまでずっと待ってそうだな……と思い、レティシアは覚悟を決めた。
「じゃあ……流しますね。」
人差し指の先をチョンと指輪に乗せて少しだけ魔力を流す。
足元を見つめていたリティシアの目にシャールの足がカゲロウのようにユラユラと揺れぶれているのが見えた。
「えっ」
びっくりして俯けた視線を上にやると、そこには――――
「リシャール!?」
「しぃっ、リティ声が大きい」
シャールと呼ばれた彼は、先ほどまでの姿とは全く違った容姿になっていた。
朝の光のように眩しい金髪と、宝石のような煌めく金瞳。
リティシアの父に良く似た天使のような容貌、少し垂れた目。
目の下にある黒子がまだ少年のような年齢の彼に危うい色気を添えている。
我が国の双子王子、リシャール王子その人であった。
「あ、ごめんなさい…。」
慌ててリティシアは口元に手を当て、周囲を見回す。
未だ周囲は先程の喧騒を引きずっているのかぐったりしていて、こちらを観察する気力は回復していなさそうだ。
「二年ぶりかな……? リティ、兄様が留学してから会えなくなっちゃったから。
元気にしてた? 手紙は送りあってたけど、ずっと会えなくて寂しかったよ。」
二歩程リティシアへと距離を縮めて、リシャール王子が眉を下げて小声で囁いてくる。
(距離近い……)
「色々と忙しかったから……ゴメンね。それにお父様から訊いてたの、リーンハルト様が不在の間の王太子の仕事を二人でお手伝いしてたって事。
私以上に、二人とも忙しかったでしょう?」
まだ茶髪のままのセシーことセシル王子が「そうだな、忙しかった。でも学園でリティに会えるって分かってたから、頑張れたんだ」と嬉しそうに言う。
「そうだよ、リティ。これから卒業までの三年間、仲良くしてね、僕たちと」
リシャールが嬉しくてたまらないよって破顔して言う。
「シャールだけ本当の姿でリティと話しているのはズルいぞ。俺の指輪にも触ってくれ。」
ズイッと片手をリティシアの前に差し出し、指輪に触ってくれと要求するセシル。
「う、うん」
双子王子二人の好意を隠さないような積極的な態度に戸惑うレティシア。
リシャールの時と同じように人差し指を乗せ魔力を流す。
今度はセシル王子の顔を見つめながら流した。
先程と同じようにユラユラと姿が揺れたと思ったら、リシャール王子と同じ眩い金髪と金瞳が現れた。
釣り目の目尻を下げて微笑むセシル王子。
ギャップも手伝って目尻を下げられるとキュンとする愛らしさがある。
「リティ、三年間宜しく」
セシルは天使の相貌に相応しい華やかな笑みを浮かべた。
「うん、こちらこそ宜しくお願いします。」
頬を染め、緊張しながらしどろもどろに答えるレティシア。
男の子って二年間会わないだけでこんなに変わっちゃうの? と内心パニックであった。ユキとスノウという超絶美少年と過ごしていても、彼等は家族枠である。
家族枠ではない超絶美少年の耐性は築かれていなかった。
「今日、明日の説明が終わったら、お茶しない?」
リシャールが提案すると、横でセシルも頷く。
「両親も一緒に来てるから、いいかどうか聞いてからじゃないと分からないかな」
冷静になれと内心言い聞かせてレティシアは答えた。
「あ、そっか。叔父様たちも来てるね。父様も来てるから家族全員でお茶になるかも?」
リシャールが思い出したようだ。
「そうだな。聖獣様もお久しぶりです。」
セシルがユキとスノウに挨拶をした。
「しぃー、セシル僕らは普通の生徒としてここに入学してるから、秘密ね。
セシルもリシャールも久しぶり。だいぶ落ち着いてくれて僕も嬉しいよ。」
子供の頃のわんぱく振りを持ち出してニヤニヤするスノウ。
スノウは王子らをからかうのが大好きである。
「俺たちとも三年間宜しくな、セシル、リシャール」
ユキがキリッとした顔をして告げる。
「宜しくお願いします。」セシルが答えると、
「勿論、仲良くしてください」とリシャールが人懐っこく微笑む。
同じ顔でも性格は違っている二人だ。
それぞれが魅力的である。
「それで、何で変装してるの?」
スノウがリティシアが聞こうかどうか迷っている疑問を二人に投げかけた。
「それは――――」
セシルが言い淀む。
「お茶する時に詳しく話すね。色々あるんだよ王家も」
と、リシャールが答えた。
「なるほど、神が関係してるかもしれないな」
ユキが顎に手を当て思案する。
「ありえそう……」
スノウが困った顔をした。
「では、また後でね」
とリティシアが場を締める。
あまりここで集まったままで会話すると、そろそろ人目を惹きそうだ。
その時タイミングよく、
「それでは、明日以降の学園でしなければいけない事を説明しますので、席について下さい」とAクラス担当の声が教室に響いた。
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